2023 Volume 30 Issue 10 Pages 232-235
鎖骨骨幹部骨折プレート固定術の合併症に鎖骨上神経の損傷がある.今回,プレート固定術後の遷延性術後痛に対し鎖骨上神経へのパルス高周波法が有効であった症例を経験したので報告する.症例は46歳の男性.2年前,左鎖骨骨幹部骨折を受傷し,前医でプレート固定術が実施された.術後,左鎖骨周囲の疼痛が悪化し持続したため,1年前にプレート抜去術が実施された.しかしプレート抜去後も痛みは改善せず,当院整形外科に紹介となった.胸郭出口症候群の疑いで腕神経叢(鎖骨上部)および鎖骨下筋に対しハイドロリリースが実施されたが効果なく,当科に紹介となった.初診時,左前胸部・鎖骨・肩周囲に針で刺されるような持続痛(NRS 7)と体動時痛,圧痛があった.神経障害性疼痛としてプレガバリン内服を開始したが効果がなかった.浅頚神経叢ブロックにより痛みは軽快したが効果は一時的であった.このため長期効果を期待して鎖骨上神経に対しパルス高周波法を2回実施したところ,持続痛はNRS 2~3へ軽減し,体動時痛と圧痛も改善した.末梢神経障害が関与する遷延性術後痛に対し,末梢神経パルス高周波法は有効な治療法となる可能性がある.
Supraclavicular nerve injury is a common complication after plate fixation of a midshaft clavicular fracture. We herein report a case of chronic postsurgical pain (CPSP) after plate fixation of midshaft clavicular fracture successfully treated with pulsed radiofrequency (PRF) of the supraclavicular nerve. A 46-year-old man sustained a midshaft clavicular fracture and underwent plate fixation 2 years ago. After surgery, the pain around the left clavicle worsened and persisted. Implant removal did not improve the pain. On referral to our hospital, he was suffering from stabbing pain around the left precordia, clavicle, and shoulder. Superficial cervical plexus block decreased the pain, but the effect was temporary. For this reason, we performed PRF treatment of the supraclavicular nerve for a possible long-lasting effect. After two treatments with PRF, the pain had been relieved to a numerical rating scale of 2–3 at the next visit. PRF of the peripheral nerve may be a promising treatment for intractable CPSP involving peripheral nerve injury.
鎖骨骨幹部骨折は日常診療において比較的頻度の高い外傷の一つである.近年のメタ解析1)では,保存療法と比較し,手術療法は偽関節の発生率が低く骨癒合までの時間が短いとされており,転位が軽度であってもスポーツ・重労働への早期復帰を希望する症例では手術療法を選択することが増えている.
鎖骨骨幹部骨折に対する代表的な手術療法にプレート固定術があり,合併症の一つに鎖骨上神経の損傷がある.鎖骨上神経はC3・C4神経根から分岐する皮神経で,鎖骨から前胸部にかけて分布し,同部位の知覚に関与している.鎖骨上神経が損傷されると,前胸部に痺れや痛みなどの感覚障害を生じる2).
近年,脊椎疾患による神経根症状や帯状疱疹後神経痛に対する末梢神経へのパルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)の有効性が報告されている3).今回,鎖骨骨幹部骨折に対するプレート固定術後に発症した遷延性術後痛に対し,鎖骨上神経へのPRFが有効であった症例について報告する.
本報告は患者から承諾を得ている.
患 者:46歳の男性.体重167 cm,身長60 kg.
既往歴:特になし.
生活歴:仕事は金属加工の工場に勤務しており,日常的に約20 kgの荷物を持ち上げていた.趣味はサイクルロードレースやランニング.
現病歴:X−2年9月,ロードバイク走行中に転倒し,左鎖骨骨幹部骨折を受傷した.受傷3日後にプレート固定術が他院で施行された.術後より左鎖骨周囲から前胸部,左肩の疼痛が増悪し,経過観察されたが改善しなかった.プレートによる刺激症状が疑われ,骨癒合の得られたX−1年7月にプレート抜去術が施行された.しかし,その後も疼痛が持続したため,X年8月に当院整形外科に紹介受診となった.
整形外科の診察では,肩関節の可動域制限はなく,肩峰下インピンジメント・テスト(Neer test,Hawkins test)や肩甲下筋テスト(lift-off test,bear-hug test,belly-press test),上腕二頭筋長頭筋テスト(Speed test)はすべて陰性であった.CT・MRIでも肩関節に明らかな異常はなかった.胸郭出口症候群(thoracic outlet syndrome:TOS)の誘発テストであるRoos testとMorley testが左側で陽性で,左TOSが疑われた.腕神経叢(鎖骨上部)と鎖骨下筋に対し生理食塩水を用いたハイドロリリースが施行されたが,疼痛は改善せず,X年9月に当いたみセンターに紹介された.
初診時現症:左鎖骨周囲から左前胸部および左肩に持続痛と動作時痛があり,痛みの強さはnumerical rating scale(NRS)で7であった.針で刺されるような痛みで,アロディニアがあり,神経障害性疼痛スクリーニング質問票は24点であった.疼痛部の皮膚に色素沈着と感覚鈍麻があり,鎖骨中央部よりやや外側に圧痛点が存在した(図1).痛みのため,趣味のランニングはやめていた.
いたみセンター初診時の所見
a:痛みの範囲,b:色素沈着と圧痛点(→).
治療経過:痛みがプレート固定術後に悪化したことや,痛みと感覚鈍麻の部位が鎖骨上神経の支配領域に相当することから,鎖骨上神経の障害による遷延性術後痛が示唆された.このため,診断的治療として超音波ガイド下に左浅頚神経叢ブロックを施行した.0.375%ロピバカイン6 ml注入直後,痛みはNRS 1まで改善した.また,これまで薬物治療歴はなく,プレガバリン100 mg/日の内服を開始した.
2週間後の再診時,痛みは初診時と同様のNRS 7であった.神経ブロックの鎮痛効果は約8時間で消失していた.プレガバリン内服で鎮痛効果が得られなかったため,1週間で自己中断していた.このため,長期鎮痛効果を期待して,左鎖骨上神経に対するPRFを計画した.超音波画像診断装置(Sonosite PX,富士フィルムメディカル)を用いて,4~15 MHzリニアプローブにより胸鎖乳突筋後縁を走行する鎖骨上神経を描出した.局所麻酔後,ガイディングニードル(22G,54 mm,アクティブチップ4 mm,八光)を通してニューロサーモNT500電極針RFE-5(アボットメディカルジャパン)を刺入し,針先が左鎖骨上神経の腹側に接するように調整した(図2).50 Hz,0.5 Vの電気刺激で疼痛部位の刺激感が得られることを確認した後,パルス高周波用ジェネレーター(ニューロサーモNT500,アボットメディカルジャパン)を使用し,PRF(45 V,20 ms,2 Hz)を42℃以下で360秒間施行した.PRF施行後,ガイディングニードルから0.375%ロピバカイン2 mlを注入して抜針した.
鎖骨上神経に対しパルス高周波法施行時の超音波画像
赤△は針,黄△は鎖骨上神経.
PRF施行2週間後の再診時,痛みはNRS 7に戻っていた.PRF施行後の鎮痛効果は約5時間とのことであったが,趣味のランニングを再開し,走っている間は痛みを忘れるという発言から,生活の質の向上がうかがえた.そこで,患者と相談し,再度鎖骨上神経PRFを行うこととした.前回よりも遠位の胸鎖乳突筋外側縁レベルで,鎖骨上神経に対し前回と同条件でPRFを施行し,PRF施行後に0.375%ロピバカイン5 mlを注入した.
2回目のPRFから2週間後の再診時,安静時痛はNRS 2~3に改善しており,体動時痛や圧痛も改善していた.
2回目のPRFから3カ月後の再診時,NRS 3~4を維持しており,追加の治療は希望されず終診となった.
鎖骨骨幹部骨折に対するプレート固定術の合併症に鎖骨上神経損傷がある.Lemieuxら2)によると,術後患者の90%が前胸部に何らかの感覚変化を経験しており,主な症状は,痺れ(64%),灼熱感(12%),痛み(4%)などで,そのうち完治したのは32%であったと報告している.
鎖骨上神経は,胸鎖乳突筋の後縁から下行し,鎖骨部から前胸部の皮膚にかけて分布する.鎖骨上神経は下行する際に分枝するが,内側枝と外側枝の2枝に分かれる場合と,さらに中間枝を加えた3枝に分かれる場合がある4).鎖骨上神経は鎖骨の上を縦断して前胸部に分布するため,皮膚切開や術野展開時の剥離・牽引によって障害を受けやすい.合併症対策として術中に鎖骨上神経を同定して温存することにより,術後の神経症状が減少したと報告されている5).本症例は他院で手術が施行されており,詳細は不明である.しかし,プレート抜去後も痛みが継続したことや,浅頚神経叢ブロックと鎖骨上神経PRFで痛みの改善が得られたことから,鎖骨上神経損傷が遷延性術後痛発症の要因であったと考えられる.
鎖骨骨折後の痛みの鑑別疾患としてTOSがある.TOSでは胸郭出口部において腕神経叢や鎖骨下動静脈が圧迫されることにより,頚部・肩・腕・手に痛みや異常感覚が現れる.ただし,鎖骨骨折後にTOSを発症することはまれであり,特に術後でTOSを発症する症例はさらに少ない.Rosatiらの報告では,鎖骨骨折後に生じたTOS 425例のうち観血的整復術後に発症したのはわずか5例であった6).本症例は,いわゆる「なで肩」であったことや,日常的に仕事で重い荷物を上げ下ろししていたことから,TOSになりやすい素因があった.CTやMRIで胸郭出口部の異常はなかったが,左肩痛やRoos testとMorley testが陽性であったことから,TOSが痛みの主たる原因ではないが,一因となっていた可能性は否定できない.
PRFは高周波電流を42℃以下で間欠的に通電し電場を発生させ,神経に影響を与え鎮痛を得る治療法である.神経変性を起こす可能性が低く,知覚障害や筋力低下を生じにくいため,さまざまな難治性の神経障害性疼痛に応用されるようになった.末梢神経に対するPRFの有効性は,脊椎疾患由来の神経根症状,帯状疱疹後神経痛,後頭神経痛で示されている3)が,その他の末梢神経に対するPRFに関してはエビデンスが乏しく,有効性についての結論は出ていない.近年,神経障害性疼痛の要素を持つ難治性の遷延性術後痛に対し,末梢神経PRFが有効であったとの症例報告7)がある.本症例のように薬物療法や神経ブロック療法に抵抗性の症例においては末梢神経PRFが有効な治療法である可能性が期待され,今後のさらなる検討が必要である.
これまでに頚部郭清術後の慢性痛に対し超音波ガイド下浅頚神経叢PRFが有効であったとの報告8)はあるが,選択的に鎖骨上神経PRFを実施した報告はない.本症例では,痛みの原因として鎖骨上神経障害が疑われたことや,鎖骨上神経は純粋な感覚神経でPRFにより運動神経麻痺をきたす危険性がないこと,頚椎神経根よりも浅い部位であるためより安全に施行できることから,鎖骨上神経に対するPRFを選択した.本症例では,胸鎖乳突筋後縁から鎖骨側へ走行する楕円形の低エコー画像を追うことで鎖骨上神経を同定した.今回の神経同定方法は,過去の報告と同様であるが4),神経刺激を併用した点でより確実性が高いと考えられる.
遷延性術後痛の原因の一つに手術による神経障害がある.薬物治療に抵抗性を示す例も多く,本症例のように原因となる神経を同定することができれば,末梢神経PRFは有効な治療手段となり得る.
本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.