Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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A treatment case with counter-side stellate ganglion block for a unilateral cervical sympathetic trunk injury caused by a traffic accident
Takahito SHIMIZUSyunichi HITOMIHiroki HANAWAYoshiyuki TAKAHASHIShigeki YAMAGUCHIShinsuke HAMAGUCHI
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2023 Volume 30 Issue 4 Pages 84-87

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Abstract

片側の頚部交感神経幹損傷が疑われた外傷性頚部症候群の治療を経験した.症例は49歳の男性で,交通事故時に打撲した左側の顔面痛,顔面火照り,鼻閉と左頚部痛,上肢痛を主訴に受診した.脳神経科では複合性局所疼痛症候群I型とされたが,交感神経活動と関連した症状を評価した結果,われわれは外傷性の左交感神経麻痺を伴う頚椎椎間関節症と診断した.左交感神経遮断効果を減弱する目的で,右側の星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)を施行したところ,右SGB後に左顔面の火照りや鼻閉は軽減し,サーモグラフで右頚胸部の皮膚温上昇と左頭頚部の皮膚温低下の所見がみられた.以後,右SGBの反復によって左顔面の火照りは軽減し,頚部痛は椎間関節ブロックで軽減した.本症例で,健側のSGBによって患側の頭頚部交感神経遮断の症状が緩和した機序としては,胸部交感神経幹の交通枝を介した反対側の交感神経活動の賦活化などが関与していると考察した.

Translated Abstract

A 49-year-old man presented with left facial hot flush and burning sensation with left neck and upper extremity pain after hitting on his face in the traffic accident. We diagnosed cervical facet joint damage with left traumatic cervical sympathetic trunk injury, because of assessment of his symptoms related to sympathetic nervous disorder. His symptoms were alleviated with right stellate ganglion block (SGB) to reduce the left cervical sympathetic blockade condition such as left facial hot flash and rhino stenosis. Moreover, his facial thermo-graphical image after SGB showed an increase in skin temperature of right neck and a decrease in left cheek. His symptoms were alleviated by repeating the right SGB. We considered that SGB to the healthy side alleviated the symptoms of cervical sympathetic nerve blockade on the affected side, such as stimulation of the sympathetic activity via the transverse branch of the thoracic sympathetic nerve trunk or the sympathetic borrowing-lending phenomenon.

I はじめに

交通事故で片側性の頚部交感神経幹損傷が発症したと考えられた外傷性頚部症候群の1例を経験したので報告する.

本報告は患者からの承諾を得ている.

II 症例

49歳男性.身長171 cm,体重78 kg.

職 業:教員.

主 訴:左顔面痛,左顔面の火照り,頚部痛,左上肢痛.

既往歴:特記事項はない.

家族歴:患者の家庭環境や生活歴に特記すべき事項はない.

現病歴:車対車の交通事故の際に,左顔面をハンドルに,左半身をドアに強打し,受傷翌日から左眼瞼下垂,左聴力低下,頭頚部痛が出現した.受傷2日後には左顔面の火照り,右側の眼瞼下垂,両鼻閉,嗅覚障害や味覚低下も出現し,近医で薬物療法がなされたが,症状が改善しないために当院脳神経科を紹介された.脳神経科での精査では,交感神経異常が関与した外傷後多発神経障害とされたが,確定診断には至らず,複合性局所疼痛症候群の可能性が高いとして,交通事故の10カ月後に神経ブロックを目的に当科を紹介された.

現 症:脳神経科での頭部の所見として,左側優位の開眼障害と正面視時の複視があり,瞳孔径は2.5 mm/2.5 mmと縮瞳傾向にあるものの,左右不同はなかった.身体所見としては左半身の発汗減少,左上肢の触覚鈍麻,左上下肢の反射亢進を認め,神経伝導速度検査では,上下肢ともに運動神経伝導速度と知覚神経伝導速度が正常であった.頭頚部の画像検査では,明らかな異常所見はみられなかった.脳神経科では,左側の聴力低下,嗅覚障害,味覚障害の原因は,脳神経科で診断不能とのことであった.当科では,左側優位の眼瞼下垂,発汗減少,鼻閉,左前額部の皮溝消失を所見として認め,サーモグラフィー(図1)において,左側の前額部と眼窩周囲,鼻翼部の皮膚温が右側に比して高温域を示す所見を認めた.ただし,室内温度を一定にはできていない環境下での測定であり,皮膚温は34.4℃と低く表示されたが,明らかな左右差は確認できていた.また,左僧帽筋辺縁に強い圧痛がみられたが,頭部の可動域制限や誘発試験の陽性所見はなく,画像検査で明らかな脊髄幹圧迫などの所見もみられなかった.以上の所見に基づいて,われわれは外傷性左交感神経麻痺を伴う頚椎椎間関節症と診断した.

図1

本症例の当科初診時のサーモグラフィー所見

本症例のサーモグラフィーでは,前額部と眼窩周囲,鼻翼部で左側(患側)の皮膚温が右側に比して高い傾向にあることが認められた.

治療経過:左側頭頚部の交感神経麻痺の症状を緩和する目的で,右側の星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)を1%メピバカイン6 mlにて施行した.その結果,右SGB後には左顔面の火照りや鼻閉が軽減し,室内温度を一定にして,定常時間に達してから測定した顔面のサーモグラフ(図2)において,右側の頚部皮膚温の上昇と,左の額部と頬部の皮膚温の低下がみられた.その後,計4回の右SGBで左顔面火照りが軽減したため,右T3交感神経節高周波熱凝固(前方法,80℃×90秒)を施行したが,本ブロックでは左顔面火照り感は軽減しなかった.また,左頚部痛と上肢痛を緩和する目的に患者は左SGBを希望したため,顔面の火照りの増悪が生じ得ることを説明した後に左SGBを施行した結果,左顔面の火照りは増悪した.以後,右SGBを1~2回/週の間隔で反復施行することで,4カ月後の左顔面火照りはVASで82から40まで軽減している.また,僧帽筋辺縁に圧痛がみられることから,左C4/5,5/6,6/7の椎間関節ブロックを実施した結果,頚部痛はVASで87から50まで軽減した.そのため,障害椎間関節のレベルに応じた後枝内側枝熱凝固の実施を検討している.

図2

本症例に対する右星状神経節ブロック後のサーモグラフィー所見

星状神経節ブロックを施行した右側の頚部皮膚温の上昇と,左の額部と頬部の皮膚温の低下がみられる.

III 考察

本症例は片側の頚部交感神経幹損傷を伴う外傷性頚部症候群と診断され,反対側のSGBを施行した結果,顔面の火照りが軽減した.

一般的に,C8~T2の交感神経の圧迫や損傷によってホルネル徴候を呈することが知られている1).原因としては脳幹虚血,脊髄空洞症,脳腫瘍,肺尖部腫瘍,頚部損傷,頚胸部の動脈疾患などがあり,症状として縮瞳,眼瞼下垂,瞼裂狭小や発汗低下などがみられる.ただし,非穿通性外傷後のホルネル症候群の報告は少なく,1980年代にBanksら2)が報告した以降は,2000年代にAsensio-Sánchezら3)やPaivaら4)が報告しているにとどまっている.これらの報告では,明らかに交感神経幹の走行部位に及ぶ骨外傷や血種を確認できているが,本症例では明らかな交感神経幹の損傷を示す画像所見は得られていない.そのため,左側から始まった眼瞼下垂に加えて,発汗減少,鼻閉,縮瞳,左前額部の皮溝消失,サーモグラフでの前額部,鼻翼部の皮膚高温域を示す所見,左SGBを施行した際に左顔面の火照りが増悪したことなどから,本症例に左側の頚部交感神経幹損傷が存在するとわれわれは考えた.また,左側の聴力低下は外傷性頚部症候群による後下小脳動脈循環不全が関与している可能性を考えた.ただし,嗅覚障害と味覚障害の原因は,脳神経科で外傷後多発神経障害と臨床診断されたが,確定診断には至っておらず,他の神経障害が潜在している可能性は否定できていない.

北島ら5)は,SGBを施行した患者の両側鼻翼外側,眼球部,口唇外側部での温度処理を行った結果,SGB側の皮膚温上昇後に,反対側でも熱伝播による皮膚温上昇が生じたことを報告している.また,奥田ら6)は,星状神経節ブロックの動物モデルを用いた研究において,片側の交感神経遮断によって両側の頭頚部血流が増加したことを示している.これらの研究に基づき,われわれは,本症例は左交感神経幹の損傷によって左側頭頚部の血流が増加し,患側である左側から健側である右側への熱伝播と血流増加が生じたために,両側に開眼障害,顔面の火照りと鼻閉が生じたと推察した.

一方,健側である右側のSGBによって,患側である左側の頚部交感神経遮断の症状が緩和した機序について,われわれは,奥田らの別の基礎研究7)に注目した.奥田らは,星状神経節ブロックの動物モデルにおいて,交感神経活動を遮断した側の上腕動脈血流が増加した一方で,対側の上腕動脈血流量が減少したことを示した.その機序として,奥田らは左右の交感神経幹に交差支配が存在し8,9),交感神経遮断後に貸借現象10)が発生し得ると推察しており,本症例においても,同様の機序によって交感神経活動を遮断した側と反対側の血流減少が生じた可能性があるとわれわれは考えた.具体的には,図3に示す模式図のように,健側にSGBを行うことで(図3×印),健側の交感神経活動が遮断され,交感神経横枝を介して,不全損傷が存在する反対側の交感神経幹を介した神経活動が増強する(図3矢印)というものである.また,右T3レベルの交感神経節ブロックは,合併症を生じない限り,図3×印の星状神経節の神経活動を遮断することはない.したがって,本症例での治療効果が得られなかったとわれわれは推察した.

図3

本症例において右星状神経節ブロックによって左頭頚部の交感神経遮断症状が軽減した機序

星状神経節ブロックによって健側の交感神経を遮断した後に,交通枝を介した患側への交感神経活動の増強が→の経路によって生じたと考えた.

1:神経節,2:節間枝,3:交通枝,4:神経節から末梢に至る末梢枝,5:両側の神経節を結合する横枝.

以下の図を引用,加筆.引用元:Rauber Kopsch Band2. 68(小川鼎三 訳),引用先HP:船戸和弥先生のHP(https://funatoya.com/funatoka/),引用図アドレス:https://funatoya.com/funatoka/anatomy/Rauber-Kopsch/2–68.html.

IV 結論

片側性の頚部交感神経幹損傷が発症したと考えられた外傷性頚部症候群症例に対して,健側のSGBが患側の顔面の火照りの緩和に有用であった.健側の交感神経遮断によって,健側から患側へ,交感神経横枝を介した交感神経活動が伝達されて,患側の交感神経刺激が生じたと考察した.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.

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