Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Clinical Report
A case of branch retinal artery occlusion successfully treated with stellate ganglion block
Sumi OTOMOKengo MAEKAWAChiyo FURUSHOChiyoko TANAHIRA
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2023 Volume 30 Issue 11 Pages 253-255

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Abstract

発症早期の網膜動脈分枝閉塞症(branch retinal artery occlusion:BRAO)に対し星状神経節ブロックを行い,視機能が改善した症例を報告する.症例は90歳男性で,夜間入浴後に突然右眼の上方視野欠損を自覚,翌朝近医を受診しBRAOと診断され発症17時間後に星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)施行目的に当科紹介となった.診察時は視野欠損が進行しほとんど見えない状態だったが,SGB施行5分後に速やかに視機能が改善した.SGBは網膜動脈の攣縮解消・血流増加作用がありBRAOに有用だが,視機能の回復は治療開始までの時間に左右される.速やかにSGBを行うためには眼科医師とSGBを行う麻酔科もしくはペインクリニックに従事する医師との連携が重要と考えられた.

Translated Abstract

A 90-year-old man presented with sudden onset of superior visual field loss in the right eye after taking a bath at night. On the next day, he consulted an ophthalmologist. He was diagnosed with branch retinal artery occlusion (BRAO). When he was referred to our hospital 17 hours after onset, he complained of nearly complete vision loss in the right eye. A stellate ganglion block (SGB) with 1% lidocaine was performed immediately. His visual deficit resolved dramatically soon after. BRAO is an emergent condition that requires rapid diagnosis and treatment. BRAO is caused by an embolism from the carotid artery, heart, or aortic arch, which leads to occlusion of the branch retinal artery. SGB increases retinal blood velocity and might have a beneficial effect of washing out the embolus. Aggressive treatment with SGB is important for improving the prognosis for vision.

I はじめに

網膜動脈閉塞症は,塞栓により網膜への血流が途絶することで生じ,早期に血行動態が改善しない場合は,虚血と壊死により不可逆的な視機能障害を引き起こす.今回,網膜動脈分枝閉塞症(branch retinal artery occlusion:BRAO)の発症早期に星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)を施行し,視機能の速やかな回復を得られた症例を経験したので報告する.

なお,本症例報告は患者からの承諾を得ている.

II 症例

90歳,男性(身長150 cm,体重45 kg).

2月下旬夜間入浴後に突然右眼の上方視野欠損を自覚した.翌朝に近医眼科を受診しBRAOと診断され眼球マッサージを行ったが改善なく,SGB施行目的で当科紹介となった.BRAO発症3カ月前にラクナ梗塞の既往があり,右上下肢不全麻痺と軽度の構音障害の後遺症がありアスピリン100 mgを内服していたが,日常生活活動(activities of daily living:ADL)は自立していた.近医眼科での右視力は0.3で,右眼底所見では黄斑部の下半分に網膜の白濁を認め(図1),発症から17時間後の当科外来受診時は,視野欠損が進行しほとんど見えない状態だった.SGBに伴う一般的な合併症に加え,抗血小板薬を内服中で血腫形成等の危険性があることについて患者と同伴する家族に対し十分に説明し,同意を得てSGBを行った.ランドマーク法を用い右側第6頚椎レベルで1%リドカイン5 mlを用いてSGBを施行した約5分後に,患者が突然「目が見える!」と声を上げた.自覚症状として右上1/4の範囲は明瞭に見えないが,その部分以外は視野が回復し,翌日のSGB施行後は治療開始前に比べ90%以上改善したと話された.発症3日目の夜間入浴後に,再度右眼の視野欠損を自覚するも10分程度で改善し,再発が疑われたため,発症4日目に眼科を受診したが右眼の眼底所見は網膜の白濁の範囲が減少し,視力も0.3から0.8に改善を認めた.本症例は,SGBを1週間連日施行後も発症3カ月まで1週間に2回程度,その後週に1回と施行回数を漸減しながら4カ月後まで行った.発症2カ月後の右眼の眼底所見では網膜の白濁は消失し(図2),当科では発症1年経過するまで経過観察を続け,初回SGBで視機能が回復して以降の症状増悪がなかったため終診とした.

図1

近医眼科での眼底写真

右眼の黄斑部の下半分に網膜の白濁を認める.中心窩は正常色調.

図2

治療開始2カ月後の写真

白濁はほぼ消失し視力は1.2だった.

III 考察

網膜動脈閉塞症は,動脈硬化が進展した高齢者に多く発症し,網膜動脈の閉塞により網膜の虚血と壊死が生じて重篤な視機能障害が起こる.頚動脈のアテロームや心臓の血栓が塞栓子になると考えられ1),網膜動脈の閉塞部位によって網膜中心動脈閉塞症(central retinal artery occlusion:CRAO)とBRAOとに分類される.CRAOは,網膜中心動脈閉塞による急激な片眼性,無痛性の高度の視力低下で発症し,BRAOは網膜動脈分枝の閉塞部位に相当する暗転や視野欠損を生じる2).BRAOの眼底所見は,栄養される網膜内層が虚血による浮腫のため,急性期には閉塞部位に一致した網膜の白濁を認める.発症から数日後には網膜の混濁は消失し通常の色調に回復するが,早期治療が有効でない限り視機能は回復しない.BRAOはCRAOに比較して視力が保たれるために受診が遅れることが多く,積極的な治療は不要とする意見もある3)が,BRAOの約半数の症例で中心暗点が残存し,2割は視力改善がないこと,高齢者の発症で視機能の改善がない場合は患者のADLや生活の質を著しく損ねることから,BRAOに対しても積極的な治療を行うべきであると筆者らは考える.

網膜動脈閉塞症の治療は発症早期に行う必要があるが,どの治療が効果的であるかは明らかでない4).一般的に,網膜動脈の閉塞が6時間以上続くと網膜は不可逆的な損傷を受けるが,実際には完全に閉塞していることは少なく,発症から2日以内であれば網膜動脈の再灌流を試みることが推奨されている5).眼圧の低下による循環の改善と血栓の除去を目的とした眼球マッサージ(眼瞼上から両手の指で10秒ほど圧迫しては解除を繰り返す)が最も簡便で,その他にアセタゾラミド内服やマンニトールの静注,前房穿刺,ウロキナーゼ等による線維素溶解療法,プロスタグランジンE1製剤等の血管拡張薬の投与等の治療法があり,できることから早期に開始する.本症例は,近医眼科でBRAO診断後に眼球マッサージを施行したが改善なく,近医および当院眼科医の判断で,SGBによる治療を患者および患者家族に提案され,迅速なSGB施行に至った.

SGBは網膜・脈絡膜の血流改善,動脈攣縮の解消,眼圧低下作用を持つ.本症例はBRAO発症17時間後で眼底所見は黄斑部を含む下半分に網膜の白濁を認める急性期所見であり,網膜が不可逆的な損傷を受ける前にSGBを施行し,原因となった血栓が洗い出され,網膜動脈が再灌流できたことで劇的に視機能が回復したと推察された.また,アスピリン内服継続が網膜動脈閉塞の再発予防に寄与した可能性もあるが,継続下でのSGBには血腫形成のリスクも伴う.アスピリン単独服用でのSGB実施は必ずしも禁忌ではないが,患者が高齢である場合には,その実施には十分に配慮が必要と考える.本症例では患者の認知機能は維持され,家族とも同居されていたことから,十分なインフォームドコンセント後にSGBを施行した.また,患者と家族に緊急時の連絡先を明示し頚部に血腫形成等の異常が出現した場合に備えた.

一方で,眼科領域では網膜動脈閉塞症に対するSGBの効果を疑問視されることも少なくない.理由として,SGBによる網膜血流増加は120分で消失すること6),網膜動脈閉塞症に対するSGBの効果を検証する大規模な前向き研究もないこと,眼科医自身がSGBを行うことが難しくその必要性が認識されないことが挙げられる.また既存の症例報告例7,8)においても,SGBに高圧酸素療法や線維素溶解療法等を併用したものが多く,SGB単独で改善を示した報告は少ない.これらの点において,本症例ではSGB単独の治療で劇的に改善を得たものの,筆者らは網膜動脈閉塞症に対するSGBの効果がすべての症例で有効性を示すか不明であり,SGBを施行するにあたっては患者および家族へ情報提供が必須であると考える.

本症例のように急性期にSGBを施行できれば視機能の回復が得られる可能性があるが,眼科医師とSGBを行う麻酔科医師やペインクリニックに従事する医師との連携がなければ,急性期にSGBを行う機会が得られない.今後,急性期に円滑なSGB治療を行うためには,両者の連携の構築が重要であると考えられた.

本報告の要旨は,九州麻酔科学会第57回大会(2019年9月,福岡)において発表した.

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