2022 Volume 29 Issue 7 Pages 153-156
複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)を併発した帯状疱疹関連痛に対して,神経ブロック・西洋薬の治療に漢方薬を併用することが有用であった1例を経験した.68歳,男性.2カ月前に誘因なく右下腿部に痛みが出現した.同時期に皮疹が出現したが,痛みに耐えながら経過を見た.皮疹が消退した後も痛みが続くため皮膚科を受診したが,その時点で皮疹がなかったため帯状疱疹かは不明で当科を紹介された.水痘帯状疱疹ウイルス抗体(VZV-IgG)が128以上と上昇していたことから,帯状疱疹と判断した.右下腿,足部に痛みとともに熱感,腫脹,色調不良を認め,CRPSを呈していた.腰部硬膜外ブロック,ミロガバリンの内服とともに防已黄耆湯,桂枝茯苓丸を併用して症状は改善した.CRPSを併発した帯状疱疹関連痛の治療に,漢方薬を併用することは有用と思われた.
We report a patient whose condition improved after the concomitant use of Kampo (Japanese herbal medicine) for complex regional pain syndrome (CRPS) associated with herpes zoster infection. A 68-year-old man developed pain in the right lower extremity. Simultaneously, skin eruption occurred in the same area. He endured the pain for two months without treatment until the eruption disappeared. However, severe pain persisted even after the eruption disappeared; therefore, he visited a dermatologist. However, the dermatologist could not diagnose the cause of the pain because of the absence of eruption, and he was referred to our clinic. He was suspected to have herpes zoster-associated pain because of high levels of varicella-zoster virus immunoglobulin G. Along with pain, he presented with redness, swelling, and elevated skin temperature in his right lower leg. In addition to epidural block and oral mirogabalin, Boiogito and Keishibukuryogan relieved the CRPS symptoms. Thus, Kampo medicine was beneficial in treating the CRPS symptoms associated with herpes zoster infection.
複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)を併発した帯状疱疹関連痛に対して,漢方薬の併用が有用であった症例を経験した.
なお,本症例報告に関して,患者本人に説明し承諾を得ている.
68歳,男性.身長158 cm,体重63 kg,BMI 25.2.これまでに特筆すべき既往歴はなかった.当科受診2カ月前に誘因なく右下腿外側部に痛みと皮疹が出現した.痛みに耐えながら様子を見たところ,皮疹は消退傾向にあったが痛みは持続したため,当科受診1カ月前に皮膚科を受診した.皮疹はすでにほぼ消退しており,帯状疱疹かどうかは不明であった.右下腿部のびりびりと電気が走るような痛みに対してプレガバリンが100 mg/日で開始されたが,眠気やふらつきが強く中止した.その後,整形外科,脳神経外科を受診したが,画像上明らかな原因は不明で当科を紹介された.
診察室に入る際に右足の跛行が見られ,妻に介助されながら入室した.左足は靴を履いていたが,右足は痛みのためサンダル履きで靴下は着用していなかった.問診上,右下腿外側から足背を中心に水疱様の皮疹が出現したが,約3週間で消退したとのことであった.痛みは右下腿半分よりも末梢側全体に数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)8の持続痛が主体で,1日に数回の電撃発作痛を伴った.アロディニアははっきりしなかった.その他,8~9/10の感覚障害,夜間痛を認めた.さらに随伴症状として,同部位に熱感,腫脹,色調不良が見られた.痛みや腫脹のため足関節,中足趾節関節が十分に屈曲・伸展できない状況であったが,筋力低下はなかった.腰椎の磁気共鳴画像では腰椎疾患を疑わせる異常所見はなく,下腿部・足部のエックス線写真でも明らかな異常所見はなく左右差も見られなかった.当科受診時に皮疹はすでに消退しており,本人の訴える皮疹出現部にも明らかな瘢痕は見られなかったが,皮疹が出現していた部位から,右L5神経根領域を中心とした帯状疱疹であった可能性を疑い,血清水痘帯状疱疹ウイルス(varicella zoster virus:VZV)の抗体値を測定した.VZV-IgMは1.06と低値であったが,VZV-IgGは128以上と高値であり,皮疹は帯状疱疹であったと推測した.以上から,本症例の症状は右L5神経根領域に出現した帯状疱疹関連痛にCRPSが併発した状況と判断した.
治療経過を図1に示す.血液検査上,出血傾向や感染兆候はなかったため,週に1回のペースで計5回ほど腰部硬膜外ブロックを施行した.硬膜外ブロックは有効であったものの,3回目以降は効果が頭打ちになったため,5回で終了した.抗ウイルス薬を内服するには時期を逸していたが,使用歴がなかったため,患者に了承を得たうえでバラシクロビルを7日間処方した.痛みに対して,ロキソプロフェンを180 mg/日,ミロガバリンを10 mg/日で開始した.皮疹の出現から2カ月が経過し,時期としては亜急性期であったが,急性期のような局所の炎症をうかがわせる熱感,腫脹を伴っていたため,東洋医学的に水滞を伴う熱証と考え,利水剤である越婢加朮湯7.5 g/日を使用した.また,CRPSには運動療法も大切であるため,足関節や足趾を他動的に動かすことを指導し,痛みがあっても可能な範囲で歩くよう促した.治療を開始して1週間後には痛みがNRS 5まで改善し,独力で歩けるようになった.ミロガバリンによる眠気やふらつきは起こらなかったが,普段120/70 mmHg程度である血圧が,治療開始後から180/90 mmHgを超えるようになり動悸を訴えた.越婢加朮湯に含まれている麻黄による副作用を疑い,薬物投与から3週間後に越婢加朮湯から麻黄を含まない利水剤である防已黄耆湯7.5 g/日に変更したところ,2週間後には血圧は以前の正常範囲に戻った.同治療を3週間継続するころには,痛みはNRS 3まで改善し,熱感や腫脹も改善し,右足も靴・靴下を着用して受診できるようになった.右下肢に色調不良が残存しており,また舌診で舌下静脈の怒張が軽度見られたため瘀血の状態と考え,治療開始から2カ月後に桂枝茯苓丸7.5 g/日を追加したところ,痛みはNRS 1以下,色調不良も改善し,趣味のゴルフや散歩が再開できるまで回復した.
治療経過
帯状疱疹は脊髄後根神経節や三叉神経節に潜伏しているVZVの再活性化により発症し,通常片側のデルマトームに沿った皮疹と痛みを伴う疾患である.発症初期に皮疹が明瞭に出現する場合,診断は比較的容易である.しかし,本症例では右下肢痛は見られたが,皮疹は皮膚科受診時には消退しており,瘢痕もはっきりしなかったため帯状疱疹の診断がつかず,当科受診までに約2カ月を要した.帯状疱疹の診断において,血清抗ウイルス抗体価は帯状疱疹の発症を予測し得るものではなく,確定診断に用いることはできないが,一般的にVZV-IgGは帯状疱疹の皮疹出現とともに上昇し始め,約2週間後にピークに達すると考えられている1).菅井1)によると,帯状疱疹を発症していない群でのVZV-IgGは平均28.4±14.4であり,おおむね50未満であるとしている.本症例では症状発症から2カ月後のVZV-IgGが128以上と高値を示していたため,本人の訴え(皮疹の性状,出現部位)も含め帯状疱疹であったと判断した.また,右下腿部の痛みとともに浮腫や足趾の関節可動域制限などを認め,厚生労働省CRPS研究班による臨床用のCRPS判定指標2)に当てはまることから,最終的に右L5神経根領域に発症した帯状疱疹にCRPSが併発した状況と判断して治療を行った.
帯状疱疹は四肢に罹患した際,まれにCRPS様の症状を併発することがあるといわれている3,4)が,一般的に難治性であることが多く,現在も確立した治療法はない3).本症例は,当科初診時から非常に高度な痛みであったため,神経ブロック,西洋薬,漢方薬を同時に開始した.そのため,どの治療が最も有用であったかを評価することが難しくなったという問題はあったが,症状改善を優先した.帯状疱疹の発症から2カ月経過し亜急性期であったが,患部に熱感,腫脹があったため,消炎鎮痛作用を期待してNSAIDsであるロキソプロフェンを使用した.バラシクロビルに関しては,皮疹出現後5日以内の投与開始が望ましいとされているが,皮疹出現後5日を過ぎても抗ウイルス薬の投与を考慮する症例として,皮疹の新生が続いている症例,皮膚以外の合併症がある症例,帯状疱疹後神経痛の発症リスクが高い症例,が挙げられている5)ため使用することにした.また,神経障害性疼痛薬物療法ガイドラインで第一選択薬になっているCa2+チャネルα2δリガンドのミロガバリンを使用した.ミロガバリンの増量も考慮される状況であるが,以前にプレガバリンを内服した際に眠気やふらつきが強く中止した既往があったため,ミロガバリンの増量ではなく漢方薬の併用を検討した.
急性期から亜急性期のCRPSは,その病態として浮腫や炎症が主体であり,東洋医学的に見れば「水滞を伴う熱証」と考えることができる6)ため,越婢加朮湯を選択した.越婢加朮湯は利水剤に分類される漢方薬である.構成生薬に解熱・利尿・発汗作用のある麻黄,解熱・鎮静・消炎作用のある石膏を含んでおり,熱感を伴う四肢の腫脹や痛みに有用とされている7).他治療の効果も合わせ熱感・腫脹は改善し,NRSも8から5に低下したが,麻黄による副作用と思われる血圧上昇や動悸が見られたため中止した.麻黄はマオウ科のシナマオウなどの緑色若枝を乾燥させたもので,主成分はエフェドリン,プソイドエフェドリンである8).越婢加朮湯は麻黄を多く含んでおり(今回使用したエキス製剤7.5 g中に麻黄を6.0 g含有し,エキス製剤で最高量である),麻黄による交感神経刺激作用によって血圧上昇や動悸が出現したと思われた.今回,血圧上昇や動悸が起こったため越婢加朮湯を中止したが,麻黄の交感神経刺激作用により,神経障害性疼痛に用いる西洋薬に多く見られる眠気を減弱させる可能性はあり,ミロガバリンの導入が円滑に行えたのかもしれない.ミロガバリンも有用と思われたため増量することは可能であったかもしれないが,本症例はプレガバリン使用時に眠気,ふらつきが強く,ミロガバリンの増量を希望されなかったため,10 mg/日以上には増量せず漢方薬を併用した.
CRPS患者はその激烈な症状により,食欲低下や不眠・不安感・焦燥感が強く,実際には麻黄を含んだ製剤による血圧上昇,動悸,発汗過多などの副作用から,不眠や焦燥感が悪化する可能性があるため,使用が困難であることも多い9).その場合,証に応じて処方を決定していくことになるが,急性期から亜急性期におけるCRPSの臨床症状として局所の浮腫を伴うことが多く,水滞が存在していると考えて利水剤を用いるのがよいとされる9).また,水滞は気血の異常に起因するため,気剤や駆瘀血剤を併用することにより効果が期待できるといわれている9).本症例のBMIは25.2で,日本肥満学会の判定基準において肥満(1度)に該当した.腹部が柔らかく膨満し,いわゆる蛙腹であったことから,麻黄を含まない利水剤として防已黄耆湯を選択した.越婢加朮湯から防已黄耆湯に変更して,血圧は正常化し動悸も見られなくなった.麻黄を含まない利水剤として代表的なものに五苓散が挙げられるが,防已黄耆湯は五苓散が目標とするよりも浅い水や皮下,すなわち体表面に近い体液成分を治療対象とする記載がある10)ことからも,本症例には防已黄耆湯が有用であったと考えた.これらの治療で徐々に腫脹も改善し,NRSも3まで低下したが,軽度の痛みと色調不良が残存していた.舌診で舌下静脈の怒張が軽度見られたことから,東洋医学的に瘀血の状態と考え,代表的な駆瘀血剤である桂枝茯苓丸を追加したところ,最終的に痛みはNRS 1以下,色調不良も改善し,普通に日常生活を送れるまでに回復した.
CRPSを併発した帯状疱疹関連痛に対して,漢方薬の併用が有用であった1例を経験した.神経ブロックや西洋薬の治療に漢方薬を併用することは,治療効果を高めるとともに眠気やふらつきなど西洋薬の副作用を軽減することができ有用であると思われる.