2022 Volume 29 Issue 5 Pages 84-85
化学療法誘発性末梢神経障害(chemotherapy-induced peripheral neuropathy:CIPN)は,しばしば難治性を示し生活の質(quality of life:QOL)低下の要因となるが,治療は確立していない.今回,西洋治療に難渋したCIPNに対し,当帰四逆加呉茱萸生姜湯とブシの併用が奏功した症例を経験したので報告する.
症例1:61歳女性.9年前発症の帯状疱疹後神経痛をペインクリニック外来にて加療中であった.2年前に乳がんに対してパクリタキセルとシスプラチンによる化学療法を開始したところ,4カ月後より両足趾先端のしびれが出現し,臨床症状よりCIPNが疑われた.化学療法後,しびれの範囲が両膝および両手首より末梢側まで拡大し,足底に「ぐるぐる巻きにしたタオルを踏んでいるような」異常感覚のため歩行時に常時ふらつき,2~3日に1回程度転倒していた.クロナゼパム0.5 mg/日,アミトリプチリン10 mg/日で加療したがしびれの改善を認めなかったため,漢方を開始することとなった.問診で四肢冷感,髪の毛の抜けやすさ,爪の変色と脆さを認め,脈は沈弱であった.まず冷感改善を目標に当帰四逆加呉茱萸生姜湯を5 g/日で開始したところ,内服開始2日目より手足に温かさを感じるようになった.1カ月後にブシ1 g/日を追加したところ,2カ月後ごろより足底に,「硬いものを踏む感覚」,「薄いタオル1枚を踏んでいる感覚」を感じるようになり,3カ月後には転倒しなくなり,4カ月後ごろより自覚的に髪の毛が生えてくるようになった.7カ月後にブシを2 g/日へ増量したところ,しびれの程度と範囲が改善し,足先にわずかなしびれを残すのみとなった.10カ月後にブシを1 g/日に減量してもしびれの増悪なく,12カ月後にブシを0.6 g/日に減量し,経過観察中である.
症例2:75歳男性.3年前に小細胞肺がんに対してシスプラチンとエトポシドによる術後補助化学療法を行った.終了約1カ月後より,両手足のしびれと常に「スポンジを踏んでいるような」足底異常感覚を認め,経過よりCIPNが疑われた.メチルコバラミン1,500 mg/日,クロナゼパム0.5 mg/日を6カ月内服したが改善せず,クロナゼパムを中止しプレガバリン50 mg/日を開始した.漢方治療を希望されたため,プレガバリン内服開始3カ月後に漢方外来紹介となった.初診時,「スポンジを踏むような」感覚異常と四肢冷感を認め,温めると軽快するとのことであった.脈は沈滑,腹診では心下痞硬を認めたが瘀血点はなかった.冷感改善を目標に当帰四逆加呉茱萸生姜湯を5 g/日で開始したところ1カ月後には冷感が改善し,「地面に足がつく感じ」がするようになった.3カ月後のフォロー時に,冷えに対してブシ0.6 g/日を追加したところ,6カ月後には四肢冷感が1/10程度となり,手のしびれはほとんど消失した.9カ月後にブシを1 g/日に増量したところ,足底の感覚異常も改善し始めた.12カ月後プレガバリンを25 mg/日に減量しても足底感覚異常は再燃しなかったためプレガバリンを終了した.14カ月後,ブシを2.4 g/日まで増量したところ,足底の異常感覚はほぼ消失した.24カ月後のフォロー時に内服薬を中止したが症状は再燃せず,26カ月後に終診となった.
CIPNは,抗がん剤による神経軸索・神経細胞体・髄鞘障害のために,感覚障害や運動障害,自律神経障害が生じる病態である.ビンカアルカロイド系,タキサン系,プラチナ系製剤で生じやすく,有病率は化学療法後の最初の1カ月で68%という報告がある1).一般的には可逆的で化学療法終了により症状は軽快することが多いが,CIPN発症中に化学療法を継続した場合は難治性である.治療は被疑薬の減量,中止,休薬期間延長により神経障害の重篤化を防ぐ方法と,薬物療法などで症状を軽減させる方法に大別される.薬物療法としてはデュロキセチン,メチルコバラミン,プレガバリン,NSAIDs,オピオイド,漢方薬などが用いられる2).いずれの薬剤にも副作用があるため個々に応じて適応を判断することになるが,デュロキセチンについてはCIPN症状緩和に有効とされる3).今回の2症例ではいずれもデュロキセチンを使用せずに漢方治療を開始したが,デュロキセチンが有用であった可能性はある.
CIPNで用いられる漢方薬としては牛車腎気丸が代表的である.牛車腎気丸は糖尿病性末梢神経障害のしびれ治療に用いられ,エビデンスは確立していない4)もののCIPNに有効との症例報告がある.しかし,本2症例では元来強い冷えを伴う疼痛および凍瘡に対して用いられ,血虚,冷え,陰虚に有効な漢方薬である当帰四逆加呉茱萸生姜湯を選択した.これは,2症例ともに強い四肢冷感を伴っており,四肢の冷感もまたQOL低下の一因となっていたためである.冷えに対しては,当帰四逆加呉茱萸生姜湯の他にも温経湯や当帰芍薬散,桂枝茯苓丸などが適応となるが,症例1は脈診や問診より血虚症状を有していたこと,症例2では腹証ではやや陽証実証よりであったものの,温めると改善するCIPNによる感覚障害と冷えを腎虚と捉え,陰証方剤としての当帰四逆加呉茱萸生姜湯を選択した.2症例とも当帰四逆加呉茱萸生姜湯により自覚的に四肢の冷感が改善したがCIPNによる感覚異常は残存していたため,さらなる末梢循改善効果を期待してブシを追加した.冷感やしびれの定量評価をしていなかったのは反省点ではあるが,2剤の併用により冷感がさらに改善した後,CIPNによる感覚異常も緩和した.冷感とCIPNの関連性については,CIPN発症予防にはむしろ四肢冷却による局所血流減少と炎症の軽減が効果的であるという報告がある5).しかしCIPN発症後には,本2症例のように末梢循環を改善することで障害を受けた末梢神経の回復が促進され,CIPNの症状緩和に奏功する可能性がある.また,冷えを伴うCIPNと冷えを伴わないCIPNでは,2剤併用のCIPN症状緩和に及ぼす効果が異なる可能性があり,今後さらなる検討が必要である.
当帰四逆加呉茱萸生姜湯とブシの併用が奏功した,CIPNの2症例を経験した.冷えを伴うCIPNには,2剤併用が有効である可能性がある.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第55回大会(2021年7月,富山)において発表した.