2023 Volume 30 Issue 6 Pages 135-137
重症熱傷の治療は長期にわたり,急性期から回復期,慢性期とフェーズによって痛みの機序も変化するため,疼痛管理は複雑で難渋することが多い.患者個々の状況や訴えから十分に評価を行い,適切な薬剤で安全かつ効果的な鎮痛を提供すべきである.今回,重症熱傷症例での疼痛管理を経験したので報告する.
本報告に先立ち,本人から書面で同意を得た.
50代女性.身長144 cm,体重30.7 kg.
既往歴:脳梗塞,うつ病,摂食障害.
寝たばこを原因とする自宅火災で受傷,当院救命救急センターに搬送された.熱傷の部位は顔面,後頚部,両上肢,面積は12%(Lund and Browderの法則),深度は大部分が深達性II度,一部III度であった.顔面熱傷が重篤かつ気道熱傷の合併もあり,直ちに気管挿管した.集中治療室(intensive care unit:ICU)入室後はデクスメデトミジン,プロポフォールで鎮静,フェンタニル,ケタミンで鎮痛を図った.気管支鏡で高度の喉頭浮腫を認め,挿管管理の長期化を予想して来院当日に気管切開を行い,その後は鎮痛薬主体で全身管理を行った.人工呼吸器の装着や包帯での顔面被覆のため,ICUでの痛みの評価には客観的な痛みの評価尺度であるcritical-care pain observation tool(CPOT)を用いた.CPOTはおおむね0~1/8点で経過し,2点を超える際は鎮痛薬の早送りや増量,追加で対応した.受傷後2週ごろには意思疎通も可能になった.
入院中に植皮術を5回施行し,その経過中にオピオイド鎮痛薬の減量目的に第9病日よりアセトアミノフェン(1,800 mg/日),第10病日にトラマドール・アセトアミノフェン配合錠(8錠/日),さらに第14病日にセレコキシブ(400 mg/日)の経管投与を開始した.また,クロナゼパム(0.5 mg/日)を第10病日より再開した.外科的創処置時の鎮痛には,受傷後4週迄はフェンタニルとケタミンを主体とし,安静時痛の改善とともにケタミン静注と処置前のフルルビプロフェンアキセチル(50 mg/回)やアセトアミノフェン(500~750 mg/回)の点滴投与へと切り替えた.第43病日には定期内服薬と処置前のアセトアミノフェン(500 mg/回)点滴で鎮痛が可能となった(最大投与量:3,350 mg/日).
受傷後8週ごろ,シャワー浴での顔面・頭部の植皮部,大腿の採皮部の痛みが強く,入浴前に鎮痛薬の点滴や頓服を行ったが,満足する効果はなかった.そこで8%リドカイン噴霧剤の植皮部への直接噴霧(顔面・頭部5噴霧,両下肢10噴霧の合計15噴霧1.5 ml;120 mg)を行い,良好な鎮痛が得られた.当院での鎮痛管理の情報提供を行い,第66病日にリハビリテーション目的に転院となった(図1).
鎮痛薬の調整と痛みの評価の推移
静脈および経口鎮痛薬投与量,処置時の鎮痛薬投与量(破線の囲み枠)および痛みの推移を示す.
CPOT:critical-care pain observation tool,NRS:numerical rating scale,FRS:face rating scale.
熱傷患者特有の疼痛には,受傷直後の急性期の痛み,手術後から回復期のリハビリテーションや創処置による痛み,慢性期の瘢痕ケロイドの炎症や拘縮に伴う痛みがある.特に,慢性期の神経障害性疼痛や痒みは患者にとって不快感が強く,QOLに大きな影響を与えるとされる1).熱傷患者の訴える痛みは心理因子も含めて非常に複雑で完全な機序の解明には至っていない.医療者側は常に患者の持つ疼痛の程度を身体的,精神的側面から慎重に見極めて治療にあたる必要がある.本症例での痛みの評価にはCPOT,NRS,FRSを用いた.CPOTとNRSは中程度の相関がみられ,さらに痛みのある方が有意にCPOTの得点が高いとの報告がある2).本症例のように身体的・精神的に複雑な痛みの機序が考えられる場合には,客観的・主観的評価の双方の使用も考慮してもよいと考える.
本症例は熱傷診療ガイドライン改訂第3版3)で新たに加わった鎮痛・鎮静の項を参考に管理し,急性期はオピオイド主体,治療の進行に伴って減量し,創処置の際も最終的には非オピオイド鎮痛薬のみでの鎮痛に切り替えていった.疼痛の表出が強く,体格が小さいために処置前のアセトアミノフェン投与が1回あたりの最大投与量(15 mg/kg/回)を超えたこともあった.成人50 kg未満での1回最大投与量を15 mg/kgから750 mgとする海外の文献もあるが4),肝機能障害の評価を含め,定期的に検査を行い,慎重に経過をみた.
熱傷の慢性期の疼痛管理については,上記ガイドライン3)に明確な記載がなく,より良い鎮痛法を模索した.本症例では元々うつ病で内服していたクロナゼパムが鎮痛に寄与した可能性がある.さらにシャワー浴による疼痛にはリドカイン噴霧剤が有効で,機械的アロディニアが抑制された.今回は8%製剤で約4 mg/kg使用したが,熱傷後の植皮の際に1%リドカイン噴霧剤約3 mg/kgを安全で効果的に用いた報告もある5).局所表面麻酔剤の使用では局所麻酔薬中毒に関連する,吸収性と血中濃度が問題となるため,熱傷や剝奪を伴う皮膚では注意すべきである.そのためより低濃度の製剤も選択肢となるが,鎮痛効果や患者満足度と合わせて総合的に判断する必要がある.本症例では噴霧に付属のノズルを用いたが,粒径が大きく病変部にとどまらず流れ落ちた.効果は十分あったが,使用量や鎮痛効果の観点から,①粒子の細かいスプレー容器の使用,②ガーゼで患部を覆っての噴霧,といった手段を講じてもよいと思われる.いずれにしても余裕を持った極量内での使用にとどめることが第一と考えられる.今後,熱傷や剝奪を伴う皮膚への直接噴霧における至適量の検討が必要である.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会 第3回北海道支部学術集会(2022年9月,Web開催)において発表した.