Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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2023 Volume 30 Issue 8 Pages 220-221

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I はじめに

今回,超音波ガイド下腸骨筋膜下ブロック(fascia iliaca compartment block:FICB)を施行した後に腸骨筋内に血腫を形成した1例を経験したので報告する.

本症例の報告について,患者本人より文書にて承諾を得ている.

II 症例

40歳代,女性.身長162 cm,体重84 kg.既往歴に特記事項はない.現病歴は,7年前に発症した左外陰部の化膿性汗腺炎に対して,皮膚科で単純切除術,皮弁形成術が施行された.術後より創部の感染や離開,潰瘍形成を繰り返し,入院中の疼痛コントロール目的に当科紹介となった.

初診時病歴は,左外陰部から左鼠径部にかけて潰瘍とびらんを認めた.左外陰部から左大腿近位部内側,前面にかけてvisual analogue scale(VAS)=70 mmのピリピリとした痺れの強い痛みがあり,アロディニアを認めた.複数回の手術既往と潰瘍形成を繰り返したことによる左閉鎖神経領域の神経障害性疼痛が疑われた.トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠300 mg・2,600 mg/日,トラマドール塩酸塩100 mg/日,ナプロキセン600 mg/日,デュロキセチン塩酸塩20 mg/日,ミロガバリンベシル塩酸塩30 mg/日を段階的に開始し,アセトアミノフェン静注液やフルルビプロフェンアキセチル注射液の頓用も併用したが痛みは改善しなかった.保存的治療が無効のため,診断的治療として閉鎖神経ブロックの施行を検討したが,ブロック刺入部に潰瘍が及んでいたため施行できず,鼠径上アプローチ超音波ガイド下腸骨筋膜下ブロック(suprainguinal fascia iliaca compartment block:SFICB)による閉鎖神経領域のブロックを試みた.局所麻酔薬には0.25%レボブピバカイン30 mlを使用し,手技中に明らかな血管損傷は確認できず,注入時の血液逆流やparesthesiaを認めなかった.施行後,左大腿内側部の痛みは速やかに改善した.

施行2日後,左膝屈曲に伴い大腿部から膝にかけて急な激痛を自覚し,痛みのため左下肢の自動運動が不能となった.神経ブロックによる神経損傷や局所麻酔薬の効果遷延を疑い,神経内科や整形外科コンサルトを行った.刺入部のtinel徴候は認めず,末梢神経伝導検査でも下肢末梢神経の異常は指摘できなかったが,障害範囲から外側大腿皮神経の障害が疑われた.下肢の運動障害が続いたため14日後にMRI検査を行ったところ,左腸骨筋内に18 mm大の血腫を認めた(図1).血腫による左外側大腿皮神経の圧迫症状であると判断し,以降はメキシレチン塩酸塩やメコバラミン,桂枝茯苓丸エキス製剤により保存的加療の強化をしながら経過観察を行った.1カ月後に再検したMRIでは腸骨筋内の血腫は消失し,同部位の痛みも改善傾向となった.下肢装具の使用やリハビリテーションにより下肢運動は改善し,2カ月後に後遺症なく回復した.退院後も引き続き当科による疼痛コントロールを行っている.

図1

骨盤部MRI,左腸骨筋内血腫

III 考察

一般的に筋膜面ブロックは血腫形成のリスクが低いとされ1),FICB後の血腫形成の報告は,探し得た範囲ではなかった.FICBは超音波機器の普及以前はランドマーク法で広く施行されており,比較的安全性が高い手技と認識されている.SFICBは2011年にHebbardらにより報告され2),従来の鼠径下から行うFICBとは異なり,下前腸骨棘の点で縫工筋,内腹斜筋,腸骨筋膜,腸骨筋を矢状方向に超音波で描出し,腸骨筋膜−腸骨筋間のコンパートメントに頭側方向へ薬液を注入する方法で,筆者らは150人の患者に対して合併症なく施行できたとしている.

本症例における血腫形成の原因についてわれわれが検討したものを述べる.鼠径上アプローチによる神経ブロックでは意図せず骨盤腔内への針先の進展の可能性があり,動脈損傷が起きた場合,圧迫による止血が困難である.手技中に画像上では明らかな血管損傷は確認できなかったが,腸骨筋近傍や筋内の小さな栄養血管を穿刺した可能性は必ずしも否定できず,出血が緩徐に増大して大きな血腫へ進行した可能性がある.

また,SFICBでは腸骨筋膜下のコンパートメントに注入された薬液は頭側方向へよく広がり,大腰筋内側方向へ流れると考えられている3).本症例において使用された薬液量は30 mlと筋膜面ブロックでの使用量として多くはないが,施行後の体位や患者体格といった要因により薬液が腸骨筋膜−腸骨筋間に薬剤が留まったことが,腸骨筋膜下コンパートメント圧を急激に上昇させ,体動を契機に近傍の深腸骨回旋動脈や腸骨筋の栄養血管である腸腰動脈を破綻させた可能性が考えられた.

本症例では下肢の運動障害が遷延したが,外側大腿皮神経は純粋な感覚神経のため,痛みによる二次的な運動障害が要因と考えられた.一方で外傷性腸骨筋血腫の報告例では,腸骨筋の筋膜は薄く容易に腫大するため大腿神経の絞扼が生じるとされ4),本症例における運動障害もこうした機序が影響した可能性がある.

今回SFICBによる腸骨筋血腫のため神経症状を呈したまれな合併症を経験した.筋膜面ブロックにおいても遅発性の血腫形成をきたす可能性については留意しておくべきであると考えられた.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会 第3回北海道支部学術集会(2022年9月,Web開催)において発表した.

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