Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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A case of improvement of irritable bowel syndrome with the combination of psychotherapy and Kampo medicine
Rina KATOTakeshi SUGIURAMie SAKAINobuyoshi KUSAMAKazuma FUJIKAKEKazuya SOBUE
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2022 Volume 29 Issue 1 Pages 5-8

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Abstract

過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS)の病態生理には,脳腸相関が重要な役割を果たす.発症と増悪にはストレスが深く関わり,治療として心身医学的アプローチも有効とされる1).今回IBSに対し,心理療法と漢方療法の併用が有効であった症例を経験した.症例は49歳の女性.腹痛により日常生活に支障をきたし,さらに全身のしびれが出現したため,当院いたみセンターへ紹介された.初診時,臨床心理士の評価で,不適切な養育や配偶者暴力体験などの背景に加え,実父による心理社会的ストレスが明らかになり,これらが消化器症状増悪に関与していると判断した.心理療法開始後,全身のしびれがなくなり,行動が活性化した.しかし,消化器症状は継続したため,抗不安作用のある桂枝加竜骨牡蛎湯と芍薬甘草湯を併用したところ,症状の改善が得られ,生活の質および日常生活動作が向上した.IBS症状増悪に関連する心理社会的背景や心理特性を踏まえて心理療法を行い,その後に漢方療法を導入したことが,著明な症状の改善やQOLの改善につながったと考えられた.

I はじめに

過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS)の病態生理の一つは,脳腸相関の異常とされている1).ストレスなどの心理的要因から,発症または増悪する場合も多く,心身医学的アプローチは治療の選択肢に挙げられる2).今回,治療に難渋していたIBS患者の消化器症状と身体症状に対し,心理療法と漢方療法の併用が有効であった症例を経験した.本報告は患者からの書面による承諾を得ており,また報告すべき利益相反はない.

II 症例

49歳の女性(身長149 cm,53 kg).

X−7年,誘引なく腹痛が出現した.原因として婦人科疾患が疑われ,X−4年に子宮全摘除術が施行されたが,腹痛は術後も継続した.X−3年,大腸内視鏡検査およびカプセル内視鏡検査が行われたが,器質的異常がなかったことから,IBSとして薬物治療(ポリカルボフィル,ラモセトロン,麻子仁丸など)が開始された.しかし治療開始後に腹痛がさらに増悪したため,薬物は中止となった.また,X−2年に右卵巣摘出術が施行されたが,腹痛は継続した.腹痛のため日常生活に支障が生じ,全身のしびれも出現したため,X年2月かかりつけ医から当院いたみセンターに紹介された.

既往歴:うつ病,パニック障害,睡眠障害.

初診時内服薬:デュロキセチン(30 mg/日),ブロマゼパム(朝食後2 mg–昼食後2 mg–夕食後5 mg,不安時2 mg),プロクロルペラジン(15 mg/日),ジクロフェナクナトリウム(50 mg/日),レバミピド(200 mg/日).乳酸菌サプリメント:プロテサンR®

初診時自己記入式アンケート結果(表1):不安,痛みに対する破局的思考が強く,自己効力感が低いことが示唆された.また,日常生活動作(activities of daily living:ADL)や生活の質(quality of life:QOL)は,低下を示した.

表1 自己記入式アンケート結果
アンケート項目 初診時 終診時
痛みの強さ
(NRS)
最高 8/10 1/10
最低 1/10 0/10
平均 5/10 0/10
PDAS   30/60 0/60
HADS 不安 14/21 1/21
抑うつ 8/21 0/21
PCS   39/52 0/52
反芻 11/16 0/16
拡大視 11/12 0/12
無力感 17/24 0/24
PSEQ 15/60 50/60
EQ-5D 0.4988 0.895
趣味への影響 大いに妨げ
られている
影響しない

NRS:numerical rating scale, PDAS:pain disability assessment scale, HADS:hospital anxiety and depression scale, PCS:pain catastrophizing scale, PSEQ:pain self-efficacy questionnaire, EQ-5D:EuroQol 5 dimensions.

痛みの性状:左下腹部から下腹部全体に広がる痛みで,痛みの強さはnumerical rating scale(NRS)で最大8,最低1,平均5であった.痛みは持続する鈍痛で,起床時に痛みが最も強く,昼過ぎから多少軽快した.排便との関連が強く,便秘時に痛みが増強し,排便で痛みが和らいだ.下剤使用時は痛みが増強し,便の排出後も続いた.下痢時も痛みが増強し,便秘時よりも強かった.食事や生理周期との関連はなかった.

心理社会要因の評価:「子どもの頃は怒鳴られずにすむように,親の機嫌を見ながら生活していた」といった不適切な養育体験があり,成人してからは,配偶者暴力(domestic violence:DV)体験とそれによる離婚歴があった.X−7年から出現した腹痛は,X−6年,実家の手伝い時に,実父に怒鳴られるようになった頃から増強し始めた.X−1年には,実家の手伝いは他の人に頼むなどして,実父とは距離を置くようにした.日常生活では,痛くなるのではという不安が強く,ほぼ終日ベッド上で寝ていた.また,夫と一緒にいるときは安心感があり,痛みも軽減する傾向を自覚されていた.

以上から本例では,過去の不適切な養育体験やDV体験によって,不安傾向の高さが形成され,その後の心理社会的因子が誘引となってIBSの症状増悪が生じたと考えられた.また現時点では,痛みに対する不安が強く,痛みの悪化を恐れて活動性が低下し,自己効力感も低い状態であった.そのため,痛みや不安に上手く対処できるように促し,行動を活性化していく関わりが有用であると判断し,心理療法を開始した.現在は離職し,再婚後の夫婦関係は良好であったことから,家庭環境への介入は行わなかった.

治療経過(図1):臨床心理士との50分の個人面接を3回実施した後,X年6月から小グループでのアクセプタンス&コミットメント・セラピー(acceptance and commitment therapy:ACT)を週1回で計7回行った.小グループでのACT開始後,全身のしびれが改善した.「他の参加者から,自分の意見や取り組みを真似してみようと言われたのがうれしかった」との発言があった.少しずつできる家事が増えていき,友人と会食するなど活動性が向上した.しかし,腹痛の強さ(NRS最大8)や頻度(5日/週)が変わらなかったため,漢方療法を併用した.漢方医学的所見は,腹力は軟弱であり,著明な臍上悸を認めた.気血水スコアによる評価,冷え性,胃弱,下痢から,漢方医学的病態として,気うつ,虚証と判断し,桂枝加竜骨牡蛎湯(TJ-26 7.5 g/日)と芍薬甘草湯(TJ-68 2.5 g/日)を処方した.内服開始1週間後,気持ちが楽になり,全身の震えがなくなった.しかし,痛みがない日に家族と共に4~5件の用事を詰め込んだ結果,次の日は痛みで寝込んでしまうことがあったが,家族に1日の用事量を減らしたいと言い出せずにいたため,臨床心理士による活動ペーシングと自分の気持ちを表現する心理教育を行った.内服開始3週間後,腹痛の頻度が週1日に,痛みが最大NRS 4へと改善した.11週後には,下痢が改善し,腹痛の頻度が月2回へと減少したため,芍薬甘草湯(2.5 g)を頓服とした.「今は自分が一番大事と思うようになり,家族に無理なものは無理と言えるようになった」と発言があった.活動はペースを守り実施し,徐々にウォーキングの開始,趣味のゴルフの再開と幅を広げた.通院1年後頃には再就職を検討するまでに改善した.X+1年6月に処方継続をかかりつけ医に依頼し,当院は終診とした.終診時に施行した記入式アンケートでは,すべての項目において改善を示した(表1).

図1

治療経過

心理療法開始後,全身のしびれの改善や活動性の向上が得られたが,腹痛の強さや頻度は変化しなかった.漢方療法を併用後,腹痛の強さや頻度が改善し,さらなる活動性の向上が得られた.

ACT:acceptance and commitment therapy

III 考察

IBSの病態にはストレスが関与し,脳腸相関を介して消化管運動亢進,内臓知覚過敏,心理的異常(不安・抑うつ)などが生じる1).また,成人期での生活上の負の出来事の多さは,IBS症状の重症化やQOL悪化に関連しており,さらに若年期に心理社会的なストレス体験がある場合はよりリスクが上昇すると報告されている3).本症例では不適切な養育歴があり,さらに過去のDV体験とそれによる離婚,実父による言葉の暴力等と多数の生活上の負の出来事が存在し,これらが腹部症状増悪やQOLおよびADL低下に影響したと考えられた.

IBSに対する心理療法は,メタアナリシス研究によって有効性2)が確認され,日本消化器病学会のIBS診療ガイドライン第2版で強い推奨4)に引き上げられた.心理療法の一つである認知行動療法は,IBS患者において症状改善効果2)や精神的健康改善効果,日常生活機能の改善効果5)を示している.認知行動療法により本症例では,全身のしびれの改善と活動性の向上に効果があった.また,初診時の痛み回避としての不活動な生活パターンと治療経過中の過活動により痛みが悪化する生活パターンを,臨床心理士との面接の中で振り返ることで,活動量のコントロール(ペーシング)を行い,不安軽減と行動活性化に結びつけることができた.また本症例の発言からグループでの心理療法は,自己効力感を高めるのに役立ったと推測された.

一方,IBSに対する漢方療法は,上記ガイドラインでは弱い推奨4)である.IBSで頻用される桂枝加芍薬湯は,腸の蠕動運動を保持したまま自発収縮を抑制すると報告6)されている.また,その構成生薬の一つである芍薬は,回腸平滑筋において迷走神経からのアセチルコリン遊離を抑制することが報告されている7).本症例で使用した桂枝加竜骨牡蛎湯は,芍薬が2 g少ないが,桂枝加芍薬湯に竜骨と牡蛎が加わった構成である.今回,芍薬甘草湯を加えたことで芍薬2 gが補われ,桂枝加芍薬湯と同様の作用を有し,本症例の腹部症状が改善したと推察した.また,内服開始直後に気持ちが楽になり,全身の震えが消失した.これは構成生薬に,漢方医療では「安神作用」として知られる抗不安作用のある竜骨と牡蛎を含み,これらが精神面に作用したためと考えた.本症例では桂枝加竜骨牡蛎湯合芍薬甘草湯が心身両面に作用したことで,より効果が得られた可能性がある.

IV 結論

IBSの病態に心理社会的因子や不安などの心理異常が関与することから,心身医学的病態に配慮した心理療法の介入とその後の心身両面に作用する漢方薬の追加が有用であった.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.

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