2022 Volume 29 Issue 5 Pages 109-117
WEBライブ配信:2022年2月19日(土)
オンデマンド配信:2022年2月21日(月)~2022年3月21日(月)
会 場:Web開催
会 長:中條浩介(香川大学医学部附属病院麻酔・ペインクリニック科 准教授)
杉浦健之
名古屋市立大学大学院医学研究科麻酔科学・集中治療医学
さまざまな背景を持つ患者に,より良い痛み診療を提供するよう,ペインクリニックのトレンドも時代とともに変わりつつある.痛み自体を治療対象として,麻酔科医が中心となり半世紀以上前から脊髄幹ブロックや末梢神経ブロック,あるいは低侵襲な外科的介入を用いて,患者の苦痛を和らげてきた.また,痛みの病態研究が進み,従来の鎮痛薬のみならず新たな薬物治療も選択できるようになったことは大きな進歩である.ところが,有効な治療手段である神経ブロックや進歩したインターベンショナル治療,新規内服治療薬だけでは太刀打ちできない患者にもしばしば出会う.治療に難渋するということは,治療期間も長引き,いわゆる慢性痛として関わることになる.
痛みの受容,認知機構を考えると,古くは,塔の上にある鐘を,つながった一本の綱を強く引くことで鳴らすように例えられることもあった.しかしながら,痛み(塔の上で鳴り響く鐘)とは,侵害受容神経の興奮(綱を強く引く)だけで構成されるものでなく,自律神経,身体機能,認知,栄養,免疫などヒトの体の中にあるさまざまな機能と結びついていることがわかってきた.したがって,痛みの治療では,侵害受容神経の興奮を押させることだけにとどまらず,さまざまな体の機能や心理面,生活社会面への多面的な介入が必要となる.
多面的な介入を行うためには,生物心理社会モデルで患者を評価することが重要となる.そこで当院では,2017年からペインクリニック外来を核として,精神科医,看護師,臨床心理士,理学療法士など多職種が関わるいたみセンターを開設した.多職種カンファレンスで話し合った治療方針とゴールに向かい,患者を中心とした取り組みを行っている.さらに厚労省からの補助を受け,慢性痛診療連携の整備や医療人の育成にも取り組んでいる.いたみセンター設立の経緯,多職種チーム医療の特徴と診療内容の紹介や活動上の問題点を取りあげる.
小田祐資
すみよし小田法律事務所/香川大学麻酔・ペインクリニック科
裁判実務上,医師(または医療機関)と患者は診療契約を締結しているとされ,医師の法的責任の有無は「診療契約上の債務不履行の有無」(不法行為における過失の有無と同一の判断である)の問題として判断される.
かかる診療契約における医師の債務は,善良な管理者の注意を持ってその業務にあたることであると理解されているが(いわゆる善管注意義務),医師(医療機関)は専門家の業務として診療を受任しており,個々の能力に応じて最善を尽くしていればそれでよいというわけではない.診療契約において医師が負う債務は,「臨床医学の実践における医療水準に適う注意義務を尽くすこと」などと説明される.
しかし,「医療水準」には「これが○年度の医療水準である」といった明確な規定が存在するわけではなく,訴訟では,ガイドライン,添付文書,学術論文や症例報告,厚労省通達,当該医療機関の性格や医療環境等などを総合的に勘案し,問題となった医療行為が注意義務違反かどうか判断されることが一般的であり,その境界は明確ではない.
また,診療契約における医師の債務として説明義務が存在することは現在では争いがなく,近時の医療訴訟において説明義務違反は,治療・診断の適否と並び大きな地位を占めている.しかしながら,何を誰にどこまで説明すると説明義務を尽くしたといえるかについても明確な基準は存在せず,またその証明(インフォームドコンセントの証拠化)についても確立したものがない悩ましい状況である.
本講演では,実際の裁判例を題材として,診療契約上の医師の責任について説明義務を中心に解説し,医師の契約責任という観点から「薬剤処方と自動車の運転」の問題を考察する.
田中 聡
信州大学医学部麻酔蘇生学教室
術後慢性痛は,“手術後3カ月の時点における創部近傍の痛みの再発,あるいは持続する痛み”と定義され,悪性腫瘍の再発や感染などの他の原因がある場合には除外される.難治性で変動しながら長期間持続する術後慢性痛を,国際疼痛学会は慢性痛に分類しており,国際疾病分類第11版(ICD-11)に掲載されている.
海外の報告では術後慢性痛の頻度は10~50%であり,中等度以上の痛みが持続する頻度は2~10%である.術式・手術部位により術後慢性痛の頻度が異なる.手術侵襲の大きい開胸術や肢切断術だけでなく,小手術と考えられてきた乳房切除術や鼠径ヘルニア修復術でも高頻度に術後痛が遷延する.
術後慢性痛に関連する患者要因として,成人若年者,女性,強い不安,術前からの慢性痛,術後早期に強い痛みのある患者が術後慢性痛に移行しやすいとされる.手術要因としては,神経障害や大きな手術侵襲が危険因子と考えられている.
術後慢性痛の発症メカニズムは単一ではなく,手術侵襲による神経障害,心理・社会的要因,中枢性感作などが複合的に関与している.一部の手術で硬膜外麻酔は術後慢性痛の頻度を低下させることが示されているが,その効果は限定的である.術後慢性痛のメカニズムは単一ではないため,その予防も複合的な対応が求められる.加えて診療を継続するシステムの構築が必要となるであろう.
術後急性期の痛みが遷延化するリスクファクター,メカニズム,そして予防方法について考察したい.
曽我朋宏
徳島大学医歯薬学研究部地域医療人材育成分野
【はじめに】国際疼痛学会(IASP)によれば,術後慢性疼痛(慢性術後痛)は,手術後2カ月以上続く痛みと定義される.また,慢性術後痛の発生頻度は術式や侵襲の程度にかかわらず5~10%前後とされている.
〈胸腺腫摘出術後に術後痛が遷延した症例〉
【症例】43歳女性,164 cm,58 kg,既往歴は特記すべきものなし.X年1月,胸骨正中切開にて胸腺腫摘出術を施行された.手術時間3時間12分,出血量77 ml.麻酔法は全身麻酔で,術後痛対策としてフェンタニルによるIV-PCAが行われたが,術後創部痛,背部痛が強く頻回のレスキューを要した.退院後も痛み残存したため近医ペインクリニックを受診,胸部硬膜外ブロックを数回施行されたが効果一時的であり,X年4月に当科紹介された.初診時,胸骨正中創付近と後頚部から右肩甲間部の痛みと圧痛を認めたが,アロディニアや知覚脱出,上肢筋力低下は認めなかった.ミロガバリン処方およびエコーガイド肩甲背神経ブロックや前鋸筋面ブロック等を複数回行い,症状軽減してX年10月に終診となった.
【考察】2020年度に当院ペインクリニックを新患として受診した患者は81名で,うち7名(8.6%)が慢性術後痛による紹介患者であった.当院の年間総手術件数は約6,900件(2020年度)であり,前述の慢性術後痛の発生頻度から類推すると,慢性術後痛患者の多くは,手術を行った診療科だけでフォローアップされているのが現状である.潜在的な慢性術後痛患者に対応するための,より紹介しやすく受診しやすいペインクリニック外来の体制構築が必要ではないかと改めて考えさせられた.
2. 整形外科手術後の慢性腰痛に対するリハビリテーションの効果原田英宜 川並俊介 松尾綾香 森 亜希 山縣裕史 松本美志也
山口大学医学部麻酔・蘇生学教室
整形外科術後には運動に対する恐怖などから痛みが遷延化することがあるが,リハビリテーション(以下,リハ)中心の集学的治療を行うことで運動に対する恐怖や不安が解消し,生活障害が改善することがある.われわれの経験した症例を報告する.
【症例】70歳代女性.X−2年7月左変形性股関節症に対して人工股関節置換術施行されたが,3カ月後に腰痛が出現し,その後も腰痛は増強するためX年4月当科紹介となった.後屈時の左側腰痛と脊柱起立筋に圧痛があったが神経学的所見はなく,腰椎レントゲンで変性側弯と腰椎前弯の消失があり,変形性腰椎症とhip-spine syndromeに伴う腰痛と診断した.問診では,強い痛みに伴う生活の障害と強い不安や破局的思考があると推測された.X−1年5月に夫が死去,コロナ禍により県外の家族に会えない状況が続き孤独や不安が影響していると考え,痛みの緩和とともに地域社会とのつながりを作る目的でX年7月より入院治療を行った.買い物を楽しむために独歩300 mを目標とし,股関節術後の腰椎アライメント変化に伴う腰痛改善を目的に腰椎後屈のストレッチと体幹筋の筋力訓練を中心にプログラムを作成,その中から可能なものを自ら選び通常のリハとは別にセルフリハを行った.300 m歩行は入院1週間で達成できたが退院後のペーシング指導のために入院中から万歩計を使用した.また退院後の生活環境調整のためケアマネージャーに連絡し,地域サロンの利用や本人の希望にあったデイサービスへの変更を勧めた.退院後の問診では,痛みや不安,破局的思考は改善したが,自己効力感は悪化していた.退院後も歩数と運動の記録は継続的に外来で確認している.本症例では股関節手術後の腰痛の慢性化に,運動に対する恐怖,コロナ禍の孤独や不安など心理・社会的な因子が関与していたと考えられた.整形外科術後は運動に対する恐怖や不安が起こりやすく,十分な説明と患者にあった運動指導を行うことが必要と考えられた.
3. 術後慢性痛に対して認知行動療法を施行した1例作田由香*1 西江宏行*1 岩佐和典*2 山本雅子*1 中塚秀輝*1
*1川崎医科大学附属病院麻酔・集中治療科,*2大阪府立大学大学院第一学系群現代システム科学系
慢性痛に対する認知行動療法(cognitive-behavioral-therapy:CBT)は慢性疼痛診療ガイドラインで推奨されている治療の一つである.原因が明らかでない一次性慢性痛に適応と考えられることが多いが,当科ではさまざまな慢性痛が適応と考えている.今回は,術後慢性痛に対してCBTを実施したので報告する.
主訴は乳がん手術後より続く上腕内側部の痺れと痛みである.前医で肋間上腕神経障害と診断されプレガバリン,ロキソプロフェンなど内服治療が行われたが症状は改善しなかった.手術後約1年の時点で当院当科に紹介となった.当科ではリドカイン点滴やアミトリプチリン内服等を開始したが効果は認められなかった.新規に投薬を開始すると毎回頭痛や心窩部不快感,嘔気などがあり,長期の内服継続は困難であった.心理社会的要因についての問診では,自身の勤務に加えて子の養育や親の介護などがあり日々の多忙な生活背景が覗えた.約2年の薬物療法の後に,麻酔科医師,臨床心理士とで全8回のプログラム化されたCBTを行った.
CBTは従来,外傷や術後痛に対してはあまり行われていない.術後慢性痛に対してもCBTを行うことで,本人の満足度など一定の効果があったため,報告する.
4. 開胸術後疼痛症候群に対する10%リドカインクリームの鎮痛効果:VASとPainVisionTMを用いた検討簗瀬 賢*1 中條浩介*1 伊東祥子*2 佐野 愛*3 白神豪太郎*1
*1香川大学医学部附属病院麻酔・ペインクリニック科,*2香川県済生会病院麻酔科,*3さぬき市民病院麻酔科
【はじめに】開胸術後疼痛症候群(PTPS)は術後少なくとも2カ月以上継続もしくは繰り返す,開胸創部に沿った疼痛と定義されている.PTPSは主に術中の肋間神経損傷に起因するといわれており,開胸手術,胸腔鏡手術に関わらず生じ得る.リドカイン局所塗布薬は末梢神経障害性疼痛の治療に用いられているが,PTPSに対するリドカイン局所塗布薬の鎮痛効果をvisual analogue scale(VAS)とPainVisionTM(PV)を用いて評価した研究は見当たらない.今回,PTPSに対する10%リドカインクリーム(院内製剤)の鎮痛効果を,VASとPVを用いて検討したので報告する.
【対象】PVによる痛みの評価を開始した2012年8月から2021年12月の間に,PTPSの治療のため新規に外来受診し,初診時に疼痛部位に10%リドカインクリームを塗布した患者のうち,塗布前と塗布20分後のVASもしくはPVの測定結果がカルテに記載されている患者を対象とした.初診時に術後2カ月を経過していない症例は除外した.塗布前および塗布20分後のVAS値とPVの痛み度を,後方視的に比較検討した.
【結果】10%リドカインクリーム塗布前後のVAS値を測定していた患者は10名,PVを測定していた患者は11名だった.10%リドカインクリーム塗布前のVAS値は56.1±29.4 mm(mean±SD),塗布20分後のVAS値は26.6±18.5 mmで,塗布後のVAS値は有意に低下していた(P=0.002).10%リドカインクリーム塗布前の痛み度は112.5(71.2−188.6)〔中央値(四分位範囲)〕,塗布20分後の痛み度は64.1(45.6−116.0)で,塗布後の痛み度は変わらなかった(P=0.248).
【結語】PTPS患者に10%リドカインクリームを局所塗布することにより,VAS値は低下した.
佐々木陽子 村上俊介 原木俊明 大下恭子
JA広島総合病院麻酔科
【はじめに】帯状疱疹は,知覚神経の走行に一致して発疹や疼痛を認めるが,運動神経麻痺を呈することもある.今回頚髄領域の帯状疱疹に続発した横隔神経麻痺から呼吸不全を呈した症例を経験したので報告する.
【症例】70代女性.IgA腎症による慢性腎不全で腹膜透析中であった.右C3~4領域の帯状疱疹に対し,皮膚科で抗ウイルス薬とアセトアミノフェンの投与が行われたが疼痛コントロール不良であり,発症後5日目にペインクリニック外来に紹介となった.右頚部,前胸部,背部にびまん性の紅斑,水疱が多発し,針で刺されるような強い痛みを認めた.トラマール25 mgを追加したが,嘔気が強く,入院となった.フェンタニルのIVPCAで疼痛は改善,第15病日に退院した.第20病日に体動時および臥位で呼吸困難感が出現し,血液検査でNT-proBNPの著明な上昇を認めたため,再入院となった.体液増加による心不全が疑われたが,胸部X線検査で右の横隔膜の呼吸による動きが認められず,横隔神経麻痺と診断された.呼吸筋リハビリテーションと酸素投与が行われ,1カ月後には胸部X線写真で改善は認めないものの,呼吸困難感は改善しNT-proBNPは帯状疱疹罹患前の値まで低下した.疼痛も再燃したため,プレガバリン50 mgを追加し,浅神経叢ブロックやトリガーポイント注射を行い,軽減傾向となった.
【考察と結論】帯状疱疹による運動神経麻痺の機序としては,炎症が後根神経節から後根を介して前角へ波及するとの報告がある.片側性の横隔神経麻痺は無症状であることが多いが,本症例は,腹膜透析患者であり,腹腔内圧が高く呼吸補助筋のみでは十分な呼吸が行えなかった可能性がある.頚部の帯状疱疹ではまれに横隔神経麻痺をきたすことがあり,神経筋疾患や肺疾患等の合併症を有する場合,呼吸困難が出現することがあるので注意が必要である.
2. トリガーポイント注射,薬物療法で軽快せず,神経切除術が奏功した前皮枝神経絞扼症候群の1症例山本花子*1 橋本龍也*2 蓼沼佐岐*1 石倉 聡*1 中谷俊彦*3 齊藤洋司*1
*1島根大学医学部附属病院麻酔科,*2島根大学医学部附属病院緩和ケアセンター,*3島根大学医学部緩和ケア講座
【はじめに】前皮神経絞扼症候群(ACNES)は慢性の腹壁痛を呈し,QOLを障害する.治療の第一選択はトリガーポイント注射(TPI)で,末梢神経ブロック(PNB)やパルス高周波法などの有効性を示唆した報告もある.これらの治療が奏功しない場合は手術療法も検討される.今回TPI,PNB,薬物療法が無効であったACNESに神経切除術を施行し治癒に至った症例を報告する.
【症例】10代男性.起床時に伸びをした際に右下腹部に痛みを感じ,体動で増悪した.前医を受診しCarnett's test陽性でACNESを疑われた.TPIは有効だったが,痛みが再燃し発症5日目にペインクリニックに紹介された.既往歴に過敏性腸症候群,アスペルガー症候群があり,手術歴はなかった.右下腹部に限局した圧痛点あり,血液検査,画像検査で異常所見はなくACNESと診断した.
【治療経過】腹直筋鞘ブロックは反跳痛のため継続困難だった.抑肝散で多少活動性が改善したが,他の神経障害痛治療薬は無効だった.両親の希望により,発症11カ月後に神経切除術を施行した.手術の翌日から体動時の痛みが軽減し,術後3カ月の時点でも再発なく経過している.
【考察】ACNESの痛みは脊髄神経前皮枝が腹直筋内を貫通するneurovascular channel内での圧迫や牽引を受けて生じる.これまでの報告では,保存療法の長期鎮痛効果は全体の3~6割で得られるが,TPIの施行方法や施行回数,ステロイドの有無などによって結果が左右される.神経切除術は5~7割程度の症例で長期鎮痛効果を期待でき,難治性のACNESの痛みに対して有効と考えられる.再発率は15%程度である.主な合併症は局所の血腫や感染で,保存療法で対処可能である.
【結語】薬物療法・神経ブロック療法で改善しないACNESの症例では,手術療法も有効な選択肢となり得る.
3. 新型コロナウイルスワクチン接種後に帯状疱疹を発症した1例笠井飛鳥*1 曽我朋宏*2 田中克哉*3
*1徳島大学病院手術部,*2徳島大学大学院医歯薬学研究部地域医療人材育成分野,*3徳島大学大学院医歯薬学研究部麻酔疼痛治療医学分野
【緒言】新型コロナウイルスワクチン接種に伴う副反応には,発熱,皮膚症状,消化器症状などさまざまなものがある.皮膚症状の一部には,水痘帯状疱疹ウイルスの再活性化によると考えられるものもあり,ワクチン接種後に帯状疱疹を発症するリスクが懸念されている.今回新型コロナウイルスワクチン接種後に帯状疱疹を発症した症例を経験したので報告する.
【症例】80歳,女性.新型コロナウイルスワクチン接種翌日に,右腹部から背部に小さな発疹を認めた.次第に発赤,水疱を伴う皮疹となり,激しい疼痛,発熱も出現した.近医を受診し帯状疱疹と診断され,アメナメビル,ビダラビン軟膏,アセトアミノフェンが処方された.皮疹は徐々に改善したが,疼痛の改善を認めなかったため,疼痛コントロール目的で当院に紹介された.初診時の症状としては,右Th10領域にアロディニアを伴うNRS 7/10程度の針で刺されたような痛みに加え,感覚低下を認めた.急性期の帯状疱疹であったため,薬物治療と神経ブロック治療を併用する方針とした.腰痛に対して他院でプレガバリン,セレコキシブが処方されていたため,トラマドール/アセトアミノフェン配合錠,アミトリプチン,デュロキセチン等を適宜追加処方した.また超音波ガイド下肋間神経ブロック,胸部硬膜外ブロックを適宜実施した.通院開始後約3カ月で,疼痛はNRS 1~2/10程度まで低下し,アロディニアは残存しているものの感覚低下もほぼ改善した.
【考察】新型コロナウイルスワクチン接種後に水痘帯状疱疹ウイルスの再活性化をきたす原因として,Tリンパ球の減少が可能性の一つとして挙げられている.またコロナ禍により不安やストレスが増大したことも,帯状疱疹の発症リスクを上げていると考えられる.今後もワクチンの追加接種が控えているため,帯状疱疹の発症リスクを少しでも減らすためにも,事前に帯状疱疹ワクチンの接種を検討する必要がある.
4. 脳脊髄液減少症(低髄圧症候群)の治療に難渋した1例湊 弘之 倉敷達之 遠藤 涼 青木亜紀 大槻明広
鳥取大学医学部附属病院麻酔・集中治療医学分野
脳脊髄液減少症(低髄圧症候群)は,脳脊髄液が持続的ないし断続的に漏出することによって脳脊髄液が減少し,頭痛,頚部痛,めまい,耳鳴りなどさまざまな症状を呈する疾患である.しかし,画像上髄液漏出がなく正常所見でも,特徴的な起立性頭痛を呈する場合もある.今回,起立性頭痛を呈するも,画像上明らかな髄液漏出がなく,硬膜外生食注入により症状の改善を認め,硬膜外自己血注入を行った症例を経験したので報告する.
症例は,19歳女性.X年7月,交通事故を起こす.X年9月仕事中に,めまい,吐き気,頭痛あり近医受診し,点滴後帰宅した.翌日,起立性頭痛を認め,頭部造影MRIで,髄液漏所見や低髄圧を疑う所見は見られなかったが,低髄圧症状群として近医入院,治療開始.安静,補液で症状改善し退院するも,症状の再燃を認め,当院神経内科紹介受診となる.そこで,家族から当科受診希望あり,X年10月紹介受診となった.既往歴に特記するものはなく,当院神経内科で,片頭痛などの機能性頭痛,頚椎変性疾患,中枢神経変性疾患,腫瘍などは除外されていた.診察時,頭痛は臥位でNRS 0~1/10,座位や立位でNRS 10/10であった.本人,家族と相談し硬膜外生食注入を行った.施行後,2日ほど頭痛の改善を認めたため,硬膜外自己血注入を行う予定とした.L1/2から自己血10 ml注入.翌日から座位で症状の改善を認めたが,徐々に効果が薄れ,再度入院前と同じ状況となった.2度目の硬膜外自己血注入を予定し,それまでは外来で硬膜外生食注入を行うことにしたが,症状の改善はあまり認めていない.今回,髄液漏出がはっきりとしない脳脊髄液減少症(低髄圧症候群)を経験した.基本的な治療は行ったが症状の改善を認めず,治療に難渋した.さらなる検査の追加,硬膜外自己血注入の穿刺部位の検討など,今後の治療に疑問点を投げかける症例であった.
5. 当院における胸腔鏡下手術後の遷延性術後疼痛の検討矢島悠太 小山祐介 小坂真子 竹中志穂 荒井麻耶 横尾千加子 日高秀邦
福山市民病院麻酔科・がんペインクリニック
【背景】遷延性術後疼痛は術後10~50%に発症するといわれており,特に胸部手術後に創部周辺の疼痛や異常感覚が2カ月以上遷延するものはPTPS(post thoracotomy pain syndrome)と定義される.今回,過去3年間の当院における胸腔鏡下手術を集計しPTPSの発生率を比較・検討したので報告する.
【方法】2018年4月から2021年3月までの3年間に当院手術部で麻酔科管理下に手術を実施された胸腔鏡下手術症例の電子診療録を後ろ向きに抽出した.術後鎮痛剤内服期間が60日以上の場合を開胸術後疼痛症候群(PTPS)ありとし検討した.
【結果】当院の完全胸腔鏡手術後患者で,術前より神経障害性疼痛に対する加療が開始されている症例を除外した426症例のうち72症例にPTPSが認められた.うち完全胸腔鏡肺部分切除術では29/282例,糖尿病患者では18/86例,65歳以上の高齢者では294/51例,男性では46/306例,BMI>25以上の肥満では18/89例,硬膜外麻酔施行患者では37/141例にPTPSが認められた.また,手術時期とPTPSにおいて,夏期(6~8月)の術後における遷延痛(31/130例,23.8%)はその他の時期の術後における遷延痛(44/296例,14.8%)に比して有意に多かった(P<0.016).
【考察】完全胸腔鏡下手術は従来の開胸手術に比して創部が小さいため,当院においてもPTPSの発症が少なかったと推察される.また,神経障害性疼痛は冬季に増悪しやすいことが知られているが,PTPSの発症においては夏期に生じやすい可能性が示唆された.これは術後遷延痛として顕在化するまでの期間の環境温が低下していく傾向にあることも一因かもしれない.
【結語】胸部手術後の疼痛管理において,術式および手術時期により遷延痛が生じやすくなる可能性を考慮した介入が望まれるだろう.
6. 原田病で加療中に右側胸部の痛みが継続しstage IVの胸腺がんが判明した症例渡邊愛沙 安平あゆみ 檜垣暢宏 萬家俊博
愛媛大学医学部附属病院麻酔科蘇生科
【症例】60歳代,男性.X−10年前に原田病と診断され,眼科でステロイド投与を開始された.またステロイド糖尿病で,糖尿病内科でインスリン治療を受けていた.X−8年前より関節炎症状が出現し,整形外科で慢性関節リウマチと腰椎圧迫骨折と診断された.X−1年6カ月ごろより右側胸部の痛みが出現し,肋骨のレントゲン撮影で右第8肋骨骨折を疑わせる所見があったが,確定診断とはならなかった.X−1年5カ月前の胸部レントゲン撮影では縦隔の異常陰影が認められていた.痛みが継続し,X−10カ月にペインクリニック科へ紹介となった.初診時右肋骨弓下にNRS 6/10程度のピリピリと針で刺すような痛みとともに胸骨付近や右肩甲骨にも移動する鈍痛の訴えがあった.NSAIDS内服で痛みが消失するため,その内服治療を継続していた.X−8カ月健診で縦隔腫瘍を疑われ,急遽胸部CTを撮影したところ,肝転移や胸膜播種,縦隔リンパ節転移,右多発肺転移を伴う胸腺がんを指摘された.神経障害性痛の要素も伴っており,ミロガバリン内服を開始した.CTガイド下生検が行われsuquamous cell carcinomaと診断された.X−6カ月呼吸器内科に入院し,右胸水ドレナージとLenvatinibによる化学療法が開始された.入院中よりがん性疼痛に対しオピオイドを導入した.現在ヒドロモルフォン2 mg/日,ヒドロモルフォン即放性製剤1 mg/回を1日1~3回程度使用とNSAIDSの頓用で痛みは自制内で経過している.腫瘍縮小効果が認められ,現在外来通院で化学療法を継続している.
【考察】長年にわたり複数診療科に通院していたが,X−1年5カ月の時点で胸部異常陰影が認められていたにもかかわらず胸腺がんの診断に至らなかった症例である.肋骨骨折による痛みと考えられていたが,長期にわたるステロイド治療を受けており,悪性腫瘍を疑い,早期に診断を行うべきであった.
7. 帯状疱疹による脊髄炎および腕神経炎が原因で左上肢麻痺をきたしたと思われる1症例保岡宏彰 保岡正治 井関明生 米田 弘
保岡クリニック論田病院
帯状疱疹による脊髄炎および腕神経炎が原因で左上肢麻痺をきたしたと思われる1症例を経験したので報告する.患者は70台女性,合併症として高血圧および緑内障あるも治療で安定している.当院診察するX−9日に左上肢痛を自覚,X−7日前に水泡出現し近位皮膚科受診にて抗ウイルス薬を処方された.X日疼痛自制内であったが皮膚科主治医より当院をかかるよう勧められ受診となる.診察で左上肢尺側に皮疹あり,同部位に知覚異常,運動機能障害があった.アロディニアはなく,発作痛,持続痛および夜間睡眠障害を伴う疼痛もなかった.疼痛自制内であり経過を見るよう説明した.X+4日再診で左全指麻痺と感覚鈍麻の進行を訴えたため,高度医療機関に紹介,X+8日同院に緊急入院となった.同院で実施した頚椎MRIで頚部脊髄炎と左腕神経炎の所見あり今回の原因と思われた.治療はプレドニゾロン50 mg/日とアシクロビル点滴を開始している.初診からX+35日,同院退院後初めて当院受診,左全指の筋力低下と感覚異常があった.以後,他院でリハビリ治療を実施している.
【考察】帯状疱疹による脊髄炎はまれな疾患であり,1,210例の帯状疱疹患者に1例と報告がある.脊髄炎では典型例として同側の錐体外路症状や筋力低下,対側の温痛覚異常あるが,今回の症例は左上肢筋力低下と感覚異常のみであった.治療経過中に急速に筋力低下が進む症例は重度の神経障害に移行する可能性があり,早期に高度医療機関への紹介が必要と思われる.
8. 薬物療法および放射線外照射により痛みの管理を行った転移性骨腫瘍の1症例岩下智之*1 小糠あや*2 安部睦美*1 中右礼子*1
*1松江市立病院緩和ケア・ペインクリニック科,*2松江市立病院麻酔科
【はじめに】今回われわれは薬物療法と放射線外照射の併用にて転移性骨腫瘍による痛みの管理を行った症例を経験した.
【症例】症例は60代,男性.上行結腸がん術後.
【現病歴】上行結腸がん術後は化学療法を継続.X年Y月,腰痛にて近医受診,第4腰椎圧迫骨折と診断.コルセット装着で経過観察.Y+2月に腰痛再燃し,第11胸椎圧迫骨折と診断.痛みが強く体動困難であり,手術適応に関して当院整形外科紹介.精査にて転移性骨腫瘍による病的骨折と診断.手術適応なしと判断され,痛みの緩和目的に緩和ケアチーム紹介.
【経過】痛みは転移性骨腫瘍に起因する体性痛と判断.numerical rating scale(以下NRS)で10と高度であり,悪心で内服困難であったことから,フェンタニル持続静脈内投与を開始.放射線治療の適応ありと判断し,第4・5腰椎に20Gy/5回で外照射を施行.体動時痛はNRSで5~7程度で残存するも,安静時痛はNRSで0~2まで軽減が図れ,フェンタニルは漸減できた.
【考察】転移性骨腫瘍では痛み,病的骨折,脊髄圧迫などの骨関連事象によるQOL低下が問題となる.痛みは85%に認めるといわれており,体動時突出痛のためオピオイド経口薬の効果が十分得られないことも多い.今回,安静時痛に対してフェンタニル持続静脈内投与を行ったが,即時にレスキュー投与が行える点で体動時痛にも有益であった.体動時痛は薬物療法のみでは軽減は困難であり,放射線外照射では60~90%で著明な鎮痛が得られ,30%でオピオイド不要になるとの報告もあるため,積極的に放射線治療の適応を検討する必要がある.
【結語】今回の症例では安静時痛,体動時痛にてQOLが著明に低下していた.移性骨腫瘍による痛みに対しては集学的治療が重要であり,薬物治療,放射線治療のみならず,状況によっては神経ブロックや手術療法の適応についても検討していく必要がある.
9. 帝王切開術後に遷延した右下肢痛の1症例植村勇太*1 笠井飛鳥*2 仁木紀子*1 曽我朋宏*3 川人伸次*4 田中克哉*5
*1徳島大学病院麻酔科,*2徳島大学医学部・歯学部附属病院手術部,*3徳島大学医歯薬学研究部地域医療人材育成分野,*4徳島大学大学院医歯薬学研究部歯科麻酔科学分野,*5徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部麻酔・疼痛治療医学分野
【症例】35歳経産婦,身長158 cm,体重100 kg.既往帝王切開のためX年3月に帝王切開術が予定された.Th11/12より硬膜外カテーテル留置後,脊髄くも膜下麻酔を行った.やや難渋したが11分後に穿刺成功,0.5%高比重ブピバカイン2 mlとフェンタニル10 ugをくも膜下投与した後に,手術施行された.術後,フェンタニルを2 ug/ml添加した0.125%レボブピバカインを5 ml/hにて持続硬膜外鎮痛を行い,術後3日目に硬膜外カテーテルを抜去した.術後5日目に右下肢痛と痺れが出現,当科紹介となった.右臀部から大腿後面の痛みと痺れ,知覚低下を認めたが筋力低下なく歩行も可能であり,脊髄くも膜下麻酔による一過性の神経障害と考えメコバラミンを処方した.しかしその後も右下肢痛は残存,X年6月より腰痛も出現,右下肢痛も悪化傾向となったため,X年7月に腰椎MRIを撮影したところ,L5/S1正中突出型の巨大な椎間板ヘルニアを認めた.仙骨硬膜外ブロック,右S1神経根ブロックを行い,右下肢痛は軽減,経過良好でX年11月に終診となった.
【考察】脊髄くも膜下穿刺に伴う馬尾症候群の発生率は0.005~0.01%とされている.本症例では当初の神経症状が比較的軽度であり自然軽快も見込まれたため,患者自己負担額も鑑みて腰椎MRIの施行を躊躇した.術直後の右下肢痛に既存のL5/S1椎間板ヘルニアが関与していた可能性は否定できず,より積極的に早期の画像検索を行うべきであったと考える.
【結語】帝王切開術後に遷延した右下肢痛の症例を経験した.
10. 特発性器質化肺炎の経過中にリウマチ性多発筋痛症を併発した1例中村久美子 田村 尚 角 千恵子 藤重有紀 福本剛之
山口県立総合医療センター麻酔科
リウマチ性多発筋痛症(polymyalgia rheumatica:PMR)は四肢近位部の疼痛を主症状とし,副腎皮質ステロイドホルモンが著効する疾患である.特異性のある検査がなく,治療的診断となる場合もある.特発性器質化肺炎を発症し,ステロイド治療を漸減している期間に発症したPMRの1例を経験した.
【症例】70歳台,女性,理髪業,既往歴;ステロイド性糖尿病,下肢静脈瘤,頚椎症,骨粗鬆症,卵巣囊腫.X−2年6月,特発性器質化肺炎(COP)の診断でステロイドパルス療法が施行され,プレドニゾロン(PSL)が後療法として40 mgで開始,漸減され,糖尿病も改善していた.PSL 5 mgの期間,X−1年10月ごろより起床時の両肩から上腕の痛みとこわばりを自覚し,他院整形外科よりミロガバリン等が処方されたが,改善がないため自己中断していた.X年2月呼吸器内科受診時に上肢の痛み・こわばりを訴えた.リウマトイド因子・抗CCP抗体などを含めた検査はいずれも陰性で,CRPがわずかに高値であった.線維筋痛症を疑われて当科紹介となったが,疼痛部位からは否定的であった.起床時の両肩から上腕にかけての強いこわばり・痛みのため肩関節可動域制限を認め,さらに両手の痺れで仕事に支障があると訴えた.一部は神経障害性疼痛と考え,ミロガバリン・デュロキセチンを投与した.PMRも疑い,鑑別診断のため整形外科に紹介し,頚椎由来は否定されたが,両側手根管症候群を指摘された.1カ月後,COPの増悪,炎症反応の高値を認め,入院加療となった.PSL 40 mgが投与され,胸部所見の改善とともに,上腕痛も軽減した.
【考察】本症例はBirdの診断基準を3項目満たしてはいたが,別の疾患を両側上肢に持っており診断に時間を要した.すでに少量のステロイドを使用していたことも症状の発現速度に影響していたと推測された.
11. Bertolotti症候群と診断した患者に偽関節部へのパルス高周波法を施行した1症例妹尾悠祐 荒川恭佑 武藤典子 松崎 孝 賀来隆治 森松博史
岡山大学病院麻酔科蘇生科
Bertolotti症候群は,腰仙移行椎によって引き起こされる慢性腰痛として定義される.これらの患者では,最尾側の腰椎横突起の肥大が,仙骨や腸骨との間で関節を形成あるいは融合し,可動性を制限する偽関節が形成される.今回われわれは,腰下肢痛患者をBertolotti症候群と診断し,偽関節部へのパルス高周波法(pulsed radio frequency:以下PRF)を行い,症状が改善した1症例を経験したので報告する.
60代男性,BMI 21.7.治療抵抗性の両腰下肢痛に対して医療用麻薬の処方目的に当科を紹介された.腰椎MRIでは症状の原因となる異常所見を認めなかったが,腰部単純X線正面像において両側腰椎5番横突起の肥大を認めた.超音波装置を使用し偽関節部への1%リドカイン投与を行い疼痛が改善したため,Bertolotti症候群と診断した.X線透視下に両側の偽関節部へ1%リドカインとデキサメタゾンを投与しPRFを行い,numerical rating scale(NRS)6/10点から2/10点まで軽快した.1カ月後にNRS 5/10点まで疼痛が再燃したが,QOLは改善した.横突起切除術の適応について患者に説明したが希望せず,経過観察とした.
Bertolotti症候群は慢性腰痛の鑑別疾患として重要であり,神経ブロック治療や手術が有効な可能性があるが,確立された診断基準や治療法はなく,さらなる症例の集積が必要と考えられる.
12. BCG膀胱内注入療法後の排尿時痛に対して処方されたオピオイドで離脱症状をきたした症例小糠あや 安部睦美 岩下智之
松江市立病院
【緒言】BCG膀胱内注入療法(以後BCG膀注)後の排尿時痛は,副作用の中で最も頻度の高い症状である.今回,BCG膀注後に難治性の排尿時痛をきたし,オピオイド投与によって離脱症状をきたした症例を経験したので報告する.
【症例】70代男性.他院にて膀胱がんに対してBCG膀注が施行された.その後,難治性の排尿時痛を自覚するようになった.当初はNSAIDsやトラマドールなどで疼痛コントロールを行われていたが改善乏しく,オキシコドン(徐放剤)を処方されるようになった.その後,訴えに応じてオキシコドンを増量した結果,激しい震えや呼吸苦,肩の違和感などを呈するようになり,オピオイドの離脱症状が疑われて当科紹介となった.入院の上,オキシコドンを徐放剤1日2回(60 mg/日)の内服から速放剤1日4回(20 mg/日)へと変更した.不安感や呼吸苦など離脱症状出現時にはレスキューとしてオキシコドン速放剤5 mg/回を内服とし,オキシコドン減量に伴う激しい退薬症候を予防した.また,排尿時痛に対してオピオイドは効果がないと思われたため,BCG膀注後の萎縮性膀胱に対して効果があるとされるステロイド(プレドニゾロン20 mg/日)を投与開始し,排尿時痛の疼痛改善を図った.毎日の面談で患者自身が排尿時痛にオキシコドンが効果的でないと理解し,散歩や他の理学療法なども行うことで徐々に離脱症状が改善,オキシコドン減量が可能となった.
【結語】がん患者において,がん性疼痛か非がん性疼痛かを区別し治療することの難しさを痛感した症例であった.疼痛の性質を理解し,多方面からアプローチすることで,オピオイド離脱症状を改善することができた.
13. 下肢複合性局所疼痛症候群に対してS1後仙骨孔アプローチの持続硬膜外カテーテル注入法が有用であった1症例丸山真実 荒川恭佑 妹尾悠祐 武藤典子 松崎 孝 賀来隆治 森松博史
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科麻酔・蘇生学講座
【はじめに】複合性局所疼痛症候群(CRPS)の治療において理学療法が推奨されているが,痛みのため理学療法が困難な場合がある.今回,CRPSに伴う下肢痛のため理学療法が進まなかった症例に対してS1後仙骨孔アプローチの持続硬膜外カテーテル注入法が有用であった症例を経験したので報告する.
【症例】51歳女性.自宅で右第3趾中節骨骨折を受傷し,骨折治癒後に増悪する右足部全体の痛みを認めたため,CRPSを疑われ受傷3カ月後に当科受診となった.初診時に右足の浮腫・関節可動域制限・X線検査で骨梁萎縮性変化の他覚所見を認め,CRPSと診断した.右足への荷重が困難な状態で,外来で坐骨神経ブロックを併用した理学療法を複数回施行したが改善が乏しかった.初診から1カ月後に入院での右S1後仙骨孔アプローチ持続硬膜外カテーテル注入法による持続鎮痛と連日の理学療法を施行したところ,荷重が可能となり痛みも軽減した.退院後は自宅で理学療法を継続し,日常生活に支障のない範囲まで改善した.
【考察】CRPSの治療において理学療法が第1選択として推奨されるが,痛みのため理学療法が困難な場合があり,持続硬膜外カテーテル注入法は良い適応となる.痛みの部位が足部,特に踵部の場合,L5/Sなどの椎弓間アプローチを選択することが多いが,S1領域の効果が不十分な場合や両側に効果がでるため健側の筋力低下により理学療法に支障をきたす場合がある.確実なS1領域の患側の疼痛コントロールと健側の筋力低下を回避するために本症例では右S1後仙骨孔アプローチの硬膜外カテーテル留置を行うことで,リハビリテーションを順調に行うことができたと考える.
【結語】下肢CRPSに対してS1後仙骨孔アプローチ持続硬膜外カテーテル注入法が有用であった症例を経験した.本アプローチは下肢CRPSに対して理学療法を進める一助となる可能性がある.
14. 前皮神経絞扼症候群に対してトリガーポイント注射が著効した小児の1例岡野良子*1 中布龍一*1 池田 豪*2 片桐知明*1 撰 圭司*1 半田 舞*1 瀬浪正樹*1
*1尾道総合病院麻酔科,*2県立広島病院麻酔科
【はじめに】前皮神経絞扼症候群(ACNES)は,肋間神経の前皮枝が腹直筋を貫く部位で機械的圧迫または牽引されることで絞扼し生じる腹痛である.本邦において小児ACNESの報告はまれである.超音波下のトリガーポイント注射(TPI)が著効した小児の1例を報告する.
【症例】14歳,女児.3週間継続する下腹部痛のため外来紹介となった.臍下2 cmの左腹直筋外縁に限局し,運動時・排便時の腹筋緊張や食後腹満で誘発される腹痛(NRS 9/10)を認めた.自転車通学や部活動など学校生活に支障が生じていた.血液・画像検査で異常はなく,Carnett徴候陽性,超音波で疼痛部位に一致した腹直筋に高輝度域を認め,ACNESと診断した.1%メピバカイン5 mlで腹直筋鞘ブロックを施行したところ,部活動は可能となった(NRS 4/10).しかし,2週間後には腹痛が増強し学校を休みがちとなり,そのまま学期末を迎えた.ブロック以外の非侵襲的治療の希望があったため,1回/週の近赤外線照射を施行した.腹痛の頻度は減少していた(2回/週,NRS 6/10)が,新学期が始まり活動性が増すとともに腹痛は増強(NRS 10/10)し,急遽受診となった.1%ジブカイン5 mlでTPIを施行し,腹痛は軽減(NRS 5/10)したが,効果は一時的で通学できない状態が続いた.TPI 1週間後に超音波で前皮神経を確認しつつ再度TPIを施行したところ著効した.現在,排便時以外に腹痛はなく,治療介入せず3カ月以上が経過している.
【考察】ACNESは小児において学校生活に重大な支障をきたし得る疾患でありながら,見落とされやすい疾患である.TPIが診断的にも治療的にも第一選択で,小児では成人より有効率が高く,通常のTPIと比べて超音波下でより有効率が高いとされる.本症例でも超音波で目標とする前皮神経を確認しTPIすることで良好な鎮痛効果が得られたと考える.
15. 成人腹部片頭痛(abdominal migraine)が疑われた1例横見 央 田口志麻 蜂須賀瑠美子 中村隆治 森脇克行 仁井内 浩 堤 保夫
広島大学病院麻酔科
【はじめに】腹部片頭痛(abdominal migraine)は発作性の腹痛を主訴とする原因不明の疾患である.多くは小児例で成人例の報告は少なく診断や治療に難渋する.今回,成人腹部片頭痛を疑う1例を経験したので報告する.
【症例】40歳代女性.20年前に潰瘍性大腸炎に対し,大腸全摘・回腸囊肛門吻合術の既往がある.(現病歴)半年前から上腹部痛を繰り返したが,造影CT,頭部・腹部MRI,腹部超音波検査,上・下部消化管内視鏡検査などで異常なかった.ペンタゾジンとブプレノルフィンはやや効果があったが,酪酸菌製剤,エソメプラゾール,アコチアミド,トリメブチンマレイン酸,ロキソプロフェン,アセトアミノフェン,漢方6種類は無効で,加療目的に麻酔科紹介となった.(所見)発作時は,腹部全体にNRS 8/10程度の持続性の鈍い自発痛と,筋性防御を伴う圧痛で,体動による変動はなかった.発作は誘因なく生じる場合と食事や排便が契機となる場合があり,食欲不振や嘔気・嘔吐を伴った.腹痛の持続時間は30分から数日で,非発作時には自発痛・圧痛ともに認めなかった.(経過)プレガバリンおよびトラマドールを開始したが効果なく,フェンタニル貼付薬は一時的に効果を認めたものの発作は消失しなかった.経過中に回腸囊周囲膿瘍形成を生じ,人工肛門造設術が行われた.手術後の絶食中に腹部片頭痛を疑い,β遮断薬であるビソプロロール貼付薬を開始し,発作は消失した.摂食開始後プロプラノロールに変更したところ,嘔気やふらつきを生じたため,アミトリプチンに変更したが,腹痛発作なく経過している.
【考察】腹部の反復性の発作痛において,器質的な疾患が否定的で,一次性腹痛に対する薬剤が無効の場合には,腹部片頭痛を念頭におく必要がある.β遮断薬が有効であったことは,診断を裏付けていると考えられた.
【結語】成人発症の腹部片頭痛が疑われる1例を経験した.