2023 Volume 30 Issue 7 Pages 178-181
76歳男性が歩行に伴う両足底痛のため間欠性跛行となった.両足底痛はオピオイドの開始後に軽減したが経時的に増悪した.末梢動脈疾患や腰部脊柱管狭窄症による間欠性跛行は否定的であり,足根管部のチネル徴候が陽性であったことから足根管症候群と臨床診断した.オピオイドとデュロキセチンを併用したが間欠性跛行は改善せず,オピオイドから四環系抗うつ薬であるミアンセリンに変更し間欠性跛行が改善した.オピオイドからミアンセリンへの変更によって改善する間欠性跛行があることが示唆された.
We report the case of a 76-year-old man who developed intermittent claudication resulting in pain below the foot when walking. Although the pain was alleviated by opioid administration, it worsened over time. Peripheral arterial disease and lumbar spinal canal stenosis were excluded as possible causes of intermittent claudication. The presence of a positive Tinel's sign over the tarsal tunnel led to a clinical diagnosis of tarsal tunnel syndrome. Opioids and duloxetine did not improve intermittent claudication. Transition from opioids to the tetracyclic antidepressant, mianserin, improved intermittent claudication. Thus, our case suggests that intermittent claudication can be improved by transition from opioid to mianserin therapy.
オピオイドは,種々の神経障害性疼痛に対する鎮痛効果が示されているが,長期使用に伴う副作用が懸念される1).今回われわれは,オピオイドからミアンセリンへの変更によって末梢神経障害性疼痛が軽減し,間欠性跛行が改善した症例を経験した.
本報告については本人から同意を得ており,内容の記述に倫理的配慮を行った.
症 例:76歳,男性.160 cm,52 kg.
主 訴:両足底痛.
併存症:原発性マクログロブリン血症.
現病歴:元来,連続2 km歩行が可能であった.X−1年4月,両足底痛が発現し300 mの間欠性跛行となった.MRIで腰部脊柱管狭窄症と診断された.X−1年9月,100 mの間欠性跛行となった.トラマドール・アセトアミノフェン配合錠(以下,TA錠とし,使用量をトラマドール含有量で示す)1日75 mgを処方されたところ痛みが軽減し200 mの間欠性跛行となった.X年3月,TA錠を1日150 mgに増量されたが50 mの間欠性跛行となった.一方で,下肢筋力の低下はなく,MRIで脊柱管狭窄の増悪もなかったため,痛みの原因として腰部脊柱管狭窄症は否定的であった.また,足関節上腕血圧比と皮膚灌流圧は正常域であり,痛みの原因として末梢動脈疾患も否定的であった.X年7月,TA錠1日150 mgにデュロキセチン1日20 mgを追加されたところ痛みが軽減したため,デュロキセチンを1日40 mgに増量された.X年10月,痛みの軽減目的で当科を受診した.オキシコドン速放製剤1回5 mgの頓用を追加し,デュロキセチンを1日60 mgに増量した.5日後,100 mの間欠性跛行となったが,趣味である庭の散歩や運動,買い物は困難であり,間欠性跛行を改善する目的で入院した.
入院時臨床所見:痛みは歩行以外に,立位や夜間安静時に発現した.足趾,足底のぼわーっと熱い感じの痛みで,痛みと一致する部位にしびれも発現した.視診と触診で足底に異常を認めなかった.足根管部のチネル徴候が陽性であった.numerical rating scale(以下,NRS)4以上の痛みに対してオキシコドン速放製剤1回5 mgを使用していた.
入院時血液検査所見:HbA1c 6.1%,CRP 0.17 mg/dlであった.ビタミンB欠乏や肝腎機能障害を認めなかった.
入院後経過(図1):入院時臨床所見から足根管症候群と臨床診断し,器質的狭窄因子が明らかではなかったため保存的治療を行う方針とした.TA錠を中止し,朝食後にオキシコドン徐放錠20 mgとオキシコドン速放製剤5 mgを使用しリハビリ歩行したが,10分間100 m歩行に伴う最大の痛みはNRS 5で入院前と同程度の痛みであった.オピオイドの効果が認められないため,オピオイドを一旦減量する方針とした.オピオイドの漸減を考えたが早期の退院を希望しており,早急に効果を評価するためオピオイドを中止したところ,翌日にあくび,嘔吐,発汗が発現した.オピオイドの退薬症状であれば従前の痛みが増悪しうると考え,TA錠を1日75 mgで再開したところ,あくび,嘔吐,発汗が消失し,引き続き食欲不振,倦怠感,下痢が発現した.オピオイドの退薬症状と判断したが,従前の痛みに対するオピオイドの頻回使用によってセロトニン症候群が発現することを懸念し,予防的にデュロキセチンを1日40 mgに減量した.しかし,10分間100 m歩行に伴う最大の痛みがNRS 3に低下したため,少なくともオピオイドの鎮痛効果は限定的と評価した.退薬症状と全身状態を評価しながらオピオイドを完全に中止したが,10分間100 m歩行に伴う最大の痛みはNRS 3であった.全身状態が回復し,10分間200 m歩行に伴う最大の痛みがNRS 4であった日に,抗セロトニン作用を有する抗うつ薬であるミアンセリン1回30 mg,1日1回,眠前使用を開始した.ミアンセリンの使用後にリハビリ歩行の機会がなかったため,歩行時間,歩行距離に対する最大の痛みのNRSを評価できなかったが,翌日から歩行に伴う最大の痛みはNRS 3以下に低下し,あくび,嘔吐,発汗,食欲不振,倦怠感,下痢の発現なく退院した.X年11月,歩行に伴う最大の痛みはNRS 3以下で庭の散歩や運動,買い物ができるようになった.X+1年3月,連続2 km歩行が可能になった.
入院後経過
退薬症状の発現中にオピオイドを完全に中止したが従前の痛みは軽減し,ミアンセリンの使用後に退院した.
足根管内で脛骨神経が絞扼,障害される下肢絞扼性末梢神経障害である足根管症候群は,診断において,夜間や運動時に発現する足底痛と足根管部のチネル徴候が有用とされ2),本症例の臨床所見と合致した.したがって本症例の痛みは,足根管症候群による末梢神経障害性疼痛と考えられる.
本症例では,オピオイドの長期使用歴があり,オピオイドを中止した翌日にあくび,嘔吐,発汗が発現したがオピオイドの少量再開によって消失し,食欲不振,倦怠感,下痢も発現したことから,オピオイドの退薬症状が発現したと考えられる.オピオイドの退薬症状では従前の痛みが増悪しうることが知られているが3),本症例では,退薬症状の発現中にオピオイドを完全に中止したにもかかわらず,歩行時間,歩行距離に対する最大の痛みのNRSが退薬症状の発現前よりも低下し従前の痛みが軽減した.したがって本症例の痛みに,オピオイド誘発性痛覚過敏が関与した可能性がある.
本症例では,四環系抗うつ薬であるミアンセリンの使用後に間欠性跛行が改善した.ミアンセリンは青斑核においてα2受容体阻害作用を示すが4),末梢神経障害性疼痛では青斑核からのノルアドレナリン作動性下行性抑制系が減弱し5),ノルアドレナリン作動性下行性抑制系神経は青斑核のα2受容体刺激によって活性が抑制されるという活性調節を受けている6)ことが報告されている.したがって本症例では,ミアンセリンのα2受容体阻害作用によって,減弱した青斑核からのノルアドレナリン作動性下行性抑制系が賦活化され,末梢神経障害性疼痛が軽減した可能性がある.一方で,ミアンセリンはセロトニン生合成における代謝中間体である5-ヒドロキシトリプトファンに対する拮抗作用を示すが7,8),オピオイド誘発性痛覚過敏による痛みは5-ヒドロキシトリプトファンへの変換を触媒する酵素の阻害薬によって軽減されるという報告9)がある.したがって本症例では,ミアンセリンの抗セロトニン作用によってオピオイド誘発性痛覚過敏による痛みが軽減した可能性がある.
ミアンセリンとセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬であるデュロキセチンの併用について述べる.デュロキセチンは脊髄後角でノルアドレナリンを増加させることで末梢神経障害性疼痛を軽減するという報告10)がある一方で,抗うつ薬は主としてシナプス間隙でノルアドレナリンとセロトニンを増加させることで鎮痛効果を発揮するという報告11)があるため,ミアンセリンの抗セロトニン作用によってデュロキセチンの鎮痛効果が減弱する可能性がある.痛みに対するミアンセリンとデュロキセチンの相互作用について今後の解明が待たれる.
オピオイドからミアンセリンへの変更によって改善する間欠性跛行があることが示唆された.