2023 Volume 30 Issue 11 Pages 249-252
キセノン光は痛みの治療に頻用される光線療法の一つで,副作用が少なく手技も簡便であり使用しやすい.キセノン光は吸光度の異なる複合波長により,生体の浅層から深層までを同時に治療でき,血管拡張,組織修復促進,神経保護,抗炎症作用,神経伝達抑制などの効果により疼痛を緩和する.ロボット心臓手術後の送脱血管の挿入に関連する大腿神経領域の難治性の急性疼痛に対し,キセノン光による光線療法が疼痛の緩和に有効であった症例を報告する.
Xenon light (Xe) is one of the photobiomodulation therapy frequently used for treating pain. It is easy to use because it has few side effects and the procedure is simple. Xe can simultaneously treat both superficial and deep layers of the body due to its multiple wavelengths with different absorbances, and alleviate pain through effects such as vasodilation, promotion of tissue repair, neuroprotection, anti-inflammatory action, and inhibition of nerve transmission. We report a case in which photobiomodulation therapy with Xe was effective in relieving acute intractable pain in the femoral nerve region related to insertion of a femoral cannulation for robotic heart surgery.
キセノン光はキセノンガスを媒質に発生させた光線であり,キセノンガスを媒質とすることで380~1,000 nm(可視光~近赤外線)の生体深達度が高い複合波長を安定して得ることができる.そのため広範囲かつ深部まで十分に照射を行える1).また,光作用に加え,出力が高くなると,熱作用が加わり,温感も加わる.血管拡張,組織修復促進,神経保護,抗炎症作用,神経伝達抑制などの効果を持ち,疼痛を緩和する1–4).非侵襲的かつ疼痛もなく,簡便であることから実臨床で幅広く使用されている.
術後痛は離床を遅らせ,術後合併症のリスクも上げることから,患者の回復遅延や術後のADL低下を引き起こす.また,医原性の神経障害は痛みを遷延させる重要な因子であり5),遷延性術後痛に移行しないためにも早期の治療介入が必要である.
今回,ロボット心臓手術後の送脱血管の挿入に関連する大腿神経領域の難治性の急性疼痛に対し,キセノン光による光線療法が疼痛の緩和に有効であった症例を経験した.
なお,本症例報告の投稿に際して患者本人から書面で同意を得ている.
50代,男性.
既往歴:なし.
現病歴:健診で心雑音,心電図異常を指摘され,精査で腱索断裂による重症僧帽弁閉鎖不全症と診断され,ロボット支援下僧帽弁形成術(robotic-assisted mitral valve plasty:ro-MVP)が施行された.麻酔時間6時間46分,手術時間5時間1分,体外循環2時間34分,術中体位は左半側臥位5時間30分であった.送血管は右大腿動脈(19 Fr),脱血管は右内頚静脈(19 Fr)と右大腿静脈(25 Fr)より挿入(カッコ内は管のサイズ)した.輸液量2,072 ml,輸血量627 ml,出血量344 ml,尿量560 ml,全バランスは+2,355 mlであった.
術後経過:挿管・鎮静のまま帰室し,術後2.5時間で抜管された.術後1日目に離床したが,その際に右大腿部に痛みを自覚した.動作時(特に立位での排尿時)に右大腿内側にビリビリする,やけどのようなnumerical rating scale(NRS)10/10の痛みを訴え,術後3日目にペインクリニック紹介となった.
ペインクリニック初診時所見:右鼠径血管穿刺部に2 cm大の発赤を伴う腫脹を認めた.皮下出血は認めなかった.右鼠径部皮膚表面には知覚鈍麻やアロディニアは認めなかったが,右大腿前面の皮膚には知覚鈍麻を認めた.
エコーでは,健側と比較し,患側の血管穿刺部の右大腿神経およびその周辺に浮腫を認め,腸骨筋膜,大腿筋膜,大腿神経の境界が不鮮明であり,大腿神経の圧迫が明らかであった.
治療経過:大腿神経支配領域の知覚鈍麻,ビリビリ,やけどのような特徴的な痛みより,術中の送脱血管挿入の関与による右大腿神経領域の神経障害性疼痛の要素もあると考え,プレガバリン150 mg/日,アミトリプチリン5 mg/日,ロキソプロフェン180 mg/日,五苓散7.5 g/日,桂枝茯苓丸7.5 g/日を開始した.しかしながら,治療開始4日目(術後7日目)に,NRSは9/10で,内服薬で疼痛はあまり軽減しなかった.同日,新たに立位での排尿時に息が止まるほどの強い痛みを鼠径部に自覚し,右大腿部のビリビリした痛み,皮膚表面の痺れと感覚鈍麻を認めた.エコーでは,健側と比較し,右鼠径部の大腿神経,大腿動脈から浅部の皮下組織にかけての腫脹を認めた.アミトリプチリンを10 mgに増量し,右鼠径部から右大腿内側にかけてキセノン光治療(EXCEL-Xe,日本医広,東京)を行った.
キセノン光照射直後より立位時の強い疼痛はNRS 0/10になった.その後も,大腿前面の大腿神経領域の知覚鈍麻改善目的に,患者希望で,週に1,2回の頻度で継続した.治療開始後14日目(術後17日目)より,右前胸部ポート孔の創部にもキセノン光照射し,右前胸部のポート孔の創部痛も消失した.右鼠径部から右大腿部へのキセノン光を継続して,大腿内側の知覚鈍麻も徐々に軽減し,10回施行後(2カ月後)にはほとんど気にならないくらいまで改善した.治療開始15日目(術後18日目)に退院となった(図1).Xeは3カ月間に1日1回,1回10分間の照射を合計で14回行った.
治療経過:NRS 9/10の痛みがキセノン光照射直後より消失
右大腿部の動作時痛や同部位の知覚鈍麻は,送脱血管挿入に伴う大腿神経周辺組織の浮腫や血腫による圧迫などの影響により生じたと考えられた.手術による末梢神経の損傷で,グリア細胞やマクロファージが活性化・遊走し,局所および全身性の炎症が惹起される5).また損傷した神経断端に神経腫が形成され異常な電気的興奮が生じることもある5).後根神経節では遺伝子発現が変化し,刺激に対する反応が過敏になり(末梢性感作),脊髄後角における炎症性細胞の活性化,遺伝子発現の変化,抑制性ニューロンの減少,さらには下行性疼痛抑制性経路の機能変化により求心性神経が易興奮状態となる(中枢性感作)5).術後急性期の経過は痛みの慢性化との関連が見られ,術後痛の強さや必要な鎮痛薬の量は慢性術後痛の危険因子と考えられており5),慢性疼痛に移行しないためには早期からの治療介入が必要である.
大腿動脈へのカニュレーション後のmeralgia parestheticaの報告もある6–8).本症例では,エコーにて患部に強い浮腫残存があり,大腿神経の圧迫が明らかであった.また,ro-MVP後の超急性期のため,侵襲的な神経ブロックは治療の第一選択とはせず,侵襲の少ない治療法から行う方針とした.急性期の炎症性疼痛とともに神経障害性疼痛の要素もあったため,神経障害性治療薬のプレガバリンとアミトリプチリンを併用した.また,東洋医学的に歯痕舌と局所の浮腫より水滞に対し五苓散,舌下静脈怒張と急性炎症を瘀血と考え桂枝茯苓丸も併用した.当院の光線治療器はキセノン光(EXCEL-Xe)と近赤外線(スーパーライザー)がある.キセノン光は膠原病や術後の筋筋膜性疼痛の緩和にも効果的であるという報告もあり2,9),キセノン光による光線療法を選択し著効した.
光線療法は低出力レーザー治療(low-level laser therapy:LLLT)として臨床に導入された1).光線は標的細胞のミトコンドリア内膜上のシトクロームCオキシダーゼに作用し,電子伝達系を介したATP合成促進により光作用を発揮するとされる1–3,10).作用機序としては,以下の5つが考えられる1,11,12).
① 血管拡張:光線により産生された一酸化窒素(NO)が血管を拡張させる.また,光線の熱エネルギーによる交感神経系を介する肉眼的な血管拡張も起こる.
② 組織修復促進:単波長の光線照射によって塩基性線維芽細胞成長因子,神経成長因子,インターロイキンなどの合成が誘導される.
③ 神経保護:光線が種々の物質による神経毒性を軽減させる.
④ 抗炎症作用:プロスタグランジンE2,インターロイキン1β,腫瘍壊死因子など炎症性サイトカインを減少させ,シクロオキシゲナーゼ2を抑制する.
⑤ 神経伝達抑制:光線照射が神経の伝導速度を遅め,活動電位を弱める.
LLLTに使用するレーザー光線は単波長の干渉性波動から成り,一方向に進行するため生体には点状に照射されるが,キセノン光線は複合波長から成るため生体には面で照射される.このため,進行方向の異なる光線により照射面積が広くなり,生体深達性の異なる光線により浅層から深層までの広範囲の照射が可能となる1).光線療法の治療効果には光線照射の範囲と深度が重要となるため,比較的高エネルギーで広範囲に照射できるキセノン光線は治療に適している1–3).
本症例では,1度のみのキセノン照射で疼痛が完全に緩和したことより,立位時(動作時痛)の痛みは大腿神経の急性炎症による侵害受容性疼痛であったと考えられた.大腿神経障害に伴う知覚鈍麻(神経障害性疼痛)や前胸部のポート孔の創部痛(侵害受容性疼痛)に対してもキセノン照射は疼痛軽減効果があった.薬剤抵抗性の神経の急性炎症による侵害受容性疼痛が,キセノン光のさまざまな作用により,速やかに改善したと考えられる(図2).
キセノン光の作用機序の考察
薬物投与に効果がなく,キセノン光治療が著効した理由としては,痛みの原因が急性期の炎症であり,中枢性感作が起こる前だった可能性がある.キセノン光治療はNSAIDsが無効な急性期の侵害受容性疼痛に対しても,前述の作用機序④の末梢神経遠位端侵害受容器への作用を介して,疼痛緩和に効果があったと考えられる.
本症例では術後早期から治療介入できたことで遷延性術後痛への移行を防げた可能性がある.術後疼痛のような周術期の全身状態が不安定の時期には痛みのアプローチの一つとして,簡便で安全性の高いキセノン光線による光線療法をまず考慮してみるのもよいかもしれない.ただし,皮膚の色素沈着,刺激性接触性皮膚炎,浅達性熱傷などの有害事象の報告もあり13),疼痛部位や創部の状態次第では,光量,光線の波長など,光線療法の適応を慎重に検討した方がよいかもしれない.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.