2023 Volume 30 Issue 12 Pages 284-287
71歳男性,X−4月に肺がんに対し右下葉,胸壁合併切除・再建術を行い,X−1月からの左季肋部痛[numerical rating scale(NRS)7]で第8胸椎病的圧迫骨折が判明し,疼痛緩和のために入院となった.オピオイド鎮痛薬(以下,オピオイド)の副作用が忍容できず,緩和的放射線治療やオピオイド増量でも鎮痛効果が得られない難治性がん疼痛としてペインクリニックに紹介となり,胸部硬膜外ブロックで一時的効果を得た.MRIで神経浸潤が疑われ,神経障害性疼痛に特徴的な電撃痛や神経支配に一致する限局的な痛みを示していた.全身状態,治療目標と予後について担当医,緩和ケアチームと協議し,左第8,9胸部神経根へのパルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)を透視下腹臥位,斜位法で実施した.実施後,NRSは改善し,オピオイドを調整し自宅退院となった.胸神経領域の限局したがん性痛に対するPRFが疼痛軽減と生活の質(quality of life:QOL)改善に有用である可能性が示唆された.
A 71-year-old male patient who underwent surgery for cancer in the right lung complained four months after the surgery of left hypochondrium pain that he described as persisting for one month. After being diagnosed with a compression fracture of the 8th thoracic vertebra due to metastatic bone tumor, he was referred to our pain clinic for the purpose of controlling the pain and intolerable side effects of opioids but the benefit of thoracic epidural block we provided was only temporary. His left hypochondrium pain was similar to electric shock suggesting the pain was of neuropathic nature. The next course of treatment composed of pulsed radiofrequency to the left 8th and 9th thoracic nerve roots proved effective in alleviating the pain allowing the patient to be discharged from our hospital. This experience suggests us that pulse radiofrequency therapy may be effective for pain relief and improving quality of life of patients with cancer pain localized in the thoracic nerve area.
今回われわれは,肺がん骨転移による神経障害性疼痛に対しオピオイドが導入され,制吐剤を使用するも忍容できない悪心から鎮痛薬増量が困難であった症例に対し,胸部神経根PRFを行い良好な疼痛緩和とQOLの改善を得た1例を経験したので報告する.
なお,本報告について包括同意と施設承認が得られている.
71歳,男性.X−4月に右肺がんに対し,当院で右下葉および胸壁合併切除(第6~9肋間)・再建術を行った.X−1月に左第8,9胸髄神経領域に一致する,左背部~季肋部痛(NRS 7)を自覚し,近医整形外科を受診した.胸部レントゲンで第8胸椎圧迫骨折を認め,アセトアミノフェン,NSAIDS,トラマドール塩酸塩アセトアミノフェン配合錠の処方とコルセット装着が行われたが痛みは緩和せず,X月に当院呼吸器内科を受診した.その際に実施された造影CTでは,第8胸椎椎体に溶骨性変化を伴う圧迫骨折と右側広範囲の再発病変および縦郭リンパ節の軽度増大を認めた.その他の臓器に明らかな転移は認めなかった.胸椎MRIでは圧迫骨折による左第8/9椎間孔の骨性狭小と第8椎体下縁近傍の骨内異常信号から神経浸潤が疑われた(図1,2).患者は疼痛緩和目的に即日入院となり,入院2日目に第8,9胸椎に対し緩和的放射線治療(8Gy×1回照射)を行った.薬物療法は,担当医と緩和ケアチームの協議によりオキシコドン速放製剤の疼痛時使用に加え,徐放製剤も導入された.徐放製剤導入後から徐々に悪心が出現し,メトクロプラミド,プロクロルペラジンマレイン酸塩錠が使用された.その後,タペンタドールへスイッチングされたが疼痛や悪心は改善なく,ペインクリニックに紹介となった.紹介時には,タペンタドール400 mg/日,オキシコドン速放製剤5 mg/回を6~7回/日,アセトアミノフェン2,000 mg/日,ロキソプロフェンNa水和物180 mg/日,悪心対策としてオランザピンが追加されていた.
胸椎MRI画像
再発病変とTh8椎体下縁近傍の骨内異常信号を認める.
黄矢頭:再発病変,赤矢頭:骨内異常信号.
胸部CT画像
Th8椎体の病的圧迫骨折と左Th8/9椎間孔の骨性狭小を認める.
ペインクリニック初診時,患者は再発病変が明確な右側に疼痛の訴えはなく,左第8,9胸髄神経領域にNRS 3の安静時痛とNRS 7の体動時季肋部電撃痛を訴えていた.
薬物療法の副作用が忍容できず,疼痛緩和が不十分であること,画像所見,臨床所見,患者の意向を踏まえ,神経ブロック治療の適応があると判断した.
ペインクリニック初診日(入院16日目)に第6,7胸椎椎間からの透視下胸部硬膜外ブロック(1%メピバカイン4 mlとデキサメタゾン3.3 mgの単回注入)を行い,一時的な鎮痛(体動時NRS 2,安静時NRS 0)を得た.数日後に体動時NRS 4の痛みとなり,オキシコドン速放製剤30 mg/日,タペンタドール600 mg/日,ミロガバリン10 mg/日が使用された.ベタメタゾン4 mg/日追加後も悪心は改善せず経口内服困難となり,フェンタニル静注1.2 mg/日に変更された.しかし,十分な疼痛緩和が得られず,performance status(PS)は3のまま改善を認めなかった.そこで,入院28日目に左第8,9胸部神経根に対して腹臥位,斜位法,42℃で6分間のPRFを実施した(図3).PRF後に2%メピバカイン3 mlとデキサメタゾン3.3 mgの混合液を各神経根に2 mlずつ投与し,体動時左季肋部痛はNRS 6→1と明らかな改善を認めた.フェンタニル静注1.2 mg/日を貼付剤2 mg/日にスイッチングし,レスキューも必要とせず,悪心とPS(3→1)は改善し,自宅退院可能となった.
PRF実施時透視像
左:左Th9神経根および硬膜外が造影されている.右:骨折部位と重なりやや不明瞭ではあるが,左Th8神経根が造影されている.
自宅退院後,生活基本動作に支障なく散歩も可能であったが,退院3週間後に体動時NRS 7,安静時NRS 3の疼痛が再燃した.疼痛増悪時のCTでは第8胸椎椎体圧潰の進行を認め,オキシコドン速放製剤が再開され,フェンタニル貼付剤の使用量も増えた.退院1カ月後の緩和的放射線治療とデノスマブ投与で疼痛緩和が得られ,フェンタニル貼付剤は2 mg/日に減量できた.レスキュー不要のまま体動時NRS 2,安静時NRS 1で退院3カ月後に化学療法を再開した.
がん性痛の中には薬物療法が奏功しないものが10~30%存在し1),骨転移痛,特に体動時痛はオピオイド抵抗性であるため,神経ブロックが痛みの軽減に寄与する可能性がある.厚生労働省ホームページにもその重要性が記載されている2).
本症例は,オピオイド鎮痛薬による副作用で疼痛コントロールに難渋し,限局的な神経障害性疼痛を示唆する所見があったため,神経ブロックの適応と判断した.さらに,担当医や緩和ケアチームとの話し合いでは,患者の治療意欲が強く,疼痛によるPSの悪化が化学療法導入を妨げており,治療導入により1年以上の予後を認めること,患者も神経ブロック治療を希望していることを確認した.治療目標は,神経ブロックでの痛みの軽減,オピオイド副作用からの解放,PS改善と原疾患治療の継続と定めた.放射線科医の読影では,右側では術後再発による解剖学的変化が著明な一方,左側では第8/9椎間孔の骨性狭小や第8椎体下縁近傍の骨内異常信号が確認された.このような解剖学的微小変化から神経圧迫や神経浸潤の確定診断には至らないが,その可能性は否定できず,身体診察所見も考慮し,左季肋部痛の主因は上記による神経障害性疼痛と評価した.画像所見に比して患者が右側の疼痛を訴えなかったのは,肺がん術後から右側腹部広範囲(右第6~10胸髄の神経支配領域)に感覚鈍麻があったためと考える.また,退院後疼痛増悪の原因は,病勢悪化や活動量増加による同部位圧迫骨折の進行によるものと判断した.一般的に,神経支配に一致した限局痛を示す神経障害性疼痛には,診断と治療の両面から神経根ブロックが選択されるが,今回の症例では長時間効果を期待してPRFを実施した.胸部脊椎における難治性転移痛に対し,後根神経節への高周波熱凝固(thermal radiofrequency:RF),PRF,ステロイドの効果を比較検討したRCT3)では,RFは難治性転移痛を制御するための主要手段であり,PRFは優れた代替手段であると結論づけている.ただし,この報告では椎体転移は組入れ基準に含まれるが,明らかな神経障害は除外基準としており,本症例のような骨転移が原因の椎間孔狭窄による神経圧迫,腫瘍の神経浸潤といった神経障害性疼痛に対するPRF施行と同義ではない.本邦でも椎体転移に対するPRFが有用性を示した報告4)があるが,同様に神経障害性疼痛に特化したものではない.RFがPRFよりも長期的鎮痛効果に優れる一方,RFでは神経炎,しびれ,異常感覚といった合併症リスクも伴うため,本症例ではPRFを第一選択とした.RFと比較してPRFの安全性を評価する文献5)もあり,症例ごとに検討が必要である.本症例ではPRF後に疼痛緩和が得られ,上記に述べた治療目標を達成している.しかしながら,局所麻酔薬とステロイド注入も行っており,PRFとの相乗効果も否定はできない.
また,本症例では,薬物療法に加え,画像的微小変化と臨床所見から痛みの原因を正しく判断し,適切な時期に神経ブロック治療を実施できたことが患者のQOL改善と早期治療再開へとつながった.がん性痛における神経ブロック実施にあたり,刻一刻と変化する患者の全身状態を把握し,タイミングを逃さないことが重要である.また,このような治療は患者への負担やリスクも皆無ではないため,実施前に患者および担当医と治療のメリットデメリット,予想される結果,治療目標の共有を綿密に行うことが不可欠である.
今回,忍容できない副作用のためオピオイド鎮痛薬増量が困難であった難治性がん疼痛に対し,PRFが有効であった症例を経験した.痛みの原因を的確に評価し,PRFを含めた神経ブロックをがん性痛治療の選択肢として捉え,適切な時期に実施することで患者のQOL改善に貢献できる可能性がある.
本稿の要旨は,日本区域麻酔学会第9回学術集会(2022年4月,沖縄)において発表した.