2023 Volume 30 Issue 11 Pages 256-260
症例:42歳男性,特発性血小板減少性紫斑病を合併.起立性頭痛で近医を受診し,両側慢性硬膜下血腫にて両側穿頭血腫除去術が施行された.前医の脊椎MRIで硬膜外液体貯留を認め,特発性脳脊髄液漏出症とそれに伴う血腫を疑ったが,軽微な外傷による血腫の可能性もあった.出血のリスクがある脊髄造影CTを避け造影脳MRIで特発性脳脊髄液漏出症と診断した.硬膜外自家血パッチに先立ち血液内科に相談し血小板回復のためにステロイド治療を行った.血小板数は一旦改善したが,施術当日には7.5万/µlであった.穿刺による出血や待機による血腫再発の可能性を患者と家族に説明し同意を得て,血小板輸血はせず施行した.単回での治療完遂を目的として造影剤と自家血を注入後に,術中コーンビームCTを撮影し追加穿刺の必要性がないと判定した.術後は症状改善を認め,合併症なく術後3日目に退院した.4カ月後には症状軽快および造影脳MRIでの血腫消退と脳脊髄液漏出症所見の陰性化が確認された.結語:特発性血小板減少性紫斑病合併の脳脊髄液漏出症症例に対し,幸い合併症なく硬膜外自家血パッチを施行でき,寛解を得た.術中コーンビームCTは治療効果予測に有用である.
A 42-year-old male with idiopathic thrombocytopenic purpura (ITP) had been consulted a neurosurgeon for an orthostatic headache and had undergone a drainage against chronic subdural hematoma. Idiopathic cerebro-spinal fluid leak was suspected, however, there were some possibilities of due to minor trauma. Although a CT myelography was needed to make a definitive diagnosis, we diagnosed with cerebro-spinal fluid leak by MR myelography to avoid intraspinal bleeding. At the same time, we consulted the hematologist and started the platelet recovery therapy. After injecting autologous blood and iohexol, we examined the spread of injected blood using intraoperative cone-beam CT to determine whether additional epidural blood patch (EBP) would be required. No additional EBP was needed. Consequently, he made a full recovery without any complications. A case of cerebrospinal fluid leakage associated with idiopathic thrombocytopenic purpura was a high-risk patient, but fortunately was treated without complications. Intraoperative cone-beam CT is useful for examining the spread of injected blood.
特発性血小板減少性紫斑病(idiopathic thrombocytopenic purpura:ITP)は何らかの理由で抗血小板自己抗体が産生されて血小板数低下を生じる自己免疫疾患である.日常生活に支障がない血小板数3万/µl程度を目標に治療が行われる1)ためブロックの種類によっては事前に介入を要する.今回,平時の血小板数5万/µl程度のITP患者の脳脊髄液漏出症治療を血液内科・脳神経外科との連携で,幸い合併症なく硬膜外自家血パッチ(epidural blood patch:EBP)を施行できた1症例を報告する.
なお,本報告は患者本人から文書による同意を得ている.
42歳男性.182 cm,73 kg.既往歴はITP(血小板数5万/µl程度・出血傾向なしで無治療経過観察中)であった.約6カ月前に起立性の頭痛と耳鳴があったが放置していた.頭痛がさらに増悪して近医脳神経外科を受診し,両側慢性硬膜下血腫が指摘された.ITPによる出血リスクから症状の強い右側の穿頭血腫除去術が施行されたが,6日後に左側血腫が増大し,左穿頭血腫除去術が追加された.両側慢性硬膜下血腫の原因として脊椎MRIでC3~T11の硬膜外腔液体貯留があり(図1),脳脊髄液漏出症が疑われ,EBP目的に当科紹介となった.
前医の脊椎MRI画像
左:胸部矢状断T2 STIR,右:T5(左画像赤線部)での冠状断T2 CISS.硬膜外腔背側への液体貯留を疑う(赤矢印).
EBP時の出血リスクを考慮し,安静加療中に血小板数回復治療を並行できるよう,初診時に血液内科へ紹介し,プレドニゾロン15 mg/日の内服が開始された.本来であれば入院での安静加療が理想だが,当時COVID-19流行下での入院制限中で病床確保が困難であったため,自宅安静とし,急変時は連絡するように説明した.
確定診断には脊髄造影CT施行が理想だが,検査目的の血小板輸血を避けるため施行しなかった.初診後のGd造影脳MRIでびまん性硬膜肥厚像を認め(図2),脳脊髄液漏出症と診断した.併せて血腫の再貯留を認め,血腫除去術の必要性を脳神経外科に相談し,保存的加療となった.1週間で血小板は10.4万/µlまで上昇し,プレドニゾロン継続の上で翌週にEBPを予定した.ところがEBP当日の再検で7.5万/µlと減少をきたした.血小板数が低下した原因はプレドニゾロンへの抵抗性が生じたか再出血による消耗が考えられた.そこで血液内科へ相談すると,硬膜外穿刺の明確な基準はないが脳外科手術のカットオフ値は7万/µlとされ2),実施可能と考えるが安全を期して血小板輸血を行っても過度な対応ではないとの意見であった.なお,ガイドライン改定により執筆時点では10万/µl以上が望ましいとされている2).また,血小板数5~8万/µlでの硬膜外麻酔はリスクと利益を勘案して決定する必要がある3)とする文献がある.そこで患者と家族に現状では硬膜外麻酔の推奨値である8万/µl4)を下回っているが,同日に血小板輸血なしでEBPを施行する治療計画の利点(待機期間の短縮,輸血の回避)と欠点(脊髄硬膜外血腫の可能性),後日に血小板輸血してEBPを施行する治療計画の利点(脊髄硬膜外血腫のリスク低下)と欠点(COVID-19流行下による自宅待機期間延長と輸血合併症の可能性)について十分に説明を行い,前者を希望されたため,入院・同日のEBP実施とした.
当科初診時(左)と術後4カ月後(右)のGd造影脳MRI(T1 SE)
左:両側慢性硬膜下血腫(赤矢印)とびまん性硬膜肥厚像(青矢印)が確認できる.右:両側慢性硬膜下血腫とびまん性硬膜肥厚像の消失が確認された.
単回のEBPでの治療完遂を目的に,予定量の自家血注入後,抜針前にコーンビームCTで自家血の広がりを確認し,不十分なら下位胸椎から追加穿刺する予定とした.自家血注入は前医での脊髄MRIからC2~T12の硬膜外腔を覆うことを目的とした.X線透視下にT2/3より22Gブロック針で穿刺し,自家血4 mlにイオヘキソール1 mlの割合で混じたものを計20 ml注入し頚部硬膜外造影像を確認した.その後,造影剤の広がりが分かりにくい胸椎レベルについてコーンビームCT撮影を行い,T12までの硬膜外造影を確認し(図3),下位胸椎からの追加穿刺は不要と判断した.背部圧迫感が出現するまでT2/3より追加注入し総量23 mlで終了した.術後脊椎CTでC2~T12の硬膜外造影像を確認した.術後2日目より頭痛,耳鳴の軽減があり,合併症も認めなかったため,術後3日目に退院となった.1カ月後の造影脳MRIでは硬膜肥厚像は残存していたが血腫の減少を認め,2カ月後には残存していた軽度の頭痛が軽快した.4カ月後の造影脳MRIでは硬膜下血腫の消退と硬膜肥厚像などの脳脊髄液漏出症所見の陰性化が確認され(図2),完治と判断した.
EBP時の透視画像(左)と術中コーンビームCT画像
胸椎矢状断(中,赤線:T7),T7冠状断(右).自家血に混じた造影剤の造影効果を認める(赤矢印).
特発性脳脊髄液漏出症では約35%の症例で硬膜下液体貯留を合併するとされ5),髄液の漏出により脳が下垂し,架橋静脈の破綻により硬膜下血腫をきたすと考えられている6).自験例でも58例中34.5%に硬膜下血腫を合併したことを報告した6).このため比較的若年者の外傷歴のない硬膜下血腫症例では脳脊髄液漏出症を鑑別診断に挙げる必要がある.一方,本症例はITP合併から軽微な外傷でも硬膜下血腫を引き起こした可能性があり鑑別を要した.造影脳MRIでは両側慢性硬膜下血腫とともに脳脊髄液漏出症に特異的なびまん性硬膜肥厚像があり,脳脊髄液漏出症を疑った.確定診断と髄液漏出部検出のためには脊髄造影CTが必要だが,腰椎穿刺での出血リスクを考慮し回避した.
ITP治療ガイドライン1)では本症例のように血小板数3万/µl以上で出血症状のない場合は無治療経過観察であり,外科的処置の際にはステロイド薬やγグロブリン投与にて必要な値まで血小板数を回復させることが推奨されている.効果不十分時や緊急時は血小板輸血も行われるが,投与と同時に自己抗体による破壊が生じ,通常より多量を要することがあるとされる1).今回のEBP実施にあたり,硬膜外麻酔に準拠した血小板数8万程度が必要と考えられ4),2週間の安静加療に並行して血小板数回復治療を行う方針とし,血液内科へ共観を依頼した.ステロイド治療による血小板数回復は確実性に乏しく時間もかかり,また副作用として易感染性の問題も生じる.一方,血小板輸血にも感染症や重度のアレルギー反応等の危険性があるが,血小板輸血すべきであったかもしれない.一方,EBP延期・血小板輸血とした場合,血小板発注の時間と入院ベッド・手術室確保の点で5日ほどの待機期間延長が必要であった.
本症例において血小板数7.5万/µlでEBPを施行した是非は,硬膜外麻酔での血小板数5万以上とする文献もあり3),必ずしも禁忌ではないが重大な問題であった.一方,穿頭血腫除去後に血腫再貯留のある脳脊髄液漏出症で,血腫再発・死亡例7)の報告もあるために早期のEBPが必要であった.これらの相対的なリスクを勘案して臨床的に許される判断であったと考えている.
システィマティックレビューで特発性脳脊髄液漏出症に対する単回EBPの治療成功率は60%程度とされ,漏出部近傍での穿刺と腰部での穿刺に成功率は差がないとされている5).本症例では,特に出血のリスクから硬膜外穿刺の回数を少なくしたいと考えた.前医の脊椎MRIでC3~T11に液体貯留があり,この範囲に硬膜破綻部が存在する可能性が高いと判断した.エビデンスは乏しいが硬膜破綻部近傍への自家血注入が合理的であり8),C3~T11の硬膜外腔を自家血で覆うことを目的とした.さらに術中コーンビームCTで自家血の広がりを確認し,注入量や追加穿刺の判断材料とすることで,2回目のEBPが必要となって再度血小板数調整を要する事態や,不要な2カ所目の硬膜外穿刺を避けることができた.
ITP合併の脳脊髄液漏出症患者に対し,血液内科・脳神経外科と連携することで合併症なくEBPを施行し寛解が得られた.術中コーンビームCTは再穿刺や血液注入量の判断に有用であった.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第3回関西支部学術集会(2022年10月,姫路)において発表した.