2022 Volume 29 Issue 6 Pages 119-122
II型呼吸不全を合併した下咽頭がんの患者に,ヒドロモルフォンを投与したところ重大な呼吸抑制を認めた症例を経験したため報告する.症例は,下咽頭がんによる左頚部リンパ節転移,左肩甲骨転移,肺転移,肝転移を認める77歳男性.痛みと呼吸困難の症状緩和目的で緩和ケア病棟へ入棟した.ヒドロモルフォン経口徐放性製剤4 mg/日導入後,重大な呼吸抑制が生じた.ナロキソン投与にて呼吸状態は改善し,以降オピオイドの使用を控えることで呼吸抑制は認めなかった.呼吸不全や肝腎機能等の臓器障害の合併症のある終末期の患者では,全身状態をより慎重に評価し,薬物代謝能力の低下による生体内利用率の増加等を考慮して,投与量や投与方法を注意深く検討する必要があると考える.
We report a case of hypopharyngeal cancer with a background of type II respiratory failure, who suffered from severe respiratory depression after hydromorphone was administered. The patient is a 77-year-old man, who was diagnosed with hypopharyngeal cancer and its distant metastases to left cervical lymph node, left scapula, lung, and liver. He was admitted to the palliative care unit for the purpose of relieving pain and dyspnea. After the introduction of oral sustained-release hydromorphone tablet (4 mg/day), significant respiratory depression was observed. After improvement of respiratory condition, respiratory depression was not observed since we avoided using opioids. In terminal patients with complications such as respiratory failure and hepatic or renal disorder, the dosage and administration route of hydromorphone have to be well-considered based on the patient's general condition and drug-metabolizing ability.
オピオイド過量所見の一つに呼吸抑制があるが,一般的に適切なオピオイド量・用法の投与下において呼吸抑制による低酸素血症はまれである1).呼吸抑制による低酸素血症を放置すれば死亡に至ることもある.フェンタニル貼付剤による呼吸抑制については死亡例も含めて国内外で報告されている2,3).ヒドロモルフォンは本邦では2017年に承認された比較的新しいオピオイドであり,医薬品医療機器総合機構の副作用データベースでも呼吸抑制の報告は数件あるのみ4)で,海外を含め症例報告も少ない5,6).
今回,ヒドロモルフォン経口徐放性製剤導入後に重大な呼吸抑制から低酸素血症を生じた症例を経験したため,報告する.本報告に際し患者の家族からの承諾を得ている.
患 者:77歳,男性.身長159 cm,体重58.9 kg.
診 断:下咽頭がん,左頚部リンパ節転移,左肩甲骨転移,肺転移,肝転移.
既往歴,合併症:間質性肺炎,右気胸術後,左続発性気胸,右膿胸,慢性進行性肺アスペルギルス症,心筋梗塞,腹部大動脈瘤,高血圧症,脂質異常症.
現病歴:間質性肺炎に合併した細菌性肺炎の治療を複数回行っていたところ,2019年9月に下咽頭がん,左頚部リンパ節転移と診断された.放射線治療を行う予定であったが,肺炎が再燃し延期となった.その後,気胸や慢性進行性肺アスペルギルス症を併発し,照射による肺炎の増悪が懸念され,2020年2月にまずは頚部リンパ節郭清術が施行された.その後,7月に再度気胸および膿胸を発症し,8月の画像検査では多発の肺転移,肝転移を認めた.多数の合併症があるため原疾患の治療の侵襲性を考慮し,10月にベストサポーティブケアの方針となった.左肩の痛みに対しては,入院23日前に近医でロキソプロフェン180 mg/日が処方されたが,痛みが改善せず入院12日前にトラマドール150 mg/日,入院6日前にアセトアミノフェン2,000 mg/日が追加された.その後,呼吸困難が出現し11月に緊急入院となった.入院時の主な血液検査所見は,アルブミン3.1 g/dL,AST 81 IU/L,ALT 15 IU/L,γ-GTP 263 IU/L,総Bil 0.6 mg/dL,プロトロンビン活性値63.9%であった.入院時に撮影したCTで右下肺野に肺炎像のほか左肩甲骨転移や肝転移の増大を認めた.左肩痛の原因となっている肩甲骨転移に対して緩和的照射も検討されたが,間質性肺炎などの状況から,照射しない方針となった.左肩痛,呼吸困難の症状緩和目的で入院11日目に緩和ケア病棟入棟となった.
緩和ケア病棟入棟時の身体所見は,performance status(ECOG)3,安静時のSpO2は95%(酸素1~2 L/分),労作時のSpO2は95%(酸素4~5 L/分),呼吸数は14回/分,脈拍数は82回/分であった.入棟時の苦痛症状として,左肩甲骨転移による左頚部から背部にかけてのNRS 5~7/10程度の持続的な体性痛および体動時の呼吸困難を認めた.呼吸困難の原因としては,既往の間質性肺炎に肺炎や肺転移が併発したことによる呼吸機能の低下に加え,肝転移による肝腫大や全身衰弱による呼吸筋疲労も影響していたと考えた.緩和ケア病棟入棟時の内服薬として,鎮痛薬以外ではボリコナゾールやプレドニゾロンなどがあった.緩和ケア病棟入棟時の主な血液検査所見は,アルブミン2.6 g/dL,AST 123 IU/L,ALT 18 IU/L,γ-GTP 748 IU/Lであった.
緩和ケア病棟入棟後の経過:左肩痛悪化に対する鎮痛強化と呼吸困難感の改善を目的に,また内服負担を配慮し,ヒドロモルフォンを開始する方針とした.がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン7)に従い,トラマドール150 mg=モルヒネ経口30 mg=ヒドロモルフォン経口6 mgと換算し,ヒドロモルフォン4 mg/日を開始量とした.トラマドールは入棟当日の夕食後に最終内服し,入棟2日目の朝9時にヒドロモルフォン経口徐放性製剤4 mgを投与した.昼食時までは覚醒良好であったが,その後,声かけや口腔ケア,リハビリの際も深く入眠していたため,16時ごろに報告があり訪室して,状態を確認した.診察時は閉眼しており痛み刺激に反応はなくJCS III-300,呼吸数5回/分程度と低下,SpO2 86~88%(酸素3 L/分)と酸素化悪化を認めた.血液検査上,意識障害をきたすような電解質異常や肝腎機能障害は認めなかった(AST 128 IU/L,ALT 21 IU/L,γGTP 818 IU/L,Cre 0.79 mg/dL,BUN 18 mg/dL,Na 136 mEq/L,K 4.7 mEq/L,補正Ca 9.7 mg/dL)が,静脈血ガスでPaCO2 115.0 mmHgと著明な高値を認めた.四肢のミオクローヌスと縮瞳を認めたことからヒドロモルフォンによる呼吸抑制によりCO2ナルコーシスに至ったと考え,ナロキソンによる拮抗を行う方針とした.ナロキソンは約5~10分間隔で0.04~0.08 mgずつ投与を行い,計0.2 mg投与後に覚醒し,呼びかけに対しても応答がみられJCS I-3まで改善を認めた.しかし,1時間ほど経過後に再度傾眠傾向となり呼吸抑制を認めたため,ナロキソンを再度5分間隔で0.1 mgずつ計0.2 mgを追加投与した.その後も傾眠傾向であったが,呼吸回数は12回程度まで改善したため,それ以上は拮抗せず30分から1時間おきにSpO2,呼吸数などのバイタルサインを確認するなど経過観察を行った.呼吸抑制回復までの経過を図1に示す.呼吸抑制は再燃なく,翌日(入棟3日目)の早朝4時ごろに覚醒し,その後はJCS I-3と意識状態の変動なく経過した.以降オピオイドの使用は控える方針とし,鎮痛薬はヒドロモルフォンを中止し,アセトアミノフェン4,000 mg/日,ロキソプロフェン180 mg/日のみとしたが,痛み・呼吸困難は再燃せず,薬剤が原因と考えられる呼吸抑制も認めなかった.入棟7日目より現病が悪化し意識状態も悪化したため,鎮痛薬を含め内服は全て中止した.家族の自宅での看取りの希望が強く,入棟8日目に退院し,退院後4日目に自宅で死亡した.
ヒドロモルフォン導入後の呼吸抑制の経過およびナロキソン投与後の呼吸状態の変化
経過中,酸素投与量はおおむね2 L/分で鼻カヌラまたは口カヌラでの投与が継続された.図下部の↑はナロキソン0.04 mgの投与を示す.
今回,トラマドールからヒドロモルフォンへのオピオイドスイッチ後に重大な呼吸抑制を生じた症例を経験した.本症例は,下咽頭がん多発肺転移・多発肝転移・骨転移による病状増悪,間質性肺炎等に由来するII型呼吸不全を合併した病態で,細菌性肺炎からは回復していたが疼痛と呼吸困難のコントロールは十分でなかった状態で緩和ケア病棟に入棟した症例であった.
低酸素血症を引き起こすオピオイドによる呼吸抑制は,急速静注等の投与法で血中濃度が急激に上昇した場合や,必要量を大きく上回り過剰投与を行った場合に起こりうるが,適切に使用する限りはSaO2やtcPCO2には有意な変化をもたらさないことから,臨床的に問題となる呼吸抑制のリスクは低いとされている8).ただし,オピオイドスイッチの際,痛みの不安定な患者や薬剤の代謝能力に個人差があることから各患者の状態に合わせて換算量を調整する必要がある7).特に呼吸不全や肝腎機能等の臓器障害を有し全身状態が悪化していくなかでの使用には注意が必要である.
肝機能について,Child-Pugh分類7~9点相当の中等度肝機能障害下でヒドロモルフォンを投与した場合,最高血中濃度到達時や血中半減期が変わらないまま,生体内利用率が増加し,AUC(血中濃度曲線下面積)が約4倍になるとされている9).Child-Pugh分類10~15点相当の重度肝機能障害下では初回投与は通常投与量の50%に減量することを推奨している10).本症例では入棟2週間前(緊急入院時)の血液検査所見,脳症,腹水は認めなかったことからChild-Pugh分類7点相当の中等度肝機能障害と判断した.入棟後もBil値は一貫して上昇はなく,胆道系酵素優位の上昇でトランスアミナーゼの上昇も軽度であり,ヒドロモルフォンは換算上減量はしたものの50%までの減量は行わなかった.しかしながら,胆道系酵素優位の上昇であっても今後肝機能の増悪が懸念される場合や低Alb血症がある状態では,肝機能障害の程度をより慎重に判断する必要があり,NSAIDsやアセトアミノフェンの減量・中止も検討する必要があった.
薬物相互作用については,慢性進行性肺アスペルギルス症に対して内服していたボリコナゾールはCYP3A4に対する強い阻害作用があるが,トラマドールは主にCYP2D6で代謝されていること,また併用薬にはCYP2D6に対する強い阻害作用を有する薬剤がなかったことから,重大な相互作用のある薬剤はなかった11–13).
本症例の経過として,オピオイドスイッチを行った11日後に死去しており,血液検査所見では捉えきれなかったが,入棟時の画像所見では新規の左肩甲骨転移や多発肺・肝転移の増大などを認めており,臨床的には肝機能や全身状態が悪化していたと考えられる.そのなかで導入したヒドロモルフォンの生体内利用率が上昇し,また,24時間ごとの徐放性製剤であった点も影響し,重度の呼吸抑制と意識障害に至った可能性が考えられる.
今回のような肝障害・呼吸不全等の複数の臓器障害がある終末期患者へのヒドロモルフォン導入において,さらに慎重を期す場合の選択肢として,痛み症状をみながら,①ヒドロモルフォン徐放性製剤をより少量(2 mg/日)から導入する,②ヒドロモルフォン速放性製剤1 mg単独導入後に徐放性製剤に切替える,③ヒドロモルフォン持続注をより少量(0.4 mg/日程度)から導入する,なども一案であったと考える.呼吸困難の治療でオピオイドスイッチを行う際は,患者の全身状態・臓器機能・使用薬剤の代謝等を慎重に評価し,用量・用法を注意深く検討する必要がある.また,がんの終末期においてはオピオイドの必要量は状況に応じて変化するため,痛みの力価を中心とした換算では呼吸抑制などの重篤な有害事象が起きる可能性があり,少量であったとしても投与方法に注意が必要と考えられた.
薬剤相互作用に関して助言,協力いただいた東京医科歯科大学病院薬剤部の安部絢子氏,本症例の看護ケアならびに本原稿の推敲においてサポートいただいた東京医科歯科大学病院看護部の本松裕子氏,岩倉俊子氏,鵜澤茂代氏,田崎幸子氏,岡梨津子氏に謝意を表す.