2024 Volume 31 Issue 1 Pages 14-18
寒冷環境で約2週間過ごした後,入浴により下肢を温めたことを契機に激痛を生じ歩行困難となった症例を経験した.皮膚,軟部組織には凍傷は認めなかった.自発痛はなく誘発痛のみで,両足先に軽く触れると激痛(アロディニア)を生じた.痛みを生じる部位の冷覚とピンプリック痛覚は脱失していた.血管拡張薬や交感神経ブロックでは痛みに変化はなかった.nonfreezing cold injury(NFCI)と診断し,プレガバリン,アミトリプチリン,トラマドールの投与,腰部持続硬膜外ブロックなどの治療を開始したが,鈍的圧迫でも激痛が誘発されるため歩行困難が持続した.内側足底神経へのパルス高周波療法,リハビリテーションなどを追加し治療を入院から外来治療に移行し観察していたところ,発症約2カ月後,冷覚およびピンプリック痛覚は突然回復し,痛みもなく歩行可能となった.寒冷環境にさらされて生じたNFCIの症例を経験し,2カ月の治療後完全寛解したので報告する.
We experienced a teenage case of nonfreezing cold injury (NFCI) in a patient who spent approximately 2 weeks exposure in a cold environment. Following a bath that warmed the lower extremities, the patient abruptly experienced severe pain and difficulty walking, despite no frostbite in the skin or soft tissues. The sensory examination on both feet revealed no response to cold temperature and pinprick stimuli, but severe allodynic pain caused by light touch. Vasodilation and sympathetic nerve block did not change the pain. NFCI was diagnosed, and treatment with amitriptyline, pregabalin, tramadol, and continuous lumbar epidural block was started, but walking was difficult due to severe allodynia when weight was placed on the sole of the feet. After about 2 months treatment including physical rehabilitation, the neropathy were suddenly recovered, the pain disappeared and walking has also become possible.
19世紀の戦争で,塹壕にたてこもり寒冷で湿潤な環境下に長時間さらされた兵士に,足の腫脹・痛み・感覚障害をきたす症例があることが発表されtrench foot(塹壕足)と呼ばれた1–3).第2次世界大戦後,水に足を浸した水兵で同様の症状を生じることが報告されimmersion foot(浸水足)とも命名された1).ペインクリニック学会の用語集(改訂第4版)にはtrench foot(=immersion foot)と記載されている4).2011年Imrayら5)は0~15℃の寒冷な環境下に起こる四肢の障害で凍傷や組織の損傷を伴わないものをまとめてnonfreezing cold injury(NFCI)としている.
われわれは2週余りの野宿を経験した10代の少年が,40℃ぐらいの風呂の湯にかかったことを契機に,両下肢に激痛を訴え歩行困難となった症例を経験したので報告する.
本報告は,患者および親権者から書面での承諾を得ている.
10歳代の男子高校生.
X年12月,2学期の終業式後,自宅に戻らず町の中で過ごし始めた.昼間は公共施設や大型商業施設などで過ごし,夜間は公園など野外で野宿していた.X+1年1月初旬,市中で発見補導され自宅に戻ることとなった.
約2週間,着の身着のままで過ごしており,帰宅後直ちに入浴することとなった.両足に40℃前後のお湯をかけたところ,下肢の激痛に見舞われた.頭頚部,体幹,上肢に痛みはなく足だけ湯につけずに入浴した.両足,特に足趾の痛みが強いため,翌日皮膚科医院を受診した.足には凍傷など異常は認めなかったが,血流障害を疑われプロスタグランジンE1の点滴とプロスタンディン軟膏,トコフェロールニコチン酸エステルが処方された.翌日,痛みが強いためトラマドール・アセトアミノフェン配合錠を処方されたが効果はなく,足に触れると激痛をきたし,這って移動する状態となった.
帰宅後5日目,当科を初診.両下腿から足趾にかけて,浮腫,皮膚の色調変化などの異常は認めなかった.足をつけて立てず,車椅子を使用.自発痛の訴えはなかったが両側の足に軽く触れると激痛を訴え,体を後ろに大きく反らせた.温冷覚検査では下腿の遠位から足趾にかけて15℃の冷刺激を感じず,40℃の温刺激を冷たいと答えた.ピンプリックによる痛覚刺激も全く感じなかった.しかし,足趾を軽くつかむと激痛を訴えた.内果および外果の振動覚は維持されていた.足趾の表面皮膚温は28℃から30℃であった.両下肢の痛みの軽減と血流改善を期待し,第1/2腰椎間から腰部硬膜外ブロック(1回注入,1%メピバカイン6 ml)を施行した.硬膜外ブロック施行前後の母趾の足底皮膚温は,右母趾が26℃から35℃へと上昇したが,左母趾は28℃から30℃までしか上昇しなかった.意図せず片側優位の交感神経ブロックとなったが,痛みは左右差なくブロック後も変わらないと訴えた.
疼痛管理の目的で入院とし,L4/5間より硬膜外チューブを挿入,0.2%ロピバカインを4 ml/hで腰部持続硬膜外ブロックを開始した.硬膜外ブロックではnumerical rating scale(NRS)10/10から5/10程度まで痛みは軽減した.プレガバリン50 mg/日,アミトリプチリン10 mg/日,トラマドール50 mg/日の内服を開始,2週間後にはプレガバリン300 mg/日,アミトリプチリン25 mg/日まで増量した(図1).入院当初は靴下を履けず,寝具が足に当たらないように過ごしていた.下肢のリハビリテーションを開始,立位および歩行訓練を目的としたが,足先から足趾の痛みが強く,踵をつけて立つことしかできなかった.
治療経過図
疼痛強度はNRSで記録し,入院前後は外来診察時,入院中は昼食時(12時)のNRSを看護記録から描出した.Bier block,末梢神経ブロックを施行後NRS 0/10が記録されている.午前中に施行したため,効果が続いていることを示している.入院前はトラマドール・アセトアミノフェン配合錠が処方されていた.入院前よりトコフェロールニコチン酸エステル300 mg/日,メコバラミン1,500 µg/日が処方されており入院中も継続した.リハビリテーションによる理学・作業療法は入院中ほぼ毎日行った.鎮痛薬および鎮痛補助薬の内服は寛解後終了した.
2週間の腰部持続硬膜外ブロックを中止する前に,左下肢のBier block(静注用2%リドカイン200 mg,デキサメタゾン7.6 mg,生理食塩水を加え総量22 mlを駆血後の静脈内に20分間維持)を施行したところ,一過性に痛みは消失し,その後半日にわたって左足の痛みは軽減した.持続硬膜外ブロック中止8日後,右内側足底神経のブロックをエコーガイド下に行った.ブロック直後には右足趾の痛みが消失し,数時間持続した.2日後両側の内側足底神経ブロック(パルス高周波療法:42℃ 6分間,TOP社TLG-10)を施行した.
後脛骨神経および腓骨神経の神経伝達速度の測定では,30~50 m/secで左右とも正常範囲内であった.知覚検査では冷覚とピンプリック痛覚の脱失は徐々に足趾の先端に限られ狭くなった(図2).
両足の知覚検査によるピンプリック痛覚および15℃冷覚の脱失範囲
入院時,入院後7日目と退院時を比較した.知覚脱失範囲は趾先部に限局してきた.温冷覚検査は温冷覚刺激装置(サーモスティミュレーターT1-3101,ケージーエス社)を使用した.
リハビリテーションは入院後から開始し,下肢の筋力維持と歩行訓練を行った.松葉杖での移動が可能となり,痛みはNRS 6/10程度であったが,退院とし通学を許可,週1回の外来診療に切り替えた.
退院2週間後,突然足のアロディニアは消失.皮膚の知覚異常も解消し歩行可能となった.アミトリプチリン,プレガバリン,トラマドールの内服は中止,その後痛みの再発はみられない.
痛みを引き起こす末梢神経障害のうち寒冷暴露による多発性神経障害はNFCIと分類されている6,7).NFCIは,手足が0~15℃程度の凍結しない低温環境下に長時間あるいは繰り返しさらされることによって引き起こされる.Scadding6)は,NFCIの症候の特徴を末梢性神経障害性疼痛,帯状疱疹後神経痛,複合性局所疼痛症候群(CRPS)と比較している.NFCIでは,安静時の持続痛はなく,刷毛,ピンプリックおよび静的刺激による痛覚過敏がない,温熱と寒冷による痛覚過敏がそれぞれ5%と50%認められ,交感神経依存性疼痛の可能性は低いとしている6).英国陸軍のNFCI 76例の一連の症例報告では7),寒冷から復温時の強い痛みが68.3%,温度感覚異常が42.9%,ピンプリック知覚異常が88.1%にみられ,軽い触覚異常を50.8%に認めたとしている.
本症例は,体を洗うために風呂で足に湯を当てたことを契機に強い痛みを生じた.鈍的圧迫や軽い触覚による激痛(アロディニア)を示し,冷覚とピンピリック痛覚がないことから,CおよびAδ線維の障害が示唆された.交感神経ブロックでは痛みは変化せず,皮膚や軟部組織の損傷はなく,末梢循環に異常はないことからNFCIと診断した.
NFCIの病期は以下の4期に分けられている3).
第一期(寒冷暴露期):完全な知覚消失.皮膚は初期には発赤しその後は血管収縮のため蒼白となる.痛みはない.
第二期(充血前期):寒冷から解放され暖かい環境におかれた時期.血流が再開しても知覚鈍麻が続く.
第三期(充血期):知覚鈍麻は痛覚過敏を伴う激しい痛みに変わる.四肢末端にはまだ知覚鈍麻が残っていることもある.組織損傷はないことが多い.この時期は,突然始まり数日から10週ぐらいまで持続する.
第四期(充血後期):慢性の痛みと寒冷によるアロディニアが数週から数年にわたり持続し,CRPSに類似した状態となる.
本症例の寒冷暴露の期間と程度は不明であるが,野宿をしていた間の地域の気温は最高気温が3.3℃から12.6℃,最低気温が0.3℃から7.2℃の範囲であった.日中は商業施設や交通ターミナルなどの屋内で過ごし,夜間は野宿をしており,繰り返し寒冷環境にあったと考えられる.衣服や靴,靴下は履き替えることなく過ごしており,足趾は湿潤な状態で経過していた.帰宅後入浴時に湯を足にかけたところ激痛を生じたことから,一気に第二期から第三期へと進行したと考えている.痛みが強いため入院加療が必要と考えた.その結果,第四期に移行することなく治癒したものと考える.
痛みの治療としてはアミトリプチリン50~100 mg/日の投与が勧められており3),本症例でも10 mg/日から開始し25 mg/日に増量した.NSAIDs,プレガバリン,オピオイドなどの使用はどれも推奨されていないが,臨床研究が施行されていないためと考えた3).神経障害性疼痛の治療ガイドラインに則りプレガバリンの内服を行った.プレガバリンは50 mg/日から300 mg/日に徐々に増量したが,痛みの訴えに明らかな変化は認めなかった.
腰部持続硬膜外ブロックを2週間施行し,除痛は不十分であったが,冷覚,痛覚の脱失範囲は次第に狭くなった.硬膜外ブロック終了後,Bier block,内側足底神経ブロックを施行したところ短期的に完全に除痛を得ることができた.0.2%ロピバカインの硬膜外ブロックではAβ線維のブロックが不十分であり,末梢枝ブロックのBier blockと内側足底神経ブロックではAβ線維を含めてブロックできたためと考えた.
心理社会的な側面も治療に必要と考えた.患者との信頼関係を醸成するため痛みを軽減させることを優先した.入院中,本人は休学が続くことから,退院を希望するようになった.痛みは持続していたが,松葉杖での歩行ができており,自宅からの通学が可能と判断し退院させた.退院10日後,突然痛みは消失し,アロディニア,冷刺激に対する知覚鈍麻などの神経症状も解消した.英国陸軍の兵士でも完全に回復しているNFCIの症例が報告されており7),本例も回復可能な範囲の寒冷障害によるNFCIであったといえる.
寒冷地での兵役では,毎日の足の観察と乾燥した靴下に履き替えることなど予防法が指導されている3).そして,寒冷にさらされた後は足を挙上し,室温でゆっくりと温め,急速に温めないことを推奨している3).本症例ではそのような知識はなく,体を洗うことを優先し風呂に入って激痛を生じさせたのであろう.幸い,寒冷暴露による障害が可逆的で,約2カ月にわたる激しい痛みをきたしたが,なんら障害を残さず回復したものと思われた.
NFCIは現在でも遭遇する可能性の高い疼痛疾患である.寒冷環境で勤務する職業人,登山家,そしてホームレスなどを診察する場合,冷たい四肢を急速に温めないことが痛みの予防に重要である.NFCIの痛みの有効な治療については,本症例からは判断できないが,末梢神経ブロックの併用は予後を改善する可能性があり,今後の検討が期待される.