2023 Volume 30 Issue 3 Pages 52-55
集中治療では気管挿管を必要としない低侵襲の酸素療法や長期予後を見据えた早期リハビリテーションを取り入れ始めている.しかし,鎮静やオピオイド静注による鎮痛が多く行われてきたことから,体位療法やリハビリテーションの妨げとなる覚醒下の筋・骨格疼痛に対する鎮痛法の知識や経験が少ない.今回,それらにペインクリニックの関与が有効であった症例を集中治療の立場から紹介する.重度低心機能COVID-19重症肺炎の51歳男性に対し非侵襲的陽圧換気を施行した.腹臥位以外で酸素化維持が困難であったが首や肩,腰の苦痛が強く腹臥位の継続が困難となった.肝腎機能障害も合併しており鎮痛薬の使用が困難でペインクリニックに併診を依頼した.非ステロイド性抗炎症薬湿布が苦痛に著効し,腹臥位とリハビリテーションの継続が可能で,酸素化の改善がみられ気管挿管を回避することができた.集中治療とペインクリニックのチーム医療の重要性が示された症例であった.
Case: A 51-year-old man with severe heart hypofunction and COVID-19 severe pneumonia was treated with noninvasive positive pressure ventilation. He was difficult to maintain oxygenation except in the prone position, but he had severe neck, shoulder, and lumbar pain. He also had hepatic and renal dysfunction, which made it difficult to use analgesics, and he was referred to a pain clinic. A non-steroidal anti-inflammatory drug poultice, was suggested, and it was very effective for his pain. The patient was able to remain in the prone position and was active in rehabilitation, and oxygenation was improved, thus avoiding endotracheal intubation. This case demonstrates the importance of teamwork between intensive care and pain clinic.
集中治療では急性期医療の成熟と患者の高齢化を背景に,低侵襲な呼吸療法や退室後の長期予後を見据えた早期リハビリテーションを積極的に取り入れ始めている.しかし集中治療領域では,鎮静を伴う鎮痛やオピオイド静注による鎮痛が多く行われてきたことから,体位療法やリハビリテーションの妨げとなる覚醒下の筋・骨格疼痛に対する鎮痛法の知識や経験が少ない.今回,重度低心機能COVID-19重症肺炎患者に対する腹臥位療法による苦痛をペインクリニックとの併診により改善し,気管挿管やveno-venous extracorporeal membrane oxygenation(VV-ECMO)を回避できた症例を集中治療の立場から報告する.
本症例報告にあたり,患者から書面によるインフォームド・コンセントを得た.
51歳,男性.175 cm,77 kg.
既往歴:40歳全身性エリテマトーデス,41歳脳梗塞により右不全麻痺と運動性優位の失語,42歳心筋梗塞に対し経皮的冠動脈インターベンション,42歳心室瘤,42歳心室頻拍に対し両室ペーシング機能付き植え込み型除細動器植え込み,51歳慢性腎不全があった.
生活歴:喫煙歴20本×30年があった.
COVID-19肺炎第4病日に呼吸苦が出現したため入院した.入院時空気吸入下SpO2 87%,呼吸回数38回/分,体温39.2度,血圧111/82 mmHg,脈拍70回/分であった.入院時検査所見は胸部X線写真で両中下肺野にスリガラス影,CTで右肺下葉優位に両肺に斑状の濃度上昇が多発,心電図心拍数70回/分ペースメーカー調律であった.WBC 9,600/mm3,PT-INR 3.96,APTT 77秒,Cr 1.21 mg/dl,CRP 32.64 mg/dl,BNP 316 pg/ml,プロカルシトニン1.96 ng/mlと炎症反応上昇と凝固能低下,腎機能低下,心不全が示された.内服薬にプレドニゾロン,ミノサイクリン,ヒドロキシクロロキン,アトルバスタチンカルシウム,テルミサルタン,エスゾピクロン,アレンドロン酸ナトリウム,ミコフェノール酸モフェチル,ワルファリン,アミオダロン,ソタロール,ビソプロロールフマル,サクビトリルバルサルタンナトリウム,ゾピクロンがあった.腰痛にロキソプロフェンナトリウム水和物貼付剤1日1枚を使用していたが入院後中止した.
感染症病棟に入院し経鼻カヌラで酸素投与を行いSpO2 98%,レムデシビル,トシリズマブ,デキサメタゾン,メロペネムで治療を開始した.
入院5日目に酸素マスク15 L/分でSpO2 88%となり,呼吸管理のためintensive care unit(ICU)に入室した.CTで両肺に多発する斑状の濃度上昇域は融合拡大し両肺下葉背側に浸潤影を認めた.気管挿管が検討されたが,多臓器合併症を有することから侵襲的治療は避ける選択をした.肺背側病変が強かったため,腹臥位で加湿高流量経鼻カヌラ療法high-flow humidified nasal cannula therapy(HFNC)を開始し,酸素化が保てないようであれば気管挿管,その後も悪化するようであればVV-ECMOを選択する方針とした.治療経過を図1に示す.HFNC FiO2 0.6,流量60 L/分でpH 7.447 PaCO2 26.9 mmHg PaO2 72.4 mmHg PaO2/FiO2比(P/F比)120であり腹臥位でのHFNCを継続した.平均血圧70 mmHgを維持するためにノルアドレナリン持続投与を必要とした.ICU入室2日目にはP/F比101と低下が認められ,非侵襲的陽圧換気療法noninvasive positive pressure ventilation(NPPV)をFiO2 0.6 PEEP 10 mmHgで開始した.腹臥位ではP/F比200程度得られたがそれ以外の体位ではP/F比100程度であった.心エコーで壁運動低下がみられEF 16%でありドブタミン持続投与も開始した.ベッド上座位,端座位,立位,車椅子,足踏みを段階的に進めるリハビリテーションも開始した.しかし腹臥位の開始から首,肩,腰の疼痛が強く鎮痛と鎮静目的にデクスメデトミジン静注を開始したが軽減せず,患者はリハビリテーションにも消極的だった.ICU入室3日目には疼痛から腹臥位を拒否されたが,低心機能でありカテコラミンを高用量使用中であることから血圧低下の懸念される非ステロイド性抗炎症薬non-steroidal anti-inflammatory drugs(NSAIDs)やアセトアミノフェン,腸管麻痺の可能性のあるフェンタニル持続静注は選択しづらかった.そこでペインクリニックに相談し,腰痛に使用していたロキソプロフェンナトリウム水和物貼付剤100 mgの貼付を1日1回2枚開始したところ腹臥位と1日2回のリハビリテーションの継続が可能となった.ICU入室7日目には平均血圧70 mmHgを維持できるようになったためノルアドレナリンを中止した.これを機にアセトアミノフェン1,000 mg静注を開始したが,レムデシビル,トシリズマブ,メロペネムによる薬剤性肝機能障害の疑いがあり,それ以上の肝機能障害を回避するためアセトアミノフェンは中止した.ICU入室8日目にはロキソプロフェンナトリウム水和物貼付剤100 mg使用量が1日1回5枚と増加し血中濃度上昇も懸念されたため,再度ペインクリニックに相談し,サリチル酸メチル等配合パップ剤に変更したが本人評価の鎮痛効果は変わらなかった.ICU入室13日目にはP/F比250まで酸素化の改善がみられHFNCに変更した.ICU入室17日目に酸素マスク5 L/分で腹臥位でなくともPaO2 60~85 mmHgを維持できるようになりICUを退室した.
集中治療室における治療経過
ICU:intensive care unit,Aceta:acetaminophen,HFNC:high-flow nasal cannulae,NPPV:noninvasive positive pressure ventilation,NA:noradrenaline,DOB:dobutamine.
集中治療では覚醒下で行える低侵襲酸素療法が広く使われ始めている.HFNCは急性I型呼吸不全1),NPPVは慢性閉塞性肺疾患急性増悪や心原性肺水腫,免疫不全患者に有用性が認められており2),以前であれば気管挿管管理が必要であった症例にも適応されている.鎮静が不要で会話や食事,自身でのリハビリテーションが可能といった利点がある.また集中治療における早期リハビリテーションの有用性は十分知られている3).
集中治療領域では,気管挿管管理や循環管理の優先,カテーテル類の保護,絶食の必要性から鎮静を伴う鎮痛やオピオイドの静脈内投与による鎮痛を行うことが多いが,それらは覚醒下の体位療法やリハビリテーションの妨げとなる高齢者に多くみられる筋・骨格疼痛の疼痛管理には適さない.しかし集中治療においてそれ以外の鎮痛法の知識や経験は少ない.
本症例では気管挿管管理を回避するため腹臥位による体位療法とリハビリテーションの継続が必要であったが,首,肩,腰の痛みにより継続が困難となった.フェンタニル持続静注は腸管機能を抑制しNPPVや腹臥位中の誤嚥のリスクがあり,NSAIDsは腎機能,心不全悪化のリスクがあり選択しなかった.アセトアミノフェンは薬剤による薬剤性肝障害を疑っており中止した.これらの鎮痛剤の問題点は多くの集中治療患者に当てはまる.ペインクリニックによるロキソプロフェンナトリウム水和物貼付剤の提案は,①局所的疼痛に対してNSAIDSを少ない副作用で投与可能,②冷感といった副次的な快適性,③隔離状態,個人用防護具装着スタッフという環境からくる心因性の苦痛に対しても貼ってもらっているという安心感,という利点があったと考える.ロキソプロフェンナトリウム水和物貼付剤は1日2枚5日間貼付すると5日目のトランス体の血中濃度−時間曲線下面積が470 ng/h/ml,同60 mg経口製剤では2,020±50 ng/h/mlと報告4)されており,1日5枚では経口製剤のおよそ半分の血中濃度に匹敵する.副作用が懸念されたためサリチル酸メチル等配合パップ剤に変更したが,鎮痛効果が持続したことは,パップ剤の冷感の快適性や医療者の手が触れることによる安心感も影響したのかもしれない.
ペインクリニックは,痛みの診断と治療を専門とし病気による器質的異常や機能低下だけでなく,身体的・精神的・社会的要因から生活の質を低下させる苦痛全般を和らげる医療とされる5).本症例は集中治療においてペインクリニックの併診により湿布という他臓器合併症に適応した鎮痛法を選択し,隔離治療という精神的,社会的苦痛をも和らげた可能性のある症例と考える.今後,オピオイド静注に頼らない湿布などの疼痛管理をペインクリニックと協力し集中治療に取り入れていく可能性を示す症例となった.
低心機能COVID-19重症肺炎患者にペインクリニックとのチーム医療による鎮痛を行うことにより,腹臥位療法とリハビリテーションを継続し酸素化を改善させ気管挿管を回避可能であった.
本報告の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.