2023 Volume 30 Issue 6 Pages 163-168
WEBライブ配信:2023年3月4日(土)
オンデマンド配信:2023年3月6日(月)~2023年3月27日(月)
会 場:Web開催
会 長:中谷俊彦(島根大学医学部緩和ケア講座教授)
奥田泰久
獨協医科大学埼玉医療センター麻酔科
痛み治療に関して,最も使用される治療法は薬物療法であります.特に慢性疼痛に対する治療法には薬物療法以外に神経ブロック療法,鍼灸療法,運動療法,認知行動療法等もありますが,質の高いエビデンスがあるのは薬物療法のみであり,またその施行が最も安易であることからも痛みの中心的治療法であることには異論がないと思います.しかしながら副作用がない薬物は存在せず,投与後の効果や副作用発生には個人差があり,現実的には投与前の十分な診察と投与後の慎重な観察は必須であります.もし投与後に発生した大小の副作用について,その転帰にもよりますが,患者側が十分に納得しなかった場合は,時に医療紛争にまで至ることもあります.本講演ではこれまでの痛み治療に関連した医療紛争の例を判例を中心に提示し,医療者は薬物療法に関連した医療紛争にどのように備えるべきかの方策を中心に講演を行いたいと思います.
倉田二郎
東京慈恵会医科大学麻酔科学講座
痛みは脳に現れる.末梢の侵害受容は脳に到達し,大脳皮質感覚野,大脳辺縁系,前頭皮質などを活性化し,痛みの強さ,性質,感情,評価などをそれぞれ発現する.ここに,私たちの生物としてのありかたが如実に表現される.すなわち,痛みを受け止め,苦しみ,対処しようとする心の動きである.脳には,痛みを受け取る部分と,これを修飾する部分があり,これらが交互作用を行う.
さて,病的な,治りにくい痛みをかかえると,脳はどのように反応するのだろうか.脊髄ではワインドアップ現象が起こり,侵害受容が伝わりやすい状態にあるかもしれない.脳はこれを大袈裟に受け取り,痛みを処理する領域が過敏に反応するかもしれない.これがいわゆる中枢感作と考えられ,神経障害性疼痛や慢性痛の原因と想定されてきた.
ところが,これまでの脳画像法研究から,このような過敏性の証拠が必ずしも見つからない.痛みの感覚成分は,いわゆるペイン・マトリックスに現れるが,どこかおかしい.概して前頭葉と辺縁系の働きが弱い.健康な方は,痛み刺激により,感覚野だけでなく,前帯状皮質や背外側前頭前皮質が活動する.一方,慢性腰痛患者は,ここがまったく活動しない.これらの領域は,痛み情動の中枢と考えられていたので,話が違う.
実は,これらの領域は下行性疼痛修飾系の起始部で,痛みを抑制する働きがある.つまり,痛みを抑える脳の力が弱いから,痛みが治らないのである.さらに,大脳基底核にある側座核という報酬系の中枢も,慢性痛患者ではやはり動きが弱いことが分かった.痛みが減る喜びを感じることができないのである.
これが痛みの中枢感作の正体である.脳イメージングで,このような脳の「アンバランス」を個人ごとに観察できる.身体のどこにも痛みの原因が見つからない,線維筋痛症,もしくは一次性慢性疼痛で苦しむ患者は,ここに痛みが治らない原因があった,と得心する.
それでは,一緒に脳を強くしていきましょう.あなたには必ずできます.痛みは必ず治ります.よく食べて,よく寝て,よく運動して,好きな仕事や趣味を楽しみ,家族と仲間を愛し,毎日楽しい時を過ごしましょう.それが脳を活性化させ,痛みが気にならなくなってきます.このように話し,ただ患者を信じる.徐々に患者も自分を信じられるようになり,表情と行動と生活が変わり,痛みが和らいでいく.その結果を,自分の脳の画像で見てもらう.
これがペインイメージング外来である.あたたかい心で,患者の背中に手を添えて,一緒に歩いていく治療である.
村上俊介 大下恭子 原木俊明
JA廣島総合病院麻酔科
帯状疱疹後神経痛への移行リスク要因としては,年齢,皮疹の重症度に加え,急性期の疼痛強度が挙げられているが,痛みの性状との関連については明らかではない.帯状疱疹亜急性期に加療を行った患者を対象に痛みが遷延する要因について検討を行った.
【方法】対象は2021年4月から2022年12月までに帯状疱疹関連痛のコントロール目的で紹介となった56人とした.最終診察日のNRSが5以上であった疼痛残存群(P群:12人)とNRS 4以下の疼痛軽減群(R群:44人)に分け,年齢,性別,発症から受診までの期間,初診時NRS,神経障害性疼痛スクリーニングスコア,日常生活活動度の制限を比較した.統計学的検定はカイ二乗検定,T検定,Wilcoxon順位和検定を用い,p<0.05で有意とした.
【結果】年齢および発症から受診までの期間は両群で差はなかった.P群は男性11人,女性1人,R群は男性20人,女性24人で,P群で男性の比率が高かった.初診時のNRSの中央値は,持続痛(7 vs 9),発作痛(7 vs 10),誘発痛(5 vs 8)といずれもP群で高値であった.初診時の神経障害性疼痛スクリーニング質問票の合計スコアの中央値はP群で16点に対しR群で10点と,P群で高値であった.質問票の項目では,針で刺されるような,焼けるような,アロディニアの3項目においてP群で有意に高値であった.痛みによる気分の落ち込み,睡眠障害,仕事や家事の制限はいずれもP群で高値であった.
【考察および結論】従来の報告どおり,疼痛残存群において,治療開始前のNRSおよび神経障害性疼痛スコアは高値であり,神経障害性疼痛の要素が大きいほど痛みが残存する傾向が示唆された.治療開始にあたり,神経障害性疼痛のスクリーニングおよび痛みによる日常生活制限について評価を行うことが予後予測に有用であると考えた.
2. 医療従事者のストレスチェック制度畑中浩成*1,2 松川 隆*1 田中秀治*2
*1山梨大学麻酔科,*2国士舘大学
【はじめに】コロナ禍で人と人との距離が広がっている.悩みを直接傾聴できなくなった.仕事に関して強い不安,ストレスを感じているが,放置しているとメンタル不調となる.不安を我慢しているのか,言い出しづらいのかもしれない.自覚がない可能性もある.ストレスは見えない.ストレスチェック制度は定期的にストレスの状況を定量的に数値化・可視化する検査である.メンタル不調を未然に防止して,(1次予防)早期発見するメンタルヘルス不調のリスクを低減させる.また,個人結果を集団ごとに分析し,職場環境改善につなげる.
【目的】ストレスチェック制度の結果を考察する(後向き研究).
【方法】・職業ストレス簡易調査票(57項目,厚生労働省).
・2018年から2021年まで4年間,病院職員を対象とした.
・3項目を質問した.
A.仕事の要因(ストレッサ―,作業環境,労働時間,人間関係)
B.最近,1カ月間の様子,心身のストレス反応
C.周りの方からの支援
【結果】年齢が低い,非常勤,非管理者に高ストレス者が多かった.昨年より高ストレス者は減少した.
【考察】職員は精神状況を把握されることを嫌っている.privacyは保護する不利益な取り扱いなしと制度的にはうたっているが,課題は残る.もっとcommunicationが必要.しかし,職員のストレスチェック結果を閲覧できないことが,事業者のdilemmaとなっている.sensitiveでdelicateである.良い事としては,職員がメンタル状態を可視化できたことと思われる.ご本人が科学的にストレスを気付けた.周りも理解,心配し見守ることができた.支援者と密に情報交換できた.心配のnetworkが編み出された.また,ストレスが見いだせない場合は,管理者によるfollow,医師面談が必要.ストレスチェックの検査は情報通信機器を使っているので,受検者のハードルは低いかもしれない.結果の返却も情報通信なので,自己完結できることも良いと思われる.
3. 化膿性脊椎炎治療後も続く全身痛がリウマチ性多発筋痛症と考えられた1例山本達也 森松博史 荒川恭祐 武藤典子
岡山大学病院麻酔科蘇生科
【はじめに】全身痛の原因となる疾患は感染症・リウマチ疾患・神経疾患など多岐にわたる.臨床において全身痛の原因疾患を同定することはしばしば難渋する.本症例では化膿性脊椎炎治療後にも残存する全身痛がリウマチ性多発筋痛症(PMR)と考えられ,ステロイド治療が奏功した症例を経験したので報告する.
【症例】80代の女性.乳がん化学治療後末梢神経障害・糖尿病の既往あり.X−8日に発熱・悪寒・腰痛を発症.前医の腰椎MRIで化膿性脊椎炎が疑われX日に当院へ転院.転院時に高度全身痛の訴えがあり,腰背部・両肩関節・両肘関節・両股関節を中心に圧痛・自動痛を認めた.血液培養検査でB群連鎖球菌を2セット検出したため,化膿性脊椎炎の診断で抗菌薬治療を開始.X+14日目には血液培養検査陰性となったが炎症反応は下げ止まり,高度全身痛は継続していた.全身痛に対してアセトアミノフェン静注2,400 mg/日,ロキソプロフェン120 mg/日,トラマドール275 mg/日,アミトリプチリン20 mg/日の鎮痛薬投与を行ったが改善は得られなかった.X+16日目にGaシンチグラフィを行い,両側肩関節,肘関節,胸鎖関節,仙腸関節,椎体,腸骨,大腿骨への取り込みを認め,リウマチ関連の検査が陰性であったことからがPMRが疑われた.同日からプレドニゾロン15 mg/日の投与開始し,症状は劇的に改善した.炎症反応も改善していきプレドニゾロンを徐々に減量できたが,5 mg/日まで減量すると症状が再燃したため最終的には7.5 mg/日で治療した.鎮痛薬はもともとの腰痛に対するロキソプロフェン120 mg/日と末梢神経障害に対するアミトリプチリン20 mg/日まで減量され,X+64日目に転院となった.
【結語】化膿性脊椎炎治療後の残存する全身痛がPMRと考えられた症例を経験した.感染症治療後に残存する全身痛・多関節痛ではPMRなどを念頭に置き,診療する必要がある.
4. 開腹手術を契機に腹部片頭痛(abdominal migraine)が再燃した1例横見 央 田口志麻 中村隆治 仁井内 浩 堤 保夫
広島大学病院麻酔科
【はじめに】腹部片頭痛は発作性の腹痛を主訴とする原因不明の疾患である.今回,成人で開腹手術を契機に腹部片頭痛が再燃した1例を経験したので報告する.
【症例】40歳代女性.20年前に潰瘍性大腸炎に対し,大腸全摘・回腸嚢肛門吻合術の既往がある.腹部片頭痛に対し,β遮断薬,アミトリプチリンで加療歴がある.
1年前に回腸嚢肛門吻合部離開があり,人工肛門造設術を施行した.しかし吻合部の改善なく,硬膜外麻酔併用全身麻酔下に開腹回腸嚢切断術を施行した.術後4日目に持続硬膜外麻酔を終了したが,終了後10時間で創部痛とは別に,以前の腹部片頭痛発作と同様の上腹部痛を自覚した.発作時には,上腹部にNRS 8/10程度の持続性の鈍い自発痛が誘因なく生じ,食欲不振や嘔気・嘔吐を伴った.腹痛の持続時間は8~14時間,頻度は1日1~2回で,非発作時には創部痛のみ認めた.腹痛にNSAIDsおよびアセトアミノフェンが無効で周術期の器質的合併症を疑う所見はないため,腹部片頭痛の再燃が疑われた.プロプラノロールを開始したが無効で,ペンタゾシンで軽度の疼痛緩和が得られるものの一時的であった.術後7日目に麻酔科紹介され,発作時にスマトリプタン頓服とした.痛みの強さは緩和されたが,発作頻度は変わらなかった.術後9日目にアミトリプチリンを開始したところ,腹痛発作は消失し,その後発作なく経過している.
【考察】開腹術後急性期の一次性腹痛は,術後痛や器質的な合併症に伴う腹痛との鑑別が困難である.一方,腹部片頭痛は機序不明だが,片頭痛同様にストレスが誘因の一種であり,周術期は増悪が懸念される.本症例では,以前の腹部片頭痛と症状が類似していたため,腹部片頭痛を疑い,その治療により改善した.手術後は術後痛や器質的合併症による痛みが一般的だが,一次性腹痛も念頭に置く必要がある.
【結語】開腹手術を契機に腹部片頭痛が再燃した1例を経験した.
5. 緩和ケア外来とペインクリニック外来の連携による慢性疼痛リハビリテーション介入が有効であった慢性疼痛の1症例村上あきつ*1,2 重田宏恵*1 佐野 愛*2 福岡奈津子*1,3 中條浩介*1,2
*1香川大学医学部附属病院緩和ケアセンター,*2香川大学医学部附属病院麻酔・ペインクリニック科,*3香川大学医学部附属病院リハビリテーション部
【はじめに】慢性疼痛患者の全人的苦痛に対して,緩和ケア外来(以下,PC外来)の全人的評価とペインクリニック外来(以下,ペイン外来)の治療連携によりリハビリテーション介入へとつながり,疼痛が軽減した症例を経験したので報告する.
【症例】20代女性.10代のころより左上肢の慢性疼痛に対して複数の医療機関で治療経験があったが,痛みは改善しなかった.転居に伴い当院整形外科を受診し,肘部管症候群による左尺骨神経障害と診断された.その後ペイン外来で内服薬および静脈内区域麻酔(IVRA)で治療されていたが,冬季に痛みが悪化し,家事困難となった.ペイン外来に掲示していた緩和ケア外来の案内を見た患者の受診希望があり,202X年1月にPC外来を紹介受診した.初診時に医師と看護師で全人的評価を行ったところ,①患肢に温冷水が当たることで痛みが著明に増強し,食器洗い時の苦痛が強いこと,②台所に積みあがった食器を見ることによる精神的苦痛があることが判明した.初回の介入として,食器にラップを巻くなど家事負担を軽減することを指導した.2回目の診察時に,痛みのため運動全般を避ける行動パターンが判明し,患肢以外のストレッチから運動を取り入れることを提案した.ペイン外来担当医と協議し,整形外科主治医経由で近医外来リハビリテーションを紹介してもらい,週2回のリハビリテーションを開始した.直後より痛みの強さおよび範囲の著明な改善を認めたため,鎮痛薬を減量し,IVRAを終了した.
【結語】PC外来併診が患者の全人的苦痛を評価する機会となり,過剰回避行動が明らかになることでリハビリテーション介入につながった.痛みセンターを有さない当施設においても,既存のチーム医療を活用することで慢性疼痛患者の苦痛緩和が実現できる可能性が示唆された.
6. 非がん性慢性痛に対してオキシコドン徐放剤で疼痛緩和を試みた3例湊 弘之 大槻明広 青木亜紀 遠藤 涼 倉敷達之
鳥取大学医学部器官制御外科学講座麻酔・集中治療医学分野
非がん性慢性痛に対してオキシコドン徐放剤で治療した3例を経験したので報告する.症例1は60歳代,男性.乾癬性多発関節炎で10年以上の経過で徐々に痛みが増強し当科受診.抗うつ剤やガバペンチノイド,硬膜外ブロック治療に抵抗性あり,トラマドールで効果不十分であった.皮膚過敏症があり貼付剤の使用が困難なためオキシコドン徐放剤を使用した.処方開始後,平均疼痛スコアはNRS 9/10から最大でNRS 3/10まで改善,12週間後もNRS 5/10を維持した.3カ月後,6カ月後に減量を検討したが痛みが続き処方を継続していたが,徐々に痛みが増強したため,1年後に処方を終了した.症例2は60歳代,女性.17年前から合計4回の脊椎手術を受けるも痛みが持続,14年前に脊髄刺激電極挿入し,モルヒネ内服を開始した.最大でモルヒネ240 mg/dayの処方を受けていた.その後,モルヒネ投与量を100 mg/dayまで減量したが,それ以上の減量が困難であった.切れ目ない効果でオピオイド使用量を減量できる可能性を考慮してオキシコドン徐放剤にスイッチを行った.しかし,動作時痛の増強が強くモルヒネと同等の鎮痛を得ることが困難であったため,モルヒネに再変更することとなった.症例3は50歳代,男性.5年前に椎間板ヘルニア手術実施するも術後痛が遷延し,2年前に当科初診.トラマドールで鎮痛効果不十分かつ,皮疹のため貼付剤が使用困難であったため,オキシコドン徐放剤を使用した.平均NRSとQOLの改善があったが,眠気が強いため使用中止とした.オキシコドン徐放剤は,モルヒネ原末より血中濃度が安定すると考えられる非がん性疼痛に使用できる内服製剤で,貼付剤が使用困難な症例にも使用できることが特徴の強オピオイドである.慢性痛での強オピオイド使用では,慎重な患者選択と薬剤管理が求められるが,症状緩和の一つの選択肢として考慮すべきである.
7. 後頭神経ブロックが奏功した首下がり症候群の1例中村久美子 田村 尚 角 千恵子 藤重有紀 福本剛之
山口県立総合医療センター麻酔科
【はじめに】首下がり症候群(dropped head syndrome:DHS)にはさまざまな原因があり,それに応じた治療が行われている.後頭部・頚部痛を主訴に受診したDHSの1例を報告する.
【症例】60歳台,男性,会社員(主作業はパソコン操作),身長168 cm,体重46 kg.既往歴:腹膜炎術後(20歳台),腸閉塞(30歳台から現在に至る),高血圧,肺気腫,特発性振戦.生活歴:喫煙10本(20歳台から現在に至る),飲酒,焼酎3~4合.現病歴:X年1月,頭部打撲後,後頚部痛が出現し,整形外科で治療をされていたが改善はなかった.10日後,脳神経外科を受診し,ロキソプロフェン・チザニジン・ミロガバリン・デュロキセチン等を処方されたが疼痛は増強・拡大した.発症40日後,当科紹介受診となった.右後頭部・頚部・肩・前胸部痛,右耳介のしびれを訴えた.歩行や頚椎伸展時に痛みの増強がある.頚椎後弯が著しく,立位では腹部が突き出る状態であった.前方注視障害によるADL障害を呈していた.前医での処方は,内服後の改善を実感できなかったため,定時内服はされていなかった.右後頭神経ブロックを施行し,処方薬についても理解を確認しながら説明を行った.内服は継続し,のちにミロガバリンのみとした.整形外科での頚椎伸筋群に対する運動を再開し,徐々に痛みは改善した.
【考察・まとめ】5年前のCTで第2胸椎椎体の陳旧性圧迫骨折が認められており,頚椎の後弯はすでに強化されていたと思われる.また,腸閉塞やアルコール摂取歴もあいまって,偏食が著しく,筋量の低下も推測された.神経ブロック後,痛みの悪循環が断たれたことや,処方薬に対する理解が進み服薬アドヒアランスが改善したことにより,本来の薬物療法の効力を発揮できたと考える.
8. 腰部交感神経節ブロックとSCS(脊髄刺激療法)が著効したCLTI(包括的高度慢性下肢虚血)の1例浮田 慎
市川東病院麻酔科・ペインクリニック
85歳男性.右第2趾の難治性潰瘍のため,EVTにて開通・閉塞を繰り返していた.
既往歴:透析導入中.X年狭心症にてCABG歴あり.
CLTIの治療歴は,X+4年から2年に及ぶ.右下肢EVTを4回施行するも,右足趾潰瘍を繰り返し,ABI 0.75付近を前後.SPP:右足背外側46,内側40,足底外側33,内側34程度.最終EVTでは,足底動脈(石灰化高度で開通せず)足背動脈末梢(ワイヤー通過せず)趾間動脈穿刺は体動強く不成功・ナックルワイヤーで指先まで一旦通過したが,十分な血行再建は得られなかった.
その後,レオカーナ吸着療法もトライするも,「時間がかかるのでつらい」との理由で創部上皮化した時点で終了した.
当科においては末梢血流改善のために,腰部交感神経節ブロックを施行.L2は圧迫骨折のため変形高度のため,軽度鎮静下に右側L3・L4にて無水エタノール各2 ml注入した.翌日より下肢冷感が消失し,SPP:右足背外側50,内側44,足底外側40,内側48と改善.その後2週間で右足趾潰瘍は縮小していった.
2カ月後,左足趾にも潰瘍が認められ,SCS(脊髄刺激療法)の導入を決定した.
Th12/L1椎間より硬膜外腔に刺入し,リード位置をTh8~11にわたるように留置した.1週間のトライアル期間中,DTM workflowにて刺激を行い,下肢の疼痛減少を実感した.時間経過とともに,下肢の色調もピンク色になりSPPの値も改善,本患者のCLTI治療にSCSは有用と判断し,本植え込みを行った.
血管内治療に難渋するCLTI症例において,交感神経節の神経破壊やSCSは重要な治療オプションであり,発症早期から積極的に検討して良い選択肢と考える.
9. 不眠を伴う線維筋痛症に対して漢方薬が有効であった1症例蓼沼佐岐*1 中谷俊彦*2 山本花子*1 橋本龍也*1 齊藤洋司*1
*1島根大学医学部附属病院麻酔科,*2島根大学医学部緩和ケア講座
【はじめに】線維筋痛症は全身性の激しい痛みを主症状とし,多彩な精神症状や自律神経症状を高頻度に随伴する慢性難治性疾患であり,生活の質の低下を招くことがある.今回,不眠の訴えが強い線維筋痛症の患者に対し,漢方薬の併用で不眠と痛みが改善した1症例を経験したので報告する.
【症例】70歳代女性.3年前より全身の痛みと倦怠感が出現し,近医内科で線維筋痛症の診断でデュロキセチン40 mg/日,ゾピクロン7.5 mg/日,ブロチゾラム0.25 mg/日による薬物治療が行われたが,痛みと夜間不眠の改善に乏しく加療目的で当科に紹介された.
初診時VASは楽な時40 mm,つらい時72 mmで線維筋痛症分類基準の圧痛点は11/19箇所で,両下肢の落ち着かない動きの訴えがあり,不眠がつらく生活に問題が生じていた.クロナゼパム1 mg/日,抑肝散2.5 g/日の眠前内服を開始したところ,不眠は改善し,痛みも軽減してVASは0 mmとなり,日常生活の問題もなくなった.
【考察】本症例では西洋薬による加療が行われていたが,西洋薬による日中の眠気があった.不眠に対しては転倒や健忘などの副作用を考慮して西洋薬の増量や追加を行わず,漢方薬により睡眠の改善が得られた.線維筋痛症治療において不眠対策も必要な場合,副作用が懸念される西洋薬よりも,漢方薬が有効な場合もあると考えられた.
10. 腹痛の原疾患の診断にMRI検査が有用であった2症例笠井飛鳥*1 曽我朋宏*2 田中克哉*3
*1徳島大学病院手術部,*2徳島県立中央病院,*3徳島大学大学院医歯薬学研究部麻酔疼痛治療医学分野
【はじめに】腹痛を主訴に当科で治療を開始した後に,MRI検査で原疾患の診断に至った2症例を経験したので報告する.
【症例1】55歳,男性.左上腹部痛,左腰部痛を主訴に,当院内科より疼痛コントロール目的で当科に紹介された.疼痛の原因となるような器質的な異常は認めず,腹部手術の既往もあったため,前皮神経絞扼症候群が疑われた.診断的に腹直筋鞘ブロックを実施したところ効果を認めたため,薬物治療も併用しながら疼痛コントロールを行った.痛みはNRS 6~7/10から1~2/10程度まで軽快したが,経過中に誘因なく両下肢のしびれが出現した.精査目的でMRIを撮影したところ,Th9/10レベルにダンベル型腫瘍を認めた.整形外科に紹介し,腫瘍摘出,椎弓切除,後方固定術が行われた.術後左上腹部痛は消失し,下肢のしびれも軽減傾向で,良好な経過をたどっている.
【症例2】78歳,女性.既往に多発性肝,腎嚢胞があり,定期的に肝嚢胞の感染をきたし,発熱,腹部症状などを認め入退院を繰り返していた.感染を契機に右季肋部から背部にかけて強い痛みが出現し,感染兆候が治まった後も痛みが継続したため,精査目的で当院外科に紹介された.痛みの原因として肝嚢胞の感染は否定的であったため整形外科に紹介されたが,CT上Th8の陳旧性の圧迫骨折を認めたのみであったため,経過観察となった.その後疼痛コントロール目的で当科に紹介されたため,薬物と神経ブロックを併用しながら治療を行った.痛みが落ち着いた時点でMRIを撮影したところ,Th8の病的骨折が疑われ,脊柱管の圧迫も認めたため,後方固定術,椎弓切除術が行われた.転移性病変の可能性も考えられたが,全身検索を行っても明らかな原発巣は認めなかった.術後経過は良好で,現在病理検査結果待ちの状態である.
【結語】腹痛の原疾患の診断にMRI検査が有用であった2症例を経験した.
11. 優性栄養障害型先天性表皮水疱症患者の重症皮膚びらんの鎮痛と治癒に硬膜外ブロックが有用であった1例青木亜紀 遠藤 涼 湊 弘之 倉敷達之 大槻明広
鳥取大学医学部附属病院手術部
【背景】先天性表皮水疱症患者は皮膚が脆弱で軽微な外力でも水泡やびらんを形成する.びらんが広範囲に及ぶ場合は処置時に強い痛みを伴い,治癒にも時間を要する.
【症例】優性栄養障害型先天性表皮水疱症の60歳男性.自宅階段から転落し両四肢,左胸腹部に打撲に伴う広範囲の水泡とびらんが生じ,疼痛が強いため当院皮膚科を緊急受診した.ペンタゾシン筋注後に洗浄,軟膏塗布,ガーゼ保護の処置を受けたが,処置後に悪心が続いた.入院し毎日処置を行う方針となったが,嘔気の副作用のためペンタゾシンの使用を患者が拒否した.2日間,アセトアミノフェン点滴のみで処置を行ったが疼痛が非常に強く処置継続が困難となり当科に紹介となった.処置時の疼痛は下肢が最も強く,上肢や体幹の痛みは許容範囲,処置時以外の疼痛はアセトアミノフェンで対処可能とのことであった.下肢のみの鎮痛で悪心のない方法として硬膜外ブロックを行う方針とした.L4/5より硬膜外穿刺を施行しカテーテルを留置した.1%リドカイン10 ml投与後に処置を開始した.処置時のNRSは10/10から2/10に低下した.1週間,同方法で処置を継続し疼痛は著明に改善した.皮膚科医は治癒には数カ月かかると考えていたようだが,予測を大きく上回る速さで皮膚の上皮化が進んだ.受傷15日後には,ほぼすべての皮膚の上皮化が終了し通院で処置可能となり退院した.
【考察】硬膜外ブロックは知覚神経と交感神経の遮断が可能で分節性と調節性に優れている.血行障害の治療にも適応がある.本症例では交感神経ブロックに伴う下肢血流増加が創傷治癒の促進に寄与したと考えられる.
【結語】先天性表皮水疱症患者の重症皮膚びらんに対し硬膜外ブロックは鎮痛効果だけでなく創傷治癒促進にも有用であると思われた.
12. 両下腿痛がみられた血液透析restless legs syndromeの1例河田竜一
山口県済生会下関総合病院麻酔科緩和ケア内科
【症例】60歳,女性.血液透析導入(3年前)の半年後から,夜間の両足の異常感覚で動き回り不眠になった.1年後には異常感覚が下腿まで拡大し,昼間の透析中にも出現するようになった.担当医が睡眠薬やプラミペキソールを投与したが効果はなかった.やがて両下腿痛を訴えるようになり多診療科に紹介されたが解消されず,当科に紹介された.初診時,透析中に両下肢を擦り,坐位と立位を繰り返していた.下肢を動かしたい衝動があり,運動によって軽減するという.処方薬にメトクロプラミドがあった.痛みの日内変動をnumerical rating scaleで24時間記録させた.数日間,漢方薬,ピペリデンを試したが無効で,restless legs syndrome(以下RLS)の診断でロチゴチン(R)2.25 mgを開始した.R開始から4日目には夜間痛が軽い日もみられたが,入眠困難は続いたためミルタザピン(M)7.5~15 mgを投与した.7日目,まだ眠れない日もあるが,透析中は仰臥位で過ごせるようになった.18日目,プレガバリン(P)25 mgを夕に投与すると,昼夜通して下腿痛が軽い日が多くなった.その後スボレキサント15 mg,トラマドールを追加した.日によって軽度の異常感覚や不眠の日もあるが,透析中に安静臥床できるので患者の満足度は高い.
【考察・まとめ】RLSは透析患者の約20%に合併する.アカシジアとの鑑別が必要である.症状はムズムズに代表されるが,本例は経過中にズキズキとした痛みに変化した.R貼付で痛みは軽減したが十分でなく,不眠は残った.MとPを順次追加すると,痛み・不眠ともさらに改善した.透析患者のRLSでは禁忌薬,投与量の制限もあるので,組み合わせに工夫を要する.