2021 Volume 28 Issue 8 Pages 175-178
前皮枝神経絞扼症候群(anterior cutaneous nerve entrapment syndrome:ACNES)に対し,modified Thoraco Abdominal nerves through Perichondrial Approach(m-TAPA)ブロックとトリガーポイントブロックの併用で症状が改善した1例を経験した.41歳男性.3日間持続する左上腹部痛が増悪し当院を受診した.ACNESと診断され,神経ブロックを施行した.超音波所見で第10肋軟骨尾側の圧痛部の腹直筋内に高輝度領域を認めた.第10肋軟骨尾側の内腹斜筋・腹横筋間に1%メピバカイン5 mlを投与し,直後よりnumeric rating scale(NRS)4→0/10と改善した.その後高輝度領域周囲に1%メピバカイン5 ml+デキサメタゾン1.65 mgを投与した.皮膚分節でTh5~9に冷感消失を認め,1.5カ月後も症状再発はなかった.超音波高輝度領域はACNESの原因である肋間神経前皮枝の絞扼部と考えられ,正確なトリガーポイントブロックが施行できた.またm-TAPAブロックはACNESの治療の選択肢となる可能性が示唆された.
Thoraco Abdominal nerves through Perichondrial Approach(TAPA)ブロックは2019年にTulgarらにより報告された.1st injectionとして第10肋軟骨尾側で内腹斜筋と腹横筋の間に,2nd injectionとして第10肋軟骨の頭側で外腹斜筋と肋間筋の間に局所麻酔薬を注入する手技である.1st injectionでは肋間神経前皮枝領域を,2nd injectionでは肋間神経外側皮枝領域を遮断することができ,皮膚分節でTh5~12の範囲まで鎮痛が得られる1).このうち1st injectionのみ行うものはmodified TAPAブロック(以下,m-TAPAブロック)とよばれ,腹部手術においてTh7~12と広範囲の鎮痛が得られたとする報告もある2).前皮枝神経絞扼症候群(anterior cutaneous nerve entrapment syndrome:ACNES)は,内腹斜筋と腹横筋の間を走行する肋間神経前皮枝が,腹壁に達するまでに通過する腹直筋内の線維組織のリング部においてなんらかの理由で圧迫されることが原因となり,慢性腹痛の原因の2~3%を占める3).ACNESの標準的な治療法としては非ステロイド系抗炎症薬,抗けいれん薬,抗うつ薬,オピオイド,リドカインクリーム局所塗布,外科的神経切除などがあげられるが,トリガーポイントブロックは比較的合併症が少なく診断にも有用で,ACNES患者全体の40~50%で持続的な症状改善が得られたとする報告もある3,4).今回われわれはACNESに対しm-TAPAブロック施行直後に良好な鎮痛が得られ,またトリガーポイントブロックを併用し長期的な症状の改善が得られた症例を経験したので報告する.なお本報告について,患者から文書で同意を得ている.
41歳,男性.身長175 cm,体重67 kg.40歳時に左上腹部の違和感と痛みを自覚した.2~3時間持続するNRS 2~3/10程度の痛みであったが軽快していた.1年後同部位にNRS 5~6/10の刺すような痛みを自覚し,出現・自然軽快を繰り返した.その4日後同部位にNRS 7~8/10の刺すような痛みが5秒ほど持続し,再燃を繰り返し改善しないため当院救急科を受診した.軽度の左水腎症が指摘されたが,痛みの原因としては否定的で泌尿器科での経過観察とされた.翌日当院総合診療部を受診した.
総合診療部初診時には左上腹部に自発痛,左腹直筋上にピンポイントの圧痛点を認め,腹壁の緊張により圧痛が増強するCarnett徴候陽性であった.採血,尿検査,胸腹部単純および造影CTでは異常は認めなかった.症状および所見からACNESが強く疑われ,治療目的に当科を紹介受診した.身体所見として左肋弓下に安静時NRS 4~5/10の自発痛およびNRS 7/10の圧痛を認めた.神経ブロックを含めた治療法を説明したが,まずは低侵襲な治療を希望され10%リドカインクリーム(院内製剤)を塗布し,5分後に安静時NRS 2/10と症状改善を認めた.3日間はリドカインクリームで鎮痛効果を認めたが,その後効果は消失した.コデイン20 mg/日の内服も開始したが,症状は持続しており左側腹部にも痛みを認めた.当科初診から2週間後に神経ブロック施行を再提案し,施行する方針となった.
超音波で観察したところ,第10肋軟骨尾側に,健側には認めず,圧痛部に一致した腹直筋内に楕円形の高輝度領域(図1A)を認め,前皮枝神経の絞扼部と考えられた.当初はトリガーポイントブロックのみ施行する予定であったが,圧痛点がm-TAPAブロックで得られる知覚神経遮断領域に一致していたことからm-TAPAブロックも併用する方針とした.
神経ブロック施行時の超音波画像
A:絞扼部と考えられる高輝度領域が認められる(青色○で囲まれた範囲).
B:第10肋軟骨尾側の腹横筋と内腹斜筋の間に針を刺入する様子(△:ブロック針の走行).
C:高輝度領域周囲と第10肋軟骨尾側の腹横筋と内腹斜筋の間に局所麻酔薬(図:LA)が広がっている様子.
まずm-TAPAブロックを行った.乳頭よりやや外側の肋弓部に肋軟骨の走行に対し垂直にリニアプローベを置き,第10肋軟骨を同定した.その後,平行法の手法で針を描出し第10肋軟骨尾側の腹横筋と内腹斜筋の間に1%メピバカイン5 mlを注入したところ(図1B),投与直後にNRS 4→0/10と鎮痛効果が得られた.次に,同じ穿刺位置からトリガーポイントブロックとして絞扼部と考えられる高輝度領域周囲に,1%メピバカイン5 mlとデキサメタゾン1.65 mgを注入した(図1C).30分後,皮膚分節でTh5~9にかけて冷感消失を認めた(図2).ブロック施行後1カ月半経過しても症状の再燃は認めなかった.
ブロック施行30分後の冷感消失領域
m-TAPAブロックは単回投与で上腹部~下腹部の肋間神経前皮枝領域の広範囲の鎮痛効果が報告されている2,5).ACNESを末梢神経ブロックで治療した報告では,強い痛みのため圧痛点にプローベを当てられず,支配神経領域が一致している腹横筋膜面ブロックを施行していた6).本症例も圧痛点がm-TAPAブロックによる肋間神経前皮枝の神経遮断域であったため,まずm-TAPAブロックで鎮痛した.また,本症例ではm-TAPAブロックとトリガーポイントブロック施行30分後にTh5~9にかけて冷感消失を認めた.m-TAPAブロックのみで得られた鎮痛範囲は不明である.トリガーポイントブロックは単一の肋間神経前皮枝に対するものだが,薬液が近傍にある別の肋間神経前皮枝に作用した可能性や,内腹斜筋・腹横筋間に移行してm-TAPAブロックとして作用した可能性もある.本症例で投与した局所麻酔薬量は合計10 mlであり,これまで周術期m-TAPAブロックの報告で投与された20~30 ml2,5)と比較すると少量であった.末梢神経ブロックとトリガーポイントブロックの併用でACNESの鎮痛作用が増強したという過去の報告はないが,本症例では少量の局所麻酔薬で圧痛出現部を含む広範囲の上腹部鎮痛を得た可能性がある.
本症例ではACNESの線維組織のリングによる絞扼部と考えられる超音波高輝度領域を同定でき,ステロイドを併用した正確なトリガーポイントブロックを施行できた.長期の鎮痛が得られた理由として,原因治療としてのトリガーポイントブロックによる絞扼部へのリリース効果や,痛みの悪循環を断つ効果が考えられる7).また,中枢性感作の改善作用8),局所麻酔薬によるナトリウムチャネルの変化や,G蛋白経路などのナトリウムチャネル遮断以外の薬理学的経路による作用なども長期の鎮痛に寄与した可能性がある9).また,glucocorticoidには細胞膜安定作用があり神経線維の異所性興奮を抑えるという報告があり10),局所麻酔薬に併用することで鎮痛効果増強・再発抑制に寄与するという意見もある.本症例もデキサメタゾン投与で鎮痛作用増強・再発の抑制ができた可能性がある.
ACNESは慢性腹痛の原因として知られるが,絞扼部が同定できれば周囲へのトリガーポイントブロックは有用と考える.また,m-TAPAブロックはACNESの治療の選択肢となり得る手技である可能性が示唆された.