2023 Volume 30 Issue 12 Pages 292-294
プロスタサイクリン(PGI2)受容体作動薬であるセレキシパグは,肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension:PAH)の治療薬として有効性が認められている.しかし,海外の臨床試験で頭痛(61.4%),下痢(36.0%),悪心(27.0%)などの副作用が多いと報告されており1),時に薬剤増量の妨げとなる.今回,コントロール不良のPAH患者にセレキシパグの増量を行う際,増悪する頭痛に対しロメリジンが有効と思われた症例を経験したので報告する.
なお,本報告に際し患者本人から書面による承諾を得ている.
60代女性.5年前椎間板ヘルニアで入院した際,平均肺動脈圧(mean pulmonary arterial pressure:mPAP)42 mmHg,肺血管抵抗(pulmonary vascular resistance:PVR)530 dyne sec/cm5で特発性PAHと診断された.在宅酸素療法が導入され,エンドセリン受容体拮抗薬,ホスホジエステラーゼ5阻害薬,PGI2受容体作動薬の投与が順に開始された.エンドセリン受容体拮抗薬,ホスホジエステラーゼ5阻害薬は目標容量まで増量できたが,PGI2受容体作動薬であるセレキシパグは頭痛,下痢などの副作用が強く内服を中断した.しかし,労作時の息切れ動悸が残存し,mPAP 36 mmHgと改善が不十分のため投与が再開された.セレキシパグは7日以上の間隔を空け約10カ月かけて1.8 mg/日まで増量した.しかし,頭痛,全身疼痛,吐き気が増悪し寝て過ごすことが多くなった.副作用軽減とセレキシパグ増量目的の入院を機にペインクリニックへ紹介された.入院後はトラマドール塩酸塩アセトアミノフェン投与,星状神経節照射,鍼灸,ストレス低減法を行い若干の効果を認めた.しかし,セレキシパグを2.0 mg/日へ増量したところ頭痛や食欲の低下,全身疼痛が再度増悪したため,増量8日後にセレキシパグを1.8 mgまで減量するともに,片頭痛予防薬であるロメリジンを2.5 mg/日から開始し10 mg/日まで徐々に増量した(図1).また,セレキシパグの投与方法を1日2回から3回の分散投与に変更した.ロメリジン投与開始4日目に頭痛の軽減を自覚しはじめた.退院時の心臓カテーテル検査値は横ばいで,退院後も慎重にロメリジンを増量した.ロメリジン投与開始19日目に15 mg/日としたが,そのころから頭痛はさらに軽減し,食欲や治療意欲も回復して日常生活に戻ることができた.患者はロメリジンの頭痛への効果を自覚しておりその後も内服を継続したが,血行動態の悪化は認なかった(図1).
臨床経過
入院前後のセレキシパグとロメリジンの投与時期と投与量,mPAPとBNPの推移を示す.経過中,mPAPとBNPは増悪することなく循環動態は保たれていた.
PAHは,肺動脈の血管収縮や血管リモデリングにより肺血管抵抗が上昇し,肺動脈圧の上昇と右心不全を引き起こす難治性疾患である.治療は,血管拡張作用とともに,肺動脈平滑筋細胞の増殖抑制による肺血管リモデリングを改善できる肺血管拡張薬の多剤併用が推奨されており,予後改善に有効であるとされている2).一方,肺血管拡張薬投与による副作用は多数報告されているが1),その治療は対処療法となる.本患者においては,肺血管拡張薬2剤は目標容量まで投与できたが,セレキシパグの増量は副作用が強くコントロール困難であった.セレキシパグによる頭痛の発現機序は不明だが,内服した際,活性代謝産物であるMRE-269の最高血中濃度到達時間と頭痛,嘔吐,悪心の発症時間がほぼ一致したとの報告があり3),脳血管の拡張という血管運動の刺激が頭痛の増悪につながった可能性があると考えた.また,セレキシパグは内服薬のため,内服のたび血中濃度が変化し血管拡張作用も増減すると考えられる.ロメリジンは脳血管に対して選択的な血管収縮抑制作用を示すカルシウム拮抗薬であり4),セレキシパグの効果減弱による脳血管再収縮を防ぐことで,脳血管運動をより安定化することができると期待された.本症例においてはロメリジン内服4日目より効果を自覚し始め,15 mg/日まで増量した時点で頭痛が軽減し日常生活に戻ることができた.よって,セレキシパグ増量により増悪した頭痛がロメリジン投与により改善した可能性があると考えられた.セレキシパグの活性代謝産物の血中濃度上昇時間帯をターゲットにアセトアミノフェンの投与を行い頭痛に効果を認めたとも報告されており3),本症例においてもセレキシパグの効果が減弱する時間帯をターゲットにロメリジン投与を行うことで,より脳の血管運動を安定させることができた可能性がある.一方,セレキシパグを経口投与した場合の活性代謝物の半減期は,約8~10時間と比較的長時間作用性ではあるが4),投与を1日2回から3回へ分割したことで,より血中濃度が安定し副作用軽減につながった可能性がある.ロメリジンは脳以外の全身末梢血管に対する作用は少ないとされているが,本症例は体動脈圧の低下による循環動態の悪化をさける必要があり,ロメリジンの増量は慎重に行った.その後もロメリジンの投与を継続したが,経過中,心係数やBNPの値にほぼ変化はなく循環動態は安定していた.
今回,PAH患者にセレキシパグの増量を行う際,増悪する頭痛に対しロメリジンが有効であると思われた症例を経験した.その後もロメリジンの投与を継続したが,循環動態の悪化もなく安全に投与することができた.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.