2023 Volume 30 Issue 3 Pages 47-51
腰部硬膜外腔癒着剥離術は脊椎手術後疼痛症候群などの慢性腰下肢痛で有用性が認められているが,急性期の神経根障害による下肢痛での報告はない.今回,硬膜外腔の癒着による急性腰部神経根症に対し腰部硬膜外腔癒着剥離術を施行し,痛みの軽減がみられた症例を経験したので報告する.症例は50歳台女性,受診3日前に発症した腰痛と右下肢痛で,手術歴はなかった.MRI画像では軽度椎間板突出のみで責任病変の特定が難しかった.神経ブロックを行ったが効果が一時的であった.仙骨硬膜外造影で硬膜外腔の癒着がみられ,神経根症の原因と考えられた.癒着剥離術を施行したところ,術後より症状の改善が得られた.急性期の腰下肢痛であっても硬膜外腔の癒着による痛みの可能性が示唆された.
Epidural lysis of adhesions has been shown to be useful in the treatment of chronic low back pain, such as post-laminectomy syndrome. There have been no reports on the treatment of acute low back pain and radiculopathy. In this report, we describe a case of acute radiculopathy caused by epidural adhesions, wherein epidural lysis of adhesions was performed and the pain was alleviated. A 50-year-old woman presented with lower back and right leg pain that began 3 days before the visit. She had no history of any surgery. MRI revealed only lumbar intervertebral disc degeneration. Pulsed radiofrequency was performed for the S1 root nerve, but the effect was temporary. An epidurogram showed adhesion of the epidural space, which was thought to be the cause of nerve root involvement. Epidural lysis of the adhesions was performed, and the patient's symptoms improved after surgery. It is suggested that even acute lower back pain may be due to epidural space adhesion.
腰部硬膜外腔癒着剥離術は脊椎手術後に続発する神経根症の治療を目的として開発され,適応が拡大されてきた.難治性の慢性腰下肢痛に対してしばしば行われているが,急性腰痛の場合は,硬膜外腔の癒着が原因と診断されることはまれである.今回,急性期の下肢痛に対して腰部硬膜外腔癒着剥離術を行い,症状の改善が得られたため報告する.
患 者:50歳台,女性.161 cm,56 kg.
現病歴:元来,軽度の腰痛を自覚することはしばしばあった.受診3日前にガーデニングを契機に腰痛が増悪し,さらに右下肢にも強い痛みが出現し歩行困難になったため,当院を受診した.
既往歴:高血圧,脊髄関連の手術歴はなし.
初診時現症:両側腰痛と右臀部から大腿外側後面,下腿外側にかけて痛みがあり,numerical rating scale(NRS)は10/10であった.下肢伸展挙上試験は右60°で陽性,下肢深部腱反射は正常,発疹や筋力低下や感覚障害,膀胱直腸障害はなかった.血液検査で異常所見はなかった.
経 過:腰部硬膜外ブロックを行い腰痛は改善したが,右臀部と下腿外側の痛みが残存し歩行困難のため,翌日入院となった.
X線所見ではBertolotti症候群などはみられなかった.MRI所見ではL5/S1椎間板が変性し,右椎間孔近傍を主体としてわずかに突出していた(図1).
MRI画像
A:T2画像,B:T1矢状断面(右椎間孔部の硬膜外脂肪組織の狭窄はない).
入院後経過:まずL5/S1椎間板造影検査を施行したが,再現痛は得られなかった.L5/S1高位で外側陥凹の狭小化があったため,局所麻酔薬およびステロイド薬を用いた右S1神経根パルス高周波法を行い,通常の痛みの部分と放散部位が一致し一時的にNRS 8/10から5/10に軽減したものの,翌日には強い右臀部痛が再燃し歩行困難であった.椎間板の関与はないと判断し,歩行で痛みが軽減しないことや殿部から梨状筋部の圧排でも放散痛がみられないことから梨状筋症候群は否定的であった.体動時の発作痛がなく安静臥床時にも痛みがみられることから椎間関節痛は否定的であった.また透視下仙腸関節ブロックでも効果はなかった.右側L5/S1を先端とした硬膜外カテーテルを留置し理学療法を導入したところ,NRS 1/10に改善した.2週間持続硬膜外ブロックで疼痛管理を行った後,右L5およびS1神経根パルス高周波療法を施行するが,依然強い痛みが残存していた.硬膜外腔の癒着を疑い,仙骨硬膜外造影を行ったところL5/S1椎間板高位で造影剤が途絶し,S2仙骨孔から造影剤が漏出した.L5椎体高位に置いた硬膜外カテーテルから造影剤を投与すると途絶した部分から頭側に広がった(図2).右S1神経根はわずかに描出されたが,右L5神経根は描出されなかった.硬膜外腔の癒着の可能性が示唆されたため,スプリングガイドカテーテルによる腰部硬膜外腔癒着剥離術を計画した.
仙骨硬膜外造影
仙骨裂孔からの造影剤注入でL5/S1椎間板高位の頭側への造影像の途絶がみられた.その後留置していた硬膜外カテーテルの造影で頭側への広がりがみられた(写真は硬膜外カテーテルからの注入後の造影像である).
仙骨裂孔から硬膜外腔にアプローチし,造影剤の途絶がみられたL5/S1椎間板高位で生理食塩水注入およびカテーテルによる物理的剥離を行った.さらに右L5およびS1椎間孔付近で剥離を行った(図3).最後に右L5/S1椎間板高位でデキサメタゾン1.65 mgと0.25%ロピバカイン10 ml投与後,10%高張食塩水10 mlを30分かけて投与した.
術中の造影像
右L5およびS1椎間孔付近にカテーテルを進め生理食塩水で洗浄剥離を行った.
術翌日に仙骨硬膜外造影を行い,L5/S1椎間板高位の造影剤の途絶が解除されたことを確認した(図4).右下肢痛も軽快したため歩行可能となり,術後4日目に退院となった.3カ月後のフォローアップでは,患者は右大腿外側に軽い痛み(NRS 1/10)を報告しただけであった.
術後の仙骨硬膜外造影
L5/S1椎間板高位での途絶像は消失し頭側まで造影剤が広がった.
スプリングガイドカテーテルを用いた癒着剥離術により,神経根障害による下肢痛を軽減しADLを改善させることに成功した症例を経験した.Raczらは脊椎手術後疼痛症候群,椎間板ヘルニア,腰部脊柱管狭窄症などによる硬膜外腔の癒着が原因の痛みに癒着剥離術を奨励している.硬膜外腔の線維化は組織の外傷によって引き起こされる局所炎症反応に続発する瘢痕形成と定義され,原因因子を評価した研究の多くは外科的危険因子に着目している1).2003年Pain Physicianに掲載された慢性疼痛に対するインターベンショナル治療指針2)では硬膜外腔の線維化の原因に手術や椎間板線維輪の亀裂,感染症,血腫,髄腔内への造影剤注入など多くの可能性があるとし,線維化の過程で神経根が巻き込まれることで痛みを生じるとされている.Hoylandらは160体の解剖を行い,腰部椎間孔の静脈叢のうっ滞や閉塞が神経根周囲の血管変性をきたし線維化につながると報告した3).また硬膜外外側部では神経根管の入口部となる上関節突起の外側陥凹部が狭窄されやすいとされている4).Bergerらは,初回手術の600人の患者群において,硬膜周囲線維症が術前に0.67%,術後に11%と診断されたとし,必ずしも外科的手術が要因とはならないことを示している5).
一般的に腰部硬膜外腔の癒着は慢性腰痛などの長い経過を伴うものが多い.しかし本症例のように脊髄関連の手術歴はなく,当院受診以前にペインクリニック通院歴もない急性の下肢痛で,硬膜外腔の癒着が関与している可能性がある.画像上は5腰椎でありfar-out症候群やBertolotti症候群を示唆するような狭窄部位や右L5椎間孔周囲の脂肪像消失も認めず,あくまでも硬膜外腔での狭窄の可能性が高いと考えられたが,歩行困難になるほどの強い痛みの原因と考えられるような硬膜外腔の癒着を事前に評価することはできなかった.仙骨硬膜外造影で造影剤による描出が欠損している神経支配領域と症状のデルマトームが一致している場合は,責任病変を特定するために有用な判断材料となりうる6).今回硬膜外カテーテル留置時に強い誘発痛があったことや,仙骨硬膜外造影を実施し,硬膜外腔の充影欠損があったことで,硬膜外腔の癒着の可能性が示唆された.以前から腰痛のエピソードがあり,腰痛を繰り返すことで硬膜外腔の癒着が徐々に形成されていたのかもしれない.さらに急性増悪で炎症が加わることで硬膜外腔癒着による痛みが生じた可能性がある.急性腰痛の場合にも硬膜外腔の癒着が関与する痛みを考慮する必要がある.
手術歴のない急性期の下肢痛に対して,仙骨硬膜外造影を行うことで癒着性神経根症の可能性が示唆され,腰部硬膜外腔癒着剥離術が奏功した症例を経験した.
本報告の要旨は,日本ペインクリニック学会 第2回東北支部学術集会(2022年2月,Web開催)において発表した.