Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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A case of treatment-induced neuropathy of diabetes effectively alleviated with amitriptyline
Hiroki AOYAMAYuka AOYAMA
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2022 Volume 29 Issue 1 Pages 1-4

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Abstract

2型に比して特に1型糖尿病患者の厳格な血糖管理は神経障害合併を予防し得ることが,近年の大規模研究により明らかにされている.糖尿病治療ガイド2020–2021においても厳格な血糖管理を強調する一方で糖尿病治療誘発性神経障害(treatment-induced neuropathy of diabetes:TIND)に関する言及はある.しかし予防や治療に関しては詳述されていない.今回,難治性両腰下肢痛症例がTINDと判明した症例を経験した.稀ならず存在し得るTINDに対しては病態仮説を把握し,今一度治療方法を整理したうえで治療対策を用意しなければならない.本症例でアミトリプチリンの単剤増量が著効し,モルヒネを減薬中止することができた.

I はじめに

2型に比して特に1型糖尿病患者の厳格な血糖管理は神経障害合併を予防し得ることが,近年の大規模研究により明らかにされている.糖尿病治療ガイド2020–2021において,糖尿病治療誘発性神経障害(treatment-induced neuropathy of diabetes:TIND)に関する言及はあるが,緩徐な血糖管理を行うとの記載にとどまり,どの程度の緩徐かについては示されていない1)

TINDは1933年にCaravatiにより初めて報告され,稀で機序不明のインスリン投与により悪化するインスリン神経炎とした2).2015年にGibbonsらによりインスリン以外にも経口血糖降下薬や食事療法でも起こる急激な血糖の改善による病態と明確に解説され,三次医療機関での5年間の後方視的レヴューで糖尿病性神経障害患者954名のうち104名(10.9%)がTINDに該当し,少なくない有病率が報告された3).診断基準としては,①3カ月間でヘモグロビンA1c(HbA1c):2%以上の低下,②急性発症の神経障害性疼痛(11点リッカート尺度で3点以上増加)±2週間以上続く,医療行為を要するほど十分に重症な自律神経機能障害,③HbA1c低下確認後8週間以内に発症の神経障害性疼痛±自律神経症状と定義された.TINDはインスリンや経口血糖降下剤投与で起こりやすく,発症リスクはHbA1c変化率の大きさと関連し,また1型糖尿病や摂食障害既往で高リスクと報告された.

難治性両腰下肢痛症例がTINDと判明し,アミトリプチリン(AT)が著効した症例を経験したため報告する.本人より書面による症例報告の同意を得た.

II 症例

症例は148 cm,45 kg,41歳の女性で,既往歴に29歳時からの1型糖尿病があった.約8カ月前から従来経験のない両腰下肢痛があり,前医で入院治療まで行うも難治性のため当科紹介となった.

初診時理学所見:前医処方のモルヒネ50 mg/日,トラマドール150 mg/日,プレガバリン150 mg/日,ロルノキシカム8 mg/日内服下に,両側同等程度の腰臀部,大腿前後面,下腿前面外側後面,足背,全足趾に及ぶ持続するズキズキとしたvisual analogue scale(VAS):29~85 mmの痛みを訴えた.ビリビリとしたしびれを伴い,痛みのために200 m歩行ごとに休まなければならず,就業困難だった.両下肢に局所異常所見(冷感,皮膚・爪・毛の萎縮性変化,関節可動域制限,発汗異常,浮腫など)はなかった.下肢動脈拍動触診,足関節上腕血圧比,下肢伸展挙上テストは全て異常がなかった.腰部硬膜外ブロックにより直後は症状消失も,2時間の安静臥床後には再燃していた.

検査:HbA1cは7.6%だった.腰椎MRI,腹部骨盤部CTで異常所見を認めなかった.

診断:糖尿病性神経障害は遠位性対称性の多発神経障害と局所性の単神経障害に分けられるが,広範囲に及ぶ症状から単神経障害は除外された.多発神経障害でも最も一般的な感覚・運動神経障害は,神経内科医により否定された.急性有痛性神経障害(治療後神経障害など),自律神経障害が鑑別候補として残り,冷感・発汗異常などの自律神経症状がないことから前者が強く疑われた.

集学的診断のための前医からの診療情報提供により,当科受診9カ月前から4カ月前までにHbA1c:16.1%から6.8%までの急激な低下が判明し,疼痛発症時期との一致も認めた(図1).3,4年前からインスリン自己中断歴があり,10カ月前からインスリン治療を再開した経緯があった.再開後から無月経も自覚していた.HbA1c:9.3%/5カ月の急激な低下,1型糖尿病,インスリン治療の急激な再開,自律神経障害(無月経)の併発,摂食障害既往から,総合的にTINDの診断に至った.

図1

当科受診前までのヘモグロビンA1c値の推移

HbA1c:hemoglobin A1c, NGSP:national glycohemoglobin standardization program.

外来治療経過:当初は前医処方薬を踏襲したが,2週目以降はATを中心に積極的に薬物療法を調整し,モルヒネを徐々に減薬した(図2).直後からVASは低下し,痛みの部位も両腰下肢痛から足関節以遠へと急速に縮小した.ATは一時70 mg/日まで増量したが,鎮痛が制御されるとともに眠気を認め,ゆっくりと減薬した.9週目には就業可能となった.ロルノキシカムは5週目に,モルヒネは21週目に,プレガバリン,トラマドールは31週目に休薬し,最終的にAT単剤で鎮痛状態を維持した.初診より55週目には疼痛なし(VAS:0 mm)となり,AT中止のうえ当科終診となった.

図2

当科外来での治療経過

VAS:visual analogue scale

III 考察

本症例で以下の2点が示された.一つは稀ならず存在し得るTINDに対しては病態仮説を把握し,今一度治療方法を整理したうえで治療対策を用意しなければならない.二つ目はATの単剤増量が著効し,モルヒネを減薬中止することができた.

典型的な糖尿病性神経障害では,余剰なブドウ糖がポリオール代謝経路でアルドース還元酵素(AR)によってソルビトールとなり,それが細胞内浸透圧を上昇させ,細胞内情報伝達物質の取り込みを阻害する.またARの活性上昇により補酵素(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)が大量消費され,同じ補酵素を利用する一酸化窒素(NO)合成酵素や還元型グルタチオン産生酵素の働きが阻害される.これによりNO低下による血流異常や虚血,還元型グルタチオン減少による酸化ストレス亢進が誘導されると考えられている.日本ペインクリニック学会神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン改訂第2版では有痛性糖尿病性神経障害に対する治療薬として,AR阻害薬が推奨されている4)

TINDの病態仮説には,急激なグルコース欠乏による神経細胞アポトーシス,遷延性低血糖による微小血管障害性神経損傷など複数が列挙されている5).神経細胞の低血糖暴露が主な病態となるTINDではAR阻害薬は薬理学的に無効だが,TINDは急性有痛性糖尿病性神経障害に含まれる形での表記が散見され,両者の混同が避けられない6).TINDはペインクリニック領域で広く知られているとは言い難いが,過去の報告から有病率が極めて低いわけではない.われわれも同疾患に精通して病態仮説を把握し,今一度治療方法を整理したうえで治療対策を用意しなければならない.

近年の大規模研究により2型糖尿病患者に比べ(5~9%の相対リスク減少),1型糖尿病患者における厳格な血糖管理は遠位対称性多発神経障害の発症率を劇的に低減(78%の相対リスク減少)することが判明している7).本邦の糖尿病治療ガイド2020–2021においても一般的にHbA1c:7.0%未満を,容易に達成可能であれば6.0%未満を目標に掲げられている1).厳格な血糖管理を強調する一方で,TINDに関しては治療後有痛性神経障害として言及はあるものの,急速な血糖改善を避け血糖コントロールは緩徐に行うとの記載にとどまり,どの程度緩徐かに関しては示されていない.これに対し先のGibbonsらはHbA1cの3カ月間での低下度合いが強いほど(2%↓,4%↓,5%↓),TIND発症の絶対リスクが上昇(10%,50%,90%以上)し,疼痛範囲も広くなることを示している3).したがって発症予防としては3カ月間で2%未満のHbA1c低下に制限することが提唱されている.

TINDにおける神経障害性疼痛は安定した血糖コントロール下において最終的には改善するがしばしば12~24カ月かかり,現時点では治療は対症療法のみと記されている8).三環系抗うつ薬も使用可能だが抗コリン副作用による起立性低血圧増悪の恐れがあり,使用には注意が必要と述べられている.われわれが経験した症例は初診8カ月前から発症したTINDに対し,初診後2週目から開始したATが著効してモルヒネの減薬中止に至ることができた.ノルアドレナリン作動性神経線維変性薬前治療後の脊髄神経結紮ラットに対するATの抗痛覚過敏効果を調査した研究からは,ノルアドレナリン作動性下行性抑制系の機能不全下においてもATの鎮痛効果が示されている9).本症例のように約8カ月という疼痛慢性化で正常なノルアドレナリン作動性下行性抑制系が期待できない状況でも,ATは鎮痛効果を発揮できたと考えられる.予後に関する稀有な報告のなかでもTIND診断後8年間の長期追跡研究によると,血糖コントロール不良群(7/26例,26.9%)では疼痛は他の合併症とともに増悪したが,血糖コントロール良好群(19/26例,73.1%)では疼痛重症度や痛みの範囲とともに自律神経障害も改善していったと報告されている10).本症例では急激なHbA1cの低下によりTINDは発症したものの,ATが奏功したことと内科医による良好な血糖コントロールの継続が痛みに対する種々の薬物療法から解放し,発症から21カ月後には治癒した要因であると考えられた.

今回,TINDと判明した難治性両腰下肢痛症例を経験した.稀ならず存在し得るTINDに対しては病態仮説を把握し,今一度治療方法を整理したうえで治療対策を用意しなければならない.本症例においてATの単剤増量が著効し,モルヒネを減薬中止することができた.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会 第1回北海道支部学術集会(2020年12月~2021年3月,Web開催)において発表した.

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