2023 Volume 30 Issue 2 Pages 20-24
上肢痛を訴えるパンコースト腫瘍と診断された患者の上肢痛に対して,頚部神経根パルス高周波法を施行し長期的な鎮痛が得られた症例を経験したので報告する.症例1では肩から肩甲骨周囲の痛みを訴えており,パンコースト症候群が原因と考えられたが,その部位への直接的なインターベンションは困難と思われた.そこで肩周囲の鎮痛を得るためにC5,6神経根ブロックを行ったところ鎮痛が得られた.症例2では左上腕の痛みを訴えていた.画像上,右パンコースト腫瘍の浸潤によるC6~T2の椎体圧迫骨折を認め,それによる左神経根障害が原因と考えた.しかし痛みの部位・所見から,何らかの絞扼によるC5の神経根障害が考えられ,診断的に同部位の神経根ブロックを行ったところ鎮痛が得られた.2症例ともパルス高周波法を施行し,長期にわたる鎮痛が得られた.いずれの症例もブロック施行前はパフォーマンスステータス(PS)が悪く積極的治療の継続が困難と思われたが,鎮痛を行うことでPSが改善し治療を継続できた.画像所見にとらわれず,丁寧な身体診察,診断的な神経ブロックなどを行い,疼痛緩和法を模索することが重要である.
We report two cases of Pancoast tumor where cervical root block at a site not directly affected by the tumor was effective in pain relief, which resulted in continuation of cancer treatment. In case 1, the patient complained about pain around the right scapula. Pancoast's syndrome was thought to be the cause, but direct nerve block to the site seemed to be difficult. Therefore, we performed right C5, 6 root block which can provide pain relief around the scapula, and he got pain relief. In case 2, the patient complained about left upper limb pain. Computed tomography showed C6–T2 vertebral compression fractures due to invasion of a right Pancoast tumor, which were considered to cause his complain. However, based on physical examination, we suspected that the cause was C5 radiculopathy. We performed a C5 root block diagnostically and he got pain relief. In both cases, pulsed radiofrequency was performed, and long-term analgesia was obtained. Continuation of cancer treatment was possible due to improved performance status after root block.
パンコースト腫瘍は上肢の痛みを引き起こすことが多いことが知られているが,パンコースト腫瘍と診断されていてもその上肢痛が腫瘍の浸潤に伴う痛みであるとは限らない.今回,上肢痛を訴えるパンコースト腫瘍と診断された患者の上肢痛に対して,頚部神経根パルス高周波法を施行し長期的な鎮痛と積極的治療の継続が可能となった症例を経験したので報告する.
本報告は患者からの了承を得ている.
症例1:66歳,男性.X年8月ごろから右頚部,背部,上腕に痛みとしびれがあり,近医整形外科を受診し頚椎症の診断で保存療法を受けていた.しかし,症状は改善せずX年10月に近医内科を受診した.CTで右肺尖部から胸壁や下頚部への浸潤を認める110 mm大の腫瘍があり,パンコースト腫瘍と診断され新潟大学医歯学総合病院呼吸器内科に緊急入院した.オキシコドン30 mg/日の内服が開始され上腕の痛みは改善したが,右肩から肩甲骨周囲の疼痛が持続し,X年11月,当院麻酔科を受診した.体動時の痛みにより坐位を保てない状態が続いており,パフォーマンスステータス(PS)は3と評価されていた.初診時は右肩から肩甲骨周囲の体動時痛のほか,右の握力低下と右上腕尺側と右前腕のしびれと感覚鈍麻を認めたが,同部位の痛みの訴えはなかった(図1A).Spurlingテストは陰性であった.MRI・CTでは腫瘍は右肺尖部を主座として胸壁や下頚部まで進展し,T1~T3椎体と右第1~3肋骨への浸潤,C6/7~T2/3での椎間孔への浸潤,T1,2レベルでの右側方成分への浸潤が認められた(図1B~D).C7~T2神経根障害によると考えられるしびれと感覚鈍麻を認めたものの,痛みの部位からは腫瘍の浸潤による腕神経叢障害,骨への直接浸潤が痛みの原因と考えられた.しかし,腕神経叢への針の刺入は腫瘍の播種や出血などのリスクを伴うため困難と思われた.オキシコドンの増量も眠気のため困難であり姑息照射が施行されたが,痛みの改善を認めなかった.最も痛みの訴えが強い右肩周囲の鎮痛を得ることを目的とし,C5・6神経根ブロックを超音波ガイド下に試みた.MRI所見と超音波画像より右C5・6神経根に腫瘍浸潤はないと判断し,診断的に1%メピバカインでC5・6神経根ブロックを施行したところ鎮痛が得られた.同部位にPRF(120秒×2回)を施行したところ鎮痛を得られた.オキシコドンも20 mg/日へ減量できPSも2へ改善し,その後もがん治療を継続できた.当科の再診はなくX+1年1月永眠した.
症例1の身体所見と画像所見
A:右の握力低下と右上肢のしびれと感覚鈍麻(点状部),右肩から肩甲骨周囲の体動時痛(斜線部)を認めた.B:MRI冠状断像,C:T1/2レベルのMRI画像,D:T1/2レベルでのCT画像.
症例2:66歳,男性.Y年4月右肩から背部にかけて痛みが出現し,鍼治療などを受けていたが改善しなかった.Y年7月の人間ドックで肺腫瘍を指摘され,Y年8月近医を受診した.コンピュータ断層撮影(computed tomography:CT)で右肺尖に直径40 mm大の腫瘤および腕神経叢と右腕頭動脈への浸潤を認め,パンコースト腫瘍と診断された.直ちにオピオイド内服を開始,姑息照射,局所麻酔薬を用いた右腕神経叢ブロック(斜角筋間アプローチ法)を施行したところ,右上肢の感覚鈍麻が残存したものの痛みは軽快した.しかしY年9月,対側の左上腕に鈍痛が出現したため,磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging:MRI)検査を行ったところ,C6~T2の骨転移とT1~2の圧迫骨折を認められた.Y年9月,新潟大学医歯学総合病院呼吸器内科に転院し化学療法が開始された.上体を起こすと左上腕外側の痛みが増強し,臥床を余儀なくされていた.PSは3と評価され化学療法の継続が危ぶまれ,痛み治療目的に当院麻酔科を受診した.初診時,左上腕尺側の安静時痛と左上腕外側の運動時痛を認めた.左上肢には感覚障害は認めなかった(図2A).Jacksonテストは陰性であったが,Spurlingテストで左上腕外側に痛みが誘発された.頚部椎間関節に圧痛はなかった.MRIでは腫瘍浸潤によるC6~T2椎体の圧迫骨折を認め(図2B~D),左方への若干の側弯を伴い(図2C),腫瘍対側の神経根障害が生じる可能性もあると考え,超音波ガイド下に1%メピバカインで左C6,C7神経根ブロックを行ったが効果はなかった.あらためて上腕外側部痛であることに注目し,左C5に神経根ブロックを行ったところ痛みの改善を認めた.同部位にパルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF,180秒×2回)を施行したところ痛みが軽減し,患者の満足が得られ再依頼されることもなかった.痛みがコントロールされたことでPSは2へ改善し,その後も化学療法を継続しY+3年永眠した.
症例2の身体所見と画像所見
A:右上肢の感覚鈍麻(点状部),左上腕尺側の安静時痛と左上腕外側の運動時痛(斜線部)を認めた.B:T2レベルでのCT画像,C:MRI冠状断像,D:CT矢状断像.
パンコースト腫瘍は肺尖部に発生して胸壁に浸潤する腫瘍を総称するもので,腕神経叢や骨に浸潤すると肩や上肢,肩甲骨などに痛みなどのパンコースト症候群を生じる1).
症例1は典型的なパンコースト症候群であり,右肩から肩甲骨周囲の痛みは腫瘍の浸潤による腕神経障害,直接浸潤による骨成分の痛みと考えた.神経根障害を持つ患者では圧迫のない近傍レベルでも感覚閾値が有意に上昇していることが知られており2),腫瘍浸潤で生じ得るC7~T2神経根障害の影響により,C5・6神経根由来の痛みを生じていた可能性も否定はできない.C5・6神経根ブロックは肩周囲の知覚を低下させることができるため,今回の鎮痛に寄与したと考えられる.また神経根ブロックは隣接する神経根に効果が得られる場合があることも知られており3),C7神経根症状が改善され鎮痛に寄与した可能性もある.
一方,症例2はパンコースト症候群の痛みではなく,画像所見では腫瘍の浸潤などの明らかな異常所見を認めなかったことから変形性脊椎症による痛みと考えた.痛みの部位・診察所見・診断的ブロックから,痛みの原因部位が腫瘍対側のC5にあることを特定し治療に結びつけることができた.本症例で陽性であったSpurlingテストの特異度は93%と高く4),C5レベルに何らかの絞扼性病変があることが考えられた.本症例の画像所見ではC6からT2の椎体の圧迫骨折を認めたものの,C5の神経根障害は画像所見では明らかではなかった.しかし,頚部神経根障害では罹患神経根を決定できる画像診断上のゴールドスタンダードはないため5),明らかな画像所見がなくても神経根障害を否定できるものではない.
パンコースト症候群は頚椎症や肩関節周囲炎と誤診されやすく,初期診断での見逃しが報告されており6–10),頚椎病変があってもパンコースト腫瘍が存在する可能性があると指摘されている.症例2はそれらの報告とは逆にパンコースト腫瘍と診断されていても,腫瘍と関連のない病変を考える必要があることを示している.
化学療法を含めた積極的治療の継続にあたってはPSが一つの指標となり,PS 3~4では中断されることが多い11).痛みのせいで動けないと本来の全身状態よりも低いPSとなってしまい積極的治療が中断されてしまうことがあるため,痛みのコントロールは非常に重要である.今回の2症例は実際にはさまざまな痛みが混在していたと思われるが,症状の一部の改善でもPSの改善に有効であることを示している.また,神経根ブロックが長期効果を認めたのは,放射線療法や化学療法による腫瘍縮小効果も寄与していたと考えられる.
頚部神経根ブロックが疼痛緩和に奏功し積極的治療が継続できたパンコースト腫瘍の2症例を報告した.画像所見のみにとらわれず,身体所見や診断的ブロックの所見によりあらゆる可能性を考え疼痛緩和法を模索することが重要である.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.