2021 Volume 28 Issue 6 Pages 109-113
脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)は,脊髄前角の運動ニューロンの変性による四肢および体幹の随意筋の萎縮をきたす疾患であり,成長とともに関節拘縮や側弯症を伴うことがある.わが国でもSMA治療としてヌシネルセン髄注療法が適応となった.SMA患者では脊椎の変形や側弯,回旋に伴い脊髄くも膜下穿刺が困難な症例や,経過中に脊柱変形が進行性に悪化し,脊髄くも膜下穿刺がさらに困難となることもある.今回われわれは,経椎間孔アプローチによる脊髄くも膜下穿刺を安全に行い,ヌシネルセン投与を行うことができた症例を2例経験した.
脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)は,脊髄および脳幹内の運動ニューロンの変性による筋萎縮と進行性の筋力低下を特徴とする常染色体劣性の遺伝性神経筋疾患である.運動神経細胞生存タンパク質(survival motor neuron:SMN)が,遺伝子異常により非機能性タンパクとなることで発症する.発症率は出生1万人に対して1人とされ,乳児での死亡率が高い遺伝性疾患の一つである1).臨床的な病型分類として,I型からIV型に分類される.I型SMAは生後6カ月以内に発症し,SMA乳児の約60%を占めており,呼吸補助や栄養補助を受けなければ過半数が2年以上生存できない.II型SMAは全発症者の約30%を占め,一般的に生後7カ月から18カ月以内に発症し,自力で歩くことができない.生後1歳6カ月から20歳までに発症するIII型および20歳以降に発症するIV型の生命的な予後は良好である2,3).
SMAに対してはこれまでは対症療法が主体であり,根本的な治療法はなかった.運動予後の改善が期待される新薬ヌシネルセンはSMA患者に対する治療薬として,2016年に米国で承認され,本邦でも2017年に適応となった.ヌシネルセンはアンチセンス核酸医薬品であり,機能的なSMNを増加させることによって,症状を改善させる.I型に対しては,ヌシネルセンは髄腔内に初回,2,4,9週後に負荷投与を行い,その後4カ月ごとに維持投与を行う.I型以外では,初回,4,12週後に負荷投与を行い,その後は6カ月ごとに維持投与を行う.SMA患者では,しばしば脊柱変形を合併する.高度な脊椎側弯に回旋も伴い,経椎弓間からの脊髄くも膜下穿刺による髄注治療が困難となる症例も存在する.高度側弯を合併するSMA患者に対して3D-CTで脊柱の評価を行い,X線透視下での経椎弓間からの脊髄くも膜下穿刺が可能であった報告もみられる4).しかし,患者が成長していく過程で脊椎の側弯が進行し,この方法によっても穿刺が困難となる可能性がある.
今回われわれは,高度な側弯症を伴うSMA患者に対し,経椎間孔アプローチによる脊髄くも膜下穿刺を2症例に行い,合併症を引き起こすことなく安全に施行できた.
なお,症例報告にあたり,当該患者,家族から同意を取得した.
症例1:36歳,女性.身長130 cm,体重18 kg.1歳3カ月でSMA II型と診断された.高度の側弯と関節拘縮のため終日臥床で過ごしていた.ヌシネルセン治療の適応となり,小児科医とペインクリニック担当医が連携し,あらかじめ3D-CTで脊柱の評価を行ったうえでX線透視下に経椎弓間より脊髄くも膜下穿刺を行った.治療開始後2年が経過したころより,穿刺が徐々に難しくなり,治療を継続するため投与経路に関して検討を行った.仰臥位もしくは腹臥位にしかなれないため穿刺時の体位が取りづらかった.また,再度脊柱の3D-CT像を作成したところ,図1aに示すように椎弓間が狭く,X線透視下での椎弓間視認が難しかった.腹臥位で背部からX線照射することにより椎間孔を確認することができたため(図1b),経椎間孔アプローチによる脊髄くも膜下穿刺を計画した.脊髄くも膜下穿刺はハイブリッド手術室で施行した.右第2/3腰椎間の高さで25G脊髄くも膜下針を用い,神経根の穿刺を避けるため,底辺を椎体上縁終板,高さを上関節突起の椎間孔側,斜辺を上位の神経根とした三角領域であるKambin's triangleを穿刺の目標とした.背部の正中右外側2 cmを穿刺点としKambin's triangleの直角部を通過点として椎間孔内をゆっくりと進めた.本症例では脊椎が高度に回旋していたため,椎体の前方から後方へ向かう穿刺となった(図2).穿刺針を3 cm進めたところで髄液の漏出を確認し,ヌシネルセンの髄注が可能であった.手技開始から薬剤投与までの時間は19分であり,内臓損傷や神経障害など穿刺に関する合併症は認めなかった.なお,本症例においては,本穿刺以降ヌシネルセン髄注を行っていない.

症例1における3D-CT画像(仰臥位で撮影)
a:椎弓間が正面にくるよう画像を回転すると,椎弓間の視認が困難であった(矢印:椎弓間).
b:腹臥位方向に画像を回転すると,椎体が右方向へ90度近く回旋し,椎間孔が確認できた.

症例1における経椎間孔アプローチX線画像(脊椎の側面像)
穿刺針はKambin's triangleを経由してくも膜下腔内にあった.
症例2:17歳,女性.身長139 cm,体重22 kg.生後11カ月でSMA I型と診断された.成長に伴い脊椎側弯が強くなり,関節拘縮も認められた.治療に際して,脊柱の3D-CT像を作成しX線透視下に椎弓間から脊髄くも膜下穿刺を行った.しかし,脊椎の側弯と回旋が強く,X線透視下でも椎弓間の視認が困難であった(図3a).治療開始後1年が経過した時点から脊椎の変形により経椎弓間穿刺が困難となったため,投与経路について検討した.腹臥位で背面からX線透視することで椎間孔が確認できることから(図3b),経椎間孔アプローチによる脊髄くも膜下穿刺を計画した.ハイブリッド手術室を使用し,患者を腹臥位とした.穿刺に際して,コーンビームCTを撮影し穿刺経路に内臓がないことを確認した.左第2/3腰椎間の高さで症例1と同様に,Kambin's triangleを目標とした.背部の正中左外側2 cmを穿刺し,椎間孔内に針を進めた.穿刺針を3 cm進入させたところで(図4),髄液の漏出を確認しヌシネルセンの髄注が可能であった.手技開始から薬剤投与までの時間は14分であり,穿刺に関する合併症は認めなかった.また,約4カ月後に同様に経椎間孔アプローチでの穿刺を行い,所要時間は7分に短縮し,合併症は認めなかった.

症例2における3D-CT画像(仰臥位で撮影)
a:椎弓間が正面にくるよう画像を回転すると,前弯が強く椎弓間が狭く,椎弓間の視認が困難であった(矢印:椎弓間).
b:腹臥位方向に画像を回転すると,左側の椎間孔が確認できた.

症例2における経椎間孔アプローチX線画像(脊椎の側面像)
穿刺針はKambin's triangleを経由してくも膜下腔内にあった.
今回われわれは,高度脊椎側弯および回旋を伴うSMA患者の治療において,経椎弓間アプローチによる脊髄くも膜下穿刺が困難となった症例に対し,経椎間孔アプローチにより安全に髄腔内投与を行うことができた.
脊髄くも膜下穿刺は経椎弓間アプローチが一般的であり,SMA症例に対して経椎間孔アプローチが行われた報告は少ない5–7).その理由として,経椎間孔アプローチでは経椎弓間アプローチと比較し,通常穿刺の距離が長いことや神経根穿刺の危険性が高いためと考えられる.経椎間孔アプローチは硬膜外ブロックを行う際,神経根の穿刺を避けるためにKambin's triangleの部位にX線透視下に行われている8).近年ではこのKambin's triangleを利用し経皮的内視鏡下腰椎椎間板摘出術が経椎間孔アプローチで行われている9).われわれもこのKambin's triangleを目標として穿刺し,椎間孔内に針を進め,神経根を穿刺することなく脊髄くも膜下穿刺を行うことが可能であった.しかし,Kambin's triangleへの穿刺でも神経根穿刺や動脈損傷に至ったという報告10)があり注意が必要である.
穿刺部位に関しては,SMA患者の脊髄くも膜嚢端が通常考えられる脊柱管の部位よりも上位にある場合もある11).その際は下位腰椎の椎弓間が視認できたとしても脊髄液の漏出が期待できないため,側弯変形と回旋が強い場合でも上位の腰椎から穿刺を行わなくてはならない.また,SMA患者の脊髄円錐の下端位置についての報告は見当たらなかった.MRIもしくは脊髄造影で脊髄円錐下端位置を確認することができるが,長時間の体位維持と造影剤投与が困難との理由から本2症例では位置確認を行っていない.
今回われわれは,経椎間孔アプローチによる脊髄くも膜下穿刺を行い,有害事象の発生なく安全に治療を行うことが可能であった.あらかじめ3D-CTで側弯と回旋の程度を確認したうえで,より椎間孔が確認しやすい体位を検討し,適切な角度からX線透視を行えるよう配慮すべきと思われた.今後,経椎間孔アプローチの方法に関して,さらなる経験とより安全な針の刺入について検討していく次第である.