2023 Volume 30 Issue 2 Pages 11-14
難治性の頭痛および顔面痛を初発として,精査で浸潤型副鼻腔真菌症と診断された.疼痛管理に極めて難渋した症例を経験したので報告する.症例は73歳,男性.2カ月前から後頭部痛,右頬部から側頭部にかけた痛みを自覚した.改善が認められず,非定型三叉神経痛および緊張型頭痛が疑われ当科へ紹介された.受診時,後頭部のしびれと痛み,右頬部から側頭部にかけて持続する疼痛を認めた.CTで浸潤型副鼻腔真菌症が判明した.耳鼻咽喉科にて手術が行われ,その後も抗真菌薬で加療されたが疼痛は持続し,オピオイドを使用するも効果は限定的だった.再度当科も介入し,NSAIDs,アセトアミノフェン,プレガバリンを主体に加療するも病勢の進行とともに効果も限定的となり,最終的にフェンタニル貼付剤を使用し,相応の疼痛緩和を得られた.副鼻腔炎の中でも蝶形骨洞病変では鼻症状は少ないものの視力障害や頭痛が生じやすく,診断の遅れにつながることが多い.早期診断が難しく抗菌薬の遅れやステロイド投与で病変増悪につながる可能性もある.長期持続する頭痛,顔面痛では定期的な画像評価が重要である.
We report a case of a 73-year-old man with intractable headache and facial pain, who was found to have an invasive sinus fungus infection on computed tomography. He underwent endoscopic intranasal surgery and was subsequently treated with antifungal drugs, but he had constant severe headaches. We treated him mainly with NSAIDs, acetaminophen, and pregabalin, but the effect became limited as the disease progressed. Finally, fentanyl patch was used to relieve the pain. Among sinusitis, sphenoidal sinus lesions tend to cause visual disturbance and headache with few nasal symptoms, which often leads to delay in diagnosis. Early diagnosis is often difficult and may lead to delay in antimicrobial therapy and worsening of the lesions by steroid administration. Periodic imaging evaluation is important for long-term persistent headache and facial pain.
難治性の頭痛および顔面痛を初発症状とした浸潤型副鼻腔真菌症を経験した.原疾患治療中も疼痛コントロールに難渋したので考察を加えて報告する.
本報告にあたって患者からの同意を得ており,また,当院規定の倫理委員会で承認を得た.
患 者:73歳,男性.
既往歴:71歳時,右鼠径ヘルニア修復術.
基礎疾患:前立腺肥大症,高血圧で内服治療中.
現病歴:当科初診3カ月前より枕の圧迫による後頭部のしびれと右頬部から側頭部にかけての痛みが出現した.前医で頭部磁気共鳴画像(MRI)検査が行われたが痛みの原因となるような器質的異常は指摘されなかった.ノイロトロピン,メコバラミン,セレコキシブ,ロキソプロフェンによる対症療法が行われたが症状の改善を認めないことから当科を受診した.
初診時所見:右眼深部から側頭部にかけてチクチク,ツーンとした痛みが常時存在していたが,動作で誘発されるような痛みはなかった.また,後頭部にしびれるような痛みを伴っていた.さらに受診直後から外転障害による複視を自覚していた.
治療経過:所見から非定型顔面痛もしくは非典型的な三叉神経痛が疑われたが,複視を認めたことから器質的疾患の有無を確認するため関連する複数科へ精査を依頼したところ,頭頚部のコンピュータ断層撮影(CT)検査で,右上咽頭壁から蝶形骨洞を破壊する浸潤性病変が指摘され(図1)当院耳鼻咽喉科に入院した.その後,上咽頭生検でアスペルギルスによる膿瘍形成を伴った浸潤型副鼻腔真菌症と診断された.
初診時の頭頚部CT画像
右上咽頭壁から蝶形骨洞を破壊するように浸潤性病変がみられる(矢印).
同月,内視鏡的鼻内手術が行われ,抗真菌薬による加療が続けられたが,術後のMRIでは右翼口蓋窩から眼窩尖部にかけた腫瘤影は残存し,加療中も数値評価スケール(NRS)8~10/10の激しい痛みが続いた.耳鼻咽喉科でトラマドール・アセトアミノフェン合剤やプレガバリンを最大150 mg内服するも無効で,その後モルヒネを最大90 mg/日まで内服するも疼痛緩和が得られず傾眠傾向が持続した.発症から5カ月後,ペインコントロール目的に再度当科へ紹介された.
診察時,右頬部~前頭部・側頭部にかけて持続性の突き上げるようなじんじん,ずきずきとした痛みがあった.平均してNRS 5~8/10の痛みであり,電撃痛やアロディニアは認めなかった.痛みの日内変動はなかった.患部の冷却やロキソプロフェン頓服でわずかな疼痛軽減を認めた.また初診時にはなかった右三叉神経第1および2枝領域の感覚鈍麻を認めた.診察時に会話の途中で眠ってしまうほどの傾眠を認めた.
まず,傾眠が持続していたことからモルヒネを漸減した.主科でプレガバリンが先行投与されていたが著明な改善が認められていないこと,痛みの性状が電撃痛やしびれ感など神経障害を疑うような所見は強くないことから,感染症による炎症での痛みが主体と考え,アセトアミノフェン2,500 mg/日の定期内服に加え鎮痛薬の主体を非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)に切り替える方針とし,ナプロキセン200 mg/日を定期内服,ロキソプロフェン60 mg/回頓用内服を開始した.モルヒネを漸減後,傾眠は改善したものの痛みは依然として強いままであり,ロキソプロフェン頓用時のみ若干の改善が認められた.傾眠の改善とともに初診時に自覚していた後頭部のしびれるような痛みも出現したため後頭神経ブロックを試みるも効果は乏しかった.また,三叉神経痛の関与も考慮しプレガバリンを中止してガバペンチン400 mg/日内服,リドカイン100 mg/日点滴も試みたが痛みは改善しなかった.ガバペンチンを中止し再度プレガバリンを300 mgまで増量すると若干の軽減を認めた.
右前頭部から側頭部にかけての強い痛みは持続し,特に悪天候の日は痛みが強いことが多く,「拍動するような」痛みであったため,慢性片頭痛の関与も考慮しスマトリプタン50 mg/回頓用内服,五苓散3包/日の定期内服も試みた.一時的に痛みがNRS 3/10程度まで軽減した時期もあったが,再度NRS 9~10/10の強い痛みと夜間の断続的な不眠が続き,その頃からロキソプロフェン頓用内服の効果は乏しくなった.痛みが長期に及んでいること,主治医より非がんではあるが進行性の疾患で,終末期に値する状態であるという意見もあり,当科介入から87日目よりフェンタニル貼付剤(FP)を0.5 mg/日で開始した.副作用の有無を確認しつつ増減していき,1.25 mg投与の時点で本人から「痛みが以前と比べてよくなった」といった話が聞かれるようになった.痛みでままならなかった食事摂取量も徐々に回復しリハビリも行えるようになった.
発症から11カ月ごろより再度傾眠を認める日がしばしば出現した.FP減量を考慮するも,同時期に撮影されたMRI(図2)で右側頭葉への膿瘍形成が認められたことから,原病悪化による傾眠傾向と考えFPは同量継続とした.発症から12カ月後に療養型病院へ転院となり,当科の介入も終了した.
発症から11カ月後の頭頚部MRI画像
副鼻腔真菌症は病変が副鼻腔に限局し,周囲組織への浸潤傾向を認めない非浸潤型と,骨破壊を伴い眼窩,頭蓋底などの周囲組織へ進展し治療が困難な浸潤型に分類される1).病原菌はアスペルギルスが最多で,他にカンジダ,ムコールなどでも生じる.原発部位は非浸潤型では上顎洞が多いが,浸潤型では上顎洞,篩骨洞,蝶形骨洞での発生頻度に差はなく,前頭洞ではほとんどみられないとの報告がある2,3).
浸潤型副鼻腔真菌症はまれな疾患とされてきたが,高齢化,糖尿病,ステロイドの長期投与,抗がん剤使用など免疫低下状態の患者で報告数が増加している3).症状は非浸潤型と比較し鼻症状が少なく4),特に蝶形骨洞の病変により発生する疼痛は複雑・多彩で,頬骨側頭神経,翼口蓋神経などが刺激され,こめかみ,頬部後方などの痛みが発生する.炎症が翼口蓋神経節まで波及することで鼻根部,同側の眼窩,顔面の下半分の痛み,時に乳突部,後頭部,頚部,肩,胸部,腕まで痛みが起こることもあり5,6),これは本症例の所見とも矛盾していない.
感染症に伴う痛みの場合,原疾患の治療とNSAIDsによる抗炎症・鎮痛が基本である7).原疾患の改善により痛みも改善するが,浸潤型副鼻腔真菌症は症例自体の報告が少なく,治療が奏功しなかった場合の痛みの治療に関する報告は確認できなかった.痛みの治療に難渋した理由として,本患者は元々軽度腎機能低下がありNSAIDsを増量することが難しかったこと,本来であれば原疾患の治療による病状の改善につれ痛みの改善が見込めるところだが,病勢がすでに進行した状態で発見に至ったため感染症に対する外科的治療・薬物療法で病勢のコントロールがつかなかったことが挙げられる.ロキソプロフェン頓用時のみ全期間を通して若干の痛みの改善を認めたことから痛みの原因は炎症が最も大きな要因であったが,プレガバリンの減量・中止で痛みの増悪を認めたこと,一時スマトリプタンや五苓散で痛みが改善したことは,単純に炎症だけでなく炎症の波及による神経障害性痛,血管由来の痛み,病原菌による物理的骨破壊や硬膜刺激での痛みなど,原因が多岐に及んでいたためだと考えられる.
本症例では最終的にFPを使用し一定の症状緩和が得られた.非がん性慢性疼痛ではオピオイド鎮痛薬は痛みの緩和手段として第一選択ではないが,痛みを軽減する可能性のある薬剤・治療を検討してもなお痛みで夜間の断続的な不眠が続き,予後の見通しが長くないことから最終的にオピオイド使用を選択した.FP使用時,モルヒネ投与時よりも傾眠は強くなかった.本患者では腎機能が軽度低下していたため,モルヒネ使用時は代謝産物が蓄積し副作用の傾眠が強く発現した可能性が考えられた.
副鼻腔真菌症は発症早期より高度の脳神経障害や頭痛をきたすことがあり,早急な診断・加療が必要になる.本症例でも複視の存在が確定診断に至る端緒となった.診断にはCTでの石灰化や骨破壊像,周辺臓器への浸潤所見の有無やMRIでの悪性腫瘍との鑑別や副鼻腔外への浸潤の評価が有用で,特に発症早期の診断はCTよりもMRIの感度が高いとされている3,8).しかし,浸潤型副鼻腔真菌症では鼻症状が少なく,画像で特徴的所見が認められない場合は鑑別が困難なことも多い.Callcottら9)の浸潤型副鼻腔真菌症4例の報告では,患者は眼科的所見の出現に先行して1~6カ月前から頭部片側もしくは後頭部に限局した持続的な痛みの訴えを認めていた.2例は側頭動脈炎が鑑別に挙がり,浸潤型副鼻腔真菌症と判明するまでにステロイド薬の投与が開始された.この他にもTolosa-Hunt症候群と診断され,ステロイド薬投与後,死に至った副鼻腔真菌症も報告されている10).
本症例では前医のMRIでは撮像範囲が頭蓋内を標的とした撮影断面であったため異常を指摘されていなかったが,約3カ月後の当科受診時に複視を認めたため再度CT検査を行ったことで初めて病変が指摘され,適切な治療へとつながった.今回の経験から,持続する難治性の頭痛,顔面痛に対しては,症状が続いている限り定期的に耳鼻領域の疾患の可能性も考慮した画像診断を継続する必要があると考えられた.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第55回大会(2021年7月,富山)において発表した.