2021 Volume 28 Issue 8 Pages 179-182
微小血管減圧術(microvascular decompression:MVD)は,三叉神経痛に対する根治的な治療法であるが,MVD後に痛みが再燃する症例は存在する.今回,MVD術後に三叉神経痛が再燃した若年女性にパルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)による上顎神経ブロックを追加処置として施行したところ効を奏した症例を経験した.症例は30代の女性.左三叉神経第2枝領域の痛みに対し微小血管減圧術が行われたが,術後6カ月目に同部位の痛みが再燃した.左眼窩下神経高周波熱凝固術を行い,眼窩下神経領域の痛みは改善したが,間もなく左奥歯の痛みが増強した.超音波ガイド下での上顎神経パルス高周波法を行ったところ疼痛は軽快した.超音波ガイド下での上顎神経パルス高周波法は微小血管減圧術後に再発した三叉神経痛への治療として,安全性,合併症リスク軽減の点で有用であると思われる.
微小血管減圧術(microvascular decompression:MVD)は,三叉神経痛に対する根治的な治療法である.なかでも若年性の三叉神経痛の患者には,積極的な手術加療が勧められる.しかし,MVD後に痛みが再燃する症例は存在する.術後に痛みが再燃した場合,再手術はリスクも高く,神経ブロックによる治療を選択される場合も多い.今回,MVD術後に三叉神経痛が再燃した若年女性に眼窩下神経高周波熱凝固術を行ったが効果が不十分なため,パルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)による上顎神経ブロックを追加処置として施行したところ奏功した症例を経験したので報告する.なお,本症例の報告に関しては患者から書面で同意を得た.
患者:37歳,女性.身長164 cm,体重42 kg.
既往歴:特記事項なし.
現病歴:X年7月に左口唇から左頬部にVAS 80/100の発作性の激しい痛みが出現し,食事や化粧が困難になった.歯科で抜歯を行ったが痛みは改善せず,X年10月に他院脳神経外科を受診した.痛みの性状と,MRI所見から,前下小脳動脈が三叉神経を圧迫することによる典型的三叉神経痛の可能性が高いと診断された.薬物療法では疼痛コントロールが困難で,手術加療目的にX+1年7月に当院脳神経外科に紹介となり,手術までの疼痛緩和目的にX+1年10月に当科紹介となった.当科初診から1週間後に左眼窩下神経高周波熱凝固術を施行し,疼痛は緩和された.その後予定通り3カ月後にMVDを施行された.手術時に,術前に指摘されていた前下小脳動脈ではなく横橋静脈が三叉神経を圧迫しているのが確認され,同部位の減圧術が行われた.術後6カ月目に手術前と同様の痛みが再燃したが,再手術は希望されず,カルバマゼピン400 mg/日の内服でも効果不十分でそれ以上の増量は眠気が増強するため困難であった.ペインクリニック科での定期的な神経ブロックによる疼痛緩和を希望され,再度当科紹介受診となった.再診時,左口唇から左頬部にかけて発作的,電撃性の痛み(NRS 8/10)を認め,食事や会話で増悪するため生活に支障をきたしていた.
治療経過:再診時に超音波ガイド下に左眼窩下孔にガイディングニードルを刺入し,100 Hz 0.3 Vの電気刺激で再現痛が確認できた場所で2%リドカイン1 mlを注入後に続けて左眼窩下神経パルス高周波法,高周波熱凝固術(PRF 42℃ 360秒,高周波熱凝固術90℃ 90秒)を施行した.施行直後は左眼窩下神経領域の知覚低下および軽度の違和感を認めるが,不快なしびれ感の訴えは無かった.1週間後の外来では鎮痛効果を認め,1カ月後の外来ではカルバマゼピンの内服なく過ごせていた.処置3カ月後に左奥歯の痛みが出現し,カルバマゼピン400 mg/日の内服を再開したが効果不十分でありNRS 6/10の発作痛が残存していた.追加の処置を希望され,眼窩下神経領域の処置では効果が不十分になる可能性が高いと判断し,外来日帰りで超音波ガイド下での上顎神経パルス高周波法を計画した.超音波画像診断装置Sonosite X-Porte(富士フイルム社)を使用してコンベックスプローブで側頭下窩を描出し,顎動脈を避けながら翼口蓋窩直近の外側板前縁を到達点としてガイディングニードルを刺入した.100 Hz 0.3 Vの電気刺激で再現痛が確認できた場所で42℃ 540秒のPRFを施行した(図1).PRF施行前に局所麻酔薬の投与は行わなかった.処置3週間後の診察では発作痛はNRS 1/10と改善を認めた.軽度の疼痛が残存するためカルバマゼピンの内服は継続する方針となり,200 mg/日から400 mg/日の範囲で処方量を調整し良好な疼痛コントロールが可能となった.以後,外来定期通院としており,カルバマゼピン400 mg/日の内服でも疼痛が増強し処置を希望される場合,眼窩下神経高周波熱凝固術または左上顎神経パルス高周波法を所見に合わせて選択して行っている.現在までに左眼窩下神経高周波熱凝固術,左上顎神経PRFをそれぞれ3回ずつ約5カ月ごとに施行することで,NRS 3/10以下に抑えられている.
超音波ガイド下上顎神経パルス高周波法
超音波で側頭下窩を描出し,顎動脈を避けながら翼口蓋窩直近の外側板前縁を到達点としてガイディングニードルを刺入した.100 Hz 0.3 Vの電気刺激で再現痛が確認できた場所で42℃ 540秒のPRFを施行した.
三叉神経痛は,三叉神経根の形態変化による血管の圧迫が原因となりおこる典型的三叉神経痛と,帯状疱疹,外傷後,多発性硬化症,占拠性病変等が原因となり,原因がさまざまなので,痛みの性質や重症度もさまざまである有痛性三叉神経ニューロパチーの2つに分けられる1).
典型的三叉神経痛の発症機序は小脳橋角部の入口部での三叉神経の機械的な圧迫によると報告されている.圧迫原因として最も多いのが動脈で,70%の患者に動脈圧迫がみられる.その他,静脈(多くは横橋静脈)圧迫は14%に,くも膜の癒着が3%の患者に認められたとの報告がある2,3).
MVD後の再発率は報告によりばらつきがある.本症例のように静脈による三叉神経痛の場合は動脈圧迫による症例に比べてMVD後の再発率が高いとの報告もある4)が,その機序は不明である.2回目のMVDによって痛みが完全に消失する割合は1回目より低いとされている.したがって他の治療が可能であれば再MVDは推奨されていない.このような症例で薬物療法の効果が不十分な場合や副作用,アレルギー反応により薬物療法が困難な場合は神経ブロックやガンマナイフでの治療が考慮される.
本症例では,まず三叉神経末梢枝である眼窩下神経に対するパルス高周波法および高周波熱凝固術を行った.近年,ガッセル神経節ではなく穿刺が容易な眼窩上,眼窩下,オトガイ神経に対する高周波熱凝固法のみでも十分な疼痛緩和が行える症例が多いとの報告もあり5),安全性の面からもまず眼窩下神経への処置を選択した.Elawamyらは,三叉神経痛に対しガッセル神経節への高周波治療を行う患者を対象としたランダム化比較試験を行い,ガッセル神経節高周波熱凝固術,ガッセル神経節パルス高周波法,その両方を組み合わせる3群に分け鎮痛効果を評価し,処置12カ月後においても両方を組み合わせた群で高周波熱凝固術またはパルス高周波法単独よりも良好な鎮痛効果を得たと報告しており6),当科でも三叉神経痛に対する眼窩下神経の高周波熱凝固術施行時にパルス高周波法も行っている.しかし3カ月後に上顎神経領域の疼痛再燃を認め,疼痛の部位が眼窩下神経領域から離れた奥歯周辺であったため,追加処置として上顎神経をターゲットとした処置を行うことを検討した.局所麻酔薬を用いたブロックでは効果が短時間である可能性が高く,パルス高周波法もしくは高周波熱凝固術が長期効果を得る上で有用であると思われた.パルス高周波法は,感覚神経に高周波電流を断続的に通電することで電場による痛覚神経伝達の変化を引き起こして除痛する手法であり,熱エネルギーにより神経を変性させて痛みの伝達を遮断する従来の高周波熱凝固術とは機序が異なる.パルス高周波法は高周波熱凝固法と比較して不快なしびれ感や熱凝固による神経障害の危険性が低く安全性の高い処置であるとされており,近年は典型的三叉神経痛に高周波熱凝固術を行わず単独でパルス高周波を施行した場合も長期の鎮痛効果があったと報告されている7).上顎神経への高周波熱凝固術を行った場合は広範囲のしびれ感が出現し不快感を伴う可能性があるため,今回はパルス高周波法を単独で行う方針とした.
三叉神経痛に対する高周波熱凝固,パルス高周波法とも効果は数カ月から数年で減弱してくる可能性が高く,本患者のように若年者にこの処置で疼痛コントロールを図る場合は,数カ月単位,数年単位で処置を繰り返すことを想定しなければならない.そのため,動脈誤穿刺や被爆のリスクを下げる処置を行うことが重要である.上顎神経ブロックは盲目的な穿刺では穿刺経路に顎動脈が存在する可能性があり,動脈誤穿刺,血種形成の危険性があり,穿刺回数が多くなるとより危険性が高まると思われる.X線ガイド下の穿刺は穿刺回数を減らすことができるため,正確性,安全性の観点から広く用いられてきた.しかし,動脈誤穿刺は完全には避けることができず,放射線被爆の危険もある.超音波ガイド下での上顎神経ブロック,下顎神経ブロックは近年の超音波装置の進歩に伴い,より深部の構造物を描出できるようになったことから,手術麻酔やペインクリニック領域においてその有用性が報告されるようになってきた8,9).超音波ガイド下での穿刺は顎動脈の走行が確認できるため,動脈を避けて穿刺を行うことができる.本患者においても超音波ガイド下の上顎神経パルス高周波法施行後に頬部に穿刺後血種による腫脹は認めず,安全性を高めるうえで超音波ガイドが有用であったと考えられる.
三叉神経痛の根本的な治療はMVDであるが,症例によっては術後再発を起こし,対応に難渋する症例がある.今回われわれは,MVD後再発した三叉神経痛を,眼窩下神経パルス高周波法,高周波熱凝固術と上顎神経パルス高周波法の施行と内服薬調整でコントロールすることができた.パルス高周波法は長期の有用性と高い安全性が示されてきており,超音波ガイド下での穿刺により安全性を高めて手技を行うことが治療の選択肢として有用であると考える.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会 第1回関西支部学術集会(2020年11月,Web開催)において発表した.