Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Pain clinic in the age of ICD-11―Learning from the new chronic pain classification developed by International Association for the Study of Pain (IASP)
Katsuyuki MORIWAKIKyoko OHSHITAYasuo TSUTSUMI
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2021 Volume 28 Issue 6 Pages 91-99

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Abstract

2022年1月1日に国際疾病分類第11版(ICD-11)が発効される.ICD-11には,はじめて慢性疼痛の分類コードが加えられる.この分類コードは国際疼痛学会(IASP)のタスクフォースによって開発された慢性疼痛の体系的な分類に基づいている.分類の特徴は慢性疼痛を3カ月以上持続または再発する痛みと定義した上で,慢性一次性疼痛と慢性二次性疼痛に分けたことである.慢性一次性疼痛には基礎疾患や組織障害が明らかでない線維筋痛症や複合性局所疼痛症候群などの慢性疼痛症候群が含まれる.一方,慢性二次性疼痛は基礎疾患や組織障害による二次的な疼痛で,病態や身体部位によってさらに6つのカテゴリーに分類されている.IASPの分類には慢性疼痛に関する最近の新しい科学的知見をもとにした疼痛概念が反映されており,今後の慢性疼痛の診療に大きな進歩をもたらすと考えられる.また公開されたWHOのICD-11ブラウザは,慢性疼痛の診療用ツールとしても有用である.

I はじめに

慢性腰痛症をはじめ慢性頚部痛,片頭痛,変形性関節症などさまざまな慢性的な痛みが世界人口の20%の人々を悩ませている1).慢性疼痛の緩和は人類共通の大きな課題である.2022年1月1日に発効する新しい国際疾病・健康関係問題分類(略称:国際疾病分類)第11版(The International Classification of Diseases and Related Health Problems 11th Revision:ICD-11)2)には,はじめて慢性疼痛の分類コードが加えられる3).ICDは,WHOが作成する国際的な死因及び疾病の分類で,世界の死因及び疾病,傷害,健康関連問題の動向の把握や,国際的な比較に用いられる4).わが国もICDに準拠した「疾病,傷害及び死因の統計分類」を国の統計調査に使用している5).またICDが医療機関における診療記録・医事統計にも用いられていることは周知のとおりである.しかし従来のICDでは,慢性疼痛症候群は疾患として体系的にコード化されておらず,その一部は精神疾患として扱われていた6,7).この体系的な慢性疼痛コードの欠如は,慢性疼痛の臨床や研究の発展の大きな妨げとなってきた6,7).ICD-11の慢性疼痛コードは国際疼痛学会(The International Association for the Study of Pain:IASP)のタスクフォースによって開発された慢性疼痛分類に基づいている6).このIASPの慢性疼痛分類は2018年に厚生労働省研究班と慢性疼痛診療にかかわる日本ペインクリニック学会を含むわが国の7学会のワーキンググループが作成した慢性疼痛治療ガイドラインに採用されている8).IASPの分類には慢性疼痛に関する最近の新しい科学的知見にもとづく疼痛概念が反映されており,今後の慢性疼痛の診療に革新的な進歩をもたらすと考えられる.本稿ではICD-11に採用されたIASPの慢性疼痛分類を概観し,ICD-11時代の慢性疼痛診療について考える.

II IASP慢性疼痛症候群の定義と分類

1. IASPの慢性疼痛の定義

2020年にIASPは,痛みを「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する,あるいはそれに似た,感覚かつ情動の不快な体験(日本疼痛学会訳)」と改訂して定義している911).新しいIASP慢性疼痛分類では,慢性疼痛はその痛みの持続期間によって「3カ月以上持続または再発する疼痛」と明確に定義された6).急性疼痛は3カ月未満の痛みである2)

2. IASPの慢性疼痛分類

IASPの慢性疼痛分類は1986年に第一版,1994年にその第二版が発表されている12).今回の分類はその第三版である.新しいIASPの慢性疼痛分類はその機関誌PAINの8つの論文に詳細に解説されている6,7,1318).またその分類の概要と各慢性疼痛症候群の診断基準がIASPのウェブサイトに公開されている3).痛みの原因の病態と疼痛部位をもとにしたこの分類は臨床的に理解しやすく実際的である.分類の特徴は慢性疼痛を一次性と二次性に大分類したことである(表16).以下に各慢性疼痛症候群について概説する.

表1 IASP慢性疼痛分類とICD-11コード
IASP慢性疼痛分類 ICD-11慢性疼痛症候群コード
  慢性疼痛 MG30 Chronic pain
慢性一次性疼痛症候群 MG30.0 Chronic primary pain
  慢性広汎性疼痛(線維筋痛症を含む) MG30.01 Chronic widespread pain (including fibromyalgia)
  複合性局所疼痛症候群 8D8A.0 Complex regional pain syndrome
  慢性一次性頭痛または口腔顔面痛 MG30.03 Chronic primary headache or orofacial pain
  慢性一次性内臓痛 MG30.00 Chronic primary visceral pain
  慢性一次性筋骨格系疼痛(顔面以外) MG30.02 Chronic primary musculoskeletal pain
  慢性二次性疼痛症候群    
慢性がん関連疼痛 MG30.1 Chronic cancer related pain
慢性手術後および外傷後疼痛 MG30.2 Chronic postsurgical or post traumatic pain
慢性神経障害性疼痛 MG30.5 Chronic neuropathic pain
慢性二次性頭痛または口腔顔面痛 MG30.6 Chronic secondary headache or orofacial pain
慢性二次性内臓痛 MG30.4 Chronic secondary visceral pain
慢性二次性筋骨格系疼痛 MG30.3 Chronic secondary musculoskeletal pain

国際疼痛学会(IASP)の慢性疼痛分類では,慢性疼痛は①から⑦までに分類される.ICD-11では多少順序は異なるが,①~⑦に対応してMG30.0~MG30.6のコードが割り振られている.

2.1  慢性一次性疼痛

2.1.1  慢性一次性疼痛の疾患概念

個々の慢性疼痛症候群の診断には,従来,アメリカ精神医学会の診断統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:DSM)とWHOのICD-10が用いられてきたが,これらには最近20年間,急速に進歩した慢性疼痛研究の知見が反映されていない7).多くの研究から,慢性疼痛にみられる生物学的変化は心理・行動学的プロセスと密接に関係していることが神経生理学的脳反応の研究から明らかになっている7).したがって,痛みを「体性」か「心因性」の2つに分類する従来の考え方は時代遅れである7).慢性一次性疼痛は,そのような疼痛概念の変化を背景にIASPのワーキンググループによって構築された新しい慢性疼痛概念である6,7)

慢性一次性疼痛のカテゴリーに含まれる代表的な慢性疼痛症候群には,線維筋痛症,複合性局所疼痛症候群(CRPS)1型がある.“非特異的”慢性腰痛や,過敏性腸症候群,膀胱痛症候群などのいわゆる“機能的”内臓性疼痛障害も慢性一次性疼痛に含まれる.これらの疼痛をもつ患者では,組織障害や炎症などによる二次的な侵害受容器の活性化や神経障害が認められないにもかかわらず,痛みに対する過敏性が存在する.従来,これらの慢性疼痛症候群に対して“非特異的疼痛”,“機能性疼痛”,“身体表現性疼痛”などの用語が用いられてきたが,IASPワーキンググループはこれらの曖昧な用語の使用を避け,慢性一次性疼痛という新しい疼痛カテゴリーを導入した6,7).慢性一次性疼痛は,不安,怒り/欲求不満または気分の落ち込みなどの著しい感情的苦痛や,日常生活活動への障害や社会的役割への参加の減少などの機能障害を伴う,1つまたは複数の解剖学的領域の3カ月以上持続または再発する痛みと定義される3,7).慢性一次性疼痛には生物学的,心理学的,社会的要因が複雑に絡み合っていると考えられている7)

慢性一次性疼痛の一部はnociplastic painである可能性が示唆されている7).Nociplastic painは新しい疼痛概念で,2016年にKosekらによって提案され19),IASPの痛み用語として採用されている9).その定義は「末梢侵害受容器の活性化を引き起こす実際のまたはその恐れのある組織損傷の明白な証拠,または痛みを引き起こす体性感覚系の疾患または病変の証拠がないにもかかわらず,侵害受容の変化によって生じる痛み」である9)

2.1.2  慢性一次性疼痛に含まれる慢性疼痛症候群

慢性一次性疼痛には,表1に示すように5つのサブカテゴリーの慢性疼痛症候群が含まれる.以下に慢性一次性疼痛を構成する各慢性疼痛症候群の概要を示す7)

2.1.2.1  慢性広汎性疼痛

慢性広汎性疼痛は5つの身体部位のうち少なくとも4つの部位,および少なくとも3つ以上の身体四分位(身体の上下左右)と軸骨格(頚,背中,胸および腹部)におけるびまん性の慢性筋骨格系疼痛である7).著しい情緒的苦痛や機能的障害を伴う.線維筋痛症は慢性広汎性疼痛に含まれる.痛みを引き起こす体性感覚系の疾患または病変がない,侵害受容の変化によって生じるnociplastic painであることが示されれば診断はより確かになる7).睡眠障害,肥満,高血圧,糖尿病などを伴うことが多い7)

2.1.2.2  複合性局所疼痛症候群

CRPSは通常外傷後に四肢の遠位から始まり,同様の組織外傷後の典型的な経過(痛みの経過)に比べて,大きさや持続時間が不釣り合いな局所分布の痛みによって特徴づけられる7).時間とともに変化する患部の自律神経や炎症性の徴候や,痛覚過敏,アロディニア,皮膚の色および体温の変化,発汗,浮腫,体毛・爪の変化,皮膚萎縮,筋力低下,患肢のジストニア,局所性骨粗鬆症などの症状を呈する.発症にはnociplasticな機序の関与が示唆されている7)

2.1.2.3  慢性一次性頭痛と口腔顔面痛

1カ月に15日以上,3カ月を超えて発生する基礎疾患をもたない頭痛または口腔顔面痛で,1日あたりの痛みの持続時間は2時間以上であることが診断基準である7).この中には,慢性片頭痛,慢性緊張型頭痛,三叉神経・自律神経性頭痛,慢性側頭顎関節症,慢性口腔内灼熱痛,慢性一次性口腔顔面痛などが含まれる7)

2.1.2.4  慢性一次性内臓痛

頭部や頚部,胸部,腹部,骨盤などに限局した慢性一次性疼痛で,それぞれの特定内臓臓器の関連痛発生部位に痛みを生ずる7).このカテゴリーには,慢性一次性胸痛症候群,慢性一次性上腹部痛症候群,過敏性腸症候群,慢性一次性腹痛症候群,慢性一次性膀胱痛症候群,慢性一次性骨盤痛症候群などが含まれる7)

2.1.2.5  慢性一次性筋骨格系疼痛(顔面以外)

筋,骨,関節または腱の慢性一次性疼痛である7).慢性一次性腰痛が典型例でこの範疇に含まれる.部位によって上部(頚部痛),中部(胸部痛),腰部(腰痛),四肢(四肢痛)に分けられる.自発的または誘発性の疼痛でアロディニアや痛覚過敏を伴うことがある7)

2.2  慢性二次性疼痛の分類

慢性疼痛の多くは基礎疾患や組織障害による二次的なものである.慢性二次性疼痛は6つのサブグループに分類されている(表16).慢性がん性疼痛も慢性二次性疼痛に含まれている.なお表1に示すように頭痛または口腔顔面痛,内臓痛,筋骨格系疼痛には,基礎疾患や組織障害による慢性二次性疼痛に属するものと,上述した慢性一次性疼痛に分類されるものがある.

2.2.1  慢性がん関連疼痛

慢性がん関連疼痛は,原発巣または転移による痛みまたはその治療によって引き起こされる3カ月以上持続あるいは再発する痛みである3,13).原発巣または転移による痛みは慢性がん性疼痛,治療によって引き起こされる痛みは慢性がん治療後疼痛である.乳がんの化学療法や放射線治療後の患者の痛みは,慢性がん治療後疼痛である.例えばパクリタキセル投与後に生じた指先に強いアロディニアを伴う患者の痛みは,慢性有痛性化学療法誘発性多発神経障害に,また胸部の放射線治療後の痛みは慢性有痛性放射線誘発性神経障害に細分類される13).なお,がんの手術後の慢性疼痛は,次項目の慢性手術後疼痛に分類される6,13)

2.2.2  慢性手術後および外傷後疼痛

手術後に創傷治癒期間を超えて3カ月以上持続あるいは再発する場合の痛みが慢性手術後疼痛である3,14).この慢性疼痛は乳房切除術,ヘルニア切除術,胸部手術,四肢切断術などの手術後にしばしば認められる14).同様に外傷後にその創傷治癒期間を超えて3カ月以上持続あるいは再発する痛みは慢性外傷後疼痛である3,14).関節損傷後の外傷後変形性関節症,急性背部損傷,むち打ち症,熱傷の後の慢性疼痛などが慢性外傷後疼痛に含まれる.痛みのメカニズムが神経障害性であることも多いが,その可能性が高くても手術や外傷後の慢性疼痛は慢性手術後および外傷後疼痛の慢性疼痛症候群に含まれる6,14)

2.2.3  慢性神経障害性疼痛

皮膚,筋骨格,内臓などの身体情報を伝達する中枢や末梢の体性感覚神経系の病変または疾患によって生じる慢性二次性疼痛である15).慢性神経障害性疼痛は,中枢神経障害性疼痛と末梢神経障害性疼痛に分けられる.前者には脊髄損傷後や脳卒中や頭部外傷後などが,後者には三叉神経痛,末梢神経の外傷性障害,ニューロパシーによる末梢神経障害,糖尿病性末梢神経障害などによるものが含まれる15).診断には,3カ月以上の持続または再発する痛みであること,関連する神経学的病変または疾患の既往歴があり,痛みの分布が神経解剖学的に妥当であることが必要である3,15).持続的または発作的な自発痛,痛覚過敏,非侵害性の刺激で誘発されるアロディニアなどが,神経学的に矛盾しない障害神経の支配領域に認められる.中枢または末梢の神経障害が,画像検査,神経生理学的検査などから明らかであれば診断の確実性は高まる15)

2.2.4  慢性二次性頭痛および口腔顔面痛

急性,慢性の頭痛と口腔顔面の疼痛は世界人口の4分の1以上の人々の生活の質を著しく低下させているが,その診療は医科と歯科の複数の領域が担っている16).ICD-11分類のために,IASPの専門グループ,国際頭痛学会(HIS),歯科領域学会などの関連学会とWHOが協力して慢性頭痛および口腔顔面痛の分類が行われた16).この部位の慢性疼痛の時間的な診断基準は「3カ月間に少なくとも50%の日に発生し1日2時間以上持続する頭痛または口腔顔面痛」である3,16).この領域の慢性疼痛は一次性と二次性の疼痛に分けられる.一次性の痛みには,上述(2.1.2.3項)したように慢性片頭痛,慢性緊張型頭痛や痛みを伴う顎関節症,非定型顔面痛などが含まれる16).これに対して,慢性二次性頭痛または口腔顔面痛は,痛みを生じる局所性または全身性疾患,外傷,感染症などの科学的に因果関係が明白な原因が存在する場合の痛みで痛みの原因によって11に細分類される16)

2.2.5  慢性二次性内臓痛

慢性二次性内臓痛は内臓に由来する持続性または再発性の疼痛である3,17).部位により頭頚部,胸腔,腹腔,骨盤腔の4部位の痛みに分類されている.慢性二次性内臓痛は,持続的な炎症,血管性のメカニズム,機械的要因のおもに3つのメカニズムによって起こる.この3つの疼痛発生メカニズムと内臓臓器の解剖学的部位とによって12に細分類されている17).潰瘍性大腸炎や子宮内膜症は,持続的炎症によるそれぞれ腹腔と骨盤内臓の慢性二次性内臓痛である.身体所見として,関連痛とその部位に表在性あるいは深在性の痛覚過敏やアロディニアがみられることがある17).また慢性二次性内臓痛は他の慢性疼痛を併発することがある.例えば慢性胃炎と月経困難症などの二次性内蔵痛の併発,慢性二次性内臓痛に関連しない線維筋痛症などとの併発も少なくない17,20).二次性内臓痛の治療が,共存する別の疼痛状態の改善にもつながることがある17)

2.2.6  慢性二次性筋骨格系疼痛

慢性二次性筋骨格系疼痛は,関節,骨,筋肉,脊柱,腱または関連する軟部組織に,自発性あるいは運動によって誘発される3カ月以上続く,あるいは再発を繰り返す疼痛である3,18).原因によって持続炎症性,構造変化に伴うもの,神経疾患によるものの3つに分類される18).炎症性のものには持続的な細菌・ウイルスまたは真菌などの感染,関節リウマチ,全身性エリテマトーデスやシェーグレン症候群などの自己免疫疾患や,痛風にみられる尿酸結晶沈着によるものなどがある.変形性関節症や脊椎症は構造変化に伴う慢性疼痛の代表例である.神経系の疾患に関連した慢性二次性筋骨格系疼痛には,運動ニューロン疾患,錐体外路障害に伴うもの,固有感覚を含む感覚器の機能変化に起因するものが含まれる.パーキンソン病,多発性硬化症はその代表的な疾患である18)

3. IASPの慢性疼痛指定子

3.1  慢性疼痛の重症度

ICD-11には,疾病の重症度を表すために,軽症,中等症,重症にそれぞれ対応する1から3までの拡張子(extension codes)が設けられている2).IASPのワーキンググループは,ICD-11のために,慢性疼痛の重症度分類を慢性疼痛指定子(specifiers)として定義した6).この重症度の定義がICD-11の慢性疼痛の重症度に用いられる6).慢性疼痛の重症度は,痛みの強さ,痛みに関連する苦痛,日常活動や社会参加に対する痛みによる影響度によって決まる6).これら3つの指標は,数値的(NRS)または視覚的評価スケール(VAS)で評価することができる.過去1週間に経験したこれらの指標を,(なし),軽度,中等度,重度に分けて評価する(表26).ICD-11では,痛みに関連した苦痛は,痛みの持続的または反復的による認知的,行動的,感情的,社会的またはスピリチュアルな不快な感情的経験を含む.全体的な重症度は,3桁のコードを使用して,先週の平均的な痛みの強さ,苦痛の程度,および日常社会活動影響度を組み合わせてコード化される6).例えば,中程度の痛みの強さ,重度の苦痛,軽度の日常社会活動影響度のある患者では,コード‘231’が付与される.

表2 IASPの慢性疼痛指定子
先週の平均的な痛みの強さ
 1 軽度の痛み NRS:1~3,VAS:<31 mm
 2 中等度の痛み NRS:4~6,VAS:31~54 mm
 3 重度の痛み NRS:7~10,VAS:55~100 mm
先週の痛みに関連した苦痛
 1 軽度の苦痛 NRS:1~3,VAS:<31 mm
 2 中等度の苦痛 NRS:4~6,VAS:31~54 mm
 3 重度の苦痛 NRS:7~10,VAS:55~100 mm
先週の痛みに関連した(日常生活への)影響
 0 影響なし  
 1 軽度の影響 NRS:1~3,VAS:<31 mm
 2 中程度の影響 NRS:4~6,VAS:31~54 mm
 3 重度の影響 NRS:7~10,VAS:55~100 mm
痛みの時間的特徴
 持続痛 痛みが常に存在する
 反復性再発痛 痛みのない間隔をおいて痛み発作が再発する
 痛み発作を伴う持続痛 持続的な痛みの増悪として痛み発作が再発する
心理社会的な問題因子
 認知的問題 例:破局的思考,過度の心配
 感情的問題 例:恐怖,怒り,絶望,士気の低下
 行動的問題 例:回避,引きこもり
 社会的問題 例:仕事,人間関係の悪化

Treedeら(文献6)より引用.NRS:数値スケール,VAS:視覚アナログスケール.

3.2  痛みの時間的パターンと心理社会的な問題因子

慢性疼痛の診療では痛みの重症度の把握に加えて,痛みの時間的特徴と社会心理的な因子について把握することが重要である6).IASPの慢性疼痛指定子では,痛みの時間的特徴は3つのパターンに分類されている(表2).また治療とケアの方向性の判断に重要な心理社会的な問題として認知的,感情的,行動的,社会的問題の具体例が示されている(表2).

III ICD-11の慢性疼痛診断コード

1. ICD-11における慢性疼痛症候群の位置づけ

ICD-11の慢性疼痛分類の基礎となったIASP慢性疼痛分類は上述したPAINの8編の論文6,7,1318)やIASPのウェブサイト3)で詳細を知ることができる.このIASPの慢性疼痛分類を反映したWHOのICD-11の慢性疼痛コードと解説はインターネット上に公開されており閲覧と利用が可能である2).このWHOのウェブサイト(ICD-11 Browser)によるとICD-11は,01章「特定の感染症または寄生虫症」にはじまり,02章「腫瘍」,03章「血液と造血器官疾患」と続き,26章「補足章 伝統医学」までの合計26章と,第V章:生活機能評価に関する補助セクション,第X章:エクステンションコードなどで構成されている2).この中で慢性疼痛症候群は21章の「他に分類されない症状,徴候または臨床所見」にコード化されている2).なおICD-11の慢性疼痛診断コードの日本語版は厚生労働省によって公式に翻訳される予定であるが5,21),本稿執筆中には公表されていない.

2. IASP慢性疼痛分類とICD-11コードの関係

IASP慢性疼痛分類はそのままの順序でICD-11のコードに反映されているわけではない(表1).またICD-11では“マルチペアレンティング(multi-parenting)”というシステムによって,各疾患がより大きな「親(parent)」となる複数の大分類項目に属することができる6)ので,例えばTolosa-Hunt症候群はIASP分類の慢性二次性顔面痛に含まれICD-11では21章MG30.60の「慢性二次性頭痛または口腔顔面痛」に属しているが,病名コードには08章の「神経系の疾病の頭痛疾患」の8A85が用いられている2).複合性局所疼痛症候群も,慢性一次性疼痛症候群(MG30.0)に属するが08章神経系の疾病の8D8A.0にコード化されている2)表1).このようにICD-11では各慢性疼痛疾患は,慢性疼痛の分類体系に属しながら同時に神経疾患など他の分類体系にも属することができる.

3. ICD-11コードの選択と疾病の解説

WHOのICD-11のウェブサイト2)では個々の慢性疼痛疾患を検索しコードを決定することができる.検索を行うと左の欄に疾病コードの体系の中の位置付けが,右の欄には疾病の解説が示される.右欄の解説は個々の疾病の同定のための診断基準の役割を果たしており,新しいICD-11は疾病のエッセンシャルな診断学テキストとしての機能も有している2).このようにICD-11のウェブサイトの検索機能はきわめて有用であるが,実際の臨床では常時このウェブサイトにアクセスする必要はない.現在の多くの電子カルテでは病名を入力すると検索した傷病名とICD-10コードがリストアップされ,病名リストの中から適切なものを選択すれば自動的に該当コードが決定される.同様の電子カルテのシステムがICD-11にも採用されれば,慢性疼痛の診療にあたって必ずしもICD-11のコード体系を記憶する必要はない.

IV 症例

ICD-11の導入後,慢性疼痛患者の診断治療がどのように変わるのか,症例を想定してシミュレーションしてみたい.

1. 症例

26歳女性.2年前から上肢の痛みのため職場で手作業に支障が生じ休業を余儀なくされている.痛みは両上肢前腕,手指関節に強く,コンピュータのキーボード入力など軽い手作業でも痛みが生じる.整形外科で手根管症候群や関節リウマチを疑われたが精査の結果否定されている.肩,胸部,腰部,大腿にも自発痛がある.また下腹部にしばしば痛みがあり頻尿である.熟睡感がなく眠れないことが多いため睡眠薬を服用している.診察では自発痛の多部位に圧痛を認めるが,触覚に対する知覚低下,アロディニアを認めない.四肢の単純レントゲンで,骨関節に異常を認めない.皮膚の色調は正常で発汗の過多やサーモグラフィーで温度低下や上昇も認めない.血液生化学検査に異常はなく,脳神経内科で行った頚部および頭部MRIで異常を認めず,神経伝導速度も正常である.

2. 慢性疼痛分類とICD-11病名検索による診断

この症例の上肢,大腿,肩の痛みは悪性腫瘍や手術,事故,神経障害による二次的なものではない.筋骨格筋の痛みと考えられるが,痛みを生じる慢性炎症や筋や骨の病変,神経疾患は認められない.このことから痛みは慢性一次性疼痛(chronic primary pain)であると考えられる.ICD-11死因及び疾病の分類のウェブサイト2)でchronic primary painを検索すると,MG30.0にコード化されるchronic primary painの下に5項目の細分類が示される(表3).このうち本症例は筋骨格の慢性疼痛であるのでMG30.01 Chronic widespread painあるいはMG30.02 Chronic primary musculoskeletal painが該当する.ICD-11ウェブページ上のMG30.01の解説を参照すると,「慢性広範性疼痛は,5つの身体領域の少なくとも4部位にびまん性の痛みがあり,重大な感情的苦痛(不安,怒り/欲求不満,または気分の落ち込み)または機能障害(日常生活活動への干渉および社会的役割への参加の減少)を伴う」2)とあるので,慢性広範性疼痛と診断される.

表3 ICD-11病名検索
21 Symptoms, signs or clinical findings, not elsewhere classified
         General symptoms, signs or clinical findings
              General symptoms
                    Pain
                         MG30 Chronic pain
                                 MG30.0 Chronic primary pain
                                      MG30.00 Chronic primary visceral pain,
                                      MG30.01 Chronic widespread pain
                                      MG30.02 Chronic primary musculoskeletal pain
                                      MG30.03 Chronic primary headache or orofacial pain
                                      8D8A.0 Complex regional pain syndrome

ICD-11ウェブサイト(文献2)より引用.

3. 重症度の記載

患者の重症度の評価では,先週一週間の痛みの程度はNRSで8~9,痛みによる苦痛の程度と生活への影響はNRSでそれぞれ10である.したがって痛み重症度コードは333で表される(表2).痛みの時間的パターンは手作業時の痛みの増強を伴う持続痛.心理社会的問題として,認知的,感情的,行動的問題は認めないが,手作業の回避という行動的問題が認められる.患者は仕事や職場での人間関係の悪化など社会的問題があることを自覚している.

4. 慢性疼痛分類による治療ケア

痛みが慢性広範性疼痛の範疇に入ることを認めたペインクリニック担当医は,ペインセンターの慢性疼痛緩和チームで治療方針を検討した.内服治療はペインクリニック医師が,患者教育はペインセンター看護師,臨床心理士が担当し,理学療法師による痛みのリハビリテーション療法と精神科スタッフによる認知行動療法を開始した.半年後,痛みの重症度コードは222まで改善し職場復帰が可能となった.

V 用語の制約とIASP/ICD-11の慢性疼痛に関する日本語情報

本稿で用いたIASP慢性疼痛分類用語は,前述した慢性疼痛治療ガイドライン8)を参考とし,著者が適切であると考える和訳を用いた.今後,厚生労働省からICD-11の日本語版が公表されれば,その慢性疼痛用語がわが国の慢性疼痛疾患の用語の標準となると考えられる5).なお,あえて翻訳しなかった用語に“nociplastic pain”がある.この新しい疼痛用語は“侵害可塑性疼痛”と和訳できるかもしれないが,現時点で日本ペインクリニック学会の正式和訳が決定していない重要な疼痛概念であるため本稿では英語名で表記した.

IASP慢性疼痛に関する日本語文献として,現時点では上述の慢性疼痛治療ガイドライン8)以外に,IASP慢性疼痛分類を解説した1編の総説21)とIASP慢性疼痛分類を用いた1つの臨床研究論文22)がある.また,ウェブサイトとして厚生労働行政推進調査事業によって設立された「慢性の痛み情報センター」の研究チームが国際疼痛学会,日本疼痛学会,企業の支援を得て慢性疼痛領域の解説,日本語版「ICD-11J」を公開している23).なお広島大学麻酔蘇生学教室では広島大学麻酔科ウェブページ24)にIASPとPAINの出版社Wolters Kluwer Health, Inc.の許可を得て,IASP慢性疼痛疾病分類3)の日本語訳を掲載した.

VI 結語

本稿ではICD-11慢性疼痛分類コードの基になったIASP慢性疼痛分類について概説し,ICD-11慢性疼痛分類コードの使用法についてシミュレーションした.IASP創始者でありペインクリニックの生みの親でもあるJohn J Bonicaは1970年代に「慢性疼痛分類にもとづく正しい診断と治療によって,“長期にわたる障害”や“医原性の合併症”を防ぐことができる」と述べ,慢性疼痛分類の重要性を提唱した25).そして「IASPの使命の一つはそのような慢性疼痛の分類を作成することである」と述べている26).新しいIASPの慢性疼痛分類はこのBonicaの提言を受けて,約半世紀をかけて結実した初めての国際的な分類である.今後ペインクリニックのみならず,慢性疼痛を扱うすべての医療従事者27),科学者,医療政策策定者,司法従事者のきわめて重要な指針となると考えられる.

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