2023 Volume 30 Issue 8 Pages 215-219
三叉神経痛をきたす疾患の一つに占拠性病変などによる二次性三叉神経痛がある.今回,三叉神経第1枝(V1)領域の痛みの原因として副鼻腔腫瘍性病変の眼窩内浸潤を疑い手術を行ったが症状は改善せず,最終的に特発性眼窩炎症と診断した症例を経験した.症例は65歳の男性.4カ月前に右上眼瞼から頭頂部に痛みが出現し,2週間前より疼痛悪化とともに右眼痛と複視とを伴発した.近医でのステロイド点眼治療により眼痛は消失したが,顔面痛と複視は継続し,当院いたみセンターを受診した.CT画像で右篩骨洞から眼窩内に骨破壊を伴う占拠性病変があり,悪性疾患が否定できないため腫瘍摘出術を施行した.病理診断では異型細胞や肉芽腫,真菌の所見はなく,炎症性細胞の浸潤がみられた.術後は,副鼻腔炎として抗菌薬治療を行ったが,顔面痛と複視が再燃した.このため特発性眼窩炎症を疑い,プレドニゾロンの内服を開始したところ,これらの症状はともに改善した.特発性眼窩炎症は眼窩部に生じる非特異的炎症性疾患であるが,まれに副鼻腔への浸潤をきたすことが報告されており,鑑別疾患として考慮する必要がある.
We report a difficult diagnostic case of secondary trigeminal neuralgia due to idiopathic orbital inflammation. A 65-year-old man presented right facial pain in the first division area of the trigeminal nerve. Along with increasing facial pain, right eye pain and diplopia appeared. Ophthalmalgia was cured with steroid eye drops, but facial pain and diplopia persisted. CT findings revealed a mass in the right ethmoid sinus and orbit with bone destruction. These findings suspected malignant sinus disease and surgery was performed. Histologic examination showed no evidence of atypical cells, granulomas, or fungi, just infiltrations of inflammatory cells. Despite postoperative treatment with antibiotics for sinusitis, facial pain and diplopia suddenly worsened. The possibility of idiopathic orbital inflammation emerged. After starting oral prednisolone, symptoms promptly improved. In this case, many atypical findings made the diagnosis difficult. Idiopathic orbital inflammation has been reported to rarely involve the paranasal sinuses and should be considered as a differential diagnosis.
特発性眼窩炎症(idiopathic orbital inflammation:以下IOI)は,眼窩および眼付属器に生じる原因不明の良性・非感染性の炎症性疾患である1).典型例では,突然発症して局在する眼所見がみられ,眼科で治療を受けることが多く,ペインクリニックが関わることは少ない.今回,非典型的な臨床所見と画像所見のため診断に難渋したIOIによる二次性三叉神経痛の症例を経験したので報告する.
本報告は患者から承諾を得ている.
患 者:65歳の男性.身長164 cm,体重69 kg.
既往歴:20年前より副鼻腔炎で複数回の治療歴がある.10年前,複視が出現し,左滑車神経麻痺と診断されたが,3カ月で自然軽快した.3年前,右V1領域の帯状疱疹後神経痛の治療で当院いたみセンターに通院歴がある.
現病歴:4カ月前,右上眼瞼から頭頂部に痛みが出現した.2週間前から顔面痛の悪化とともに,右眼痛と複視も出現したため,近医眼科を受診した.ロキソプロフェン内服とステロイド点眼治療で眼痛は消失したが,顔面痛と複視は持続した.顔面痛の部位と性状が3年前の帯状疱疹後神経痛と類似したため,当院いたみセンターを受診した.
初診時現症:右上眼瞼から前頭部,頭頂部にかけての痛みで,強さはnumerical rating scale(NRS)で最高10,ロキソプロフェンの効果がある間歇期ではNRS 2~3であった.針で刺されたような持続的な痛みで,アロディニアがあり,神経障害性疼痛スクリーニング質問票2)は14点であった.発作痛やトリガーゾーンはなく,疼痛部位に皮疹はなかった.
血液検査所見:白血球数8,900/mm3,CRP 0.23 mg/dl.
治療経過(図1):副鼻腔炎の既往や複視があることから,器質的疾患の鑑別のため頭部CTを撮影した.右篩骨洞および眼窩内に骨破壊を伴う占拠性病変があった(図2).病変は三叉神経V1の枝である前頭神経の走行する領域にも及んだ.顔面痛はこの占拠性病変による二次性三叉神経痛と診断し,プレガバリン内服を開始した.副鼻腔疾患の眼窩浸潤を疑い,眼科と耳鼻咽喉科に診察を依頼した.
当院初診後の経過
頭部CT画像
a.冠状面:右篩骨洞および眼窩内に腫瘤陰影(矢頭).
b.横断面:骨破壊像(矢印).
眼科診察では,全方向で両眼性複視があり,右方視で増悪した.Hess chart(図3a)の所見と,頭部を左に傾けると複視は改善し,右に傾けると増悪する(Bielschowsky test陽性)ことから右上斜筋麻痺を疑った.視力低下や眼圧上昇,眼底の異常な所見はなかった.
Hess chartと眼球運動障害
a.初診時Hess chart.右眼の軽度な下転・内旋制限.
b.術後増悪時Hess chart.著明な右眼の外転制限.
c.初診時.右眼球の外転制限はみられない.
d.術後増悪時.右眼の外転制限は顕在化.
耳鼻咽喉科診察では,追加で造影MRI検査が実施され,副鼻腔悪性腫瘍や真菌性副鼻腔炎を疑われた.このため受診4日目に内視鏡下鼻副鼻腔手術を行った.
切離標本の病理学的検査では,炎症性細胞浸潤と瘢痕状線維化組織の所見はあったが,異型細胞や肉芽腫の所見はなく,グロコット染色で真菌は明らかではなかった.
術後は,病理所見の結果から慢性副鼻腔炎としてクラリスロマイシン少量長期投与療法を開始した.ロキソプロフェンは前頭部痛が改善したため定期内服を頓用に変更し,プレガバリンは残存するアロディニアに対して継続した.前頭部痛と複視は徐々に改善していたが,術後32日目に突然,痛みと複視が悪化した.初診時(図3a,c)よりも複視・眼球運動障害は著明(図3b,d)であった.CT撮影をしたが,占拠性病変の増大はなく,内視鏡検査でも鼻・副鼻腔に所見は乏しかった.抗菌薬を変更したが無効で,細菌培養は陰性であったため,眼科疾患も含めて鑑別診断を再検討し,IOIを疑った.同時にIgG4関連眼疾患も鑑別疾患に挙がったが,血清IgG4値は32.8 mg/dlと低く,免疫染色でもIgG4陽性細胞はみられず,診断基準3)を満たさなかったため,IOIを想定した.プレドニゾロン60 mg/日内服を開始すると,速やかに症状は改善した.その後,CT画像でも占拠性病変の消失を確認した.プレドニゾロンを漸減し,開始後2カ月で内服を終了した.しかし,眼球運動障害の再燃が二度みられ,一時的に内服を再開すると眼球運動障害は改善した.右方注視した時のみ複視は残存するが,自動車運転に支障のない程度であり,6カ月後にプレドニゾロン内服を終了し,以降1年後まで症状の再燃はない.
IOIは眼窩および眼付属器に生じる良性・非感染性の炎症性疾患である.炎症の部位は外眼筋・涙腺・視神経周囲・眼窩後方の軟部組織・眼瞼・眼窩全体など多岐にわたり,呈する症状も症例ごとにさまざまである4).本症例は,眼周囲の炎症所見が乏しかったことに加え,IOIではまれな副鼻腔への浸潤がみられたため診断に難渋した.
IOIの典型的症例では,突然,片側の眼周囲に著明な炎症所見が出現する5).頻度の高い症状として,眼や眼周囲の痛み(24%~69%),複視(31%~42%),眼瞼腫脹(43%~75%)が挙げられる6).本症例では,初診時の症状がV1領域に限局した痛みと複視のみで,発赤・腫脹といった眼の外観変化に乏しかったため,当初はIOIを疑いにくかった.当院受診前にステロイド点眼治療が行われており,これにより眼瞼や結膜の炎症所見が軽快していた可能性は否定できない.
IOIのCT検査,MRI検査では,炎症性細胞浸潤による浸潤性腫瘤や眼付属器の腫脹などがみられる.本症例でみられたようなIOIの眼窩外進展は非常にまれである.進展経路としては,眼窩裂や視神経管を通して頭蓋内へ進展したり,さらに頻度は少ないが隣接する骨構造を破壊して眼窩外へ浸潤することが報告されている6).一方,副鼻腔悪性腫瘍や浸潤型副鼻腔真菌症では骨破壊を伴って副鼻腔外へ進展し,眼窩内および頭蓋内合併症を生じる7,8).本症例では骨破壊を伴う占拠性病変がみられたことから,当初は副鼻腔真菌症や副鼻腔悪性腫瘍の眼窩浸潤を疑った.副鼻腔疾患とIOIでは治療方針が大きく異なるため,確実に鑑別診断することが重要である.
IOIの確定診断は,臨床症状や画像検査,血液検査に加え,病理学的検査で腫瘍や感染症,Wegener肉芽腫などの炎症性疾患を除外して行う9).しかし,典型的な眼所見と画像所見があり,病変が眼窩内の生検困難な部位にある場合は,組織診断せずにステロイドの反応性でIOIと診断することもある5).IOIと類似の症状を示す重要な鑑別疾患としてIgG4関連眼疾患がある.IgG4関連疾患は,免疫異常や血中IgG4高値に加え,リンパ球とIgG4陽性形質細胞の浸潤と線維化により,全身諸臓器の腫大や結節・肥厚性病変などを認める原因不明の疾患である.このIgG4関連疾患にみられる眼病変がIgG4関連眼疾患である.IgG4関連眼疾患は,IOIと同じ炎症性疾患で,ステロイド治療が著効する10).しかし,IgG4関連眼疾患からの悪性化も指摘されており11),疑われる場合は積極的な検査が望ましい.
IOIの治療の第1選択はステロイド内服であり,免疫抑制剤の投与や放射線療法が実施されることもある.炎症の程度によってはステロイドの局所投与で改善する場合もあるがその頻度は高くない4).骨破壊を伴うIOIで,発症から診断・治療までに時間を要し数カ月から数年かかったとの報告がある6).骨破壊を伴うIOIでも76%が初回のステロイド治療に反応する6)とされるが,病期の進行により線維化組織が増えた硬化型になると,ステロイドや放射線治療への反応が少なくなる12)ため,速やかに治療に結びつけることが重要である.本症例は骨破壊を伴って眼窩外である副鼻腔への進展がみられる非常にまれな症例であった.このため,当初は副鼻腔疾患を念頭に治療を開始したが,抗菌薬への治療反応性,病理所見および眼症状の経過から病態を再検討し,IOIの治療へと結びつけることができた.
三叉神経領域の代表的な痛みに,三叉神経痛(典型的,二次性,特発性)と有痛性三叉神経ニューロパチーがある13).三叉神経痛の原因の大半は典型的三叉神経痛であるが,二次性三叉神経痛は約15%とされ14),二次性には多発性硬化症や脳腫瘍,脳血管奇形が挙げられる.二次性三叉神経痛には本症例のように治療可能な疾患が含まれるため,適切に検査や診断を行い,治療に結びつけることが重要である.
IOIは眼症状が主だが,痛みからペインクリニックを受診する可能性がある.本例では非典型的所見が多く,診断に難渋した.ステロイドが有効であり,適切に診断して速やかに治療を開始することが必要である.
本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.
本稿執筆にあたりご協力いただきました,名古屋市立大学耳鼻咽喉・頭頸部外科の竹本直樹先生に厚くお礼申し上げます.