2022 Volume 29 Issue 5 Pages 86-97
会 期:2022年2月5日(土)
会 場:Web開催
会 長:新山幸俊(秋田大学麻酔・蘇生・疼痛管理学)
木村 哲
秋田大学麻酔・蘇生・疼痛管理学
トリガーポイントは,筋・筋膜に形成された索状硬結に限局し,刺激により関連痛が発現する圧痛点である.従来よりこのような圧痛点に局所麻酔薬を注入するトリガーポイント注射は,ペインクリニックに限らず広く行われており,時に著効を示すことは多くの臨床家が経験していると思われるが,その作用機序や病態はほとんど研究されてこなかった.しかし近年,慢性痛の原因としてトリガーポイントにより特徴づけられる筋・筋膜性疼痛が見直され,再度注目されるようになっている.
超音波診断装置(エコー)の普及により,トリガーポイントはエコーで高輝度の部分として観察される,結合組織の重積した部分ではないかと考えられるようになり,生理食塩水で重積をほぐすという治療が,筋膜リリース注射として行われるようになってきた.
筋膜リリース注射では,指先で索状硬結や圧痛点を探した後にエコープローブを当て,高輝度のトリガーポイントを同定する.しかし指先で確認した後で必ず一度指を離さなければならず,エコーで観察している部位と指先で確認した部位が本当に一致しているかどうかは分からない.さらに圧痛点が骨の隆起などに挟まれた狭い領域にある場合は,エコープローブを当てることが困難である.このような理由から,現在私が開発を期待しているのが,指サックのように指先に装着するタイプのエコープローブである.今回の講演では,このような私の期待を皆さんにも共有していただき,医療機器メーカーへの働きかけの第一波を引き起こせたら,と考えている.
鵜沼 篤
秋田大学麻酔・蘇生・疼痛管理学
現在,われわれは「学びの共有」をテーマとして,臨床実習をはじめとした医学生における新しい学習スタイルを模索しています.指導者と学習者を交えてメモを共有しながら密なコミュニケーションを図ることで,効率的な情報収集やディスカッションを通じた深い理解を目指しています.これは学生教育のみならず,ペインクリニックを含むあらゆる分野に応用できると考えています.現在の私たちの活動は医学生を対象にしたものです.個々の学生は臨床実習を通じてさまざまな学びを得ている一方で,断片的かつ自己完結的で共有されていないのが現状です.彼らは限られた期間で各診療科の多岐にわたる疾患を学ばなければなりません.しかし,その学びは経験した内容が中心で,体系的・網羅的でないため,医師になってから初めて直面する疾患も少なくありません.背景として医療現場は教育より臨床の比重が大きく,またわれわれ医療者は問診や身体診察など非言語的な情報が重要だと考えていることが挙げられます.年数とともに研ぎ澄まされていく職人的要素も多く含まれており,言語化することが難しい一面があります.学習者や指導者が垣根を越えて学びを共有し,密なコミュニケーションも構築することで学びの可視化を目指します.上記内容を令和3年10月末に文部科学省主催のScheem-Dで発表しました.現在,既存のアプリケーションを用い,より具体的な課題を探っています.今後,多くの方々とのチームを形成して,実現への突破口を探っていきたいと考えています.
島田洋一
地方独立行政法人秋田県立療育機構理事長/秋田大学名誉教授
超高齢化社会では脳卒中,脊髄損傷などの中枢神経障害,フレイル,ロコモによる活動性低下が大きな問題となっている.従来の取り組みでは限界があり,先端医用工学の臨床応用を進めている.中でも機能的電気刺激(FES),リハビリテーションロボット,brain machine interface(BMI),virtual reality(VR)およびAR,MRは医療にイノベーションをもたらす.われわれは,1990年より欧米型biomedical engineerの育成,国内外との共同研究,機器開発を進め,薬事承認,保険収載を得て,国内外で広く先進医療を展開している.さらに,札幌医科大学と連携し,世界初の脊髄再生治療薬として保険収載された自己培養骨髄間葉系幹細胞製剤・ステミラックによる脊髄損傷患者の治療に取り組んでいる.特にオリジナルロボット・Akita Trainerによる再生リハビリテーション併用は,ニューロリハビリテーションの最先端である.
薬物療法,ブロック療法,リハビリテーションでも十分な除痛が得られない末梢性難治性疼痛に対してわれわれが行った磁気駆動型完全埋め込み式機能的磁気刺激装置・Bionは優れた除痛効果があり,それを発展させたStimRouterは米国FDA承認を得て臨床応用され,米国の難治性疼痛患者に大きな福音となっている.現在,わが国への導入を目指し活動している.
artificial intelligence(AI)は急速な進歩を遂げ,医療の姿を一変させる可能性がある.われわれは,20年前よりdeep learningを機器制御に応用してきた.さらに将来の補完技術として細径人工筋肉の応用も進めている.technologyの進歩は日進月歩であり,医療だけでなく,あらゆる分野にアンテナを張り巡らすことが肝要である.
矢島悠太 小山祐介 小坂真子 竹中志保 荒井麻耶 横尾千加子 日高秀邦
福山市民病院麻酔科・がんペインクリニック
【緒言】外側大腿皮神経は主に大腿前外側の感覚を支配し,絞扼などの障害により支配領域の疼痛や知覚異常を呈する.外側大腿皮神経障害の多くは数カ月以内で緩解し,年単位の症状の持続を示すことはまれである.今回,高度肥満患者の鼡径ヘルニア術後に両側の難治性外側大腿皮神経障害をきたした1例を経験した.
【症例】54歳男性,BMI 42.3.脊髄くも膜下麻酔下の前方アプローチによる左鼡径ヘルニア修復術施行後よりNRS 6程度の両側の鼡径および大腿部痛をきたした.腰椎MRI上器質的変化は認めなかった.症状は次第に変化し右側優位の両側外側大腿皮神経領域の疼痛,しびれ感とアロディニア,さらに右上前腸骨棘にも圧痛を認めた.内服加療が開始され術後6日目に退院しデスクワーク中心の仕事に復帰し,外来で経過観察されていたが症状の改善はみられなかったため,術後43日目に当科外来紹介となった.右大腿外側皮神経ブロックおよび左腸骨鼡径神経ブロックを開始し,ブロック後は一時的な症状改善を認めるも効果は数日程度であった.合計30回の神経ブロックおよび多剤による内服加療,姿勢や減量など日常生活への指導を継続し,術後519日目には鎮痛薬を中止し有事再診となった.
【考察】外側大腿皮神経の走行には破格が多く,鼡径ヘルニア修復術後においても同側の外側大腿皮神経障害を生じ得ることが知られている.本症例は手術中の神経損傷のみならず,高度肥満および手術体位の影響により患側の対側にも外側大腿皮神経障害を生じたと考えられた.その上で,当科外来紹介まで1カ月以上の経過中に職業上座位が避けられず,高度肥満により繰り返す鼠径部の圧迫をきたしたことも症状の遷延化に繋がった可能性が考えられた.
【結語】鼠経ヘルニア術後に患側の対側の外側大腿皮神経障害を生じる高度肥満症例では,早期の治療介入に加え,姿勢など日常生活への指導介入が望ましいと思われた.
2. 三叉神経痛の加療中に意識障害と不随意運動を発症した1例山本夏子 中島麻衣子 合谷木 徹 木村 哲 新山幸俊
秋田大学麻酔・蘇生・疼痛管理学
【緒言】三叉神経痛の加療中に意識障害と不随意運動を発症した症例を経験したので報告する.
【症例】87歳女性,身長150 cm,体重40 kg.主訴は右頬部痛.数年来の右三叉神経痛が半年ほど前から悪化し,カルバマゼピン(CBZ)を500 mg/日まで増量し,プレガバリン100 mgも追加されたが効果がないため,当科を紹介された.受診時,右上唇から鼻翼にトリガーポイントを認め,痛みのため食事や歯磨きができない状態であった.アミトリプチリン10 mg/日を追加したが効果なく,1週間後に局所麻酔薬で眼窩下神経ブロックを施行したところ痛みが軽快した.初診より約1カ月後に意識障害と顔面・上肢の不随意運動を認め当院神経内科に入院となった.CBZ中毒が疑われたが,血中濃度は6.7 µg/mlと,中毒域ではない値であった.頭部CTやMRI検査では脳梗塞などの意識障害の原因となり得る所見は認めなかった.入院翌日には意識レベルは改善し,不随意運動も消失した.休薬していたCBZは,痛みのため200 mg/日で再開して退院した.
【考察】三叉神経痛に対するCBZの用量はてんかん治療に比べて少なく,至適血中濃度は低い.血中濃度を維持して長期内服を行うてんかん治療と異なり,三叉神経痛ではCBZの血中濃度測定が保険適応となっていない.三叉神経痛では発症初期は寛解・再燃を繰り返すが,次第に寛解期が短くなり,症状の悪化に伴い薬物療法が強化されるため,副作用の発現率も上昇する.意識障害や不随意運動などの副作用は添付文書に記載はあるが頻度は不明で,さらに,血中濃度が至適範囲内でもparadoxical effectとしてミオクローヌスが起きたという報告もある.
【結論】三叉神経痛の加療中に意識障害と不随意運動を発症した1例を経験した.生理機能の低下した高齢者では薬剤の副作用が出やすいため,慎重に用量を調節する必要がある.
3. 硬膜外ブロック後の膀胱直腸障害で発見された馬尾悪性脊髄腫瘍末永佑太 伊達 久 伊藤裕之 唐澤祐輝 鈴木陽子 河野友美
仙台ペインクリニック
40歳台,男性,腰痛を主訴に近医整形外科を受診し,腰椎椎間板ヘルニアの診断で薬物治療が行われたが痛みの改善がみられず,X年6月に当院初診となった.初診時に右S1神経根症状がみられ,薬物療法と数回の硬膜外ブロックによりVASスケールの改善がみられたが,症状は遷延した.当院で腰椎MRIを施行し,L5/S1に椎間板ヘルニアがみられたため,X年7月に入院し,腰椎椎間板造影検査ならびに腰椎神経根高周波パルス療法を施行したところ症状とVASスケールの明らかな改善がみられ,退院とした.その後は日常生活の負荷により症状が悪化する場合のみ,外来で硬膜外ブロックもしくは仙骨硬膜外ブロックを施行していた.経過は順調であったが,X年9月に突然膀胱直腸障害の訴えが出現し,緊急腰椎MRIを施行したところL5椎体レベル以下に硬膜内血腫と考えられる低信号域がみられた.直ちに脊椎外科へ紹介とし,硬膜内血腫に対して椎弓切除および血腫除去術が施行された.術後も膀胱直腸障害の改善はみられず,術中所見からは硬膜穿刺による医原性の出血の可能性が一時示唆されたが,病理検査の結果,馬尾悪性脊髄腫瘍の診断となり硬膜内血腫の要因となると考えられた.X年10月から化学放射線治療の方針となったが,同月に右顔面のしびれが出現し,脳MRIでは髄膜播種性病変がみられた.X年11月には開口障害,嚥下障害,構音障害,左上肢の麻痺が出現・進行し,在宅緩和治療継続目的に自宅退院となった.硬膜穿刺後合併症として硬膜内血腫の発生率は極めて低いが,初期対応が遅れた場合は重篤な後遺症を残すことがある.今回の膀胱直腸障害は一時医原性に発生したと考えられたが,脊髄腫瘍などの合併によって発生したものかは判別に苦慮する場合がある.どちらにしても適切に初期対応することが必要である.
4. 硬膜外鎮痛時に脱力が生じた頚椎症性筋萎縮症の1症例木村 太 工藤隆司 紺野真緒 丹羽英智 中井希紫子 伊藤磨矢 廣田和美
弘前大学麻酔科
【はじめに】頚椎症性筋萎縮症(cervical spondylotic amyotrophy:CSA)では,脊髄前角または前根が障害されることにより感覚障害を呈さずに筋萎縮が生じる.今回われわれは肺がん手術時の硬膜外鎮痛で脱力が生じたCSAの1例を経験したので報告する.
【経過】79歳女性,155 cm,51 kg.数年前より繰り返す失神発作があり,精査のために行ったCTで右肺腫瘍を指摘され,肺腺がんの診断で手術が予定された.手術前日に第5/6胸椎間より硬膜外カテーテルを留置し,1%リドカイン5 mlでテストブロックを行ったところ,冷感減弱は第1~11胸髄レベルで循環動態も落ち着いていたが,左上肢の脱力が生じ,両足が勝手にピクピク動くとの訴えがあった.左上肢は26年前と19年前に骨折しており,その後遺症ということで元々MMT3であったが,1まで低下した.下肢の不随意運動の原因は不明であったが,自動運動は問題なく,MMT5であった.手術時は執刀前に0.25%レボブピバカイン8 mlとモルヒネ1.5 mgを注入し,一時的に収縮期圧が80 mmHg台に低下したが,90分後にレボブピバカイン5 mlを追加し,0.125%レボブピバカイン100 ml+モルヒネ6 mgを2 ml/hで開始した.手術終了時のTOFは68%であったが,20分後に覚醒十分で気管チューブを抜去した.その後,上肢(左>右),下肢(左<右)の脱力が認められ,ICU搬送後に硬膜外持続注入を停止した.停止後は徐々に創痛を訴え,収縮期圧150 mmHg台となったためフェンタニル持続静注を行ったが,四肢脱力は続いていた.翌日起床時には術前の状態に復していた.全身的な神経筋疾患の存在を疑って脳神経内科に頼診したが,以前他院でCSAと診断されていたことが判明した.
【考察】CSAでは硬膜外鎮痛に対して通常と異なる反応を示す可能性があるので注意が必要である.
5. 心理的な負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック制度)畑中浩成 松川 隆
山梨大学麻酔科
【目的】
・労働者のメンタルヘルス不調の未然防止(一次予防).
・仕事に関して強い不安を感じている労働者が多い.心理的な負担の程度を把握するための検査が平成26年に創設された.労働者のストレスの程度を調査した.
【方法】
・ストレスチェックの結果を職場ごとに集団分析した.
・職業ストレス簡易調査票
① 心身のストレス反応(29項目)
② 仕事のストレス要因 心身の自覚症状(17項目)
③ 周囲のサポート
・ストレスチェックの結果を集団ごとに分析した.
④ 満足度(2)
・集団分析は個人の結果を特定できないため労働者の同意を得なくて良い(安衛法マニュアル).
・仕事の量的負担,コントロール,上司,同僚支援の尺度.
・ストレス要因は他にもある.
・最近1カ月.
・事務,病棟,検査.
【結果】
・病棟医療職に高ストレス者が多かった.
・看護助手は看護師より高ストレス者が多かった.
・昨年は今年よりストレスが高かった.
【考察】
・職場環境改善の体制づくりとなった.
・問題指摘型ではなく解決型が大切.
・管理監督者の主体的関与を引き出すことが重要.
・労働者参加型のwork shopを開くきっかけとなった.
鈴木陽子 伊達 久 伊藤裕之 唐澤祐輝 末永佑太 河野友美
仙台ペインクリニック
【症例】72歳女性,160 cm,64 kg.
【主訴】右手のしびれ,手に力が入らない.
【既往歴】糖尿病.
【現病歴】X年1月ごろから右手のしびれがあり,同月末に前医整形外科を受診した.手根管症候群の診断でメチコバール500 ug/日,プレガバリン100 mg/日の内服を投与され,経過中に手根管への神経ブロックを一度受けた.2カ月間通院してやや改善がみられたが,その後症状は変わらずに手術を勧められた.手術は避けるために患者判断で同年8月に当院を受診した.
【初診時現症】Jackson(−),Spurling(−),右第1~4指にやや感覚低下あり(8/10程度),右上腕二頭筋の筋力低下あり(MMT4),上肢反射異常なし,右前腕撓側から右第1~4指のしびれあり(第4指は正中より撓側),Phalens test(−),逆Phalens test(−),前医神経ブロック後から右第一指に引っ張られる感覚あり.
【経過】右前腕や手掌にも症状があり,頚部神経根症として治療を開始した.前医リリカを300 mg/日まで漸増し,外来で星状神経節ブロックを重ねた.前腕の重苦しさは軽減したが,手指の症状は変わらず,頚椎MRI検査を施行した.頚椎MRIではC5/6,C6/7の頚椎椎間板ヘルニアがあり,両側椎間孔は突出した椎間板や骨棘によって狭小化をきたしC6,C7神経根を圧排していた.入院の上,椎間板造影検査や右C6,C7神経根パルス療法を行い,症状の改善がみられた.現在リリカを減量している.
【結語】手根管症候群として加療されていた症例を頚椎ヘルニアと診断,加療し症状の改善がみられた.前医で診断がなされている場合も先入観なく丁寧な診察を行うことが大切である.
7. 腹痛が主訴であった脊椎圧迫骨折の2症例飯澤和恵*1,2 伊達 久*1 伊藤裕之*1 唐澤祐輝*1 河野友美*1 三浦皓子*1
*1仙台ペインクリニック,*2山形大学医学部附属病院疼痛緩和内科
原因不明の腹痛で当院を受診し,胸腰椎の多発圧迫骨折と診断した2症例を経験した.一般に圧迫骨折は背部痛を訴えるため,腹痛は見逃されやすい症状である.さらに,2症例とも医療者の骨粗鬆症治療に対する認識と理解の不足が招いた病態とも考えられたため報告する.
【症例1】80歳代,女性.
受傷機転なく腰痛と左下腹部痛が出現した.整形外科,内科,心療内科を受診したが原因が分からず,困り果てて当院を受診した.初診時VAS 84 mmの強い左側腹部痛を訴えた.診察台で寝返りが困難であり,叩打痛と傍脊柱の圧痛,痛みの部位に一致した触覚低下を認めたため圧迫骨折を疑った.単純X線撮影で多発圧迫骨折を認めたためMRIを撮影した.腫瘍性病変はなくTh11,L1,L3に新鮮圧迫骨折を認めた.その後狭心症治療のためデノスマブ投与が中断していることが判明した.
【症例2】60歳代,男性.
半年前に腰椎圧迫骨折発症し整形外科よりビスホスホネート製剤が処方されていた.左心窩部の突っ張るような痛みのため仰臥位になれず受診した.初診時VASは43 mmだが,寝返り困難な体動時痛があった.単純X線で多発椎体圧迫骨折を認め,MRIを撮影した.腫瘍性病変は認めず,Th6,Th8~L5の圧迫骨折があり,Th9・10・12は新鮮圧迫骨折だった.その後,前立腺がんのホルモン療法後で骨粗鬆症のフォローがないことが判明した.
【考察】椎体圧迫骨折は胸腰椎移行部での発症が多く,側腹部痛を訴える可能性は十分あるが,背部痛が一般的であり見逃される可能性がある.丁寧な診察と画像診断で素早く診断し治療に結びつける必要がある.また2症例とも医療者の骨粗鬆症に対する認識不足より発症した病態とも考えられ,骨粗鬆症治療の重要性について全ての医師が認知すべきであると思われた.
【結語】腹痛が主訴の椎体圧迫骨折の2症例を経験し,丁寧な診察,骨粗鬆症治療の重要性を再認識した.
8. 舌咽神経痛の診断の困難さについて埜口千里*1,2 伊達 久*1
*1仙台ペインクリニック,*2総合南東北病院麻酔科
舌咽神経痛は頚部咽頭部に激痛をきたす疾患であるが,診断まで時間を要する症例も少なくない.今回他科で精査するも診断に至らなかった症例を経験したので報告する.
【症例】60歳代,男性.
【既往歴】糖尿病で内服中.
【現病歴】約3年前より右頚部の突発的な痛みが出現.鎮痛剤などで様子をみていた.
令和X年Y月下旬より痛みの頻度,程度が強くなり夜も眠れないほどになりY+1月2日耳鼻科受診.咽頭内視鏡,上部消化管内視鏡,頚部CT施行されるもいずれも所見なく,精査加療目的に紹介となった.
Y+1月12日当院初診.NRS 10/10.
右喉頭,右下顎から耳にかけて,発作性の電撃痛があり,疼痛持続時間は長くて13秒程度で,初診前は夜間も何度か発作痛がみられたが,最近は夜間痛はやや軽減していた.
嚥下,欠伸で発作が誘発され,失神発作は認めなかった.
診察時,疼痛発作頻繁にあり,発作の度に疼痛部位を両手で押さえ,会話不能となった.
症状およびリドカインテストで陽性であることから舌咽神経痛を疑い,カルバマゼピンの少量内服を開始した.1週間後再診時には発作の頻度,程度は減少し,何とか仕事できる状態となったが,歯磨き,髭剃り,洗顔などで発作が誘発された.
頭部MRIでは両側とも頚静脈孔神経入口部近傍に後下小脳動脈が走行していたが,その他器質的異常所見は認めなかった.
カルバマゼピン増量にて発作は消失し,日常生活に支障はなくなったが,フワフワした感じがあり仕事に集中できないとの訴えがあったため,テグレトール投与量を調整し浮遊感は消失し小康状態となった.
今回の症例は他科での診断が困難であったが,この症例を含め当院での舌咽神経痛と思われる症例の診断に至るまでをまとめて報告する.
9. 上腕二頭筋腱断裂の1症例三浦皓子*1 藤野 裕*1 伊達 久*2
*1野蒜ヶ丘痛みのクリニック・整形外科,*2仙台ペインクリニック
【背景】肩関節から上腕にかけての痛みには,肩関節由来のものや頚部神経根症に伴うもの,末梢神経に由来するもの,局所の組織に由来するものなどがあり,診断に苦慮することがある.今回,肩から上腕の痛みと肩関節可動域の低下を主訴に来院した患者で,単純レントゲン写真では異常は認められなかったが,エコー検査で診断がつき,治療にも有用だった症例を経験した.
【症例】70歳台男性.
【主訴】右肩の疼痛と挙上困難.
【検査所見】単純レントゲン異常所見なし.Speed'sテスト陽性,ポパイサイン陽性,エコー検査で上腕二頭筋腱断裂が認められた.
【治療】関節液貯留もみられたためエコー下にて関節穿刺し,局所麻酔薬とステロイドを注入した.
【経過】手術希望はなく注射と関節可動域改善目的でリハビリテーションを行い徐々に軽快していった.
【考察】上腕二頭筋腱とはいわゆる「力こぶ」の筋肉である.肩側では「長頭腱」と「短頭腱」にわかれる.特に「長頭腱」は結節間溝に位置するため負担がかかりやすい.発症は転倒,打撲,肩の過伸展,量物の上げ下ろしなどで起こる.本患者は上腕二頭筋長頭腱損傷を疑いエコーと理学所見でほぼ確定診断ができた.エコーで観察するポイントとして,結節間溝内の長頭腱の有無,小結節を乗り越えていないか,腱が腫大していないか,周囲に水腫がないか,カラードプラで血流増加がないかを確認する.断裂のポイントとしては結節間溝に卵円形の高エコー像が描出されない.さらに長頭腱部の圧痛,肉眼所見としてポパイサインで診断できる.
肩関節痛は慢性疼痛にも移行しやすいため早期診断し注射やリハビリテーションを行うことが大事である.上腕二頭筋腱はエコーでも観察しやすくさらに炎症や断裂も肉眼所見とともに診断しやすい.
【結語】エコーによる早期診断と早期治療で肩関節痛改善がみられた症例を経験した.
10. 腰椎椎間板ヘルニアのタイプ分類と椎間板加圧注入療法時の漏出と効果の検討伊瀬谷沙織 大畑光彦 水間謙三 新居正季子 永塚 綾 田村雄一郎
岩手医科大学麻酔学講座
【はじめに】椎間板加圧注入療法は,椎間板内に薬液を注入して分布知覚神経への作用で鎮痛効果を得る,あるいは,加圧による薬液の椎間板外への漏出により,椎間板内圧減少による鎮痛効果を得ることが期待される.また,MRI画像上,椎間板ヘルニアのタイプ分類にはMacnabの分類があり,P(protrusion)型,SE(subligamentous extrusion)型,TE(transligamentous extrusion)型,S(sequestration)型の4つに分類される.
【目的】今回われわれは,椎間板加圧注入による漏出と効果の関係,また,MRI画像上の椎間板ヘルニアタイプと椎間板加圧注入による漏出の傾向を検討した.
【対象】MRI画像上,椎間板膨隆や椎間板ヘルニアと診断され,硬膜外ブロック,神経根ブロックが無効であった13症例(18椎間板).
【結果】造影剤および生理食塩水加圧により,椎間板外への漏出を認めたのは18椎間板中8椎間板で,このうち,7椎間板はMacnab分類のTE型,1椎間板はS型であった.漏出が認められなかった10椎間板は,P型が1例,SE型が3例,TE型が5例,S型が1例であった.漏出を認めた8椎間板のうち,椎間板加圧注入後,1週間後の評価で改善効果が得られたのは,7椎間板(TE型が6例,S型が1例)であった.
【考察】椎間板加圧注入により改善効果が得られたのは,椎間板外への漏出を認めたものが多かった.椎間板加圧注入により,髄核の椎間板外への交通が形成され,椎間板内圧が減圧したことによる鎮痛効果が大きいと考えられる.今回,椎間板外への漏出を認めたものはTE型とS型であり,P型とSE型では漏出を認めなかった.MRI画像上,椎間板ヘルニアタイプとしてTE型とSE型は分類に困難のものがあるが,TE型と判断すれば椎間板加圧注入による椎間板外漏出が期待でき,治療効果が望めると考えられる.
【結語】椎間板加圧注入療法では,椎間板漏出を認めると治療効果が高く,MRI画像上,椎間板ヘルニアのタイプではTE型とS型で漏出の可能性が高いと考えた.
小原伸樹 大石理江子 中野裕子 佐藤 薫 黒澤 伸 井上聡己
福島県立医科大学麻酔・疼痛緩和科
【緒言】ギランバレー症候群(GBS)は自己免疫性機序により急性発症する末梢神経疾患で,比較的予後は良好だが約2割の患者で後遺症を残す.今回,GBSの後遺症としてのしびれ感にミロガバリンが有効であった1例を経験した.
【症例】40歳代女性.13年前にGBSと診断され,四肢末梢のしびれ感と痛みが残存した.近医より,ガバペンチン1,600 mg/日,ロキソプロフェン240 mg/日,カルバマゼピン200 mg/日,プレガバリン150 mg/日,アセトアミノフェン1,000 mg/日,半夏厚朴湯7.5 g/日,芍薬甘草湯2.5 g/日,パロキセチン25 mg/日,アリピプラゾール6 mg/日およびクロルプロマジン25 mg/日処方されていた.しびれ感の軽減を目的に当科紹介された.受診時は四肢末端の知覚鈍麻(左右とも2;顔面を10とした場合)およびびりびりとしたしびれ感と痛み(VAS 72/100 mm),そして内服の副作用としての眠気を訴えた.筋力低下は認めなかった.4週間かけてプレガバリンをミロガバリン10 mg/日に切り替えたところ,しびれ感および痛みは改善(しびれ感は初診時を10とすると5,VAS 52/100 mm)した.
【考察】ミロガバリンは2019年に発売された,Caチャネルα2δリガンドであり,末梢性神経障害性疼痛に用いられる.馬場1)らは,糖尿病性末梢神経障害性疼痛を対象とした第三相試験におけるミロガバリンのしびれ感に対する効果の報告の中で有効性を示し,他の末梢性神経障害性疼痛におけるしびれ感に対する改善効果も期待されるとしている.本症例において,プレガバリンからミロガバリンへの変更のみで,眠気の副作用を増やさずに,GBS後のしびれ感を低減し得た.本発表のために書面による承諾を患者から得ている.
1) 馬場正之,黒羽正範,和崎陽介,他.糖尿病性末梢神経障害性疼痛を対象とした第3相試験におけるミロガバリンのしびれ感に対する効果.日本ペインクリニック学会誌2020; 27: 287–95.
12. 18年間継続していたケタミン静脈注射による治療を中止できた1例大石理江子 中野裕子 小原伸樹 佐藤 薫 黒澤 伸 井上聡己
福島県立医科大学麻酔科学講座
【症例】48歳男性.13歳時に交通事故で下肢を打撲した後から両下肢痛が出現し,反射性交感神経性筋萎縮症と診断された.強い痛みのため次第に歩行不能となり,神経内科や整形外科等を受診するも症状は変わらず,痛みのコントロール目的に当科を紹介され受診した.さまざまな鎮痛薬の処方,末梢神経ブロック,腰部・仙骨部硬膜外ブロック等を施行されたが目立った効果はなかった.29歳時にケタミンの静注を施行されたところ痛みが改善し,以降痛みが強い時に外来にてケタミンの筋注・静注を施行されるようになり,37歳ごろからは7日~10日に1回のペースとなった.担当医師から何度かケタミン静注の中止を提案するも同意を得られず,やむを得ず継続していた.47歳時に当院の安全管理部からケタミンの外来での使用は禁忌となっていること,痛みに対する使用も適応外であるという指摘を受けたことをきっかけとして,ご本人,ご家族と話し合いを重ね,ケタミンによる治療を中止することとした.中止により痛みの増強の訴えがあったが,アミトリプチンの内服により痛みが軽減し,車椅子であるが,東京にひとりで旅行に行けるようになった.外来受診の頻度も1カ月に1回程度まで減らすことができた.
【考察】ケタミンは慢性痛の治療に効果があることが知られているが,本邦では適応外使用である.外来での使用も現在は禁忌となっている.ケタミン静注は慎重に検討しなければならない治療である.いったん開始した場合,中止するのが困難となることもある.本症例ではケタミンの静注が18年間継続され,なかなか中止できずにいたが,外部からの指摘をきっかけに改めて話し合いを開始し,何度も話し合いを重ねることにより患者本人に納得していただき,ケタミン静注を中止することができた.
13. 腹部大動脈瘤Yグラフト置換術後の化膿性脊椎・椎間板炎による腰痛に何ができるのか―ブプレノルフィン貼付剤の使用経験―飯澤和恵*1 川前金幸*2
*1山形大学医学部附属病院疼痛緩和内科,*2山形大学医学部麻酔科科学講座
全身状態低下により嚥下機能は大きく損なわれる.オピオイド投与を契機に誤嚥し意識障害となり,回復後に激痛を訴え,疼痛管理に難渋した症例を経験したので報告する.
【症例】70歳代の男性.
X−1年腹部大動脈瘤に対しYグラフト置換術施行.
X年−10月大動脈十二指腸瘻で緊急ステントグラフト内挿入術施行.
X年−5月グラフト感染し入退院を繰り返していた.
X年−3月長期臥床により体動困難な腰痛があり疼痛コントロールの依頼を受けた.仙腸関節痛および筋々膜性腰痛と診断し,神経ブロックとリハビリテーション(RH)励行で改善した.
X年−1月グラフト感染が再燃し再入院.腰痛に対しトラマドール・アセトアミノフェン(TA)配合錠を開始した日に誤嚥し心肺蘇生が施された.翌日神経学的後遺症なく回復したが,腰痛の訴えが強く,再度疼痛コントロールを依頼された.座位で強い痛みが誘発された.MRIではL3を中心に椎体と椎間板へ感染が進展していた.神経ブロックは適応できず,RHとコルセット装着を提案するのみとなり,退院の目処が立たなかった.強オピオイドの適応と考えられたが,経過から使用を躊躇した.そこで抗うつ薬などの内服薬を整理し,ブプレノルフィン貼付剤5 mgの使用を提案した.副作用はなく,緩徐だが痛みは緩和され,貼付開始後33日目に転院された.
【考察】オピオイド鎮痛剤が誤嚥を誘発するとは言えないが,全身状態が不良で誤嚥の既往がある症例では注意を要する.この点ブプレノルフィン貼付剤は作用が緩徐で,重篤な副作用は現れにくく,本症例のような場合には有用と思われた.ただし,調節性に欠けるため十分な鎮痛を得るには時間を要する.
【結語】腹部大動脈瘤ステントグラフト感染が進展した化膿性脊椎・椎間板炎による腰痛の管理に難渋した.ブプレノルフィン貼付剤は有用だったが,他に鎮痛手段があればご教示いただきたい.
14. 血液透析患者の腰椎椎体骨折後疼痛に対して硬膜外ブロック,ブプレノルフィン貼付剤を併用して疼痛緩和を行った1例伊藤裕之 伊達 久 唐澤祐輝 末永佑太 鈴木陽子 河野友美
仙台ペインクリニック
【緒言】血液透析患者の椎体骨折は,透析設備が必要であること,鎮痛薬の選択制限などからクリニックでの治療に難渋することが多い.硬膜外ブロックとブプレノルフィン貼付剤を併用して疼痛緩和を行った1例を経験したので報告する.
【症例】80代男性.腎硬化症による慢性腎不全で6年前に血液透析が導入された.他の既往には発作性上室性頻拍,洞性徐脈があった.
【経過】自宅で転倒し腰痛を発症した.2日後に他院整形外科を受診したがレントゲンで異常を認めずセレコキシブが処方された.プレガバリン25 mgも処方されたがふらつきのため内服不可能であった.受傷から14日後に当院紹介受診した.初診時のVASは90 mmであり,痛みにより不眠で,歩行は辛うじて可能であるが,痛みのために体動困難であった.同日MRIを撮影し腰椎L2の新鮮椎体骨折と診断した.圧痛点や痛みの性状から椎間関節ブロックは効きにくいと判断し硬膜外ブロックを施行し,アセトアミノフェン3,000 mg/日を処方した.受傷18日,VAS 90 mmで変化なかったためアミトリプチリン10 mg/眠前とブプレノルフィン貼付剤5 mgを処方した.受傷25日,ブプレノルフィンによる副作用がなかったため10 mgに増量した.受傷32日,VAS 70 mmと軽快傾向であったため,ブプレノルフィンは増量せずに継続した.受傷44日,痛みがさらに軽快したためブプレノルフィンを5 mgに減量し,中止した.
【考察】椎体骨折による疼痛が強く椎間関節痛がメインではない場合,硬膜外カテーテル留置などの入院治療が選択肢になる.血液透析患者では透析設備がない施設では入院が不可能である.その場合は,神経ブロックとブプレノルフィン貼付剤を併用することで疼痛緩和を達成することも選択肢の一つであると思われる.
15. ミロガバリン追加投与が奏功した三叉神経痛の1症例髙橋裕也 大畑光彦 宮田美智子 山田直人 鈴木 翼 佐藤陽香 鈴木健二
岩手医科大学麻酔学講座
【はじめに】薬物治療に抵抗性の三叉神経痛患者には遭遇することがある.今回,カルバマゼピン・ラモトリギンで症状改善せず,ミロガバリンの追加で疼痛緩解した三叉神経痛患者を経験したので報告する.
【症例】患者は75歳の女性で,身長144.6 cm・体重61.8 kg.
【既往歴】慢性関節リウマチ・気管支喘息・乳がんがある.
【現病歴】当科初診の約6カ月前より左頬部~上顎の痛みがあり,近医歯科受診.三叉神経痛の疑いでカルバマゼピンが処方され,同時に歯周病と齲歯の治療が開始された.痛みは緩解していたが,当科初診の約3カ月前より再燃し,カルバマゼピンを再開するも効果なく脳神経外科クリニックへ紹介となった.MRI上特記所見なく痛みの程度も強いため当科へ紹介となった.
【治療経過】初診時,会話で痛みが誘発されるため筆談を要した.また摂食障害もあるとのことであった.顔面および口腔内の明らかな感覚異常やトリガーポイントはなく,舌咽神経痛との鑑別を要したため造影MRIを予約した.治療はすでに服用していたカルバマゼピン600 mg/dayに加え,ラモトリギン50 mg/dayを開始した.ラモトリギン75 mg/dayまで増量するも痛みは変わらないため,さらにミロガバリンを5 mg/day追加したところ改善傾向を認めた.その後ミロガバリンを10 mg/dayまで漸増したところ痛みは緩解した.初診約1カ月後には日中の眠気を訴えたため,カルバマゼピン400 mg/day・ラモトリギン50 mg/dayに減量するも痛みの再燃は認めていない.なお,造影MRI上も三叉神経および舌咽神経の走行に沿った血管の接触等の所見は認めず,舌咽神経痛との鑑別はできていない.
【結論】ミロガバリン追加投与が奏功した三叉神経痛患者を経験した.
荒木俊一*1 鈴木 潤*1 齋藤秀悠*1 大西詠子*1 田島つかさ*2 山内正憲*1
*1東北大学病院麻酔科,*2仙台医療センター緩和ケア内科
【はじめに】陰茎の痛み(penile pain)は尿路感染症や性感染症,悪性腫瘍,外傷などさまざまな原因によって生じるが,しばしば排尿や勃起,下着の擦れなどにより強い突出痛を伴い薬物治療に抵抗性である.今回,尿管がん患者の陰茎痛に対して10%フェノールグリセリンによるサドルブロックを行った結果,良好な鎮痛効果を得ることができ,オピオイドによる鎮痛を要さずに終末期を迎えることができた症例を経験したので報告する.
【症例】77歳男性.右下部尿管がんに放射線化学療法を行ったが,局所浸潤と放射線治療による急性前立腺炎などにより,特に排尿時に強い,会陰部と陰茎の痛みが生じるようになった.トラマドールやアセトアミノフェンの内服を開始したが,効果が乏しいため当科紹介となった.フェンタニルの持続静脈内投与を開始したところ安静時の痛みは軽快したものの,40 mcg/時まで増量しても排尿時の突出痛が強く,不眠と行動異常も伴うようになり,せん妄と診断された.オピオイド鎮痛薬による治療が困難と判断し,10%フェノールグリセリンによるサドルブロックを施行した.穿刺はL5/S1椎間で行い,10%フェノールグリセリンを0.2 ml注入したところ,注入直後より会陰部と陰茎の痛みが消失した.フェンタニルを中止したが,翌日以降も痛みの再燃はなく,行動異常は消失し言語による良好な疎通が取れるまでに意識レベルは改善した.治療経過中に下肢の感覚異常や麻痺は認めなかった.その後もオピオイド鎮痛薬を再開することなく,がん性胸膜炎・胸水による呼吸不全のため13日後に死亡した.
【結語】陰茎の薬物療法抵抗性のがん疼痛に対して少量のフェノールグリセリンによるサドルブロックが有効であった.
17. 直腸がんサバイバー慢性痛に対するサドルブロック齋藤秀悠 鈴木 潤 熊谷道雄 村上 徹 大西詠子 田島つかさ 山内正憲
東北大学大学院医学系研究科麻酔科学・周術期医学分野
【はじめに】縫合不全など器質的病態に伴う痛みは,薬物療法で完全な除痛が難しく,さらに痛みの悪循環により慢性化することも少なくない.交感神経ブロックや脊髄刺激療法では,十分な満足度を得られないことも多い.体表であれば末梢神経ブロックが有用となり得るが,内臓深部の痛みでは十分な鎮痛が難しい.今回われわれは直腸がん術後縫合不全に伴う肛門内側部痛が慢性化した症例に対して,10%フェノールグリセリンを用いたサドルブロックを合併症なく施行したので報告する.施行および症例報告に際して患者本人より書面同意を得た.
【症例】60歳台男性.前医で5年前に直腸がんに対して骨盤内臓全摘術,回腸瘻造設術を施行した.術後縫合不全,肛門周囲膿瘍に伴う痛みに対してアセトアミノフェン内服で経過観察していた.寛解と増悪を繰り返すうちに痛みが慢性化し,3年前からトラマドール,2年前からフェンタニル貼付剤を処方された.フェンタニル2.5 mg/日でも効果不十分で,依存と診断されて容量の増減を繰り返しながらさらなる症状増悪を認めたため,当科紹介となった.フェンタニル貼付剤1.5 mg/日,アミトリプチリン10 mg,デュロキセチン20 mgが処方されていた.
初診時の痛みはNRSで7/10であった.人工肛門および回腸導管回腸瘻が造設されていたため膀胱直腸障害のリスクはなく,0.5%高比重ブピバカイン0.5 mlでサドルブロックを施行した.一時消失した痛みは3時間で再燃したものの,下肢の神経症状はなく,痛みが5/10まで改善した.患者および家族に説明し10%フェノールグリセリン0.4 mlで再度サドルブロックを施行した.翌日の疼痛再燃のため,1週間程度の間隔を空けて10%フェノールグリセリン0.4~0.7 ml,計5回,徐々に増量しながら施行した.いずれも独歩で帰宅し,有意な合併症なく終了した.
【結語】10%フェノールグリセリンによるサドルブロックで,肛門内側部の疼痛改善は一時的であった.痛みの機序とフェノールの効果について報告する.
18. 星状神経節ブロックを行ったファーストバイト症候群3症例の検討鈴木 潤*1 荒木俊一*1 齋藤秀悠*1 大西詠子*1 田島つかさ*2 山内正憲*1
*1東北大学病院麻酔科,*2仙台医療センター緩和ケア内科
【はじめに】ファーストバイト症候群(first bite syndrome:FBS)は,食事開始時にのみ耳下腺部位に激しい痛みが生じる状態であり,耳下腺深葉や副咽頭間隙の手術に伴う合併症の一つである.FBSには星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)が有効であったとの報告があるが,無効例も多い.今回,異なる部位に生じた腫瘍の摘出後にFBSを発症した3症例に対してSGBを行い,異なる経過を辿ったため報告する.
【症例1】79歳女性.左耳下腺深葉の腫瘍摘出術を施行されたが,術後から食事の際に手術部位近くの痛みが生じるようになり,FBSと診断された.カルバマゼピンなどの薬物療法は無効であり,1%リドカインでSGBを1~2週間ごとに合計3回施行したところ,食事開始時の痛みが軽減した.薬物療法は中止し,わずかな痛みは残存するものの,激しい痛みの再燃はなく経過している.
【症例2】70歳男性.左副咽頭間隙の耳下腺腫瘍摘出術を施行されたが,食事の際に左耳下腺や奥歯に強い痛みが生じるようになり,FBSと診断された.1%リドカインでSGBを1週間ごとに合計6回施行したが,無効であった.薬物療法などを行いながら現在も通院加療中である.
【症例3】51歳女性.左副咽頭間隙の神経原性腫瘍摘出術を施行されたが,術後すぐに食事の際に左耳下腺部の鋭い痛みが生じるようになり,FBSと診断され当科紹介となった.1%リドカインなどでSGBを2週間ごとに合計3回施行したが,無効であった.薬物療法などを行いながら現在も通院加療中である.
【結語】SGBを行ったFBS 3症例のうち1症例は有効であった.副咽頭間隙に手術操作が及んだFSB患者ではSGBの効果が乏しい可能性がある.
19. 難治性慢性鼠径部痛がトリガーポイント注射と閉鎖神経ブロックにより軽快した1症例山本夏子 中島麻衣子 合谷木 徹 木村 哲 新山幸俊
秋田大学麻酔・蘇生・疼痛管理学
【緒言】数年来の鼠径部痛がトリガーポイント注射と閉鎖神経ブロックにより軽快したパーキンソン病(PD)患者の1例を経験したので紹介する.
【症例】8年前よりPD加療中の81歳男性.PD発症以前から右鼠径部痛があり,NSAIDs内服と貼付薬で経過観察されていたが痛みが続くため当科外来を受診した.CTや下肢エコー検査では原因となり得る所見は認められなかった.触診で右大腿動脈直上と長内転筋に圧痛を認めたため,トリガーポイント注射を行ったところ,痛みが著明に軽減した.その後外来でトリガーポイント注射と閉鎖神経前枝ブロックを行いつつリハビリを継続し,トラマドール配合錠を追加したところ,8カ月後には痛みは気にならないほどに軽減した.
【考察】PDでは,中脳のドパミン投射系のうち黒質線条体の障害により姿勢異常や歩行障害・震えが生じ,下肢・腰背部筋の強張りなどから筋骨格系の痛みの原因となる.これらは侵害受容性の痛みであるが,姿勢保持反射障害により頚椎や腰椎に変形が起きると神経根圧迫による神経障害性の痛みが加わる.また,腹側被蓋野から投射する中脳辺縁ドパミン系の機能不全により下行性疼痛抑制系機能が低下し,全身の疼痛過敏が顕在化すると考えられている.本症例では侵害受容性・神経障害性・非器質性の痛みが相互に絡み合って複雑な痛みの症状を呈していると考えられ,ブロック注射やトラマドール配合錠で鎮痛を図りながらリハビリを継続し,筋拘縮を和らげることにより慢性疼痛が改善したと考えられる.
【結語】数年来の難治性鼠径部痛がトリガーポイント注射と閉鎖神経ブロックにより軽快したPD患者の1例を経験した.PDでは運動症状がなくても全身の痛覚過敏が生じているため,単純な痛みや鬱状態として見過ごさず,訴えを傾聴し慢性疼痛として治療を行うことによって症状が緩和される可能性があることが示唆された.
20. 脊髄損傷・胸椎固定後に生じた難治性下腹部痛の診断・治療に神経根パルス高周波が有効だった1例唐澤祐輝 伊達 久 河野友美 末永佑太 鈴木陽子 伊藤裕之
仙台ペインクリニック
【はじめに】脊髄損傷・後方固定後に左下腹部痛を生じた症例を経験した.他院で診断に難渋したが,左Th12神経根障害を疑い,診断と治療に神経根ブロック・パルス高周波が有用だった.
【症例】55歳女性.
【既往歴】交通外傷・脊髄損傷(15歳)で第9胸椎~第1腰椎後方固定後.
【現病歴・経過】X年1月末に左背部痛を生じ,近医A,B受診し腎結石・排便障害など疑われたが原因不明とされた.その後痛みは左腹部に移動し,強い痛みで眠れないことを主訴にX年3月に当院総合診療科を受診した.胸腹骨盤部CTで第2~3腰椎圧壊とガスを認め化膿性脊椎炎を疑われ,当院整形外科に紹介された.腹痛は前皮神経絞扼症候群を疑われ,当ペインクリニック科に紹介された.L1以下の触覚は消失し,両下肢は完全麻痺していた.左下腹部の直径3 cmの円形範囲を中心とした間欠痛があった.痛みの位置がTh12領域内で変動し,Carnett's sign陰性だった.感染が疑われていた椎体周囲を避けトリガーポイントブロックや肋間神経ブロックを施行したが効果は限定的で,CT所見から骨棘による左Th12の椎間孔レベルの障害を疑った.その間病院整形外科で経過観察されたが,採血上炎症反応上昇なく血液培養も陰性で,腰椎の感染は否定されCharcot spineが疑われた.侵襲・リスクが高く再手術は適応外とされ,テストブロックの後に透視下神経根パルス高周波を行った.visual analog scaleの日中最高値は60前後で著変なかったが,夜間痛はほぼ消失し入眠障害・中途覚醒とも消失した.
【考察】本症例では第2腰椎が圧壊し,頭側は広範に後方固定されており,硬膜外カテーテルを含め脊柱管内を経由する治療は困難だった.神経根ブロックは低侵襲で外来でも施行でき,多様な病態が考慮される症例で診断的意義が高い.また,脊柱管内を経由しないため適応症例も多いと考えられた.
【結語】他院で診断に難渋した脊髄損傷・後方固定後患者の側腹部痛の診断・治療に神経根ブロック・パルス高周波が有用だった.
21. 8年前からの慢性腰痛に対して仙腸関節ブロックと仙腸関節枝高周波熱凝固法が奏功した1例紺野真緒 工藤隆司 久保田実怜 伊藤磨矢 木村 太 廣田和美
弘前大学医学部附属病院麻酔科
【はじめに】慢性腰痛のうち,原因が特定されないものを非特異的腰痛とされているが,その診断と治療判定は困難であることが多い.仙腸関節痛の定義は,理学試験と仙腸関節ブロックによる一時的疼痛軽減の両者を満たすものとされている.今回われわれは,慢性腰痛に対して仙腸関節ブロック,仙腸関節枝高周波熱凝固療法(RF)を行い,症状軽減が得られた症例を経験したため報告する.
【症例】29歳女性,職業は看護師.8年前より仕事中に左腰痛を自覚するようになり,近医受診するも精査で異常は認められなかった.対症療法継続していたが改善ないため,2020年12月に当院総合診療部を紹介受診.Patrick test,Gernslen testともに左で陽性で,左仙腸関節性,腰筋膜性腰痛症として,仙腸関節ブロック,胸腰筋膜および上殿皮神経ブロックを施行された.各神経ブロック,内服薬,ストレッチ等試されていたが,症状は寛解増悪を繰り返し,腰痛により仕事早退も増えるようになったため当科紹介となった.当科初診時,NRS 3~8/10の左仙腸関節部分の体性痛,軽度神経障害性疼痛を認めた.前医での仙腸関節ブロックの効果は一時的でも認めていたため,左仙腸関節障害として仙腸関節ブロックを施行する方針となった.超音波ガイド下に仙腸関節ブロックを1週間おきに繰り返し施行しながら内服治療で経過をみていたところ,ブロック後から疼痛出現までの期間は徐々に長くなった.その後職場の環境変化に伴いさらなる鎮痛効果を狙って,左仙腸関節枝RFを90℃ 180秒行った.RF後症状は著明に改善し,職場復帰が可能となるまで回復した.
【結論】仙腸関節の支配神経に対するRFは,仙腸関節ブロックの効果はあるが一時的である症例に対し,長期の治療効果を期待できる治療法である.また本邦でsimplicityが薬事承認され今後の発展が期待される.
河野友美 伊達 久 伊藤裕之 唐澤祐輝 末永佑太 鈴木陽子
仙台ペインクリニック
50歳台女性,元来腰痛はあったが,受診3日前に突然腰痛が悪化し歩行困難になった.腰部の痛みの他に右臀部,大腿後面,下腿外側にも強い痛みが出現した.脊髄関連の手術歴はなかった.下肢伸展挙上試験(SLR)陽性であり,腱反射正常,運動障害および感覚障害や膀胱直腸障害はみられなかった.外来で硬膜外ブロックを行うも,右臀部痛と右下腿外側の痛みが残存し依然歩行困難のため,即日入院となった.MRI上はL5/S1椎間板突出があり,まず椎間板造影検査を行ったが椎間板加圧による痛みの誘発はなく,右S1神経根パルス高周波療法を行うも効果はなかった.その後も痛みが強いため右L5/S1椎間板高位に硬膜外カテーテルを留置し17日間持続硬膜外ブロックを行うとその間痛みは著明に改善した.その後持続硬膜外ブロックを中止し,右L5およびS1神経根パルス高周波療法を施行したが,右臀部痛,下腿外側部痛は残存した.椎間関節痛や仙腸関節痛,梨状筋症候群を除外し,仙骨硬膜外造影でL5/S1レベルの途絶がみられたことから,硬膜外腔癒着の可能性を考え,スプリングカテーテルによる硬膜外癒着剥離術を計画した.まず造影剤の途絶がみられたL5/S1椎間板高位で物理的剥離を行い,さらに右L5およびS1神経根付近にカテーテルを進め,それぞれ生理食塩水で剥離を行った.最後に右L5/S1レベルにカテーテル先端を留置し,高張食塩水の投与を行った.術後から右臀部痛,下腿外側部痛は改善し歩行可能となり,硬膜外カテーテルを抜去して退院となった.癒着剥離術は腰椎手術後症候群の慢性腰下肢痛で有用性が認められているが,手術歴のない患者での報告はまれである.今回神経根ブロックに抵抗性の難治性腰椎神経根症であったが,硬膜外造影により癒着による痛みの可能性が示唆された.
23. 超音波装置を用いて診断・治療を行ったintersection syndromeの1例千葉知史
あおば・南吉成ペインクリニック
【はじめに】手関節部痛をきたす比較的まれな疾患であるintersection syndrome(以下IS)の治療経験を得たため,若干の文献的考察を加え報告する.
【症例提示】43歳男性,トラック運転手.
【現症】主訴:左手関節部痛.手関節X線撮影・採血検査では異常所見は認めず.手関節伸展屈曲にて痛みを誘発,捻髪音を聴取した.リスター結節部より約5 cm近位部分の前腕橈側に圧痛を認め,超音波装置(以下US)観察にて,ECRL(長橈側手根伸筋)・ECRB(短橈側手根伸筋)の腫脹を認めた.
【治療経過】APL(長母指外転筋)・EPB(短母指伸筋)とECRL・ECRBが交差する部位にUSガイド下に0.5%メピバカイン2 mlを注入した.直後に痛みと同部の捻髪音は消失.2週間後,ECRL・ECRBの腫脹は軽度存在していたが,症状は消失しており終診となる.
【考察】ISは伸筋支帯第一区画APL・EPBと第二区画ECRL・ECRBの腱交差部の炎症・癒着性疾患であるが,同様な手関節痛をきたす疾患としてde Quervain's tenosynovitis(以下DQT)が挙げられる.DQTは手関節部におけるAPL・EPBの腱鞘炎である.両者は,痛みの部位の違いと手関節屈曲伸展時の捻髪音の有無にて鑑別が可能と報告されている.また,ISの治療は腱交差部への局所麻酔薬・ステロイド剤・生理食塩水の注入が有効と報告されている.
本症例では症状よりISの診断は比較的容易ではあったが,診療にUSを導入することで,腱交差部の炎症・浮腫の客観視が可能となり,また腱交差部へ薬液を確実に投与することができた.従って,ISに対してのUS診療は有用であると考えられた.
【結語】比較的まれな疾患であるintersection syndromeを経験した.ISの診断・治療にはUSを活用することが有用であると考えられる.
24. 腰部硬膜外ブロックでの25G神経ブロック針の使用経験寺田宏達
秋桜ペインクリニック
腰部硬膜外ブロックは日々のペインクリニック診療において最も多く行われる神経ブロック治療の一つである.合併症の一つに硬膜穿刺後頭痛がある.この頭痛を生じた際には起居姿勢で痛みが誘発されるため1週間程度で改善するものではあるもののその間の日常生活をかなり障害する.そのうえ一度経験した患者は硬膜外ブロックを再度行うことに同意しない場合がほとんどであり治療法の選択肢の幅を減らしてしまう.
予防のためには穿刺技術を向上させることは当然であるがどんなに細心の注意を払っていても偶発的な硬膜穿刺を完全に予防することはできない.硬膜穿刺した場合でも頭痛を生じないようにするために有用と考えられるのはより細径の穿刺針を使用することである.しかし細径になるほど穿刺は難しくなる.
従来は22Gを使用する場合が多いと思われる.より細い25Gの神経ブロック針は腰部硬膜外ブロックに適切に使用できるか検討した.
【対象】腰痛症,腰部神経根症の患者で腰部硬膜外ブロックが適応と考えられた症例5例.
BMI>30,抗凝固薬・抗血小板薬使用中,腰椎術後,側臥位のとれない人は除外した.
【方法】神経ブロック針はユニエバー穿刺針(R)25G×60 mm(ユニシス)を使用した.
側臥位,正中法で硬膜外腔に到達するまでは透視装置を使用せず生理食塩水を用いた抵抗消失法により硬膜外腔へ進めた.その後X線透視装置で針先の位置と水溶性造影剤の広がりを確認した.薬液注入後は30分間安静とし血圧・脈拍・酸素飽和度,知覚異常,筋力低下の有無を確認した.
【結果】5例とも針先はほぼ正中の硬膜外腔にあった.安静時間中に循環変動,知覚異常や脱力を生じなかった.
【結論】25G神経ブロック針は腰部硬膜外ブロックに適切に使用できる可能性がある.硬膜穿刺後頭痛を予防できるかどうかは症例数を増やして検討が必要である.
25. 婦人科腹腔鏡手下手術術後痛に対するTAPA(thoraco abdominal nerves through perichondrial approach)ブロックの有用性鵜沼 篤 須永悟史 根本 晃 合谷木 徹 新山幸俊
秋田大学麻酔・蘇生・疼痛管理学
【はじめに】腹横筋膜面ブロックが普及し,近年肋骨部で穿刺するTAPA(thoraco abdominal nerves through perichondrial approach)ブロックが紹介されたが,その鎮痛範囲や鎮痛効果は依然明らかではない.今研究では婦人科腹腔鏡手術患者へTAPAブロックの鎮痛効果を検討した.
【方法】倫理委員会と婦人科腹腔鏡手術を受ける患者の同意を得て,患者を無作為にTAPA群と対照群の2群に分けた.TAPA群は全身麻酔導入後エコーガイド下にプローブを肋軟骨に直行させ尾側より平行法で刺入し肋軟骨部位の内腹斜筋と腹横筋間に片側0.25%レボブピバカイン20 mlを両側に注入した.対照群はブロックなしとして,術後鎮痛に両群に術後IV-PCA(フェンタニル15 µg/hr,ボーラス投与10 µg,ロックアウト5 min)を接続した.安静時体動時の術後疼痛を帰室1時間後時,当日夜,術後1目朝,術後1目昼,術後1目夜,術後2目朝,術後2目昼,術後2目夜に評価し,IV-PCAの投与回数,フェンタニル総投与量を比較した.
【結果】対照群28人とTAPA群32人の患者背景に差はなかった.安静時と体動時VASは両群間に差はなかった.PCA回数は,対照群4.5±5回とTAPA群14.5±41回で有意差がなく,フェンタニル総投与量も対照群491±266 µgとTAPA群518±266 µgで有意差はなかった.
【結論】婦人科腹腔鏡手術の術後痛に対して,単回TAPAブロックの有効性がみられなかった.
26. 持続ESP(erector spinae plane)ブロックの試み須永悟史 鵜沼 篤 根本 晃 合谷木 徹 新山幸俊
秋田大学麻酔・蘇生・疼痛管理学
【はじめに】胸腔鏡補助下手術でも術後遷延性創部痛をきたす.周術期抗凝固療法の普及により,術後硬膜外鎮痛を実施できない症例が増加している.最近,脊柱起立筋膜面ブロック(ESPB)が比較的安全かつ簡便な硬膜外麻酔の代替療法として期待されているが,間欠投与による鎮痛効果は不明である.そこで,持続ESPBを施行し,間欠的薬液投与による術後鎮痛効果を評価するため研究を実施した.本発表ではそのカテーテル留置方法の変遷とその鎮痛効果を検討した.
【方法】倫理委員会の承認と肺手術を受ける患者に同意を得て,全身麻酔後に手術体位の側臥位にしてエコーガイド下に次の3つの方法で穿刺した.1.ブロック施行者が患者頭側からTh4の横突起を同定し,硬膜外針により脊柱起立筋膜面に0.25%レボブピバカイン20 ml投与後,カテを挿入した.2.ブロック施行者が患者背側に立ち,Th4レベル外側よりブロック針を肋横突関節(costeotransverse notch:CTN)に向けて穿刺し,0.25%レボブピバカイン20 ml投与した.その後針を抜去し,プローブを90度回転させ,頭側より硬膜外針を刺入し薬液部にカテーテルを挿入した.3.ブロック施行者は患者の頭側に位置し,硬膜外針を横突起側面に刺入し0.25%レボブピバカイン20 ml投与後カテーテルを挿入した.
【結果】1,3では鎮痛範囲が不十分でIVPCAなど追加の鎮痛方法を必要とする症例が散見された.2では薬液注入後にカテ刺入部位が不明になることがあったが,創部痛は比較的抑えられた.1,2,3ともにドレーン部痛の訴えが多かった.
【考察】本研究では2のCTNを指標とした方法で比較的広範囲の鎮痛が得られたが,カテーテル留置までの手技が煩雑だった.また,ドレーン挿入部(Th8)までの鎮痛効果は得られなかった.原因としては,体位作成が困難であったこと,ESPBの効果範囲のばらつき,施行者のスキルが考えられる.
【結語】CTNを指標とした持続ESPBは比較的良好な鎮痛範囲を得られたが,手技が煩雑であり,ドレーン部痛への配慮が必要である.