2022 Volume 29 Issue 6 Pages 142-151
会 期:2022年2月28日(月)~3月13日(日)
会 場:Web開催
会 長:平木照之(久留米大学医学部麻酔学講座)
山本達郎
熊本大学大学院生命科学研究部麻酔科学分野
アセトアミノフェンは,1877年に発見されてから頻用されている解熱鎮痛薬である.この長い歴史があるにもかかわらず,作用機序は不明な点が多い.アセトアミノフェン鎮痛機序の一つは,その代謝産物であるAM404を介する機序である.アセトアミノフェンは肝臓にてp-aminophenolとなり,中枢神経系に運ばれアラキドン酸抱合されてAM404となる.AM404によるTRPV1・カンナビノイド受容体を介した鎮痛が報告されている.アセトアミノフェンの鎮痛効果と脊髄のセロトニンとの関連も示唆されている.われわれは,アセトアミノフェンを全身投与すると脊髄でセロトニンが放出され,5-HT 1A受容体,5-HT 7受容体が活性化され,結果として鎮痛効果が発揮されることを報告した.AM404脳室内投与でもセロトニンが脊髄にて放出され,その鎮痛効果は5-HT 1A受容体依存性であるが,5-HT 7受容体には依存しないことを見いだした.このことは,アセトアミノフェン全身投与時の鎮痛効果に,脳内AM404によるセロトニンの関与はないことを示唆する.
ミロガバリンは,新たに臨床使用されているα2δリガンドである.ミロガバリンはプレガバリンと異なり,鎮痛を担うα2δ-1受容体と副作用と関連するα2δ-2受容体で親和性が異なり,α2δ-1受容体への結合が長く続く.従って,副作用が減弱したのちでも鎮痛効果が維持されることが期待される.われわれは,炎症性疼痛モデルであるホルマリンテストを用いてミロガバリン鎮痛の特徴を検討した.経口投与では投与後1時間では鎮痛効果は見られないが,4時間で鎮痛効果を発揮した.髄腔内投与では,鎮痛が見られたが脳室内投与では鎮痛効果はなかった.経口投与1時間後には,活動性の抑制が見られた.髄腔内投与では活動性に影響は見られなかった.脳室内投与では活動性の減少が見られた.以上から,ミロガバリンの鎮痛効果は脊髄を介するものであり,活動性の抑制は上位中枢を介するものであることが示唆された.
受田美紗*1 山田信一*2 井上由衣*3 兵頭彩子*2 平木照之*2
*1地方独立行政法人大牟田市立病院麻酔科,*2久留米大学医学部麻酔学講座,*3筑後市立病院麻酔科
肢端紅痛症は,四肢末端の発作性の痛み,発赤,熱感を3徴とするまれな疾患で,末梢組織循環不全と組織虚血,末梢組織におけるブラジキニン産生および放出に伴う痛覚過敏がその病態と考えられている.症状は運動や暖かい環境で誘発され,患部を冷却することで緩和される.今回,肢端紅痛症にデュロキセチンが奏効した症例を経験したので報告する.症例は40歳代,女性.X−7年前より特に誘引なく左足趾から足底にかけての痛み,灼熱感,発赤を認めるようになり,増悪と寛解を繰り返していた.患部を温めると痛みが強くなり,冷やすと痛みは緩和される状態であった.多数の診療科を受診するも原因不明でX年に当科紹介となった.左の足趾から足底にかけての強い痛み,しびれ,色調の変化,灼熱感,皮膚温の低下を認めた.痛みのために靴下や靴が履けず,歩行も困難な状況であった.肢端紅痛症を疑い,神経ブロックによる症状緩和を提案したが,血流改善に伴う皮膚温の上昇が痛み症状を増悪させるのではないかという患者の不安が大きく,施行できなかった.痛覚過敏に対してデュロキセチン20 mg/日,痛みに対してトラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠4錠/日の内服を開始した.内服開始後から痛みは軽減され,夜に眠れるようになった.また,日中の眠気と食思不振が出現したため,トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠を中止したところ,眠気と食思不振は消失した.痛み症状緩和に伴い,足趾の運動療法も取り入れ,X+1カ月では痛みはほとんど消失し,X+2カ月で歩行も可能となった.
肢端紅痛症の治療には,神経ブロック,アスピリン,カルバマゼピン,ガバペンチン,三環系抗うつ薬などの有効性が報告されている.しかし,未だ有用な治療法が確立されていない.今回デュロキセチン内服により,肢端紅痛症の病態の一つである痛覚過敏に対して有効であった症例を経験した.
2. 味覚障害を伴った肢端紅痛症に対して交感神経ブロックを施行した症例中山昌子*1 山本美佐紀*1 前田愛子*2 井ノ上有香*2 篠塚 翔*2 近間洋治*2 山浦 健*3
*1九州大学病院手術部,*2九州大学病院麻酔科蘇生科,*3九州大学大学院医学研究院麻酔・蘇生学
肢端紅痛症は,四肢末端に発作性の灼熱感を伴う痛み・発赤・皮膚温上昇を3徴とする機能性末梢動脈疾患であるが,まれに顔面や耳介また舌に認めることもある.疼痛発作の機序はRaynaud現象と類似し,非発作時の皮膚温は低下しており無症候性の血管収縮の後に,36度以上の温熱刺激により血管拡張が生じ疼痛発作が起こる.血管拡張はC線維やAδ線維末端から分泌される強力な血管拡張物質のカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)が関与するとされる.治療法は確立しておらず交感神経ブロックが有効との報告を散見する.今回,肢端紅痛症患者に対して星状神経節ブロック・腰部交感神経ブロック等を行い疼痛が改善し同時に塩味を極度に避ける行動が改善し一般的な食事がとれるようになった症例を経験した.
【症例】72歳の女性.40歳より手指に疼痛があり接触性皮膚炎と診断,50歳より両頬の日光過敏症と診断,68歳より四肢末端・両耳介・両頬・舌に熱感・発赤を伴う疼痛が出現した.また食嗜好も変化し刺激物や塩味を避けていた.神経内科で肢端紅痛症と診断されプレガバリン・バイアスピリン内服するも改善乏しく疼痛治療目的に当科紹介となった.星状神経節ブロック・両側腰部交感神経節ブロック等を施行したところ疼痛はNRS 10から2へ改善,食嗜好の変化のうち,塩味のみ改善を示した.
【考察】肢端紅痛症はまれな疾患で,原発性はNaチャネルαサブユニットNav1.7をコードするSCN9A遺伝子変異である.このNav1.7は,交感神経節・後根神経節・三叉神経節・皮膚動脈平滑筋細胞に発現し,変異Nav1.7は過興奮を示す.舌先の味覚は鼓索神経,体性感覚は三叉神経舌枝が支配し,塩味の味蕾は舌先に多く上皮型Naチャネルが関与するとされるが三叉神経舌枝が固形塩に反応を示す報告もあり詳細は解明されていない.本患者で塩味に対する味覚障害が改善した機序は不明であるが,交感神経をブロックすることで症状が改善する可能性が示唆された.
3. SARS-CoV-2ワクチン接種後にCRPS Type2を発症した1症例濵田高太郎 森脇邦明 堀下貴文
産業医科大学麻酔科学教室
SARS-CoV-2による新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行が起きている.SARS-CoV-2に対するワクチン接種は筋肉注射であり,穿刺の部位や姿勢によっては神経損傷が生じる可能性がある.今回,SARS-CoV-2ワクチン接種に伴い橈骨神経麻痺,CRPS type2を発症した症例を経験したので報告する.
【症例】10代女性,身長151 cm,体重48 kg,既往歴なし.2021年9月,SARS-CoV-2に対する集団ワクチン接種を左三角筋に受けた.接種翌日より左上肢挙上困難と手の浮腫を自覚した.接種時の放散痛はなかった.ワクチン接種2日後から左橈骨神経領域の突出痛・運動障害,左手の浮腫を呈し,近医を受診した.アセトアミノフェン1,200 mg/日,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液12単位/日が処方された.浮腫に対して柴苓湯7.5 g/日が処方された.症状が軽減しないため,ワクチン接種12日後に当科を受診した.当科受診時のVASは安静時5.5/100 mm,突出痛時92/100 mmだった.CRPS type2と診断し,1%メピバカイン10 mlとデキサメタゾン1.65 mgを用いて超音波ガイド下腕神経叢ブロック斜角筋間アプローチを施行した.患者は受験生であり,副作用を嫌がったため抗癲癇薬や抗うつ薬は使用しなかった.腕神経叢ブロックは1週間ごとに合計3回施行した.その後,突出痛の強度や頻度が低下したため腕神経叢ブロックから星状神経節領域のスーパーライザー照射とワクチン注射部位のキセノン光照射へ切り替えた.ワクチン接種35日後,左手の冷感アロディニアが出現したが接種50日後,安静時痛,突出痛,運動麻痺は消失した.浮腫も徐々に消失したため,柴苓湯は中止し桂枝加朮附湯を開始した.冷感アロディニアに対し経過観察中である.
【結語】SARS-CoV-2ワクチンによるCRPSの治療経過を提示した.
4. COVID-19ワクチン接種後にCRPS様症状を呈した1例小川のり子 武藤佑理 神代正臣 久米克介 加藤治子 原賀勇壮 武藤官大 平森朋子 豊永庸佑
北九州市立医療センター麻酔科
COVID-19ワクチンの大規模集団接種が全国的に始まり,思わぬ副反応や接種手技による神経障害等,未だ不明瞭な部分は多い.今回COVID-19ワクチン接種後に上肢痛,しびれ,運動障害をきたし,複合性局所疼痛症候群(CRPS)様症状を呈したが,複合的な介入治療により重症化を防げた症例を経験したので報告する.症例は元来健康な21歳女性.左上腕へのワクチンの針刺入時,左上肢尺側に電撃痛を認め,接種5分後より左上肢全体のしびれ,脱力,筋力低下の症状が出現した.近医にて鎮痛薬等を処方されたが症状は持続し,手掌の色調変化などを認めたためワクチン接種後6日目に当科を初診した.初診時の所見としては,NRS 8,左肘以下の感覚鈍麻,手掌の発汗異常,軽度腫脹,色調変化を認めた.外来にてリドカイン点滴,星状神経節ブロック(SGB),硬膜外ブロックを施行し,トラマドール,プレガバリン,アミトリプチリンを処方した.針を刺すことへのトラウマに対し心療内科と併診し,毎日2時間の理学療法も継続した.外来加療にて自覚的,他覚的にもCRPS様の症状は軽減したが,穿刺手技を伴う治療が苦痛となっており,持続硬膜外ブロックを行うため入院加療とした.患肢の疼痛は抑えられ治療経過は良好で,入院22日目に硬膜外ブロックを中止したところ疼痛悪化,色調変化,腫脹が再燃し,入院25日目に局所静脈内交感神経ブロックを行った.疼痛やCRPS様変化は時折認めるものの固定症状ではなく,持続時間も短時間でSGBやリハビリテーション,入浴後に改善する傾向にあり,入院53日目に退院した.退院後は外来通院にてSGBを3週間に1回程度繰り返し,心療内科での内服調整やリハビリテーションを継続することでCRPS様症状は落ち着いており,復職に至っている.ワクチン接種を契機に発症したCRPS様症状を,内服や交感神経ブロック,リハビリテーション,心理療法など多方面からのアプローチにより抑え,早期の社会復帰ができた症例を経験した.
5. 腕神経叢炎治療後に右上肢の疼痛が再発しCRPSを疑われた1例林田裕美 小松修治 山本達郎
熊本大学病院麻酔科
【症例】16歳女性.当科受診の5カ月前,腹痛・下痢を主訴に近医を受診し,感染性胃腸炎の診断で点滴静脈内注射を受けた.同日夜から右上肢のしびれ,疼痛,腫脹が出現し,数日後からは両大腿部の疼痛も出現した.他院でギラン・バレー症候群を疑われ,経静脈的免疫グロブリン療法が施行されたが症状は改善しなかった.臨床経過やMRI検査で右腕神経叢の炎症所見を認めたことから,その他の鑑別診断として神経痛性筋萎縮症や慢性炎症性脱髄性多発神経炎を疑われ,両疾患に共通する治療としてステロイドパルス療法が開始された.施行後,MMT1~2だった右上肢の筋力はMMT3~4まで改善した.確定診断がつかないため当院脳神経内科に転院して精査を行ったが,原因の特定には至らなかった.症状が改善傾向となり,発症から約40日後に退院したが,原因不明であることや疼痛が残存していることに対する不安,恐怖から退院後2週間程度は右上肢の安静を保っていた.退院から2カ月後に右上肢の強い疼痛が再発し,複合性局所疼痛症候群(CRPS)を疑われて当科紹介となった.初診時には右上肢の関節可動域制限,強い疼痛,高度の浮腫を認め,CRPS判定指標を満たしていた.痛みのために患肢を全く動かせない状態であったため,神経ブロックにより除痛を図り理学療法を開始することを目指した.局所静脈内ステロイド薬注入に加え,超音波ガイド下腕神経叢ブロックを計3回施行し,持続的な鎮痛効果を認めたためリハビリテーション施設での理学療法を開始した.当科初診から3週間後にはNRSは1/10まで改善し,浮腫も消失,握力低下はあるものの書字や箸の使用も可能となった.
【まとめ】CRPSの病因の一つとして不動化が挙げられる.本症例では疼痛回避行動による過度な患肢の安静が,2度目の症状悪化の一因となったと予想された.神経ブロックにより除痛を図ることで理学療法を進め,機能回復につなげることができた.
6. 胸骨正中切開後に発症した両側上肢の複合性局所疼痛症候群に対して集学的疼痛治療を行った1症例井ノ上有香*1 中山昌子*2 前田愛子*1 近間洋治*1 篠塚 翔*1 山本美佐紀*2 山浦 健*3
*1九州大学病院麻酔科蘇生科,*2九州大学病院手術部,*3九州大学大学院医学研究院麻酔・蘇生学
【はじめに】胸骨正中切開術後の腕神経叢障害は,開胸器による腕神経叢の牽引や第一肋骨骨折による下神経幹圧迫が原因とされる.今回,両側腕神経叢障害から重度の機能不全を伴う複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)の病態へ進展した症例を経験したので報告する.
【症例】68歳の男性.身長168 cm,体重68 kg.現病歴:胸骨正中切開による僧帽弁置換術,冠動脈バイパス術(LITA-LAD)直後より左前腕内側から第3~5指のしびれと痛みがあったが,徐々に右前腕内側の痛みも出現した.薬物療法を行ったが両前腕から末梢の疼痛と筋力低下,浮腫が進行し,手術3カ月後に当科紹介受診となった.初診時現症:両前腕から手掌にかけて数値評価スケール(NRS:0~10)で6の痛みを訴えた.同部位に浮腫とアロディニアがあり,サーモグラフィー検査で温度上昇がみられた.神経伝導速度検査では腕神経叢での伝導障害が示唆された.両側手指筋群の徒手筋力テストは3/5程度であり手指関節拘縮があった.厚生労働省研究班によるCRPS判定指標を満たした.治療経過:薬物療法に加えて腕神経叢ブロックとリハビリテーションおよび痛みの認知教育による集学的疼痛治療を行った.両側腕神経叢ブロック(1%メピバカイン8 ml)は計11回施行した.治療開始後より徐々に疼痛改善がみられ,初診から4カ月後には左右ともNRSは1~2となり自動運動が可能となった.
【考察】胸骨正中切開後腕神経叢障害は良好な経過であることが多いが,本症例では両上肢の重度の痛みと機能不全を生じた.手術術式(内胸動脈採取)などが神経障害の危険因子と報告され,本症例のように難治性疼痛に移行する可能性があることを認識する必要がある.保存療法が基本であるが,難治性の場合は早期の集学的治療も考慮することが重要である.
7. 硬膜穿刺後頭痛に対して硬膜外低濃度薬液注入が著効した1症例井上由衣*1 山田信一*2 平木照之*2
*1筑後市立病院麻酔科,*2久留米大学医学部麻酔学講座
硬膜穿刺後頭痛(postdural puncture headache:PDPH)は,硬膜穿刺後に脳脊髄液の緩徐な漏出により発生する頭痛である.硬膜外穿刺後の5日以内に発症し,2週間以内に自然軽快することが多いが,重症例では硬膜外自己血パッチによる髄液漏出の閉鎖や硬膜外へ生理食塩液を注入し,硬膜外腔内圧の上昇による漏出防止の治療報告もある.今回われわれは,PDPHに対して硬膜外への低濃度薬液注入により症状が著効した症例を経験したため報告する.
【症例】32歳,女性.身長170 cm,体重69 kg.腰椎椎間板ヘルニアに対してX月Y日に近医にてL3/4より硬膜外ブロックを施行された.同日夕より後頚部の緊張を伴う頭痛が出現した.翌日も症状は持続し,同院を受診した.五苓散,ロキソプロフェンの内服と補液にて経過をみるも改善なく,Y+4日より嘔気も伴い体動困難となり精査加療のため当院ペインクリニック外来を受診した.硬膜外ブロック後の発症経過と症状からPDPHと考えられた.自己血パッチの希望があったが,椎間板ヘルニアに伴う腰下肢痛の増悪が懸念された.しかし,安静と補液のみでは改善の見込みがない状況であったため,生理食塩水の注入によって経過をみたいことを説明した.腰下肢痛も強かったため,生理食塩水ではなく低濃度の局所麻酔薬を使用することとした.L3/4より硬膜外ブロック(0.5%メピバカイン10 ml使用)を施行し,入院加療とした.入院2日目には座位,入院3日目には立位が可能となった.入院3日目に再度同様に硬膜外ブロックを施行したところ,5日目には通常歩行が可能となったため自宅退院とし,症状の再燃はなかった.
【結語】硬膜外への生理食塩水や局所麻酔薬注入は,硬膜外腔内圧上昇によるPDPHへの治療効果が報告されており,まず行ってみても良い治療法と考えた.
8. 胸腔鏡下手術後の慢性難治性疼痛に対して透視下Th1経椎間孔硬膜外ブロックが有効であった1例山本美佐紀*1 前田愛子*2 井ノ上有香*2 篠塚 翔*2 近間洋治*2 中山昌子*1 山浦 健*3
*1九州大学病院手術部,*2九州大学病院麻酔科蘇生科,*3九州大学大学院医学研究院麻酔・蘇生学
【はじめに】自然気胸に対する胸腔鏡下手術(VATS)は,術後痛軽減や入院期間短縮などの利点から推奨度が高い手技である.今回VATS後にポート挿入部位とは異なる前胸部に重度の疼痛を生じた患者の治療を経験したので報告する.
【症例】16歳の男性.現病歴:右自然気胸に対してVATSが行われたが,翌月に再発したため再手術が施行された.術後3カ月経過したころから右前胸部に間欠的な痛みが出現し徐々に増悪した.消炎鎮痛剤の効果は乏しくまた,ポート挿入部と疼痛部の神経支配領域が乖離していたため原因不明疼痛として術後6カ月に当科紹介受診となった.初診時現症:皮膚デルマトームで右Th3領域の前胸部にNRS 9/10の間欠的電撃痛と知覚鈍麻があり,登校できない状態であった.治療経過:神経障害性疼痛と診断しプレガバリンを開始したが,眠気などの副作用から増量が困難であった.胸部CT画像所見から手術時使用したステープラによる胸膜癒着の影響が疑われたため,透視下Th1経椎間孔硬膜外ブロック(1%メピバカイン4 ml,デキサート6.6 mg)を行った.ブロック直後よりNRSは0~4へと著明な改善が得られ,登校可能となった.手術後より1年以上経過した現在も内服継続と数カ月に1回の透視下Th1経椎間孔硬膜外ブロックでコントロールは良好である.
【考察】自然気胸のVATS後では3~63%の患者でポート挿入部の痛みが慢性化すると報告されるが,詳細な原因や危険因子について明らかになっていない.ポート挿入部以外の部位でも本症例のように,経椎間孔硬膜外ブロックの効果によりCT画像所見の胸膜癒着が神経障害性疼痛の要因となる可能性が示唆された.
9. WEB会議ツールを用いた遠隔指導による透視下ブロックの経験永田 環*1 矢鳴智明*1 山田信一*2
*1朝倉健生病院,*2久留米大学医学部麻酔学講座
当院のペインクリニック外来では,主に超音波ガイド下神経ブロックを行っており,透視下ブロックの経験がない.そのため,透視下ブロックなどの深部のブロックに難渋していた.今回,WEB会議ツール(Zoom)を用いて,ペインクリニック学会の指定研修施設より遠隔指導をしていただくことで,透視下ブロックを安全かつ効果的に行うことができたので報告する.患者は80代女性.他院整形外科で腰部脊柱管狭窄症・腰椎椎間板ヘルニア・第4腰椎すべり症と診断され,両下肢痛の症状緩和目的で紹介となった.硬膜外ブロックや坐骨神経ブロックなどを繰り返して行っていたが,効果は一時的であり,寛解増悪を繰り返していた.両側のL5神経根症状が強く,神経根ブロックの適応と考えたが,透視下神経根ブロックの経験がないために施行できなかった.他院での治療も提案したが,利便性など通院などの点から当院での継続加療を希望された.そのため,ペインクリニック学会の指定研修施設に相談したところ,初回は来院していただき,直接,透視下神経根ブロックを指導していただけることとなった.初回に体位作成や透視装置の位置,穿刺に関しての方法を確認した.その次からは,WEB会議ツールを用いた遠隔指導による透視下ブロックを行った.画像を共有することで,安全かつ効果的に透視下の神経根ブロックが可能であった.他の医療機関から,たびたび医師を派遣していただくことは,時間や経済的にも困難である.WEB会議ツールを用いることでこの様な問題が解決され,指導が必要と考えている医師の大きな支援となると思われる.
10. 難治性後頭部痛に対して,大後頭神経へのパルス高周波法が有効であった1症例吉海瑞穂 日髙康太郎 渡部由美 山賀昌治 恒吉勇男
宮崎大学医学部附属病院麻酔科
【はじめに】パルス高周波法(PRF)は,種々の神経障害性疼痛に対する有効性が報告されており,当院でも神経根や末梢神経に対するPRFを実施することがある.透視下で実施することも多いが,浅層の神経に対してはエコーガイド下に外来で行う症例も増えている.今回,C1の関節炎が原因であることが疑われた難治性の右後頭部痛に対して,大後頭神経の超音波ガイド下PRFを行い,症状緩和を得られた症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.
【症例】40歳代男性.右後頭部痛,右上肢しびれを主訴に紹介された.薬物療法では疼痛軽減せず,仕事にも支障をきたしていた.CT・MRIではC1関節炎とC5/6ヘルニアの所見であったが,手術適応はなく,保存的加療の方針となった.当院では,薬物調整と並行して星状神経節ブロック,頚部硬膜外ブロックを行った.治療後,上肢のしびれは軽減したが,後頭部痛の緩和は得られなかった.残存した痛みに対して椎間関節ブロックも検討したが,より簡便な大後頭神経ブロックを行った.当初はランドマーク法で行ったが効果は判然としなかったため,超音波ガイド下に大後頭神経ブロックを行った.その結果,NRS:8~9から6に疼痛軽減したため,大後頭神経ブロックは有効と判断し,大後頭神経PRFを行った.施行4日目から疼痛軽減し,仕事へも復帰することができた.現在も症状はNRS:6で維持できており,薬剤も減量できてきている.
【結語】難治性の後頭部痛に対して大後頭神経PRFが有効であった.超音波ガイド下大後頭神経ブロック・PRFは頭半棘筋と下頭斜筋間の筋膜上に神経を描出し,安全かつ確実に行うことができる.大後頭神経PRFは数カ月単位での効果持続が期待できるとの報告もあり,治療選択肢の一つになり得る.
11. 三叉神経節高周波熱凝固法におけるX線透視下での卵円孔の事前確認の有用性の検討前原光佑 田代章悟
前原総合医療病院ペインクリニック内科
【はじめに】三叉神経領域の疼痛に対して三叉神経節高周波熱凝固法(radio frequency:RF)は非常に有用であるが,脳幹部近傍に存在する三叉神経節へのアプローチには,より確実な解剖の理解と手技が必要である.今回,われわれは三叉神経節RFの精度を上げ,合併症を低減させるために卵円孔の事前確認の有用性について検討した.
【症例】症例は54歳,女性.X−2年7月に左頬部痛が出現し,他院で典型的左三叉神経痛と診断され,カルバマゼピン800 mg/dayの内服で落ち着いていた.しかし,X年5月ごろより疼痛が増強したため,カルバマゼピンを1,200 mg/dayに増量するも効果は乏しく,前医より紹介され,X年9月に当院を受診された.初診時のNRSは10,左三叉神経第2枝領域である左頬部に強い疼痛を認め,脳MRIでは小脳橋角部における明らかな三叉神経と血管の接触所見はなく,炎症反応の上昇も認めなかった.領域鑑別目的に左眼窩下神経ブロックを施行したところ,一時的な効果を認めたことから第2枝領域であると判断した.治療選択肢として,薬物療法以外に三叉神経節RFと眼窩下神経RFを提案し,前者を希望されたため,計画した.われわれは治療に先立ち,毎回,事前にX線透視下にA-P(anterior-posterior)viewで卵円孔を確認しているが,本症例では卵円孔像が不明瞭であったため,3D-CT(3 dimension-computed tomography)まで施行し確認したところ,卵円孔は通常よりもかなり下方方向に開口しており,通常のAP viewでは刺入スペースが狭小であることが予想された.実際の神経ブロック時には,事前に構築した3D-CTを参考に刺入経路を想定して施行したところ,問題なく卵円孔内へ穿刺でき,三叉神経節RFを施行するに至った.
【考察・結語】三叉神経節RFにおける事前卵円孔の確認は有用であった.三叉神経節RFを施行する際には本症例のような卵円孔の同定困難例の可能性を考え,事前のX線透視下での卵円孔の確認は有用と考えられる.
12. retro-superior costotransverse ligament space blockにより良好な鎮痛効果が得られた胸髄神経帯状疱疹関連痛の2症例大路奈津子 大路牧人 青木 浩 藤本得宮子 小松祐也 寺尾嘉彰
長崎労災病院麻酔科
【はじめに】近年,上肋横突靱帯(superior costotransverse ligament:SCTL)後面のスペース(retro-SCTL space)に注入された薬液は,容易に傍脊椎腔まで到達することがわかってきた.今回われわれは,胸髄神経帯状疱疹関連痛に対して上肋横突靱帯後面スペースへのブロック(retro-SCTL space block:RSSB)を行った2症例を経験したので報告する.
【症例1】78歳男性,主訴は左胸背部痛.初診15日前に左Th5領域の帯状疱疹を発症し,薬物療法開始後も痛みが強く当科紹介初診した.初診時の痛みはnumerical rating scale(NRS)で10だった.冠攣縮性狭心症でバイアスピリンを内服中だったため,Th5レベルでRSSB(超音波ガイド下,治療薬は1%メピバカイン10 ml,もしくは0.25%レボブピバカイン10 ml)を施行した.ブロック後は左胸背部の疼痛範囲すべてに鎮痛効果が得られた.RSSBを定期的に繰り返し行い,痛みが消失したため初診64日で終診した.
【症例2】80歳男性,主訴は右腹部,腰部痛.初診13日前に右Th10領域の帯状疱疹を発症した.薬物療法が開始されたが痛みが増悪し,当科紹介初診した.初診時の痛みはNRSで8だった.Th10レベルでRSSBを開始し,痛みは徐々に軽減した.初診2カ月でNRSは3前後となり,RSSB継続中である.
【考察】胸髄神経帯状疱疹関連痛に対する神経ブロック療法は,胸部硬膜外ブロックや傍脊椎神経ブロック,肋間神経ブロックなどが選択される.しかしこれらのブロックは血腫による合併症の報告もあり,抗凝固薬や抗血栓薬内服中などの理由で施行が躊躇される場合もある.今回施行したRSSBは,脊柱管内や傍脊椎腔まで針先を進めることなく施行可能で,効果は傍脊椎神経ブロックと同等と考えられる.神経ブロックを定期的に複数回行うことが多いペインクリニック領域でも,RSSBは有用な神経ブロック法となりうる.
【まとめ】胸髄神経帯状疱疹関連痛2症例に対してRSSBを行い,良好な鎮痛効果が得られた.
13. 下肢末端の複合性局所疼痛症候群に対し脊髄刺激療法が有効であった1例原野りか絵*1 上村聡子*2 平川奈緒美*1
*1佐賀大学医学部附属病院ペインクリニック・緩和ケア科,*2上村クリニック
脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)の有効範囲は刺激方法の進歩に伴い拡大しているが,下肢末端の痛みには効果が不十分とされている.今回足関節以遠の複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)に対しSCSが有効であった症例を経験したため報告する.症例は40代女性.2018年左足根管症候群に対し手術を施行され,術後より左足関節以遠のCRPSを発症した.近医ペインクリニックで各種ブロックによる疼痛管理を行われたが痛みは持続し,2020年に他病院にて神経剥離術+静脈ラッピング術を施行後,ボトックス局所注射や薬物療法で加療されていた.疼痛コントロール目的に前医を受診し,脊髄刺激療法の適応に関し当科紹介受診となった.当科初診時は左足関節以遠の食い込むような痛み,うずくような痛み,重苦しい痛みに対し,トラマドール200 mg/日,ミロガバリン30 mg/日と高用量の鎮痛薬を内服していたが,visual analogue scale 87 mmとコントロール不良であった.さらに,薬剤性悪心による食事摂取不良・体重減少を認め,薬物療法ではコントロールが困難であった.下肢末端の痛みにSCSは効きにくいとされているが,治療経過で硬膜外ブロックが有効であり,SCSの効果が期待できる可能性があると考えトライアルSCSを施行した.トライアルSCSを施行したところ下肢末端まで良好な刺激が得られたためサージカルトライアルへと移行し,1週間後に本植え込みを施行した.経過は良好で術後8日で退院とし,最終的に薬剤は半量以下に減薬でき,薬剤性悪心の改善とともに食事摂取量も増加した.笑顔もよく見られるようになり現在は意欲的にリハビリに取り組むようになっている.
14. 帯状疱疹発症約4カ月後に脊髄刺激療法を行い帯状疱疹後神経痛への予防が有効であった1症例矢鳴智明*1 永田 環*1 山田信一*2
*1朝倉健生病院ペインクリニック科,*2久留米大学医学部麻酔学講座
帯状疱疹は,発症から抗ウイルス薬の投与開始まで時間がかかったり,高齢者,女性,初期症状が重篤であるほど,帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia:PHN)へ移行しやすい.今回われわれは,発症約4カ月後に脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)を行い,その後の痛みがほぼ消失した症例を経験したので報告する.
【症例】70代の女性で,約4カ月前に右第9胸髄帯状疱疹に罹患した.皮疹出現3~4日前より右胸部の痛みがあり,その後,皮疹が出現したがどこを受診していいのかわからず経過を見ていた.当科受診時,痛みが出てから7日,皮疹が出てから4日経過していた.アメナメビルを開始し,痛みに対しては翌日から入院し硬膜外ブロックを行った.退院後は,外来で内服薬の調整と痛みに応じて硬膜外ブロックを行ったが,本人が内服による副作用を強く懸念したため調整に難渋した.帯状疱疹発症3カ月後でも,痛みはVASで50~60 mmであったため,SCSを計画した.発症約4カ月後に一時的SCSを行った.局所麻酔下に第7胸椎と第8胸椎上縁にリードを挿入し,電気刺激が疼痛部位と一致することを確認した後,バースト刺激を開始した.痛みが軽減したため9日目で中止し,痛みの再燃がなかったので10日目にリードを抜去した.以後,痛みの再燃はなく,ピリピリする痛みが1日に数回生じる程度であり,鎮痛薬は内服していない.
【考察】発症6カ月以内の帯状疱疹関連痛に対して一時的SCSが効果があるとの報告がある.本症例は,発症から抗ウイルス薬の投与開始まで時間がかかり,高齢者,女性,初期症状が重篤であったため,PHNに移行する可能性が高いと考えSCSを行い,痛みはほぼ消失した.PHNに移行するリスクの高い症例では,早めに行うことでPHNへの移行を予防できる可能性がある.
15. 難治性の腰痛症に対し脊髄刺激療法トライアルが奏功した1例大久保美穂*1 平井規雅*1 外山恵美子*2 柴田志保*1 秋吉浩三郎*2
*1福岡大学病院麻酔科,*2福岡大学医学部麻酔科学
脊髄刺激療法トライアルが著効した難治性腰痛症の症例を経験したので報告する.
【症例】63歳女性.X−1年より腰痛が出現し近医を受診した.腰椎MRIで明らかな器質的病変は指摘されず,薬物療法や鍼治療を開始したが,効果は限定的であった.上・中臀皮神経ブロックが短期間ながら効果を認めたため,末梢神経障害性疼痛と診断された.当院脳神経外科へ紹介され左右中臀皮神経,左上臀皮神経剥離術を施行された.腰痛はやや改善したが依然残存し,日常生活に支障をきたしていることから,X年当科初診となった.当科初診時,体動時痛と腰部圧痛があり,椎間関節症,仙腸関節症と診断した.仙骨硬膜外ブロック,腰部硬膜外ブロック,椎間関節ブロック,脊髄神経後枝内側枝高周波熱凝固療法を行ったが,いずれも効果は短期的であった.薬物療法や神経ブロック治療が奏功しない強い痛みが持続していることから,脊髄刺激療法のトライアルの適応と判断した.脊髄刺激療法には2本の8連電極を用い,1本目はTh12/L1椎間より穿刺し,電極先端をTh7正中上端に留置した.2本目はL1/L2椎間より穿刺し,電極下端をTh10正中下端に留置した.刺激開始後,左腰部から臀部にかけて持続していたnumeric rating scale(NRS)7/10の疼痛が消失した.1週間のトライアル期間終了後,刺激電極を抜去した.腰痛の再燃を認めたものの,退院時(電極抜去2日後)はNRS 2/10程度と相対的に軽減していた.退院後は腰痛が増悪しており,現在ジェネレーター植込みを検討中である.
【考察】本症例では,半年前に膵神経内分泌腫瘍に対する腹腔鏡下膵体尾部切除術を施行された際に,術後鎮痛のための持続硬膜外麻酔によって腰痛が軽減していたことから,脊髄刺激療法の効果が期待できると考えた.難治性の腰痛症に対し,脊髄刺激療法も有効な選択肢の一つとして検討すべきである.
16. 上肢Burger病に対する脊髄刺激療法中に生じた硬膜外血腫の1例小杉寿文 久保麻悠子 弓場智子 小西亜佐子
佐賀県医療センター好生館緩和ケア科
【はじめに】重症の末梢血管障害の痛みに対して脊髄刺激療法(SCS)は有用とされている.コントロール不良の上肢バージャー病に対して,SCSを施行中に,体動後に伴う激痛を契機に発症した硬膜外血腫を経験したので報告する.
【症例】80歳代男性,身長160 cm,体重47 kg,喫煙30本×25年.
【現病歴】50歳ごろよりバージャー病で治療開始.右第2,3,4指,左第2,3,4,5指切断後.X年6月虚血による疼痛と潰瘍形成のため,すでにPIP関節で切断されている左2指および4指の追加切断を施行した.術後,断端部が潰瘍化し,手背におよび,強い疼痛を伴った.同年10月鎮痛目的に当科に紹介され,SCSトライアルを経てSCS装置埋め込み術を施行した.その後の経過は順調で,徐々に疼痛が改善され,鎮痛薬も減量中止できていた.X+1年5月,臥位になってテレビを見ていた際に突然の背部痛が出現し,救急搬送された.
【現症】意識清明,痛みで臥位になれず,救急車より独歩で降車し診察室へ移動した.BP 220/130,心音呼吸音に異常なし,神経学的所見に異常なし.Th1~2周囲の棘突起に圧痛あり.
【経過】ペンタゾシン15 mg静注したが効果なく,ニカルジピン1 mg静注にてBP130となり,その後背部痛は半減した.造影CTでは大動脈解離など有意な所見は認めず,経過観察入院となった.翌日,MRIを撮影したところ,リード挿入部位に硬膜外血腫を認めた.疼痛以外に神経学的異常を認めなかったため抗血小板薬を中止して,経過観察した.ベッドサイドでの状況を観察していると,臥位から座位をとる際に,勢いをつけて起き上がっており,背部痛出現の際にも同様であったとのことであった.
【考察】硬膜外血腫も容易に予想されるSCSの合併症であるが,本症例では,リード抜去後などではなく,起き上がりという日常の動作で生じた.末梢血管障害に対するSCSでは,抗血小板薬などにより,硬膜外血腫も起こり得るものと考える必要がある.
17. 診断までに時間を要した腰椎化膿性脊椎炎の1例樋田久美子 吉﨑真依 村田寛明 原 哲也
長崎大学病院麻酔科
腰痛発生早期のMRIには所見がなく,診断までに時間を要した腰椎化膿性脊椎炎の症例を経験したので報告する.症例は74歳,男性.特に誘引なく腰痛が出現し,歩行困難となった.腰痛発生7日目の腰椎MRIでは異常所見なく,15日目の胸腰椎CT,20日目の胸椎MRIでも異常所見はなかった.内服加療でも体動困難なため,32日目に当科初診となった.安静時痛はないが,体動に伴って痛みが出現し座位も困難であった.痛み部位は腰部全体から両側腹部にあり,下位腰部から仙骨部正中部分に体動に伴う筋収縮が認められた.腰臀部圧痛点,下肢症状,膀胱直腸障害はなかった.下肢筋力は評価不能であった.腰部以外の症状,発熱はなかった.筋筋膜性腰痛として加療を行っていたが,痛みは軽減せずに体動困難のままであった.42日目に左大腿部前面部痛が出現した.血液検査で赤血球沈降速度(ESR)77 mm/時間,C反応性蛋白(CRP)2.42 mg/dlと炎症所見があった.43日目の腰椎MRIで,L3/4・L4/5椎間板,L4・L5椎体に炎症性変化があった.44日目にL3/4椎間板穿刺を行い生理食塩液による洗浄を行った.洗浄液のグラム染色では好中球少数とグラム陽性球菌の貪食像があり,腰椎化膿性脊椎炎の診断に至った.抗菌薬投与により痛みは軽快し体動も可能となった.52日目の腰椎CTで,L3・L4骨破壊はあるものの,痛みは自制内で保存的加療を継続した.112日目の腰椎CTで骨破壊の程度はやや増強していたが,119日目の血液検査でESR 11,CRP 0.16と炎症所見もほぼ改善し,抗菌薬投与も中止予定である.化膿性脊椎炎の画像診断はMRIが主体であるが,発症早期にはMRIでは診断できない可能性があり,臨床症候が持続する場合には再度MRI検査を行うべきである.
18. コンドリアーゼ投与までの期間短縮:患者の欠勤を少なくする取り組み高谷純司 吉岩豊三 中村英次郎 原 克利 藤川陽祐
明野中央病院
コンドリアーゼを麻酔科医が投与するには,脊椎外科医と連携する必要がある.両科の複数回の受診のために,当院では投与までに最短でも数週間を費やしていた.腰椎椎間板ヘルニアが好発する現役世代にとって,欠勤は大きな損失になる.患者の欠勤を少なくするために,受診の回数減少および期間短縮に取り組んだ.ヘルニアの画像診断は短時間で済むが,薬物療法や神経根ブロックで管理できるかを見極めるには時間を要する.しかし,自験例や論文などの知見の蓄積により,本治療の良い適応が明確になってきており,適応決定が迅速になった.コンドリアーゼについて説明する時間に加え,患者によっては熟考する時間が必要になる.最近では,本治療経験者によるWEB投稿や知人の体験談などの情報を自ら集め,初診時にはコンドリアーゼについておおむね理解している患者が増えた.また早い段階で説明用冊子を渡しておくことで同様の効果を得られる.その結果,以前よりも同意取得が円滑になった.薬剤発注は同意取得後にしていた.卸業者の営業時間や当科の診療曜日によっては,投与が5日後になることもあった.常備に変更したことで,納品までの待機期間が無くなった.これらにより,初診日に投与できた症例を紹介する.41歳女性,美容師.左下肢痛を主訴に当院整形外科初診.持ち込みMRIでヘルニアを確認,診察でヘルニアによる下肢痛と診断.前医での保存療法は効果不十分なため,コンドリアーゼの適応と判断し,投与目的で当科へ紹介受診.患者は従弟が経験した本治療の経過を聞いていたため,説明と同意取得は数分間で済み,即日投与した.投与までの期間が短かったことで,患者の損失を最小限にできた.
19. 三叉神経痛治療中に増悪した副鼻腔炎による顔面痛の1例小倉聡子 榎畑 京 萩原信太郎 清永夏絵 森山孝宏
鹿児島大学病院麻酔科
【はじめに】三叉神経痛の治療中に副鼻腔炎を発症し手術に至った症例を経験したので報告する.
【症例】66歳女性,2016年ごろから左顔面痛を自覚した.前医脳神経外科を受診し,頭部MRIで癒着性くも膜炎による三叉神経の捻転を原因とする三叉神経痛の診断で手術を行った.手術は三叉神経周囲を剥離し捻転を解除し終了した.術後問題なく,痛みは一時軽減したものの7カ月後に痛みが再燃してきたため当科紹介となった.初診時,左三叉神経第2,3枝領域にトリガー域から発生する発作性の痛みを認めた.6/10程度の知覚低下があり,MRIで左蝶形骨洞に副鼻腔炎を疑う液体貯留を認めたが,活動性の副鼻腔炎を疑う鼻漏や炎症を示す血液データはなかった.カルバマゼピンが有効であり,典型的三叉神経痛と診断し薬物治療を行った.並存症の関節リウマチに対してメトトレキサートが開始され3カ月程度経過したのち,左鼻根から鼻翼と左上顎,左下顎,左舌の自発痛が増強・持続痛へと変化し,疼痛コントロールが不良となった.鼻漏や頬部・前頭部の圧痛や叩打痛は認めなかった.結膜充血や流涙など自律神経症状の変化はないものの,もともと認めていた篩骨洞~蝶形骨洞での副鼻腔炎増悪に伴う翼口蓋神経痛を疑い再度MRIを撮像した.結果,左篩骨洞~蝶形骨洞に菌塊を伴う副鼻腔炎を認め炎症は卵円孔・正円孔に至っており疼痛の原因と考えられたため耳鼻咽喉科へ紹介し手術の方針となった.今回,上顎洞炎や前頭洞炎のような明らかな炎症性の痛みを疑う所見に乏しかったものの,初診時に指摘された副鼻腔炎の急性増悪を疑うことができたことで早期対応を行うことができた.
【まとめ】典型的三叉神経痛の治療中,急性増悪時には二次性三叉神経痛を念頭におき遅滞なく検索を行うべきである.
20. 盲腸がんに対して脊髄くも膜下鎮痛・PCAを行い在宅療養・看取りまで完遂した症例平井慎理 田畑春菜 德川茂樹 立花潤子 前 知子 服部政治
沖縄中部徳洲会病院疼痛治療科
【症例】60代男性,切除不能盲腸がん.主訴:下腹部痛経過.
X−1年8カ月:盲腸がんの診断で手術するも浸潤が激しく小腸切除のみで切除不能.化学療法開始.
X−1カ月:下腹部痛に対してオキシコドンの内服を開始.
X:疼痛は軽減せず,当科へ紹介入院.
X+22日:上下腹神経叢・下腸間膜動脈神経叢ブロック.
X+26日:腹腔神経叢ブロック・上腸間膜動脈神経叢ブロック.
X+114日:腹痛で再入院.オキシコドン増量で改善なく吐き気と眠気の副作用があり,同日から硬膜外鎮痛を開始したところ,NRSは10→1へ改善.
X+117日:脊髄くも膜下カテーテルを留置し,脊髄くも膜下鎮痛へ切り替えて脊髄鎮痛を継続.
X+118日:本人の強い希望で自宅退院.退院後は,当院の訪問看護・訪問診療で機械型PCAポンプ(クーデックエイミーPCA®:大研医器)を使用しタイトレーションを行った.倦怠感はあるものの痛みなく経過し,X+125日に自宅で永眠.
【結語】盲腸がんは大腸がんの中でも比較的まれで発見が遅れることから診断時にはすでに進行していることが多く,再発・腹膜播種などによる内臓痛が出現しやすい.痛みの治療を積極的に行わなければ入院治療にするか,在宅療養でも苦痛を抱えたままの療養となってしまう.またインターベンションで良好な鎮痛が得られても,訪問看護・訪問診療の理解がなければ,在宅で脊髄鎮痛を継続することはできない.がん疼痛の治療にはインターベンションを含めた治療を迅速に検討することが重要であり,またそれは在宅でも継続療養が可能であることを実感した症例だった.今後もがん末期を在宅で迎えるにあたって,鎮痛方法がその足かせとならないことを広く啓発していく必要があると考える.
21. 圧迫骨折に伴う腰痛治療中に転移性脊椎腫瘍と診断したがんサバイバー患者の1例小山雄二郎*1 山田信一*1 井上由衣*2 永田 環*3 津田勝哉*4 平木照之*1
*1久留米大学医学部麻酔学講座,*2筑後市立病院麻酔科,*3朝倉健生病院麻酔科,*4津田内科医院
がんサバイバー患者の痛みにはがんと直接関係していない痛みも多く,診断や治療が難しい場合がある.今回腰椎圧迫骨折後の腰痛に対して,治療の依頼を受けたが,当科の診察にて転移性脊椎腫瘍と診断できた症例を経験したため報告する.症例は70歳代,男性.左尿管がん,膀胱がんの診断で手術後に経過観察となっていた.術後は再発なく経過しX−2月に腰痛のため当院整形外科にて腰椎MRI施行され,第5腰椎新鮮圧迫骨折を認めた.腰椎コルセットを作成して経過観察されていた.X月に化学療法の目的で入院した際,腰痛が持続するため当科ペインクリニック外来に紹介となった.初診時,体動時の腰痛および右殿部から大腿前面にかけての痛みの訴えがあった.圧迫骨折部位と圧痛および叩打痛が重なっていると思われ,腰椎圧迫骨折後のコルセット固定期間中に生じた筋収縮性の痛みが原因と考えた.しかし,腰椎単純X線で第4腰椎の左椎弓根の陰影がはっきりしなかったため,転移性脊椎腫瘍を疑い,腰椎MRI検査を施行した.MRIでは第4腰椎を中心に多発する転移性脊椎腫瘍を認めた.オキシコドン徐放錠内服を開始し,最終的には,オキシコドン徐放錠60 mg/dayで疼痛コントロール良好(VAS 10→3)となり,自宅退院となった.腰痛症のほとんどは緊急性が高くない症例が多いが,時に生命予後や機能予後に影響を及ぼすものが含まれている.重篤な疾患に起因する腰痛を見逃さないことが大切である.今回の症例では,単純レントゲンでpedicle sign陽性に気付いたことで,圧迫骨折だけではなく,転移性骨腫瘍が腰痛の主な原因と診断することができ,適切な治療を行うことができた.
【結語】がんの既往歴がある腰痛を主訴に来院した患者では,重篤な疾患の可能性を示唆する臨床的サイン(レッドフラグ)を特に意識して診療する必要がある.
22. 慢性疼痛に対してオキシコドンを使用した2症例について大納哲也*1 清永夏絵*2 榎畑 京*2 萩原信太郎*2 藤井真樹子*1 野田美弥子*1 濱﨑順一郎*1
*1鹿児島市立病院麻酔科,*2鹿児島大学病院麻酔科
【症例1】79歳男性.13年前より腰部脊柱管狭窄症に対し複数回の腰椎手術後,最後に当院にて前方固定術を受けた.手術経過は問題なかったが,強い下肢痛のため離床が思うように進まないため,術後13日目に当科紹介となった.痛みは主にしびれを伴った下肢痛で,下腿外側に走る痛みや足背や足底に感覚低下もあった.初診時,トラマドール・アセトアミノフェン合剤6T,ミロガバリン7.5 mg 2T,デュロキセチン20 mgを服用していた.トラマドール・アセトアミノフェン合剤を中止しオキシコドン10 mgの使用を開始したところ痛みが軽減し,直ちにリハビリテーションも良好に行えるようになった.1カ月後にはオキシコドンをトラマドール・アセトアミノフェン合剤に戻したが,その後の経過も良好で,自宅退院となっている.
【症例2】71歳女性.成人スチル病の診断で上下肢のしびれや痛みがあり当科紹介となった.変形性頚椎症,変形性腰椎症,腰部脊柱管狭窄症による腰下肢痛に対しブプレノルフィン貼付剤でコントロールしていたが,1年ほど経過し次第に歩行困難感を伴う痛みが強くなった.骨性,関節の痛みが主で,歩行数の減少や初動時痛など活動度低下に伴う症状の悪化と考え一時的なオキシコドンの使用を考慮した.オキシコドン10 mgから開始しオキシコドン20 mg/日に増量したところでふらふら感が出現し疼痛軽減ないまま中止を希望された.その後,歩行困難な状態は増悪しさらに股間節痛がみられたため,股関節のレントゲン写真を撮ったところ骨頭壊死を生じていたことが判明した.慢性疼痛にオキシコドンを使用した2症例を経験した.神経障害性疼痛を含んだ術後残存痛には良い適応であったが,進行性の病変が存在する場合は侵害性の痛みが主であっても効果を得難いと考えられた.
23. 末梢神経障害性疼痛患者におけるプレガバリンとミロガバリンの検討宅野結貴 香月 亮 北村静香
嬉野医療センター麻酔・緩和医療科
ミロガバリンは末梢神経障害性疼痛の治療薬として2019年に本邦で承認されて以降,神経障害性疼痛薬物療法ガイドラインにも追補され,年々臨床使用は拡大してきている.今回,当院ペインクリニック外来の新患のうち,2019年1月から2021年5月までに受診した全105例中,Ca2+チャネルα2δリガンドを用いて治療された66例について,有効性を比較検討した.原疾患は帯状疱疹関連痛,帯状疱疹後神経痛,腰部脊柱管狭窄症などが多かった.既存薬としてプレガバリンが用いられていたものが43例,ミロガバリンが7例であった.それぞれを継続したものが20例と4例だった.新たにプレガバリンを開始したものが6例,ミロガバリン開始が9例,プレガバリンからミロガバリンへの切替が8例,ミロガバリンからプレガバリンへの切替はなかった.いずれの群もほとんどの症例で他の末梢神経障害性疼痛治療薬や神経ブロック療法などが併用された.転帰は,プレガバリン継続群(n=20)で終診9例(治癒1,軽快8),通院中4(軽快4),その他7(ドロップアウト4,死亡1,転帰不明2),ミロガバリン継続群(n=4)で終診3(軽快3),その他1(死亡1),プレガバリン開始群(n=6)で終診4(治癒1,軽快3),通院中1(軽快1),その他1(死亡1),ミロガバリン開始群(n=9)で終診6(軽快6),通院中2(軽快2),プレガバリンからミロガバリンへの切替群(n=8)で終診4(軽快4),通院中4(軽快3,不変1),その他1(ドロップアウト1)であった.いずれの群も多くの症例で症状緩和が得られ,副作用も大きな差を認めなかった.プレガバリンからミロガバリンへの切替群でも良好な結果となり,今後の適応症例の拡大が期待される.
24. 肩鎖関節外傷後の遷延する疼痛に対して集学的な痛み治療を行った1例田垣翔伍 大久保潤一 安部真教 中村清哉 垣花 学
琉球大学病院麻酔科
【はじめに】肩鎖関節外傷後の遷延する疼痛に対して集学的な痛み治療を行い,効果を認めた症例を報告する.
【症例】46歳女性.ドアに右肩を打ち受傷後,右肩痛が改善せず近医でMRI検査を施行した.肩鎖関節炎と診断されたが,複数の薬物でアナフィラキシーの既往があり,薬物治療が行われなかった.また,疼痛のために運動療法も行われず,経過観察となっていた.受傷から5カ月経過しても疼痛が改善しないため,当科へ紹介受診した.初診時は,肩鎖関節付近の自発痛と上腕から肩関節へ広い範囲のアロディニアを認めた.肩関節の高度の可動域制限を認め,右上肢は日常生活で使用できない状況であった.当科外来で星状神経節ブロックや上神経幹ブロックを行ったが,一時的な疼痛の改善のみであった.2カ月間外来での治療を継続したが,肩関節の可動域制御が改善しないため集学的な痛み治療を行う目的で入院となった.星状神経節ブロックや上神経幹ブロック,肩峰下滑液包ブロックによる治療を定期的に行うと同時に,運動療法や認知行動療法など,約3週間の集学的な痛み治療を行った.入院での治療介入によって,肩関節の可動域の改善と疼痛の緩和が得られた.退院後は,外来通院しながら,認知行動療法や運動療法を継続している.
【結語】外来での神経ブロックで運動機能が改善しない場合,早期に入院して集学的痛み治療を行うと有効な場合がある.