2023 Volume 30 Issue 3 Pages 56-58
腋窩神経ブロックの方法は従来3種類報告されていたが1–3),確実に腋窩神経の本幹をブロックできるかは不明である.本研究では臼井が新たに提唱した4),側臥位かつ上腕骨屈曲内旋位で行う,中枢側まで効果を期待できる超音波ガイド下腋窩神経ブロックの検証を目的に,(1)Thiel法固定遺体で腋窩神経の中枢側をブロックできる肢位を確認し,(2)その肢位で注入した薬液の広がりを検討した.
本報告は,東北大学大学院医学系研究科倫理委員会(承認番号2021–1–1057)および獨協医科大学倫理委員会(承認番号ST–2901)で承認を得た.
Thiel法固定遺体(6体)を左側臥位とし,右肩を肩甲骨背部から上腕骨外側まで解剖した.右上肢を体幹に沿わせた上腕骨下垂位および右上腕骨90度屈曲・内旋位で腋窩神経と上腕三頭筋長頭との位置関係の変化を記録した.
2. 屈曲・内旋位での腋窩神経ブロックによる色素の広がりThiel法固定遺体(5体)を左側臥位とし,実験者は遺体の腹側に立ち,超音波装置(SonoSite Edge II,富士フイルムメディカル株式会社,東京)を遺体の背側に位置した.右上腕骨を屈曲・内旋位とし,リニアプローブを上腕骨と平行とし上腕骨頭を描出した後,尾側に上腕骨頭が描出されなくなるまで平行移動させ,小円筋・大円筋・上腕三頭筋長頭を描出した(図1).23Gカテラン針を平行法で遠位より穿刺し,上腕三頭筋長頭を貫いた部位でアクリル色素(Liquitex,International Art Materials Trade Association,アメリカ合衆国)を5 ml注入した.肉眼解剖により色素の広がりを記録した.
本法の穿刺法
左側臥位での穿刺(A).破線部にプローブを置き上腕骨頭を描出後,尾側に平行移動し,小円筋・大円筋・上腕三頭筋長頭を描出する(B).破線は注入時の針の位置.腋窩神経は描出されない.
LTB:上腕三頭筋長頭,TMi:小円筋,De:三角筋,TMa:大円筋,Sca:肩甲骨.
上腕骨下垂位では(図2A),すべての遺体で上腕三頭筋長頭と腋窩神経はねじれの位置の関係で両者間には疎性結合組織のみ存在し,最短距離は約1.5 cmであり,小円筋への腋窩神経の分岐を表面から観察できなかった.屈曲・内旋位では(図2B),腋窩神経の中枢側が上腕三頭筋長頭の深層から引き出され近接した.
肢位による腋窩神経と上腕三頭筋長頭の位置関係変化(A,B)および色素注入後の腋窩神経染色部位(C~E)
A:右上肢を体幹に沿わせた下垂位では,肩甲四角腔(QLS:淡黄色)において腋窩神経と上腕三頭筋長頭の最短距離は約1.5 cm離れていた.B:屈曲・内旋位では,腋窩神経の中枢側が上腕三頭筋長頭の深層から引き出され近接した.
三角筋周囲の腋窩神経筋枝は染色されていないが(C),肩甲四角腔から上腕三頭筋長頭の深側(D),さらに後神経束から分岐した直後まで(E),腋窩神経が染色された.破線は染色部位.
屈曲・内旋位で上腕三頭筋長頭の深層に色素注入を行ったところ,肩甲四角腔(quadrilateral space:QLS)から中枢側の後神経束近傍まで腋窩神経が染色された(図2C~E).
腋窩神経はC5およびC6神経根から起こり,後神経束で橈骨神経と分岐し,肩甲下筋の腹側を走行して前枝と後枝に分岐する.前枝は三角筋前部・中部線維,肩峰下滑液包,上腕二頭筋長頭を支配し,後枝は三角筋後部線維,小円筋,上腕三頭筋長頭,後方・下方の関節包,上外側上腕皮神経を支配する.腋窩神経ブロックの報告でRotheら1)の三角筋深層に注入する手技は,容易であるが三角筋のみへの効果にとどまる.Chenら2)のQLSで行う方法も三角筋への効果は期待できるが,小円筋や肩甲上腕関節後部への効果は不明である.Changら3)の肩関節を外転・外旋した肢位で腋窩に行う方法は,後方タイトネスをきたしている患者では肢位の保持が難しい.
今回,臼井の方法では5 mlの色素投与で後神経束から分岐した直後の腋窩神経がQLS周囲まで染色されていた.側臥位で上肢を自然屈曲させることで,無理なく腋窩神経が末梢側に引き出され,安全にブロックしやすくなった.本法では上腕三頭筋長頭が腋窩神経と近接するため,超音波画像で穿刺の指標としやすい利点もある.
三角筋後部線維と小円筋は肩関節の伸展に作用するため,これらの拘縮は肩関節の屈曲制限を生じる.支配神経である腋窩神経を選択的にブロックできれば,屈曲制限の解除と肩峰下滑液包の鎮痛を得ながら運動療法と理学療法が行いやすくなる.
本研究の限界として,第1に腕神経叢は解剖学的破格が25%と多く5),腋窩神経がない亜型もあるので,すべての対象で十分な範囲をブロックできるとは限らないこと,第2に本研究は他の方法との比較研究ではないこと,第3に投与した色素の広がりが,生体での局所麻酔薬の広がりと同様という裏付けはないことがある.今後は臨床で,肩関節の屈曲制限に対する治療効果の検討が必要である.
本報告の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.
本研究にあたり貴重な資料をご提供いただいた,東北大学大学院医学系研究科器官解剖学分野教授大和田祐二先生に謝意を表する.