2022 Volume 29 Issue 9 Pages 210-211
硬膜外腔癒着剥離術(percutaneous epidural adhesiolysis:PEA)は,腰部脊柱管狭窄症に伴う慢性腰痛や下肢痛に対して有効であることが報告されている1).今回,硬膜外ブロックが効果不良であった腰部脊柱管狭窄症で,PEA施行後に硬膜外ブロックの鎮痛効果が改善した症例を経験したので報告する.
なお,本報告に関して,患者家族より文書にて承諾を得ている.
患 者:84歳,女性.
既往歴:高血圧.
現病歴:X−2カ月前に転倒し,左大腿部痛が続き整形外科を受診した.腰部脊柱管狭窄症,L2,3圧迫骨折と診断され,疼痛コントロール目的で当科に紹介された.
初診時現症:腰痛と左大腿外側の痛みがあり,NRS 8であった.痛みは歩行と立位で増悪し,坐位と前屈で軽快した.間欠跛行があったが自宅で壁つたいに歩行は可能であった.SLRテスト陰性,FNSテスト陰性,筋力低下はなかった.T12からL2傍脊柱部に圧痛があった.
画像所見:腰椎MRIでL2,3椎体は腹側に軽度変形があり,圧迫骨折の骨片による脊柱管の圧排はなく,L2/3椎間板後方突出による硬膜嚢圧迫,左L2/3,右L4/5の椎間孔狭窄があった.
治療経過:ランドマーク法によるL3/4腰部硬膜外ブロックを開始し,0.5%メピバカイン9 mlとデキサメタゾン6.6 mgを投与した.投与直後は痛みが軽減したが,1週間後のNRSは7であった.その後L3/4硬膜外ブロックによる0.5%メピバカイン10 ml投与を週1回,計6回実施したが,効果は変わらなかった.超音波ガイド下でT12/L1,L1/2椎間関節ブロックも行ったが効果はなかった.レントゲン透視下で左L3神経根ブロックを施行し,左大腿部の再現痛が得られ,2%メピバカイン1 mlとデキサメタゾン3.3 mgの投与により痛みが軽減した.神経根パルス高周波療法(42℃,9分)を追加実施し,直後はNRS 0,1週間後はNRS 1~2まで改善し,経過観察とした.
約4カ月後に同じ部位の痛みが再燃し,NRS 7であった.L3/4硬膜外ブロックを再開し0.5%メピバカイン10 ml投与を週1回,計4回実施したが鎮痛効果は直後のみで,翌週にはNRS 6まで戻っていた.硬膜外造影を実施したところ,左L3椎間孔付近の造影欠損を認め,癒着の存在を疑った.再度神経根ブロックを提案したが,前回の穿刺時痛がつらかったために強く拒否され,手術療法も希望されなかった.以上の経過から,PEAの適応と判断し,患者に提案して承諾を得た.痛みが前回と同じ部位であったことから,PEAのターゲットは左L3椎間孔付近とした.
腹臥位,仙骨裂孔より硬膜外針を穿刺し,スプリングコイルカテーテルを挿入した.先端を左L3椎間孔近傍に位置させ,生理食塩水の投与による癒着剥離後,左L3神経根造影像が得られた(図1).
硬膜外癒着剥離術,左L3神経根造影像
同部位にカテーテルを留置し,0.2%ロピバカイン10 ml,デキサメタゾン6.6 mgを投与し,10%高張食塩水10 mlを30分かけて投与した.2日目,3日目にも0.2%ロピバカイン10 ml投与後に10%高張食塩水10 mlを30分かけて投与し,3日目には薬液投与後カテーテルを抜去した.経過中に大きな合併症は認めなかった.
PEA当日,2日目,3日目のNRSは0であった.しかし,1週間後に同部位の痛みがNRS 6と再燃した.硬膜外造影を行い左L3椎間孔付近の硬膜外腔が良好に造影されることを確認し,L3/4硬膜外ブロックによる0.5%メピバカイン10 mlの投与を再開した.週1回行い,2回目のブロック後はNRS 4,4回目のブロック後はNRS 1~2まで改善した.計5回の硬膜外ブロックを行い,痛みの再燃がないことを確認して,PEAから50日後に当科終診となった.
腰部脊柱管狭窄症には中心性,外側陥凹性,椎間孔性狭窄があり,椎間孔の狭窄による神経根の圧迫から血流障害を起こし,神経周囲の瘢痕化につながり,疼痛緩和のための薬液の広がりを妨げると報告されている1).PEAは,1989年に報告された硬膜外癒着に対するインターベンション治療であり2)癒着を剥離し,炎症性サイトカインを洗い流し,神経根周囲の血流促進,異所性放電の抑制が起こり疼痛軽減につながるとされている3).
本症例において,PEA施行前の硬膜外造影では左L3神経根周囲が造影欠損となっており,癒着を疑う所見を認めた.PEA施行により左L3神経根造影が得られ,施行後の痛みはNRS 0であったため,癒着が解除され,炎症性物質の洗い流し効果,神経根周囲の血流促進により痛みが軽減したと考えた.
しかし,PEA後1週間で痛みの再燃を認めた.再癒着は硬膜外造影で否定され,剥離による炎症性の痛みが疑われた.この後の硬膜外ブロックでは,PEA術前と異なり癒着が剥離されて炎症部位まで薬液が到達することが可能となり,局所麻酔の効果と炎症性物質の洗い流し効果などにより痛みの軽減につながったと考えられる.
PEAは,腰下肢痛に対し高い効果を認めている1)が,PEA後に痛みが再燃した場合には,硬膜外ブロックを行うことは有効な治療であると考えられた.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)において発表した.