2022 Volume 29 Issue 7 Pages 157-160
頚肋を有し,他院で胸郭出口症候群と診断された20代男性に対して,医師と理学療法士が協働して上肢痛の治療選択をした.その結果,頚肋による神経および血管の圧迫の可能性が低く,非特異的上肢痛であり,運動器リハビリテーションの適応があると判断した.10回のリハビリテーションとデュロキセチンの内服により,123日目に症状が改善した.集学的な評価が侵襲的治療を最小限に抑えることに有効であった.
A physician and a physical therapist collaborated to analyze the pain in a 20s-year-old man who was diagnosed with thoracic outlet syndrome at another clinic because of his cervical ribs. The physician examined patient's muscles, nerves and vessels and concluded that it was non-specific pain. Exercise therapy and duloxetine were prescribed. After 123 days, the symptoms improved after 10 rehabilitations and oral administration of duloxetine. Multidisciplinary assessments were effective in minimizing invasive treatment for patients.
上肢痛を発症し,頚肋が見つかったため,胸郭出口症候群(thoracic outlet syndrome:TOS)を疑われたが,集学的な評価から非特異的上肢痛と考えられた症例を経験した.臨床所見,経過とともに報告する.
なお,本報告は当院倫理規定に準拠し,承認を得ている.
患 者:20歳代男性,身長176 cm,体重68 kg,BMI 22.
既往歴:なし.
職 業:アルバイト(盆栽の栽培と管理).
主 訴:両上肢の動作時痛と疲労感.
現病歴:X年Y−3月に端座位で両手第2~5指の順にタッピングする動作を用いた自慰行為を行い,翌日から両上肢痛が出現した.症状は徐々に悪化し,整容および食事動作時に痛みや疲労感を強く自覚し,アルバイトも休職した.症状は不変のまま,X年Y月−22日に他院を受診した.X線検査で両側に頚肋を認め,TOSと診断された.星状神経節ブロック注射(stellate ganglion blockade:SGB),内服治療(ロキソプロフェン,エペリゾン塩酸塩錠,プレガバリン,セレコキシブ,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液,メコバラミン)を受けるも症状は不変であった.症例と前医が相談の上,整形外科的リハビリテーションを実施する目的でX年Y月に当院へ紹介され受診となった.
1. 臨床所見主治医と理学療法士で協働して診察にあたった.症状は前腕に強く,上腕と手指は軽度であった.numerical rating scale(NRS)は前腕で安静時に3/10,上肢動作時に5/10で,上腕,手指は2/10であった.NRSは左右同程度だが,利き手である右側に症状増悪の頻度が高かった.症状は温熱で軽度緩和したが,持続しなかった.手部の冷感,チアノーゼは認めなかった.頚部X線検査で両側に頚肋を認めたが,その他に両上肢の痛みを説明し得る所見はなかった.疼痛部位にエコー検査を行ったが異常所見は認めなかった.質問紙検査は簡易版Disability of Arm,Shoulder and Hand(QuickDASH)のdisability symptomが20.5/100点,work 94/100点,pain catastrophizing scale(PCS)は41/52点(反芻19点,無力感16点,拡大視9点),Tampa Scale of Kinesiophobia日本語短縮版(TSK-11J)は26/44点,hospital anxiety and depression scale(HADS)は不安が8/21点,うつが5/21点だった.
整形外科的テストはRoos testのみ1分以内に前腕に痛みを誘発したが,3分間実施可能であった.Moley's test,Spurling's test,Adoson test,Wright testは陰性であった.関節可動域検査(range of motion test:ROM)は肩関節屈曲右110°/左100°,外転右90°/左90°,外旋右85°/左85°,水平屈曲右90°/左110°,水平伸展右0°/左0°と制限を認めた.肘関節と手関節に可動域制限は見られなかった.上肢の徒手筋力検査法(manual muscle test:MMT)は三角筋中部,肩関節外旋/内旋筋群,上腕二頭筋,上腕三頭筋,前腕回外/回内筋群,手関節屈曲/伸展筋群,手指屈曲筋/伸展筋群,母指球筋を検査したがいずれも低下は見られなかった.握力は右29 kg/左24 kgで同年代の男性平均(約46 kg)と比較して著明に低下していたが,問診より発症以前から同程度であったため,急性に低下したものではなかった.触診による筋緊張検査は両前腕手指屈筋に硬化と圧痛があった.両上肢に感覚の鈍麻,消失,過敏はなく,痺れは両前腕の全周遠位3分の2と手指全体に常時出現しており,領域性は認めなかった.深部腱反射を上腕二頭筋と上腕三頭筋,大腿四頭筋で検査したが異常は見られなかった.姿勢観察は軽度の円背を認めた.動作観察は四つ這いなど手をついて上肢に荷重をかける動作の際に両側肩甲骨内側縁の浮き上がりと両側手指の屈曲を認めた.生活状況は週3~4日のアルバイト以外は家でゲームをしていることが多く,運動習慣は全くなかった.
2. 治療方針と経過X線検査で頚肋以外に異常所見がなく,整形外科的テストはRoos test以外陰性であったこと,神経学的所見がないことから,頚肋による神経および血管束圧迫の可能性は低いと考えられた.しかしながら前医の紹介はTOSであったため,一度SGBを実施した.併せてPCSがカットオフ値以上であったため心理社会的要因の関与が考えられること,前医で未処方だったことから,デュロキセチン20 mgを処方した.3回目の受診時に症例がデュロキセチンの効果を自覚しSGBの副反応を嫌がったこと,また,客観的にSGBの明らかな効果を認めなかったことから,以降は投薬のみを継続した.
これらの経過と,肩関節ROM制限および両前腕手指屈筋に硬化が見られることから,本症例は運動機能障害の関与した非特異的疼痛の可能性があり,3回目の受診時から理学療法士による運動器リハビリテーション(リハビリ)を開始し,1~2週に1回の頻度で継続した.
Y+42日目には利き腕にNRS 2/10の痛みが残るもののアルバイトに復帰したため,リハビリの頻度を1カ月に1回程度とした.Y+123日目,計10回のリハビリとデュロキセチンの内服により,NRSは動作時の前腕,上腕,手指いずれも0/10となった.肩関節可動域は屈曲右170°/左170°,外転右180°/左180°,外旋右90°/左90°,水平屈曲右130°/左130°,水平伸展右20°/左20°と改善した.両前腕屈筋群の圧痛は消失し,上肢に荷重をかける動作の際も手指は伸展するようになった.QuickDASHはdisability/symptom 2.3点,work 0点,PCSが4点(反芻2点,無力感0点,拡大視2点),TSK-11J 21点,HADS A 2点,D 1点であった.症状の改善と本人希望により診察,リハビリ共に終了とした.
TOSは胸郭出口での神経や血管束の圧迫あるいは牽引によって生じる疾患である.腕神経叢刺激症状(上肢の痛み,痺れ,だるさ,冷感)や項頚部・肩甲帯の凝りと痛み,頭痛,めまい,全身倦怠感,上肢浮腫,チアノーゼなどの症状がある.原因は先天性因子(頚肋,第一肋骨異常,軟部組織の異常),外傷性因子(軟部組織の癒着,瘢痕化),非外傷性因子(腫瘍,炎症)などがある1).頚肋は胎生期の遺残物で,頻度は人口の1%未満である2).TOSの原因となり得るが,存在しても無症候の場合もある.
Sandersらは,神経症状を伴ったTOS患者の4.5%に頚肋を認めたと報告している2).米満らは,TOSと思われる症例は愁訴に個人差が大きく一定しないこと,観血的治療に踏み切って初めて確定診断に至る場合があることをTOS診断上の問題点として挙げている3).また,園生らは,TOSにtrue neurogenic TOS(TNTOS)とdisputed neurogenic TOS(DNTOS)があり,DNTOSは電気生理学的所見が見られないために1980年代から欧米でTOSの疾患概念に値するか議論されていることを紹介している4).その中でDNTOS症例に観血的手術を行い,新たに術後障害を引き起こす危険性にも言及している.頚肋を有し一部TOSと同様の症状を呈していたが,多職種が協働して診断を行い侵襲的治療を最小限に抑えることができた.しかしながら,本症例は電気生理学的検査を実施していないため,DNTOSと鑑別はしておらず本報告の留意点である.
本症例は頚肋を有した両上肢痛症例であったが,各種検査で神経刺激症状や血管束圧迫症状は再現されなかった.Gillardらは,Roos testの感度は84%,特異度は30%であると報告しており5),本症例も筋筋膜症状を増悪させ偽陽性となったと考える.SGBはTOS1),頚椎症性神経根症6),複合性局所疼痛症候群7)など上肢痛を呈する疾患に有効という報告があるが,前医および当院でも明らかな効果を認めなかったことから,本症例の上肢痛が頚肋の関与した神経および血管由来の痛みの可能性が低いことを示唆している.
本症例の両上肢荷重時に出現する両側肩甲骨内側縁の浮き上がりは肩甲骨と胸郭間の筋インバランスを示唆し,同時に出現する両手指屈曲,さらには両肩関節ROM制限と両前腕屈筋群の硬化は,両前腕手指屈筋群の過緊張と上肢全体の筋インバランスを示唆し,それらが上肢の筋筋膜性疼痛の要因と考えられた.
加えて,年齢に比較して著明に低下した握力8)と,運動習慣のない生活から身体活動量の低下が推測された.腰痛の報告9)であるが,身体活動量の低下は痛みと機能障害を遷延させることが示唆されており,本症例においても痛み増悪の要因と考えられた.質問紙検査は破局的思考を認めており,問診から痛みが出る行動を避け,休職するなど活動量低下に拍車をかけていた.また,最終評価にてTSK-11Jは他項目と比べ減少しておらず,今回の痛みの発生に運動恐怖の関与を示唆していた.
以上のことから,本症例は上肢から上部体幹の運動器系の破綻による筋筋膜性疼痛が心理社会的要因と身体活動量低下によって修飾された非特異的疼痛であると推測された.
これらの症状に対し,質問紙の結果と前医の処方内容からデュロキセチンを選択したことで,痛みの軽減が得られた.運動器リハビリテーションは身体活動量の向上と,上肢の筋緊張を整える効果があったと考えられ,肩関節可動域制限と手指屈筋群の硬化改善に寄与したと思われる.
頚肋を有するが,症状には影響していなかった非特異的両上肢痛の症例を経験した.集学的に治療を選択し,痛みの軽減とともに社会復帰が可能になった.1例の経験ではあるが,頚肋を有している上肢痛の診断と治療は多職種の連携が有効であった.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会 第1回東京・南関東支部学術集会(2021年1月,Web開催)において発表した.