Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Peroneural neuropathy after total hip arthroplasty with combined neural block: a case report
Tomoaki Alex KINUKAWATakahiro TAMURAYasuhiko TAKEGAMITaisuke SEKIKimitoshi NISHIWAKI
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2021 Volume 28 Issue 9 Pages 194-198

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Abstract

【症例】46歳女性,身長157 cm,体重58 kg.20歳ごろより両股関節痛を生じ,変形性関節症と診断され保存的に加療していた.当院整形外科紹介受診し,左人工股関節置換術施行予定となった.腰神経叢ブロックと傍仙骨部の坐骨神経ブロックを施行後,全身麻酔導入し,手術を行った.術後のレントゲンで脚延長は20 mmであった.覚醒後,両下肢に運動障害と感覚障害があった.症状は数時間以内に改善し,腰神経叢ブロックが硬膜外ブロックになったと考えられ,画像検査で血種による神経圧迫などを除外した上で経過観察となった.その後,感覚障害と運動障害は改善傾向であったが左足関節の背屈運動のみ回復が遅れ,術28日後の筋電図検査にて腓骨頭レベルでの軽度腓骨神経障害と診断された.術32日後,杖歩行安定し退院した.【まとめ】本症例の神経症状は,腓骨頭レベルでの神経障害であることから,腓骨神経の過伸展等の物理的因子に起因することが推察されるが,腰神経叢ブロックが硬膜外ブロックになったことにより麻痺症状が初期段階ではマスクされた.また今回の神経ブロックが麻痺に影響した可能性も否定できない.

I はじめに

近年の周術期管理における末梢神経ブロックの広がりは目覚ましく,整形外科手術の麻酔管理にも応用されている.今回,われわれは人工股関節置換術に対して全身麻酔と腰神経叢ブロックと坐骨神経ブロックを併用して麻酔管理を行い,術後に両下肢の運動・感覚障害を生じ,後に患側の足関節の背屈運動のみ制限が残存して腓骨神経障害と診断され,対応に苦慮した症例を経験したのでここに報告する.

本報告については患者からの承諾を書面にて得ており,当院倫理委員会からの承認を得ている(承認番号:2020–0609).

II 症例

46歳女性,身長157 cm,体重58 kg.

既往歴:高血圧,脂質代謝異常.

現病歴:20歳ごろより両側の股関節に痛みが生じるようになり,変形性股関節症と診断され保存的加療をしていた.疼痛悪化のため,当院整形外科紹介受診し,両側の人工股関節置換術を片側ずつ2期的に施行する予定となった.1期目の術式は左人工股関節置換術で,体位は右側臥位,後方・後側方アプローチでの手術が計画された.手術室入室し,右側臥位とし軽度鎮静下で腰神経叢ブロックと坐骨神経ブロックを施行した.この時,施行者が超音波装置プローブを保持し穿刺針を運針し,介助者が薬液注入と神経刺激装置を使用した.腰神経叢ブロックはShamrockアプローチで,神経刺激装置にて1.0 mAで大腿四頭筋の収縮が得られ,0.5 mAまで下げると収縮が消失する部位で0.3%ロピバカイン30 ml注入した.坐骨神経ブロックは傍仙骨アプローチで,神経刺激装置にて1.0 mAで足関節の底屈運動が見られ,0.5 mAまで下げると底屈運動が消失する部位で1%メピバカイン20 mlを注入した.この2つの神経ブロック施行後に,仰臥位として全身麻酔を導入し,気管挿管し呼吸器管理とした後に右側臥位として,手術開始となった.手術時間は82分,出血量は150 mlであった.手術終了し,股関節の術後レントゲン撮影をした後に,麻酔薬中止し,自発呼吸の安定と,指示動作の確認を行った後に,筋弛緩剤を拮抗し,抜管した.覚醒時より,両側下肢の膝関節・足関節の運動障害を認め,両側体幹のTh5レベルから両足趾先端までの感覚障害(知覚鈍麻)を認めた.経時的に運動障害と感覚障害は改善傾向で,神経ブロック施行5時間後時点で,右側の膝関節は屈曲・伸展ともに可能となり,足関節は,背屈・底屈ともに可能となった.同時点で,左側は膝関節の伸展不可だが大腿四頭筋に筋収縮が見られ,屈曲は不可で,足関節は背屈が不可で,底屈は可能になるまで回復した.この時点で,感覚障害の範囲は右側はL1レベル以下,左はL3レベル以下となるまで改善した.腰神経叢ブロックが硬膜外ブロックになったと考えられ,経過観察となった.術翌日,感覚障害はないものの,左膝関節(屈曲)と左足関節(背屈)の運動障害が残存しており,周術期神経障害と判断し,腰部から股関節範囲のMRI検査を行うも,異常所見は認めなかった.Tinel徴候は臀部と腓骨頭ともに認めなかった.術2日後,運動障害は改善傾向で左足関節の背屈運動のみ障害が残存し,術5日後には歩行器での歩行も可能となった.術14日後,筋電図検査にて有意な所見はなかった.術21日後,筋電図検査にて大腿二頭筋の長頭と短頭に問題がなく,前脛骨筋に脱神経の所見が認められ,腓骨頭レベルでの腓骨神経障害が示唆され,また同部位でのTinel徴候を認めた.術32日後,運動障害は改善傾向となり,足関節の背屈も見られるようになり,杖歩行安定し,退院となった.退院後,独歩可能となり,当院外来受診と他院でのセカンドオピニオンを経た上で,当初の予定通り,反対側である右人工股関節置換術を当院で行うこととなった.L3/4から硬膜外カテーテル挿入した後に全身麻酔を導入して,左側臥位の手術体位として,後方・後側方アプローチにて手術施行された.覚醒後,麻痺なく,術翌日より歩行リハビリ開始し,術30日後,杖歩行で退院となった.

III 考察

腰神経叢ブロックは人工股関節置換術において十分な鎮痛効果が期待でき1,2),かつ出血量を減少させる可能性があるなど2),その有用性が認められている.また硬膜外ブロックと異なり,尿閉のリスクが少ないこともメリットにあげられる.佐倉らは腰神経叢ブロック,坐骨神経(傍仙骨アプローチ)の局所麻酔薬の注入容量としてそれぞれ30 ml,20 mlを提唱しており3),今回はこれに準じた神経ブロックを施行した.腰神経叢ブロックには長時間の鎮痛作用を期待して0.3%ロピバカインを選択し,術後早期に坐骨神経領域の運動・感覚障害のチェックを可能とするため坐骨神経ブロックには短時間作用型の1%メピバカインを選択した.

腰神経叢ブロックは,しばしば硬膜外ブロックとなることが報告されている2).本症例は,腰神経叢ブロックの正常な効果や手術の合併症では説明できない両側高位レベルまで運動・感覚障害が生じたこと,また数時間以内に運動障害と感覚障害が改善したことから腰神経叢ブロックが硬膜外ブロックになったことが推察された.腰神経叢ブロックが偶発的に硬膜外ブロックとなったため,結果として長時間作用の通常の硬膜外ブロックでは投与されない高容量のロピバカイン(30 ml)が注入部位から硬膜外腔へ広がったため,両側Th5の高位レベルまで運動・感覚障害が生じたと考えられ,このため後に遷延した腓骨神経障害がマスクされたと考えられる.腰神経叢ブロックが硬膜外ブロックとなる機序としては,大腰筋の薬液注入スペースから神経根を経由して,硬膜外腔に薬液が注入されることにより生じるとされている.とくに注入圧が高い時にこの現象が生じやすいとされている4).欧米では,神経ブロック施行時において注入圧モニターの使用が推奨されているが5),本邦では未発売であり,注入圧は注入者の感覚に頼っており,注入圧モニターの導入が望ましいと考えられる.

末梢神経のWaller変性は1~2週間後より生じるとされ6),周術期の筋電図・神経伝導検査で神経障害の局在部位診断ができるのは発症2週間後以降と考えられ,本症例も筋電図の脱神経所見により客観的に局在診断が確定できたのは術3週間後であった.ただし,術2日後の時点で,残存する運動障害が足関節の背屈障害であったことから神経障害の局在が膝関節以遠であるということが推定されており,これに矛盾はなかった.また,神経障害に特徴的なTinel徴候が出現するのは障害発生から4週間後ごろからとされ7),神経障害の早期には出現しないことには注意が必要である.

末梢神経の障害部位の局在は筋電図で確定診断できる.本症例では大腿二頭筋の長頭(脛骨神経支配)と短頭(総腓骨神経支配)は正常で,前脛骨筋(深腓骨神経支配)での脱神経所見により,腓骨頭での腓骨神経障害と確定診断された(図1).比較的早く回復し,術32日後には杖歩行で退院し,術3カ月後で2期目手術をする前には独歩となっていた.経過から,Sunderlandの神経損傷分類ではII度損傷であったと考えられる9)

図1

坐骨神経の走行(文献8より,許可を得て引用・改変)と前脛骨筋電図(術後21日)

解剖学的に腓骨頭で腓骨神経が解剖学的に圧迫されやすいことが分かる.

収縮時:全体的な干渉波の低下の所見を認める.

非収縮時:陽性鋭波(↑)と繊維自発放電(*)は脱神経を示唆する.

人工股関節置換術はアプローチごとにメリットとデメリットが変わる.前方アプローチでは前方脱臼と大腿神経損傷のリスクがあり,後方・後側方アプローチでは後方脱臼と坐骨神経損傷のリスクがあるとされている10).河野らの報告では後方・後側方アプローチで行った人工股関節置換術の0.23%で術後に神経障害が生じたとしている11).経験的に20 mm程度までの下肢延長が許容とされていたが,実際には20 mm以下での神経障害も報告されている11).人工股関節置換術による神経障害の要因としては,術後血種,脚延長,術後体位での腓骨頭圧迫,もともとの神経症状の存在,手術・外傷歴などが考えられる11).腓骨神経は腓骨頭部で回旋し,この部位で圧迫を受けやすいことから,解剖学的に同部位で最も障害されやすいとされている.ただし,多くの因子があることから,神経障害の原因を一つに特定するのは困難である.また,坐骨神経ブロックを傍仙骨部で行っており,これは坐骨神経のかなり中枢の部位であり,今回障害部位と同定された腓骨頭レベルとは離れている.ただし,局所麻酔自体に神経毒性があり12),今回施行された腰神経叢ブロック,坐骨神経ブロックによる影響は否定することはできず,また腰神経叢ブロックが硬膜外ブロックとなったことによる影響も否定できないとわれわれは考えている.

本症例においては,後方・後側方アプローチにて手術を行っていること,脚延長していること,腰神経叢ブロック+坐骨神経ブロックを行っていること,腰神経叢ブロックが硬膜外ブロックになった可能性があることなどが神経障害を生じた要因として考えられるが,単一の原因ではなく,多くの因子が重複したいわゆるdouble crush syndrome13)の結果として周術期神経障害が発生したと考えている.

本症例においては,早期より担当麻酔科医師,執刀整形外科医師,脳神経内科医師による診察・検査を行い,見解をすり合わせ,遂次,患者に丁寧な説明を行った.他院にてセカンドオピニオンを行ったものの,結果として患者より,2期目の手術も当院で行うことを希望された.1期目の手術において腰神経叢ブロックが偶発的に硬膜外ブロックになった可能性があり,この事象と術後の腓骨神経麻痺との因果関係は不明であるが,神経ブロックに代わる鎮痛方法があればそちらへの変更が望ましいと,患者本人,整形外科医師,麻酔科医師ともに合意し,2期目の手術では硬膜外ブロックを選択し,術後は問題なく経過し,良好に帰結した.

IV 結論

神経ブロックを行った整形外科手術症例において,周術期神経障害を生じた症例を経験した.腰神経叢ブロックはしばしば硬膜外ブロックとなる可能性があるため,周術期神経障害が広範囲にわたってマスクされる可能性に留意しておく必要がある.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.

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