2022 Volume 29 Issue 2 Pages 19-21
プロピオン酸系の非ステロイド性抗炎症薬であるロキソプロフェンの鎮痛作用は末梢性であるが,今回われわれは,侵害受容性疼痛を伴わない乳がんの右視床–中脳転移に伴う左上下肢の持続的な痛みに対してロキソプロフェンが鎮痛効果を発揮した症例を経験したので報告する1).本報告については本人から同意を得ており,内容の記述に倫理的配慮を行った.
症 例:53歳,女性.
主 訴:左上下肢の痛み.
既往歴:特記すべきことなし.
入院前経過:X年7月,左乳がんに対して乳房部分切除術,腋窩リンパ節郭清術が実施された.病理組織学的所見は,腫瘍径:2.5×1.5 cm,組織型:乳頭腺管がん,ER:30%,PgR:20%,HER2:3+でStage II B(pT2N1aM0)であった.術後薬物療法と,残存乳房に対して放射線療法が実施された.X+1年10月,左上肢のしびれが出現し,MRIで右視床–中脳に腫瘍性病変が認められ,血液検査でがん胎児性抗原(CEA)が上昇したため脳転移と診断された.定位放射線治療が実施され,脳転移が縮小しCEAが低下した.X+2年6月,MRIで脳病変の増大が認められ,放射線脳壊死もしくは脳転移の増大と考えられた.左上肢のしびれが増悪し,左顔面のしびれと左上下肢の感覚鈍麻が出現し左片麻痺となった.脳病変が増大しCEAが上昇したため脳転移の増大と判断された.X+3年1月,脳転移に対してラパチニブとカペシタビンの併用療法が開始された.X+3年2月,左下肢の痛みが出現した.X+3年3月,カペシタビンが中止された.X+3年4月,左上下肢の持続的な痛みに対してロキソプロフェン1回60 mg,1日3回が開始され痛みを訴えなくなった.脳転移は増大せずCEAが低下した.X+3年6月,脳転移が増大しCEAが上昇したためラパチニブが中止された.左上下肢の感覚脱出とアロディニアが出現した.X+3年11月,左上下肢のアロディニアの症状緩和目的で入院した.
入院時現症:performance status 3,体温:36.4℃,血圧:124/83 mmHg,脈拍:84回/分,SpO2:98%(室内気),意識清明であった.右眼瞼下垂と複視,左上下肢弛緩性麻痺を認めた.明らかな痙縮や拘縮,失語,失行を認めなかった.左手足の発赤や色素沈着,角化,水疱を認めなかった.左上下肢のアロディニアは触圧刺激や冷刺激,左上下肢を動かそうという意図で誘発され,1日に3~4回程度出現し,耐えがたい痛みの訴えがあった.左上下肢の持続的な痛みの訴えはなかった.右上下肢には痛みの訴えはなく,神経学的所見を認めなかった.気分の落ち込みや不安の訴えはなかった.
入院後経過:左上下肢のアロディニアに対して,ヒドロモルフォン徐放錠1回2 mg,1日1回の少量投与と即放錠1回1 mg,頓用を開始したところ,左上下肢のアロディニアの訴えがなくなったため,詳細に診察し左上下肢の感覚脱出を確認した.心窩部痛に対して即放錠を使用するようになったため,消化性潰瘍と判断しロキソプロフェンを中止したが,その翌日から左上下肢の持続的な痛みの訴えが出現し,持続的な痛みに対して即放錠を使用するようになった.徐放錠を1回4 mg,1日1回に増量することで持続的な痛みの訴えがなくなり退院した.
脳転移診断後の単純MRIと単純CTによる脳転移画像,CEA,治療,左上下肢症状の経過を示す(図1).孤立性脳転移であり,局所再発や他臓器転移,脊髄圧迫,肩関節脱臼,骨折,炎症所見を認めなかった.
脳転移診断後の経過
脳転移に対してラパチニブとカペシタビンの併用療法が抗腫瘍効果を発揮し,左上下肢の持続的な痛みに対してロキソプロフェンが鎮痛効果を発揮した.
本症例の上下肢の痛みは,画像と身体所見の経過から,乳がんの視床–中脳転移に伴う痛みであったと考えられる.一方で,脳腫瘍は神経障害性疼痛の原因となり得るが,脳転移による上下肢の痛みの報告はまれである.したがってprimary painの関与も考えられるが,侵害受容性疼痛を伴っていなかったことから,上下肢の痛みの原因は末梢性ではなく,中枢性と考えられる2).
本症例では,上下肢の痛みに対してヒドロモルフォンが著効したが,ロキソプロフェンを開始してから持続的な痛みの訴えがなくなり,ロキソプロフェンを中止した翌日から持続的な痛みの訴えが出現したことから,ロキソプロフェンも持続的な痛みに対して鎮痛効果を発揮したと考えられる.一方で,プロピオン酸系の非ステロイド性抗炎症薬は血漿蛋白結合率が高く,血液脳関門における排出機構によって脳移行性が低いことが報告されており,ロキソプロフェンの作用は末梢性である1,3,4).
本症例では,乳がんの脳転移に伴う中枢性の上下肢の持続的な痛みに対してロキソプロフェンが鎮痛効果を発揮したが,その機序について今後の知見が待たれる.
この論文の要旨は,第26回日本緩和医療学会学術大会(2021年6月,横浜,Web開催)において発表した.