2023 Volume 30 Issue 12 Pages 271-274
先天性表皮水疱症は軽微な外力で皮膚に水泡やびらんを形成する遺伝性の難病である.今回,優性栄養障害型先天性表皮水疱症を有する60歳男性の広範囲のびらんの処置時の疼痛管理を経験した.オピオイドや塩酸ケタミンも検討したが,麻酔科医が連日対応できないため,悪心や呼吸抑制などの合併症に十分な対応ができない懸念があった.そこで麻酔科医が留置した硬膜外カテーテルを利用して,皮膚科医が硬膜外ブロックの管理を実施したところ,安全に良好な鎮痛が得られた.また,十分な注意を払い硬膜外カテーテルを固定することで,新たな皮膚病変を作ることなく管理できた.
Epidermolysis bullosa hereditaria is an inherited, intractable disease in which blisters and erosions form on the skin in response to small external forces. This case report describes pain management for painful procedures in a 60-year-old man with dominant dystrophic epidermolysis bullosa who fell down a flight of stairs and developed extensive erosions. Although analgesia with opioid analgesics or ketamine were considered options, complications such as nausea and respiratory depression were feared to be potentially unmanageable due to lack of time for anesthesiologists to respond appropriately. Therefore, a pain management plan was implemented in which the epidural block was managed by a dermatologist using an epidural tube placed by an anesthesiologist. This approach successfully reduced the pain during treatment while ensuring patient safety. Notably, meticulous securing of the epidural catheter allowed for management without inciting additional skin lesions.
栄養障害型先天性表皮水疱症は,COL7A1遺伝子の変異が原因で,表皮と真皮を接着する7型コラーゲンに異常が生じ,非常に軽い外力で容易に表皮と真皮が解離し,水疱やびらんを形成する遺伝性の皮膚の難病である.遺伝形式により優性型と劣性型に分けられ,優性型は劣性型と比較して軽症であるとされるが,いずれにしても根本的な治療法は未だ存在せず,生涯にわたり,水疱,びらんの処置といった対症療法が必要となる1,2).硬膜外ブロックは,知覚神経を遮断することで鎮痛効果を得ることができ,手術や痛みを伴う処置時の鎮痛に有効である.また,交感神経を遮断することで血管が拡張し,組織酸素濃度を増加させることが示されており3),創傷治癒促進効果が期待できる.今回,優性栄養障害型先天性表皮水疱症の患者において,広範囲なびらんの処置時に強い痛みを伴うため,疼痛管理のために硬膜外ブロックを行ったところ,新たな皮膚合併症を起こすことなく,良好な鎮痛が得られた症例を経験したので報告する.
なお,本症例報告にあたり,患者より書面による同意を得た.
優性栄養障害型先天性表皮水疱症の60歳の男性.身長168.7 cm,体重52.9 kg.両側眼瞼下垂,四肢筋力低下,慢性呼吸不全(肺活量低値:肺活量2.08 L,%肺活量51.2%,二酸化炭素貯留:動脈血二酸化炭素分圧52.0 mmHg)があり慢性進行性外眼筋麻痺症候群(chronic progressive external ophthalmoplegia:CPEO)が疑われ精査中であった.慢性呼吸不全に対し夜間のみbiphasic positive airway pressure(BIPAP)を使用していた.
○月X日,自宅の階段から転落し,両上肢,両下肢,胸腹部に広範囲の水疱とびらんが形成され,痛みが強いため救急車で当院皮膚科を受診し入院管理となった.連日の洗浄,軟膏塗布,ガーゼ保護の処置が必要であったが,処置時の痛みが強いため,処置ごとに鎮痛管理が必要であった.受傷当日はペンタゾシン10 mg筋注で処置を受けたが,鎮痛効果は十分であったものの,悪心が半日続いた.X+1日に悪心を避けるためアセトアミノフェン1,000 mg静注で処置を受けたが,鎮痛効果が不十分で処置の継続が困難となったため,X+3日に処置時の疼痛コントロール目的で当科に紹介受診となった.
水疱とびらんの範囲は左大腿約1.5%,左下腿約4%,右下腿約1%,両前腕約1%,胸部~腹部約0.5%で合計面積約8%に及んでいた.問診上,処置時の痛みは左下腿前面と左足関節外側部が特に強く,左大腿部と右下腿の疼痛は軽度で上肢や体幹に痛みはなかった.また,処置時以外の痛みはアセトアミノフェン1,000 mg静注のみでコントロールできていた.numerical rating scale(NRS)は安静時3/10,移動時6/10,処置時10/10であった.血液検査で血小板数と凝固機能に異常を認めなかった.悪心の発生を懸念したことや,CPEO疑いがあり,呼吸抑制や舌根沈下の可能性がある薬剤を避けたいことと,処置は皮膚科医のみで行うため,皮膚科医の不慣れな薬剤を避け副作用の少ない方法を選ぶ必要があったため,オピオイド鎮痛薬や塩酸ケタミンの使用は選択しなかった.また,背部の皮膚に水疱やびらんはなく正常な状態であったことから,腰部硬膜外ブロックでの鎮痛を選択した.
L4~5間より穿刺しカテーテルを硬膜外腔に5 cm挿入して留置した.カテーテルの固定は非アルコール性被膜スプレーを塗布した後に,テープ固定部の観察が容易になるよう透明タイプの固着テープで固定した.毎日,刺入部と固定部位の観察を行い新たな水疱やびらんが形成されていないことや感染徴候がないことを確認した.
1%リドカイン10 ml投与後に処置を施行したところ,処置時の痛みはアセトアミノフェン単独で行ったときと比較し,NRSが10/10から2/10に低下した.
1週間で計5回(X+3,4,5,8,9日),同様の処置を施行した.初回の処置時には麻酔科医が立ち合い,①局所麻酔薬投与前に吸引テストを施行する.②テストドーズとして1%リドカイン2 mlを投与し,下肢が動かせないなどの異常がないことを確認する.③局所麻酔薬投与後は血圧測定を30分後まで2.5分おきに行うなどの注意点を確認した.血圧低下時には塩酸エフェドリンを4 mg投与で対処することも伝えた.血圧低下などの合併症は認めなかった.2回目以降は皮膚科医のみで処置を行ったが,そのときも特にトラブルは認めなかった.X+10日に疼痛が軽快したため硬膜外ブロックを終了しカテーテルを抜去した.1週間のカテーテル留置期間であったが,固着テープによる新たな水疱やびらんの形成は認めず感染徴候もなかった.カテーテルを抜去する際には十分な注意を払い,固着テープの剥離は剥離剤を使用し丁寧にはがし,新たな水疱の形成などの皮膚症状は認めなかった.その後は鎮痛薬を使用せず,X+10,12日に処置が行われた.X+15日に全ての傷の上皮化が終了し,X+16日に自宅で処置が可能となり退院となった.
今回,優性栄養障害型表皮水疱症患者の処置時の強い疼痛に対し,カテーテル留置による硬膜外ブロックを行い,新たな皮膚合併症を起こすことなく,有効な鎮痛を得ることができた.われわれが調べた限りでは,表皮水疱症患者の処置時の鎮痛に硬膜外ブロックを行った報告は見つけられなかった.
表皮水疱症の国内の患者数は,軽症例も含めると1,000~2,000人と推定されており,国別,男女別の違いはない1,2).表皮水疱症は真皮表皮接合部における水疱形成の位置から,単純型,接合部型,栄養障害型に大別される1,2,4).単純型は水疱形成部位が浅く基底板が損傷を受けないため,7~10日程度で水疱は上皮化し瘢痕を残さず治癒する2)が,栄養障害型は他の型と比較し,表皮と真皮の解離部位が基底膜より深い真皮内に生じるため,難治で治癒後に瘢痕を残しやすい2,4).また,栄養障害型先天性表皮水疱症のなかでも劣性型だと症状が重症で,全身の皮膚が解離しやすく,出生時よりびらんの形成と瘢痕治癒を繰り返し,爪の変形や脱落,指間の癒着,食道狭窄などをきたす.劣性型の麻酔経験の報告には,背部の皮膚症状のため硬膜外麻酔を断念した報告5)や,固着テープの使用を避けたるため硬膜外カテーテルを皮下トンネルと縫合で固定した報告6)などがある.それに比べ優性型は比較的軽症であるので,症例によっては硬膜外麻酔およびカテーテル留置も可能と考えられる.局所麻酔や脊髄幹麻酔を行う場合,感染リスクのある開放創の近くの穿刺は避けるべきであるが,本患者は背部の皮膚に問題はなく硬膜外ブロックの良い適応であったと考えられる.
表皮水疱症は,一般的に直接圧より摩擦や剪断力に対する耐用性が低いため,固着性のテープの使用は避けるべきとされている4).カテーテル類は縫合固定し,ソフトシリコンテープやガーゼで巻いて固定する方法や清潔で長期留置が可能な皮下トンネルの作成が推奨されている4).本患者でも,硬膜外カテーテルは皮下トンネルを作成し縫合固定しても良かったかもしれない.本患者は背部に皮膚症状はなく,問診でも,これまでに背部に水疱やびらんを形成したこともなかった.また,アセトアミノフェン点滴を行った際に,上肢に点滴を固着テープで固定していたが皮膚症状を認めていなかった.このため今回は硬膜外カテーテルを固着テープで固定した.硬膜外カテーテルの固定は,撥水性の被膜を形成しテープ剥離時の刺激を低減する作用のある非アルコール性被膜スプレーを塗布した後に,テープ固定部の観察が容易になるよう透明タイプの固着テープで固定した.毎日,刺入部と固定部位の観察を行い,新たな水疱やびらんの形成,感染徴候などがないことを確認した.1週間のカテーテル留置期間であったが,固着テープによる新たな水疱やびらんの形成は認めず感染徴候もなかった.カテーテルを抜去する際にも十分な注意を払い,固着テープの剥離には,剥離剤を使用し丁寧にはがした.テープ剥離による新たな水疱やびらんの形成はなかった.優性型の栄養障害型先天性表皮水疱症の患者では,十分に問診を行い,これまでの皮膚症状を確認することで,皮膚症状の少ない部位であれば,十分な注意を払うことで固着テープの使用も可能と考えられた.
硬膜外ブロックは交感神経遮断によりブロックされた神経の支配領域の血管拡張が起こるため,血行障害の治療にも適応がある.また,Donalらは,手術創の組織酸素濃度は感染と治癒の主要な決定因子であり,術後の硬膜外鎮痛で創部酸素濃度が高くなることを示している3).本患者は普段より上肢や体幹には水疱はできにくく治りやすいが,下肢特に下腿には水疱ができやすく治りにくいとのことであった.硬膜外ブロックを行わなかった場合と比較し治癒期間が短縮したかを比べることはできないが,硬膜外ブロックの交感神経系の抑制効果により下腿の組織血流が増加し創傷治癒の促進作用があったかもしれない.
塩酸ケタミンは体性神経系の痛みに強い鎮痛作用を持つ薬剤であり,熱傷患者の処置などに用いられる.本症例は熱傷と同様の体表面の皮膚の処置であり,塩酸ケタミンも良い適応と考えられる.しかし,塩酸ケタミンには呼吸抑制や悪心・悪夢の副作用がある7).本患者はペンタゾシンで悪心が生じており,悪心に対し強い不安があった.また,CPEO疑いで呼吸機能が低下していたため,塩酸ケタミンによる呼吸抑制や舌根沈下による低酸素血症の発生も懸念された.毎日の処置に毎回,われわれ麻酔科医が立ち会うことはマンパワー的に困難であるため皮膚科医だけで処置を行う必要があり,気道トラブルなどの副作用が少ない方法が望ましかった.これらのことより硬膜外ブロックの方が有利と考えた.
硬膜外ブロックにも血圧低下などのデメリットがある.今回,初回の硬膜外ブロック実施時には麻酔科医が同席して,鎮痛とバイタルの確認を担当し,皮膚科医に対して十分に硬膜外ブロックの効果と副作用,合併症の対応を説明して,2回目以降は皮膚科医のみで硬膜外ブロック下に処置を実施した.幸いにも血圧低下などの合併症は認めなかった.
優性栄養障害型先天性表皮水疱症患者の処置時の強い疼痛に対し,硬膜外ブロックを施行し,安全に良好な鎮痛を得ることができた.また,十分な注意を払いカテーテルを固定することで新たな皮膚合併症を起こすことなく管理ができた.
本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会 第3回中国・四国支部学術集会(2023年3月,Web開催)において発表した.