2021 Volume 28 Issue 9 Pages 199-203
【背景】脊椎側弯症矯正術後の痛みは強く,小児では術後痛管理に難渋する.【症例】11歳女児.脊椎側弯症矯正術を行った.創部痛に加え右上腕と腋窩のしびれと痛みがあり神経障害性痛の合併が示唆された.術後痛に対してフェンタニルの経静脈的自己調節鎮痛法(IVPCA)を行った.術後5日目,IVPCA中止を試みたが拒否された.また痛みに怯え,洗髪のため看護師が髪に触ることも拒絶し,体位変換を行うこともできなかった.そこで,小児は適応外であるが,プレガバリンの投与を開始しIVPCAを中止することができた.術後7日目に座位,術後8日目に歩行器立位,術後11日目には歩行器歩行,術後19日目に自立歩行,術後21日目に退院した.【考察】小児に投与可能な経口鎮痛薬の種類は少なく,麻薬性鎮痛薬は非がん性痛には禁忌である.本症例は侵害受容性痛と神経障害性痛の混合性疼痛であったと考えられる.また不安,抑うつを認め,心理社会的因子の関与が示唆された.患者,保護者の承諾を得て,プレガバリンの投与を開始した.プレガバリンの抗不安効果も良好な経過をもたらしたと考えられる.【結語】小児の側弯症術後痛に対しプレガバリンが有効であった.
脊椎側弯症矯正術の術後痛は強く,とくに小児ではしばしば痛みの管理に難渋する.脊椎側弯症矯正術の術後痛は,皮膚切開創が広範囲であり創部痛が強いだけでなく,脊椎矯正による神経障害性痛を合併することがある1).また小児に使用可能な経口鎮痛薬の種類が少ない.さらに本邦では,非がん性疼痛の12歳未満の小児に対して経口麻薬性鎮痛薬の投与は禁忌である2–5).
プレガバリンの小児への投与について添付文書上,小児等を対象とした有効性および安全性を指標とした臨床試験は実施していないとされている6).今回,11歳小児の脊椎側弯症矯正術の術後痛にプレガバリン投与により良好な経過が得られたので報告する.
患者本人,保護者である家族から学術目的とした発表について文書で同意を得た.また小児へのプレガバリン投与の安全性は,本邦では確立していない旨を説明し,投与の同意を得た上で加療を行った.
出生発達に異常を認めない11歳女児,身長140 cm,体重32 kgであった.術前に四肢にしびれや痛みはなかった.脊椎側弯症に対して第2胸椎から第3腰椎にかけての脊椎側弯症矯正固定術を行った(図1).麻酔時間8時間5分,手術時間5時間51分,術中の出血量は2,753 mlであった.濃厚赤血球8単位,新鮮凍結血漿8単位,回収血750 mlを術中に輸血を行った.術中体位は両上肢を閉じた状態の腹臥位であった.術中投与した鎮痛薬は,フルルビプロフェン30 mg,アセトアミノフェン480 mg,フェンタニル350 µg,レミフェンタニル2.7 mgであった.新鮮凍結血漿投与中に皮疹が出現し,同時に投与したアセトアミノフェン注射薬もアレルギーの被疑薬となり病棟で使用しない方針となった.
術前術後胸腹部X線写真
A:術前X線写真,B:術後X線写真.
術後鎮痛は,フェンタニル12.5 µg/h,ケタミン6 mg/hの持続投与を手術中から開始し,集中治療室へ入室した.痛みの診察時,創部痛だけでなく,右上腕内側部と腋窩にしびれと痛みが出現していた.長時間に及ぶ腹臥位による末梢神経障害の可能性も考えられたが,両上肢は閉じており腋窩部の圧迫は少なく手術操作によるTh2領域の障害と考えた.手術当日,安静時痛の数値評価尺度(NRS)は5点程度で推移した(図2).
脊椎側弯矯正術後の痛みの数値評価尺度と臨床経過
術後フェンタニルのIVPCAとイブプロフェンのみ投与時には体位変換を行うことも困難であったが,プレガバリン投与開始した翌日には坐位を取れるようになりNRSの急激な低下を認めた.
POD_:術後_日目,NRS:数値評価尺度.
術後1日目,イブプロフェン600 mg/分3内服を開始し,フェンタニル,ケタミンの持続投与を中止し,フェンタニル12.5 µg/h,1回ボーラス量12.5 µg,ロックアウト時間30分の経静脈的自己調節鎮痛法(IVPCA)に切り替えを行い,一般病棟に転床した.IVPCA投与中もイブプロフェン内服を継続した.術後2日目,看護師が体位変換を試みたが体動時の痛みが強く,IVPCA流速を25 µg/hに増量した.術後3日目,ベッド角度を30度程度に調整を試みたが,痛みが強くIVPCA流速を37.5 µg/hにさらに増量した.術後4日目,安静時NRS 3程度であったが,体動時NRSは5であり,体位変換を促したが拒否した.術後5日目,IVPCA中止を勧めたが,これも拒否した.また痛みへの恐怖心からか,看護師が洗髪のため髪を触ろうとしたが,これも痛いと流涙して訴えた.痛みと恐怖心から患者の身体に触れることも拒絶し,リハビリテーションの開始は困難な状況であった.小児へ経口麻薬性鎮痛薬の投与は禁忌であり,神経障害性痛を合併しておりプレガバリンの投与を主治医に提案した.病院薬剤部に,本邦でのプレガバリンの小児使用症例報告と安全性に関する文献を提示し相談したところ,小児へ投与の安全性は確立していない旨を,患者と保護者に説明を行い,同意が得られれば投与は可能であると判断された7–11).そこで,患者本人と家族に説明を行い,術後6日目よりプレガバリン50 mg/分2を開始し,交換条件としてIVPCAの中止ができた.術後7日目に安静時NRSが1に低下し,ベッド角度を60度程度,坐位にできた.副作用と考えられる軽い眠気を認めたが,投与の継続は可能だった.術後8日目に歩行器立位,術後11日目に歩行器歩行が可能となった.この頃から「身長が5 cm伸びた」など,笑顔を見せるようになった.術後14日目に右上腕内側部と腋窩のしびれは軽快した.術後18目にしびれはほぼ寛解した.術後19日目に自立歩行可能となり,術後21日目に退院した.退院1カ月後にプレガバリンを中止した.
小児に投与可能な内服鎮痛薬の種類は非常に少ない.国際的に認められている解熱鎮痛薬はアセトアミノフェンとイブプロフェンの2剤のみである12).また本症例では,輸血製剤によるアレルギーの可能性が高かったが,同時に投与していたアセトアミノフェンが被疑薬として否定できず,投与できた経口鎮痛薬はイブプロフェンのみとなってしまった.振り返ると全身管理可能な集中治療室滞在中に,アセトアミノフェンの慎重投与も検討すべきであった.
頚部から腰部にかけ広範囲な手術創とTh2領域または体位による末梢神経障害による神経障害性痛により,痛みは激しかった.そのためIVPCAを中心とした術後痛管理で経過をみようと試みたがNRSは低下せず,むしろ心理社会的因子により痛みが修飾されている印象があり,フェンタニルに依存する傾向も出現していた.当初,依存性の低いトラマドールへ切り替えも検討したが,トラマドールも非がん性疼痛の12歳未満の小児に対しては,禁忌であった3).
われわれの検索では,小児のプレガバリン投与に関する和文論文は,現在4編ですべて症例報告である.本邦における小児へのプレガバリンの使用経験は帯状疱疹関連痛,線維筋痛症,複合性局所疼痛症候群である7–10).また脊椎側弯症矯正術の術後痛に対して小児へのプレガバリンの使用経験はない.しかし,米国で発表された小児の脊柱側弯症矯正手術の術後鎮痛に関する総説では,プレガバリンと同じα2δリガンドであるガバペンチンの有効性が示されている13).脊椎疾患手術全般に共通するが,脊椎側弯症矯正手術は,侵害受容性痛だけでなく神経障害性痛を含んだ混合性疼痛であるため,プレガバリンが有効であると考えられる.また国内の症例報告を含めプレガバリンによる副作用は成人と同等であり,有害事象の報告はなかった.
髪に触れ,身体を動かすことを拒否し,ベッド角度の調整もできなかった状態から,プレガバリン投与を開始した翌日には坐位を取れるようになった.安静時NRSも急激に低下しておりプレガバリンの鎮痛効果とも考えられるが,プレガバリンの抗不安作用が良い経過をもたらした可能性がある.国際疼痛学会の痛みの定義にあるように,痛みとは不快な情動体験であり,生物学的因子だけでなく心理社会的因子によって影響を受ける.本患児の痛みは不安や抑うつなどの心理社会的因子に修飾されていたと考えられた.本邦では適応外であるが,海外ではプレガバリンは全般性不安障害に対する適応を有する14).とくに不安障害を有する患者に対して,プレガバリンは抗うつ薬よりも速やかに睡眠障害を改善し,抗不安効果の発現も速やかであることが報告されている14).このことから,今回投与したプレガバリンは,本患児に対して痛みの緩和に加えて不安の軽減などの精神心理的側面のサポートに有用であった可能性がある.しかし,抗不安効果を期待するためには抗不安薬の選択を優先すべきであったかもしれず,今後の同様の症例に対する治療の課題と考えられた.また患児への術後回診や看護師の夜間回診を通常よりも回数を増やし,心理的サポートを試みたがそれだけでは不十分であった.小児病院ではない一般病院における患児への心理的サポート体制の構築も今後の課題である.
右腋窩部のしびれと痛みは体位による末梢神経障害の可能性があり自然に軽快した可能性も考えられるが,プレガバリン内服後8日目にしびれが軽快している.プレガバリン本来の鎮痛効果とも考えられ,脊柱側弯症矯正手術の術後痛に有効であった.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.