2023 Volume 30 Issue 12 Pages 288-291
ナルデメジン併用後に,オピオイドの鎮痛効果や退薬症状が出現した症例を経験した.【症例1】50歳台,男性.肺腺がん,頭蓋底転移に対して加療中だった.転移性腫瘍による右後頚部から右肩にかけての痛み症状の増強に伴いオキシコドン徐放錠の増量とナルデメジンの併用開始となった.痛みは緩和されず,悪心・嘔吐が続いた.オピオイドの増量や種類の変更を行ったが症状は改善しなかった.ナルデメジンによるオピオイドの拮抗作用を疑い,ナルデメジンのみ中止した.翌日から悪心・嘔吐は消失し,痛み症状も改善した.【症例2】40歳台,女性.多発性神経鞘腫による腫瘤性病変が脊髄硬膜嚢内や硬膜外,骨盤内に多発し,下腹部や両下肢の痛みが強い状態だった.フェンタニル貼付剤の使用と増量に伴い便秘がひどくなり,ナルデメジンの内服を開始した.ナルデメジン内服後1時間で悪心・嘔吐,多量の下痢,痛みの増強をきたした.原因が不明のまま経過をみていたが,右顔面神経麻痺が出現し,右小脳橋角部腫瘍が判明した.【まとめ】ナルデメジンの投与後にオピオイドの鎮痛効果減弱と離脱症状が出現する場合,脳腫瘍の存在を疑い,念入りな診察を行うべきである.
Case 1: A man in his 50s. He had been treated for lung adenocarcinoma and skull base metastasis. The dose of oxycodone was increased and naldemedine was started in combination. He continued to experience pain, and nausea and vomiting appeared. Naldemedine was suspected to have an antagonistic effect and was discontinued. From the next day, his nausea and vomiting disappeared. Case 2: A female in her 40s. She had multiple mass lesions due to multiple schwannomas in the dural sac and epidural mater. She had severe pain in the abdomen and both limbs. After controlling her pain with a fentanyl patch, her constipation worsened, and she was administered naldemedine. Within hours of taking naldemedine, she had nausea and terrible diarrhea. Two years later, she was diagnosed with a right cerebellar pontine angle tumor. Conclusion: When reduced analgesic effect and withdrawal symptoms are suspected after administration of naldemedine with an opioid, the patient should be evaluated for the possible presence of brain tumor.
ナルデメジンはオピオイド誘発性便秘症(opioid-induced constipation:OIC)に対する本邦初の治療薬として,2017年6月に発売された.末梢性µ,δおよびκオピオイド受容体への特異的拮抗作用を持ち,血液脳関門(blood-brain barrier:BBB)の透過性を低下させる化学構造を有することで,末梢組織中のオピオイド受容体だけを阻害する1).その一方,脳腫瘍,多発性硬化症,アルツハイマー型認知症などBBBの機能不全が疑われる患者では中枢神経への移行によりオピオイドの退薬症状や鎮痛効果減弱を起こす恐れがあるため注意が必要1)とされている.しかし,BBBの機能不全が疑われる患者において,これらの副作用が発症したとする報告はこれまでなされていない.
今回われわれは,オピオイド鎮痛薬による症状緩和の治療中にナルデメジンの併用を行い,オピオイドの鎮痛効果減弱とともに退薬症状を認めた2症例を経験したため報告する.
なお,症例報告にあたり,当該患者から同意を得ている.
【症例1】50歳台,男性.身長169 cm,体重57 kg.既往歴は特記事項なし.生活歴は,喫煙なく,機会飲酒をしていた.X年に健康診断で肺結節影が指摘され,精査の結果肺腺がんの診断となった.同年から化学療法が開始されたが,X+2年に右前頭部から右後頭部のしびれ感,舌の右方偏移,呂律不良を認めるようにった.頭蓋底骨転移や周囲への浸潤による右舌咽・舌下神経障害と診断され(図1),放射線治療が行われた.その7カ月後から,頚椎転移により右後頭部から肩にかけて強い痛みを生じ,オキシコドン徐放剤10 mg/日が開始された.2週間かけてオキシコドン徐放剤を40 mg/日に増量し,その後OICに対してナルデメジン0.2 mg/日が夕食後に併用となった.しかし,オキシコドン徐放剤を増量しても痛み症状は緩和されず,2週間後にタペンタドール100 mg/日へ変更,さらに4週間後に200 mg/日へ増量されたが改善はなかった.その5週間後にヒドロモルフォン8 mg/日へ変更され,18 mgまで増量を行っても痛みの改善はなかった.また,悪心・嘔吐も続いており,苦痛緩和のために緩和ケアチームへ紹介となった.詳細に状況を伺うと,悪心・嘔吐は夜間から早朝にのみ認められ,痛み症状は夜間から早朝にかけて強く,昼から夕方にかけては比較的落ち着いていることが分かった.悪心・嘔吐はさまざまな制吐剤を使用しても効果を認めず,オピオイドスイッチでも同様の経過であった.悪心・嘔吐については,脳腫瘍を認めることから頭蓋内圧亢進症状が懸念され,グリセオール200 mlを1日2回(10時,20時に投与)とデキサメタゾン6.6 mg(8時に投与)の静脈内投与が行われていた.グリセオール投与中は悪心・嘔吐が和らいでいたため,特に症状の強い2時からの投与へと変更したが,夜間から早朝にかけての悪心・嘔吐には効果を認めなかった.ナルデメジンは夕食後に内服されており,これらの症状の時間的経過と関連している可能性を考え,頭蓋内病変も認めることから,ナルデメジンによる影響を疑った.状況把握のためにナルデメジンのみ内服中止とし,経過観察することとした.ナルデメジンの内服を中止した翌朝は悪心・嘔吐はなく,痛みの訴えもなかったため,ナルデメジンによるオピオイドの効果減弱と退薬症状が考えられた.その後は悪心・嘔吐は出現せず,オピオイドによる鎮痛も得られた状態が続いている.

症例1の頭蓋内病変
a:右頭蓋底頚椎移行部から斜台部にかけての腫瘍.b:頭蓋底転移.右小脳−脳幹部にあり,延髄を圧排している.
【症例2】40歳台,女性.身長159 cm,体重50 kg.既往歴は多発神経鞘腫であり,生活歴は特記事項なし.多発性神経鞘腫による腫瘤性病変が脊髄硬膜嚢内や硬膜外,骨盤内に多発し,両下肢の痛みが強い状態だった.Y−13年とY−10年に,両下肢の痛みと左下肢の麻痺に対して脊髄腫瘍摘出術が施行された.術後,左下肢の麻痺と両下肢の痛みは軽減した状態が続いていた.Y年に下腹部と右臀部から右大腿後面にかけての強い痛みが出現し,骨盤内腫瘍の増大に伴う痛みと診断された.骨盤内腫瘍は手術による切除が不可能であったため,プレガバリン150 mg/日やトラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン錠4錠/日を使用し疼痛コントロールが試みられた.しかし,痛みは改善しないため,翌月に麻酔科紹介受診となった.ロキソプロフェンナトリウム180 mg/日の追加とトラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン錠を8錠/日に増量しても鎮痛効果は得られず,フェンタニル貼付剤1 mg/日による鎮痛を開始した.多発性神経鞘腫の進行に伴い痛みが悪化し,3カ月かけてフェンタニル貼付剤を4 mg/日に増量し,症状コントロールを行っていた.Y+2年から便秘が悪化したため,通常の緩下剤として酸化マグネシウム990 mg/日の内服を行った.1カ月後にフェンタニル貼付剤を5 mg/日に増量した際,OICを懸念し,ナルデメジン0.2 mg/日を朝食後に併用内服開始とした.ナルデメジン内服1時間後より徐々に悪心・嘔吐,多量の下痢をきたし,発汗過多と手足の震え,痛みの増悪も認め内服継続が困難であったと報告を受けた.ナルデメジンの副作用や患者の体調不良に伴うものを疑い,ナルデメジンの内服を中止し,他の緩下剤の追加投与も行ったが便秘は改善しなかった.半年後に再度ナルデメジン内服を開始したところ,前回と同様に内服1時間後から強い悪心・嘔吐,冷汗,下痢を生じ,痛みの増悪も再度認めたためオピオイドの退薬症状と効果減弱が疑われた.原因が不明のまま,緩下剤の投与や浣腸などを行い経過をみたが,Y+6年に呂律不良,構音障害,右顔面神経麻痺が出現し,右小脳橋角部腫瘍が判明した(図2).

症例2の頭蓋内病変
a:右小脳橋角部の腫瘍性病変.b:病変により閉塞性水頭症を呈している.舌下神経管を介して頭蓋内病変と連続している.
BBBは脳毛細血管内皮細胞間が密着結合で結合しており,極めて強い物質選択性がある.特に高分子量物質の透過は極めて困難である.ナルデメジンの分子量は742.84と大きいため,脳移行性が低い.このため,脳腫瘍などによるBBBの機能不全が疑われる患者においても退薬症状や鎮痛効果に影響を与えることなくナルデメジンを安全に使用できるとする報告2)がある.しかし,脳腫瘍の種類,部位,大きさは考慮されておらず,脳腫瘍は悪性度が高く,大きさが大きいほどBBBが破綻する可能性が高いため,脳腫瘍の性状は少なくとも考慮すべきだろう.症例1では頭蓋底と右小脳−脳幹部の2カ所に脳転移を認め,頭蓋底腫瘍に対しては放射線治療後であった.ゆえに,BBBが機能不全となっている可能性があり,ナルデメジンが脳へ移行し,退薬症状と鎮痛効果の減弱を認めた可能性が高いと考える.
オピオイド鎮痛薬は鎮痛用量よりも低用量で便秘と悪心・嘔吐が誘発される.便秘は耐性が形成されないこともあり,オピオイド使用期間中は便秘の対策が必要となる.ラットを用いた研究で,ナルデメジンの50%有効用量(ED50)は0.03 mg/kgである1).中枢性の退薬症状はナルデメジンの便秘改善作用のED50の30~50倍以上の用量でのみ誘発され,末梢性の退薬症状としての下痢はED50値の3~10倍以上となる3).このため,臨床使用量のナルデメジンでは中枢性の退薬症状は出現しないはずである.しかし,ナルデメジン導入時のオピオイド鎮痛薬の投与量や投与期間は退薬症状に影響を与えることが推察される4).つまり,オピオイドの投与用量,頻度,期間を増すことにより身体依存が増強され,退薬症状を誘発する拮抗薬の用量は逆に減少する3)と考えられる.症例2では長期間オピオイドを使用していたため,退薬症状が出現しやすかった可能性もある.頭部の画像はY+6年の症状出現まで撮影していなかったため,脳腫瘍がY+2年の時点で存在していたかは推測の域をでない.しかし,ナルデメジンを内服することで嘔吐や気分不良などの中枢性の退薬症状と考えられるような症状を強く認めた場合は,明らかな頭蓋内疾患が判明していなくとも,改めて神経学的診察や画像検索を行い,頭蓋内疾患の有無を確かめる必要があると考える.
脳腫瘍が存在している場合,ナルデメジン併用はオピオイドの効果減弱や退薬症状を引き起こすことがあり,使用する場合は十分な注意が必要である.また,ナルデメジン併用により,オピオイドの効果減弱や退薬症状が疑われる場合には,脳腫瘍が存在している可能性を視野に入れ,念入りな診察を行うべきである.
本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第55回大会(2021年7月,富山)において発表した.