2023 Volume 30 Issue 7 Pages 174-177
機能性身体症状は「症状の訴えや,苦痛,障害が,確認できる組織障害の程度に比して大きい」と定義される疼痛症候群である.今回,COVID-19ワクチン接種を契機に機能性身体症状が出現した2症例を経験した.1症例は複合性局所疼痛症候群の判定基準を満たしていた.ワクチン接種による機能性身体症状の発症メカニズムは未だ十分に解明されていないが,今回の2症例は,COVID-19ワクチンによる経験したことのない発熱や痛み,副反応による不動化,不安やうつ状態などの心理的因子が合わさり,機能性身体症状を発症したものと考えた.それぞれの病態にあわせた集学的治療や社会復帰への支援を行い,患者の回復へつなげることができた.
Functional somatic symptoms are pain syndromes defined as “symptom complaints, distress, and disability greater than the degree of identifiable tissue damage”. We experienced two cases in which functional somatic symptoms appeared after vaccination with COVID-19 vaccines. The first case met the criteria for complex regional pain syndrome. Although the mechanism of the onset of functional physical symptoms caused by vaccination has not yet been fully elucidated, these two cases are believed to have developed functional physical symptoms due to a combination of psychological factors such as side effects of fever and pain, immobility due to side effects, anxiety and depression, which were never experienced. In addition to pain, these two cases had strong anxiety, which made social life difficult. The multidisciplinary treatment and social reintegration adjusted according to each patient's condition led to patient recovery.
機能性身体症状または機能性身体症候群(functional somatic syndromes:FSS)は「症状の訴えや,苦痛,障害が,確認できる組織障害の程度に比して大きい」と定義される症候群である1).FSSは身体的要因と心理社会的要因の複雑な相互作用によって生じると考えられているが,その発症メカニズムは未だ十分に解明されていない.FSSの患者は,痛み,下痢または便秘,めまい,動悸,疲労,運動障害等のさまざまな症状を呈し,器質的疾患が除外された後,FSSもしくはFSSに含まれる疾患に診断される2,3).FSSに含まれる疾患としては,複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)や体位性頻脈症候群,線維筋痛症,慢性疲労症候群,過敏性腸症候群,身体表現性障害などがあり,それぞれの疾患には血液検査等での特異的バイオマーカーはなく,臨床症状を中心とした診断基準や判定基準を用いて診断される4).
今回,新型コロナウイルス(COVID-19)ワクチン接種を契機にFSSが出現し,症状に応じた対応を行うことで良好な経過を得た2症例を経験した.
本症例報告に際しては,患者から文書にて同意を得た.
症例1:15歳,女性.
主 訴:左上肢痛.
既往歴:なし.以前ワクチン接種で迷走神経反射を起こしたことがある.
初診時内服薬:メコバラミン1.5 mg/日,六君子湯3包/日,アセトアミノフェン400 mg/屯用.
現病歴:初回のCOVID-19ワクチン接種(ファイザー社製,1価:従来型)と同時にワクチン接種側の腕全体にびりびりとしびれた感じがあり,翌日から37.9度の発熱,全身倦怠感,ワクチン接種側上腕の痛み,脱力,しびれが出現した(図1).接種4日後に非接種側である右前腕の痛みが出現した.接種7日後には左上肢の動作が困難となり,神経内科を受診し,セレコキシブ400 mg/日,メコバラミン1.5 mg/日,六君子湯3包/日が開始された.接種後8日目に運動療法が予定されたが,痛みのためほとんど行えず,左上肢の動作困難が続いた.夜間不眠,めまい,立ちくらみ,胃部不快感,食欲低下の症状が出現し,就学不能となったため,接種14日後に当科紹介となった.
症例1~2のワクチン接種部位と疼痛部位
初診時所見:左上肢全体と右前腕にnumerical rating scale(NRS)8~10の疼痛と同部位のアロディニアがあった.左手は腫脹し,右手に比べて赤黒く色調変化があり,痛みのため手関節,指関節を動かすことが困難であった.握力は右7 kg,左0 kgであった.厚生労働省研究班によるCRPS判定指標である,1.皮膚等の萎縮性変化,2.関節の可動域制限,3.持続性ないし不釣り合いな痛み,知覚過敏,4.発汗の異常,5.浮腫のうち2,3,5の3項目を満たしておりCRPSと診断した.脳MRI,頚椎MRI,頚椎レントゲン,血液検査で異常なく,神経伝導速度検査では左正中神経で若干の振幅低下がみられるものの,伝導速度や潜時に異常はなかった.
治療経過:両上肢痛は,器質的疾患が否定的であり,ワクチン接種を契機にしたFSS(CRPSの判定基準を満たす)と診断した.本人,家族,主治医,保健所と相談し,2回目のCOVID-19ワクチン接種は行わなかった.夜間不眠に伴う神経障害性疼痛に対しミロガバリン5 mg/眠前を処方した.運動療法の重要性を説明し,近医で関節可動域訓練を週3回継続した.初診時薬物は漸減中止した.1カ月後に睡眠は改善し,左手の腫脹は消失したが,左上肢の動作困難や痛みは続いており,「こんなにがんばっているのに,私はどうしたらいいんだ」という発言がみられたため精神科を受診し,臨床心理士による傾聴,マインドフルネスを中心とした認知行動療法も行った.精神科初診時と精神科介入2カ月後を比較すると抑うつの尺度Patient Health Questionnaire-9(PHQ9)は19→12,不安の尺度Generalized Anxiety Disorder-7(GAD7)は7→3,痛みの破局化思考尺度pain catastrophizing scale(PCS)は21→12と低下し,前向きな発言がみられるようになった.また高校に復学支援を依頼した.4カ月後に痛みがNRS 4と自制内となって,ミロガバリンも中止し,左手の自動運動が可能となり,復学を開始した.
症例2:23歳,男性.
主 訴:右腹部痛.
既往歴:なし.
初診時内服薬:カルバマゼピン300 mg/日,トラマドール200 mg/日,ワクシニアウイルス接種家兎皮膚抽出液16単位/日.
現病歴:1カ月前に,初回のCOVID-19ワクチン(ファイザー社製,1価:従来型)を接種したところ,副反応として39.0度の発熱が3日続いた.2回目のCOVID-19ワクチン(ファイザー社製,1価:従来型)接種直後から39.5度以上の発熱が5日間続き,同時に胸部の痛みと呼吸苦が出現した.接種9日後,痛みの部位は腹部へ移動し(図1),複数の診療科(消化器内科,神経内科,皮膚科,整形外科)で診察され,腹部CT,血液検査を行ったが原因不明であった.近医で薬物療法が開始されたが,痛みにより日常生活や社会生活に支障が生じたため,接種19日後に当科紹介となった.
初診時所見:右側腹部にNRS 8の疼痛,同部位のアロディニアがあったが,色調変化はなかった.腹部は平坦,軟で,同部位に圧痛があった.脊椎叩打痛や傍脊柱部に圧痛はなかった.持続痛で歩行等の動作でさらに増悪した.胸椎単純X線検査や血液検査は異常なかった.
経 過:器質的疾患が否定的であり,ワクチン接種を契機にしたFSSの可能性があると説明した.動作により腹部痛が増悪するため,臥床している時間が長かった.痛みがあっても少しずつ動くように指導した.初診時の薬物は効果がないと判断し,漸減中止し,ロキソプロフェンナトリウムを屯用で使用した.腹壁ブロックや胸椎脊柱起立筋面ブロックは効果がなく,硬膜外ブロックの効果は一時的で1度施行したのみであった.職場に業務軽減ができるように働きかけ,患者を支援した.主に運動指導と経過観察のみで1カ月後に腹部痛は消失し,復職を開始した.強い副反応から本人希望により3回目のCOVID-19ワクチン接種は行っていない.
今回経験した症例は,血液検査,画像検査で器質的疾患が否定され,当科受診となった.症例1はCRPSの判定基準を満たしていた.この背景にはワクチン接種後の痛みによる不動化に加えて心理的な要因が影響していると考えられた.症例2は胸椎椎間関節症や前皮神経絞扼症候群の可能性があったが,上記疾患の所見に乏しく,腹壁ブロックや胸椎脊柱筋面ブロックが無効で,疼痛部位は限局しているのにもかかわらず,痛みのため日常生活の障害がされていたためFSSと診断した.
ファイザー社製COVID-19ワクチンの添付文書によると,前回のワクチン接種でFSSを起こした場合であっても接種不適当者や接種要注意者には該当しない.しかし,健康状態および体質を勘案し,診察および接種適否の判断を慎重に行い,予防接種の必要性,副反応,有用性について検討した結果,症例1,2とも追加接種は行わなかった.
ワクチンによるFSSの発症メカニズムは未だ十分な解明はされていないが,その発症には感染や外傷などの身体的因子だけでなく,不安やうつ状態などの心理的因子との強い相関が指摘されている5).COVID-19ワクチン接種による経験したことのない痛みや発熱などの副反応はFSS発症の契機となり得る.また,ワクチン接種の副反応に関するメディアの過剰な報道は,接種者の心理状態に大きな影響を与え,FSS発症に関与している可能性も否定できない.
FSSの発生には心理的な要因が強く影響するため,その治療には集学的なアプローチが必要となる.今回経験した2症例はいずれも運動療法と環境調整を行い,患者を支援することで,日常生活動作の向上と生活の質の改善が可能であった.薬物療法は,個々の症例に合わせて効果がある薬物のみ継続することとしたが,結果として2症例とも薬物は減量することとなった.神経ブロック治療は症例2で行ったが著しい効果は得られなかった.症例1は不安,抑うつが強く精神科の介入による認知行動療法を取り入れた.今回の2症例の治療において,薬物療法や神経ブロック治療は補助的で,運動療法や環境調整,認知行動療法を中心に行い,患者を支援することが重要であった6).
あらゆるワクチン接種でFSSは起こりうるが,COVID-19ワクチン接種後のFSSは,初回のファイザー社mRNAワクチンで70万に4人であったという報告がある7).COVID-19ワクチン接種後のFSSの13人中の9%で,14±8カ月後でも症状の軽快がみられなかった8).ヒトパピローマウイルスワクチン接種後のFSSは,若年女性で痛みを中心とした多様な症状が起こり社会問題となっているが,338万人のヒトパピローマウイルスワクチン接種のうち副反応報告が1,739人あり,そのうち90%は回復し,未回復で社会生活に支障をきたしているのは10%(10万人に2人)であった9–11).ワクチン接種後のFSSはワクチン接種1週間以内に社会生活を困難にするほどの症状を呈することがあるが,症状が続く可能性は9%前後と推定できる.ワクチン接種後のFSSの頻度は決して多くはないが,集学的治療や早期介入により,症状が軽減できるのではないかと考えられる.
FSSは,痛覚変調性疼痛に分類され,脊髄・大脳レベルでの疼痛処理の変化により,痛みが増強されている6).侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛と異なり,薬物療法や神経ブロック治療の効果が出にくく,痛みを完全になくすことは困難で,痛みを軽減し機能を維持することが治療の目標となる.今回の2症例では運動療法が機能維持につながった.心理面においては,良好な医師患者関係を構築して不安を軽減する,病態を説明して患者教育を行うことが重要であった.FSSは難治性疼痛であるが,個々の病態に応じた治療を選択し,機能維持に努める必要がある.
COVID-19ワクチン接種後に発症したFSSを経験した.COVID-19ワクチン接種はさまざまな要因からFSS発症のリスクと考えられる.その治療には身体症状に注目するだけでなく,病態や心理的な側面を考慮した集学的治療が必要である.
本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.