2022 Volume 29 Issue 7 Pages 161-164
疼痛患者には悪性腫瘍が併存している症例がある.慢性疼痛治療の経過中に悪性腫瘍が発見された2症例を報告する.症例1は80代男性で,僧帽弁置換術後から左上腕外側に軽度の痺れと疼痛が出現した.術中の体位による痛みと診断され,疼痛コントロール目的に当科紹介となった.頚椎X線写真より頚椎症疑いとして治療を開始したにもかかわらず症状悪化するため,胸部CTと頚椎MRI検査を施行したところ頚椎転移が見つかった.前立腺がんからの骨転移であったことが判明した.症例2は80代男性.腰痛が増悪傾向となったため,入院による集中的な疼痛治療目的で当科紹介となった.透視下処置時に骨透過性異常があったこと,持続硬膜外ブロック中にもかかわらず安静時疼痛を認めたことから精査を施行した結果,前立腺がんと結腸がんの二重がんによる多発性腰椎転移が判明した.ペインクリニック受診患者はすでに診断がついていることが多いが,痛みの患者を治療する場合には常に悪性疾患の併発を念頭におきたい.特に治療抵抗性の患者や,腰痛患者でred flag signのある患者は注意を要する.
We reported two cases which we chanced to find malignant tumors. Case 1 was a man in his 80s who developed upper left arm numbness and pain. We diagnosed him as cervical spondylosis with his cervical spine XP. As his symptoms got worse despite intensive treatment, we examined him with chest CT and a cervical spine MRI revealed cervical spine metastasis from prostate cancer. Case 2 was a man in his 80s. He was referred to our clinic for exacerbating low-back pain. We found abnormal bone permeability during fluoroscopic procedure and an emergency lumbosacral spine MRI revealed multiple lumbar vertebrae metastasis due to double cancer of prostate cancer and colon cancer. Although most patients who visit a pain clinic are already diagnosed, we have to keep in mind that patients with pain may potentially have malignant diseases, particularly in patients with pain refractory to a standard treatment and patients with low-back pain and a red flag sign.
慢性疼痛を抱える患者の中に悪性腫瘍が原因のものをしばしば経験する.「見逃してはいけない重篤な疾患」を見極める責任があることを常に念頭に入れたい.慢性疼痛治療の経過中に,痛みの原因が悪性腫瘍であったことが判明した2症例を経験したので報告する.
なお,本症例報告に関しては患者本人に説明し,承諾を得ている.
症例1:80代男性.既往は慢性腎臓病.当該科受診の11カ月前から息切れを自覚,当院循環器内科受診し,僧帽弁閉鎖不全を指摘され,当該科受診の3カ月前に僧帽弁置換術を施行された.術後から左上腕外側に軽度の痺れと疼痛が出現したため当該科で検査したが異常所見がなく,術中の体位による痛みと診断され,疼痛コントロール目的に当科紹介となった.初診時の所見では左肩甲骨から左3~5指にかけて,びりびり痺れるような痛みがあった.感覚低下や筋力低下,可動域制限などは認めず,痛みの強さはvisual analogue scale(VAS)で16/100であった.初診時の一般的な血液生化学検査では,腎機能低下以外に異常所見は認めなかった.頚椎X線写真(図1)より頚椎症を疑い薬物療法(プレガバリン,アセトアミノフェン,トラマドール塩酸塩アセトアミノフェン配合錠)を導入した.またワルファリン内服中であったため,当該科に問い合わせたところ,抗凝固療法は継続が望ましいとの回答であっため,神経ブロックはエコー下で血管の同定を行いながら腕神経叢ブロックや後椎弓ブロックを行った.
症例1,頚椎単純X線画像,正面像および側面像
しかしながら痛みは悪化傾向にあり,約3週間後にはVASが97/100との訴えとなった.胸部CTと頚椎MRI検査を施行したところ頚椎転移が見つかった(図2).前立腺がんからの骨転移であったことが判明した.
症例1,頚椎MRI画像
T1強調画像(T1WI):第1胸椎の椎体から棘突起にかけて低信号域,第7頚椎,第2胸椎の棘突起に斑状の低信号域.
short inversion time inversion recovery法(STIR):第1胸椎の椎体から棘突起にかけて不規則な高信号(←3).
症例2:80代男性.既往は腰部椎間板ヘルニア,胃潰瘍,高血圧,脂質異常症.
18年前に腰椎椎間板ヘルニアと診断され,腰痛の悪化と軽快を繰り返していたが,疼痛出現時にかかりつけのペインクリニックを受診し,数回硬膜外ブロックを施行することでコントロールできていたとのことであった.当該科受診の10カ月前から腰痛が出現し増悪傾向にあったため,当該科受診の2カ月前から近医で1回/2週間で硬膜外ブロックを受けたが症状が軽快しないこと,高齢でもあり外来通院が困難であったため,持続硬膜外ブロックによる集中治療目的で当科紹介となり,初診入院となった.痛みに対して近医からプレガバリン,エトドラクが処方されており,かかりつけの内科で定期的な血液検査を受けていた.
入院後に透視下で硬膜外カテーテルを留置する際に,椎体の透過性の異常があったため(図3),MRI検査を依頼し,腫瘍マーカーを含む血液生化学検査を行った.血液検査では,LD 666 U/L,ALP 952 U/L,CRP 2.39 mg/dlと異常値を認め,さらにCEA 155 ng/ml,CA19–9 1,858 ng/ml,PSA 112 ng/mlが異常高値であった.MRI検査で多発性腰椎転移が見つかった(図4).また詳しく問診したところ,最近安静時痛が出現してきたとのことだった.直ちに内科に紹介し,精査した結果,前立腺がんと結腸がんの二重がんと診断された.
症例2,硬膜外カテーテル挿入時の透視所見
症例2,腰椎MRI画像
T1WI:第1腰椎の椎体から棘突起にかけて低信号域(←1),第3腰椎の椎体に低信号域(←2),第5腰椎の椎体から棘突起にかけて低信号域(←3).
ペインクリニックでは他科で痛みの原因が精査され診断がついた症例が多いが,中には痛みの原因が不明な症例もある.しかしながら,診断がついていたと判断された症例の中にも,痛みの原因が未診断であった悪性腫瘍であることが判明する症例もある.斎藤らは,ペインクリニック外来を新規受診した患者で,疼痛の原因が未診断の悪性腫瘍であった患者が約0.1%だったと報告している1).これまでにもペインクリニック外来で悪性腫瘍が発見された報告は散見され,痛みの原因として悪性腫瘍が常に混在している可能性があることは頭に入れておきたい2,3).今回のわれわれの症例であるが,症例1では症状と頚部単純X線写真から頚椎症が疑われたが,外来での薬物治療や神経ブロックに抵抗性で,症状が悪化傾向にあったため,精査したところ第一胸椎に骨転移が見つかった.MRIでは転移が明らかであったが,単純X線写真では診断できなかった.悪性疾患において単純X線写真で異常所見が発見できる症例は28%との報告もあり4),疑う場合は積極的にMRI検査,場合によってはPET検査などを行うべきであろうと考える.症例2は,数年来の腰痛に対して,かかりつけのペインクリニックで症状悪化時にその都度神経ブロックで加療されていたが,この度の腰痛悪化に対して単回の硬膜外ブロックでは効果が十分ではなかったため,入院による持続硬膜外ブロック依頼で紹介となった.高齢のため外来受診が困難なので,入院後にMRIなどの精査を予定していたが,カテーテルをX線透視下で挿入時に観察すると,腰椎の透過性に異常がみられたため緊急MRIを行ったところ腰椎転移が発覚した.当患者では,これまでの診断をうのみにするのではなく,再度評価するべきであった.問診では安静時痛もあることが判明した.腰痛診療ガイドラインでは,重篤な脊椎疾患の合併を疑うべきred flags signに9項目を挙げている5).本症例は「発症年齢55歳以上」と「時間や活動性に関係のない腰痛」にあてはまった.したがって,当患者では,入院後に痛みの原因を再度評価すべきであった.
紹介患者の多くは,前医で診断がついており,そのペインコントロール目的であることが多いが,一定の割合で悪性疾患が混在していることを念頭に置きたい.全例に詳しい画像検査が必要というわけではないが,治療抵抗性のものや,腰痛患者でred flag signのあるものなどは通常よりも注意を要する.本症例は,これらの注意を喚起する教育的意義を目的に症例報告した.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.