Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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2023 Volume 30 Issue 7 Pages 182-183

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I はじめに

帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia:PHN)に対する脊髄刺激療法の経過中に,上肢の発汗の左右差の訴えがあり,精査で肺腺がんと診断した1症例を経験したので報告する.

なお,本報告を投稿するに際し,患者から承諾を得た.

II 症例

患者は57歳,男性,身長163 cm,体重54 kg.合併症は特記すべき事項なし.当院初診の10カ月前に左第4胸髄領域の帯状疱疹を発症し,PHNに移行した.近医で薬物療法と胸部硬膜外ブロックを施行するも効果は不十分で,脊髄刺激療法試行目的で当科を紹介受診した.

前医からワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤,デュロキセチン塩酸塩,プレガバリンの内服とケトプロフェンの貼付が処方されていた.左第4胸髄領域の側胸部から前胸部にかけての痛みと神経分節に沿った瘢痕を認めた.水疱の形成はなかった.痛みはnumerical rating scale(NRS)5~9程度でビリビリと電気が走る性状で寝つきが悪く夜間中途覚醒もあった.軽度のアロディニアと感覚鈍麻も認めた.

入院して脊髄刺激療法(puncture trial)を試行した.入院前の胸部X線検査では明らかな異常はなかった.血液検査でも特記すべき所見はなかった.脊髄刺激電極リードはX線透視を用いて先端が第1胸椎上縁になるように留置した.リード留置後5日間,脊髄刺激療法を試行したが,痛みの軽減は2割程度で効果は不十分と判断した.リードを抜去して退院予定としたが,退院直前の問診で患者から2~3カ月前より左上肢の発汗量が少なく,上肢の発汗量に左右差があるとの訴えがあった.この際,手掌を主とした左上肢の発汗量が右上肢と比較して少ない所見以外に明らかな上肢の温度差や他部位の発汗量の差やHorner兆候などは認めなかった.また胸部の痛みの性状や位置に変化は認めなかった.他の疾患を合併していることを疑い,胸部CT検査を施行したところ,第3胸椎左側に骨浸潤を認め,精査で肺腺がんと診断した.

III 考察

本症例では肺がんが左胸部交感神経幹に浸潤し,左上肢の発汗低下が生じたと考えた.本症例と同様に肺がんにより交感神経幹が障害され,同側の手掌の発汗が減少した症例報告がある1).一方で腫瘍と同側の交感神経の活動が亢進して発汗が増加する場合や,代償により反対側の発汗の増加を認める場合もあり,交感神経の障害部位や範囲が影響し得ると考えられている.

帯状疱疹の発症には細胞性免疫の低下が強く関与し,悪性腫瘍罹患患者が帯状疱疹を発症することは良く知られている.帯状疱疹の発症頻度が健常人では1%前後とされるのに対し,悪性腫瘍患者では3.3%と高率になるとする報告がある2).帯状疱疹患者では悪性疾患の合併に留意して診療する必要があると考えられる.

本症例は肺腺がんの骨浸潤による痛みの範囲がPHNの範囲と近接したため,鑑別を困難にしたと考えられる.帯状疱疹の発症部位が,肺がんや乳がんでは胸髄領域,卵巣がんでは腰髄領域と罹患部位に多い傾向があるとする報告がある2).また,本症例は痛みがアロディニアや感覚鈍麻を伴ったことも鑑別を困難にしたと考えられる.がんの骨浸潤による痛みは痛覚過敏やアロディニアなどの関連痛も伴うため,PHNと鑑別が困難な場合もある.

胸部PHNでの上肢の発汗機能についての詳細は不明だが,本症例では問診により,上肢の発汗量の左右差があることが判明し,精査する契機となった.詳細な問診によりPHNのみでは説明のつかない両側の胸部痛が判明し,精査を行い悪性疾患の合併が判明した報告3)や.帯状疱疹痛の治療中に発声困難や嚥下困難の症状から食道がんを発見した報告もある4).両側の胸部痛などの痛みの部位や性質,発汗の左右差や発声や嚥下の困難などの随伴症状にも注意して詳細な問診を行い,通常の帯状疱疹後神経痛で認めない症状,所見がある症例では悪性疾患の合併を疑って詳細な検査を行う必要がある.また,悪性疾患による痛みの増強や随伴症状の変化にも注目して診療を行う必要があると考えられる.

本症例では入院前の胸部X線検査では異常を認めなかった.がん性痛症例について検討した報告ではX線検査で異常を認めた症例は28%のみで,X線検査単独での悪性疾患の早期診断は困難である.脊髄刺激電極埋込前にMRIを撮像し,25%の患者で脊柱管狭窄など埋込に影響を与える所見を有していたとの報告もある5).脊髄刺激電極埋込前には詳細な問診を行い,通常のPHNで認めない症状,所見がある場合にはCTやMRIなどのより詳細な情報が得られる画像検査を考慮するべきであろう.また,これらの画像検査を行うのであれば悪性疾患が脊柱管内に浸潤している場合も想定されるため,脊髄刺激療法のトライアル前に行うべきと考えられる.

帯状疱疹後神経痛患者の上肢発汗量の左右差の訴えを契機に肺がんを診断した.帯状疱疹は悪性疾患を合併し,痛みの部位や性質が類似する場合があり,詳細な問診や画像検査が鑑別の契機になり得る.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.

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