Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Clinical Report
Mandibular nerve block using echo guided para-foramen ovale approach for pain relief in mandibular osteoplasty: a case report
Reona MORISae UCHIYAMAShuichi YOKOTA
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2024 Volume 31 Issue 1 Pages 9-13

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Abstract

下顎骨形成術にガッゼル神経節ブロックのランドマークを参考に超音波ガイドにて下顎神経ブロックを実施した.卵円孔周辺の頭蓋底をエコーで描出し,口角外側3 cmより刺入し神経刺激による下顎神経のtwitchが出現した地点でロピバカインを注入した.術中は少量のオピオイド併用で循環動態が安定し,補助鎮痛として有用であった.

Translated Abstract

During mandibular osteoplasty, ultrasound-guided mandibular nerve block for anterior face pain was performed using the Gasserian ganglion block landmarks as a reference. The skull base around the foramen ovale was visualized through echography, and ropivacaine was injected 3 cm lateral to the oral commissures when a mandibular nerve twitch was observed, symbolizing nerve stimulation. During the surgery, the patient's vitals were stabilized by a combination of a low dose opioids, which may have had some degree of analgesic effects.

I はじめに

われわれは超音波装置,神経刺激器,ガッゼル神経節ブロックで用いるランドマーク[顔面の口角外側3 cmの点から同側の瞳孔(図1aのA線)と耳珠外側0.8 cm(図1aのB線)の点にそれぞれ直線を引き,その2本の線のベクトルの和の方向(図1aのC線)に神経ブロック針を進めると卵円孔に到達するとされるランドマーク1):以下,若杉の誘導線(図1a)]を用いて,X線透視を使用せず卵円孔近傍から下顎神経ブロックを全身麻酔に併用し,良好な術中の鎮痛管理が実施できた症例を経験したので報告する(以下,本手技を下顎神経ブロック傍卵円孔アプローチと表現).

図1

若杉の誘導線描出と穿刺の様子および神経ブロック時の超音波画像

a.若杉の誘導線の描出.矢頭:起点(口角から外側3 cmの点),A:瞳孔の中心と起点を結んだ線,B:耳珠内側0.8 cmの点と起点を結んだ線,C:起点からA,Bのベクトルの和の方向に引いた線.

b.実際の穿刺の様子.超音波装置と神経刺激器付き神経ブロック針を併用して神経ブロックを実施.また,本手技は超音波ガイド下ブロックを平行法にて行っている.

c.神経ブロック時の超音波画像(当院職員の協力を得て再現).①(エコープローベをC線上に設定)実際に穿刺を行ったビーム面.A:頬筋,B:外側翼突筋,C:内側翼突筋,D:頭蓋底(連続した骨組織面像),E(点線):頬骨弓,F(点線):神経ブロック針,矢頭(点線内):顎動脈またはその分枝の頬動脈.②(①の浅層をpower doppler法で観察)矢頭:顎動脈またはその分枝の頬動脈.③(①からややプローベを外側にスライドさせ,深層をpower doppler法で観察)矢頭:顎動脈(②で描出されている動脈の中枢側).④(エコープローベを③からさらに外側へスライド)翼状突起外側板と下顎骨の間が描出され脈管系が①,②より密集している.A(点線):口腔内との境界,B:外側翼突筋,C:笑筋,D:大頬骨筋,矢頭:顎動脈またはその分枝の頬動脈.⑤(エコープローベを①から内側へスライド)頭蓋底への侵入経路が消失し上顎骨の側面が描出される.A:上顎骨側面.

学術発表について本稿作成にあたっては本人および親権者の両者に口頭で説明し,文書にて同意を得た.

II 症例

1. 現病歴

17歳,女性.164 cm,53 kg.

既往歴:マイコプラズマ肺炎,内服歴:特記なし.

20XX年,顎変形症(下顎骨前突出)に対し矯正を開始した.20XX+2年,治療効果乏しく,当院口腔外科を受診した.本人の手術希望もあり下顎骨形成術(下顎枝矢状分割骨切り術)が予定された.

2. 経過

レミマゾラム,フェンタニル,レミフェンタニルにて麻酔導入を行い,経鼻アプローチで気管支鏡(軟性鏡)を用いて筋弛緩薬を使用せずに自発呼吸を残して気管挿管を実施した.その後,頭位を神経ブロックする側の反対側へ20度程度回旋させ,顎先挙上体位とした.また,ランドマークとなる若杉の誘導線を描写した(図1).誘導線上の「起点」にエコープローベを図1aのC線に平行に置き,やや尾側に傾け,若杉の誘導線から卵円孔の存在が予想される領域の頭蓋底(連続性のある骨組織表面)像を描出し穿刺を行った(図1b,c–①,②).また,頭蓋底の全体像を把握するため穿刺の事前にエコープローベを左右にスライドしその内側・外側の超音波画像も確認した(図1c–③,④,⑤).

超音波ガイド下(LOGIQ P6-0811,GE-Healthcare社)にて平行法(マイクロコンベックス8C-RSプローベ,GE-Healthcare社)で神経ブロック針(Stimuplex®Ultra 360 100 mm,B-BRAUN社)を穿刺し,穿刺と同時に神経刺激[運動神経(Aα繊維)を適切に刺激するため,設定はパルス幅0.1 msec,刺激頻度2 Hzとした]を開始した(図1b).まず刺激電流1.0 mAにて穿刺を行った.針先を超音波画像で確認しながら卵円孔周辺の頭蓋底方向に進めると刺入から約5 cmの点で下顎神経のtwitchとして下顎の開閉運動が観察され,さらに1 cmほど進めたところで頭蓋底の骨表面に穿刺針が接触した.そして刺激電流が0.5 mA未満ではtwitchがないことを確認し,その位置で薬液を注入した2).従来の顔面側方より翼状突起外側板を介して行う下顎神経ブロックについての過去の文献では0.2%~0.5%のロピバカインが推奨されていたため,本症例では0.3%ロピバカインを使用した3).対側も同様にブロックを行い,左右両側ともに同薬剤を3 ml注入した時点でtwitchが1.0 mAまでの刺激に対して抑制されたので手技を終了した.その後,手術が開始された.術中(手術時間:2時間30分)はレミフェンタニル0.1 µg/kg/min(気道確保時のみ0.15 µg/kg/min)以下で鎮痛し,血圧・脈拍ともにベースラインより±10 mmHg,±10 bpm以下の変動で推移した.また,閉創時(手術終了30分前)にフェンタニル100 µgのボーラスを行いintravenous patient controlled analgesia(IV-PCA:持続投与フェンタニル20 µg/時間,ボーラス投与量20 µg,ロックアウトタイム10分)を開始した.また,静注用アセトアミノフェン1,000 mgも使用した.手術終了15分後に麻酔から覚醒し抜管が行われた.覚醒直後より意識は清明で手術室退室時のnumerical rating scale(NRS):0であった.その後,手術終了4,12,16,20,24時間後ではすべてNRS:0であった(IV-PCAは術後24時間).

III 考察

下顎神経ブロックは顔面側方からアプローチされることが多く,それら従来法には被曝,刺入経路に顎動脈や静脈叢をはじめ脈管が密集していることによる血管穿刺のリスクがあり,手技の間に十分な開口位を保持する必要があるといったなどの課題がある3,4).そこでわれわれは下顎神経ブロック傍卵円孔アプローチとして,下顎神経とその周辺の解剖,若杉の誘導線1)を参考に針を顔面の前方から卵円孔近傍の下顎神経に直接アプローチさせる手技を検討した.それによって従来法より脈管が密集した経路を避け,下顎神経の中枢側から比較的少量の局所麻酔薬で神経ブロックを実施できた可能性を考える.また,本ブロックでは超音波装置に加え補助的に神経刺激器と若杉の誘導線も参考にした.本症例のように超音波画像で卵円孔が直接描出できていない場合,卵円孔内に神経ブロック針が誤侵入するリスクを考慮して,超音波画像上に連続した頭蓋底面の骨表面像を描出し(図1),下顎神経のtwitchの様相を観察する際の運針において常に針を頭蓋底に接触させることで,そのリスクを減らすことができると考えた.さらに若杉の誘導線の情報を加えて,より具体的に針を穿刺して進めていく方向(ベクトル)を決定した(図2).さらに筆者らは,針の進行方向だけでなく誘導線を用いることで卵円孔近傍の頭蓋底の超音波画像を平行法で描出するためのプローベの長軸方向での向きと角度も推定することができたと考えている.

図2

エコープローベのビーム方向

エコープローベのビーム方向を立体的に示している(プローベの向きは図1aのC線に平行).A':図1aのA線に相当,B':図1aのB線に相当,C':図1aのC線に相当.

他,超音波画像のみでは神経ブロック針が頭蓋底面に到達した地点が卵円孔より腹側か背側かを明確に判断することができない点については,今後,本法にX線透視も併用した超音波装置とX線透視のハイブリット手技を考えており,より正確に針先と卵円孔の位置関係を把握できる方法を検討していく予定である.

本症例では,全静脈麻酔において神経ブロックと少量のレミフェンタニル併用のみで,術中の血圧・脈拍の安定性と麻酔覚醒後から術直後までのNRSの推移からも,下顎神経ブロック傍卵円孔アプローチが一定の鎮痛効果を示していたと考えられ,高容量レミフェンタニルによる鎮痛管理による術後の副作用(痛覚過敏,シバリング)を予防できた可能性がある5).また,結果的に術中に使用するフェンタニルの量を減らすことにもつながり呼吸抑制やpostoperative nausea and vomiting(PONV)のリスク軽減につながったと思われる6).実際に口腔外科領域の全身麻酔において,神経ブロック併用で術中のオピオイド量をはじめとした麻酔薬の量を減らすことができるという症例報告や全身麻酔中の補助鎮痛として神経ブロックを推奨する2次文献が散見され,われわれは本症例でも神経ブロックの併用が同様に有用であったと考える79)

また,下顎骨手術にIV-PCAと下顎神経ブロックを併用することで術後の痛みのコントロールも良好になるという過去の報告から,フェンタニルでのIV-PCAを併用した10)

若杉の誘導線は前述のように三叉神経節ブロックのランドマークであるが,一般的な合併症として,神経障害,脈管誤穿刺,耳管誤穿刺,髄膜炎,脳神経障害などが挙げられる.今回の下顎神経ブロック傍卵円孔アプローチを行った場合に上記の合併症の発生率が減じるかどうかは現状では言及することはできない.現時点で本法では神経ブロック針が卵円孔に迷入するリスクも含めて上記の合併症はすべて念頭に置いておくべきと考える1).しかし,われわれは本手技にも利点はあると考えている.それらは,透視を使用せずに実施でき,解剖学的に脈管の密集した経路(顔面側方からアプローチする従来法で経路となる頭蓋底の卵円孔より外側の領域は顎動脈をはじめとする脈管が密集している)を避けてアプローチでき(図1c–②,③,④),超音波装置のpower doppler法を併用することで画像上視認できる脈管については損傷のリスクが減じる可能性がある点,開口障害があっても手技の難易度が変わらない点,使用する局所麻酔薬が結果的に比較的少量であった点などを考える.逆に欠点としては,超音波画像のターゲット部位が深く針の描出やpower dopplerでの評価に一定の練度を要する点,卵円孔が直接視認できないうえで下顎神経のtwitchも得られなかった場合に穿刺部の解剖学的な位置を推定する指標がなくなる点(筆者は,その場合は実施しないことを推奨する),穿刺針が本来より大幅に外側にずれた場合に耳管の誤穿刺のリスクがある点,本法では神経自体が超音波装置で描出されておらず高周波熱凝固療法など神経穿刺が求められる手技に不向きである点などが考えらえる.

本症例では,下顎骨形成術に対する超音波ガイドでの下顎神経ブロック傍卵円孔アプローチが術中の補助鎮痛に有効であった可能性を示唆した.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第57回大会(2023年7月,佐賀)において発表した.

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