Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Clinical Report
A case of rapidly spreading infected thoracic aortic aneurysm which was suspected as herpes zoster-related pain
Mayu UENOShinichi YAMADAAyako HYODOMisa ESHIMAYui GOBARURikae HARANO
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2024 Volume 31 Issue 10 Pages 223-226

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Abstract

帯状疱疹関連痛の疑いで紹介となった患者が,感染性胸部大動脈瘤による疼痛であったと診断できた症例を経験したため報告する.60歳代,男性.左季肋部痛のため,前医を受診し腹部CTで左腎盂腎炎の診断および左胸部の帯状疱疹を疑われ皮膚科を受診した.無疱疹性で痛みが非常に強いことから,痛みの原因精査目的に当科に紹介となった.初診時,発熱に加えて第6胸椎レベルの左側優位に叩打で増悪する非常に強い疼痛および左季肋部に非水疱性の皮疹を認めた.血液検査では炎症反応上昇を認め,腎盂腎炎にしては強い疼痛であり,脊椎椎体炎を疑い,胸椎MRIを撮影したところ感染性胸部大動脈瘤の所見を認めた.感染性胸部大動脈瘤と診断し,手術加療の方針となった.直近で画像検査により内臓疾患を診断していたとしても,通常の背部痛を呈する疾患とは非典型的な症状,強い疼痛を呈する場合は,炎症反応の進行した感染性大動脈瘤を鑑別に挙げ,繰り返しの画像検査が必要である.

Translated Abstract

We report a case of rapidly spreading infected thoracic aortic aneurysm which was suspected as herpes zoster-related pain. A 60-year-old man was diagnosed left pyelonephritis and herpes zoster on the left thoracic region. Because the pain become severe, he was referred to our outpatient. At the examination, he had fever and very severe left side back pain at the level of the sixth thoracic vertebra without blistering skin rash. Blood test suggested an elevated inflammation. We revealed findings of an infected thoracic aortic aneurysm by thoracic magnetic resonance imaging. We diagnosed a rapidly spreading infected thoracic aortic aneurysm, and surgery was performed. Even if visceral disease is most recently diagnosed before, imaging studies should be repeated if it is accompanied by atypical symptoms. As this case shown, there is a possibility to detect a rapidly spreading infected aortic aneurysm by repeated imaging studies.

I はじめに

痛み診療における外来では,緊急的に治療が必要な場合や診断が重要となり,見逃してはならないred flag signを呈する疾患が隠れていることがある.具体的には,感染,骨折,腫瘍,出血を伴う血管性病変などである.痛み診療における外来において,生命に関わる緊急的な判断が必要な症例はまれではあるが,可能性はゼロではない.

今回,帯状疱疹関連痛の疑いで紹介となった患者が,感染性胸部大動脈瘤による疼痛であることを診断し,破裂を回避できた症例を経験したため報告する.過去に類似の報告はなく,本邦において初めての報告である.

なお,症例報告にあたり当該患者から同意を得ている.

II 症例

患 者:60歳代,男性.

主 訴:左季肋部~側胸部の痛み,両側の背部の痛み.

既往歴:X−11年より糖尿病,X−2年冠動脈ステント留置.

上記以外,がん疾患を含むその他の疾患は既往歴にはなかった.

バイアスピリン100 mg 1錠1×,クロピドグレル75 mg 1錠1×.

現病歴:X−24日,左季肋部痛のため,近医受診.胸部単純X線撮影にて肺炎所見なく,ロキソプロフェン処方を受けた.痛みが改善しないため,X−4日再度受診,腹部CTを撮影(図1)され,腹部CTでは左腎腫大および周囲の炎症所見を認めた.微熱と炎症反応上昇(CRP 7 mg/dl)などに対して,腎盂炎または腎尿管炎などの尿路感染症の診断でロキソプロフェン内服にて経過観察とされていた.その後も痛みは改善せず,左季肋部に発赤を伴う皮疹も認めたことからX−3日に帯状疱疹関連痛を疑われ皮膚科を紹介された.皮膚科では無疱疹性の帯状疱疹を疑い,アメナメビル400 mg 1錠1×が処方された.しかし,痛みが強くなり皮疹の所見からも帯状疱疹ではない可能性もあるとの判断で,当科外来に紹介となった.

図1

腹部CT

左腎周囲の浮腫性変化から炎症性変化と診断.

診察所見:初診時,左季肋部に非水疱性の発赤の皮疹を認めた.自発的な痛みとしては左の季肋部と背部の痛みであった.痛みの強度はNRS 8/10の痛みであり,痛みのために不眠と食思不振の訴えもあった.神経学的には触覚低下や冷覚低下など感覚障害を認めず,皮膚の神経支配領域に沿った痛みも認めなかった.帯状疱疹関連痛は皮疹の性状や痛みの領域などからは否定的であった.神経障害性疼痛と診断できず,その他の鑑別も挙がらず診断に苦慮した.さらに詳細に診察を行っていったところ,第6または7胸椎レベルの椎体左側にわずかな圧痛を認めた.また,診察時に発汗を認め,体温を測定すると38.5℃の発熱を認めた.血液検査ではCRP 24.3 mg/dlと上昇を認め,白血球12,000/µlで軽度上昇,血糖298 mg/dl,HbA1c 9.9%を認めた.その他の血液生化学検査には異常所見は認めなかった.

発熱,背部の叩打痛,炎症反応高値,コントロール不良な糖尿病,前医の腹部CTでは尿路系の炎症所見のみといった所見より,帯状疱疹は否定され,腹部の内臓臓器疾患も疑われるが造影CTでは否定的で,脊椎疾患で注意が必要な疾患としてがんによる脊椎転移も疑われた.椎体の叩打痛は認めなかったが,診察所見でわずかに椎体左側に圧痛を伴ったため,他の可能性として化膿性脊椎炎も疑った.このため緊急で胸椎MRIを撮影したところ,胸椎には異常がなく,炎症性変化を伴った胸部大動脈瘤を認めた(図2).臨床症状から感染性胸部大動脈瘤の切迫破裂を疑い,血管外科に紹介を行い,手術加療の方針となった.

図2

胸椎MRI

第6胸椎レベルで大動脈の拡張所見(黄矢印).

入院後経過:入院後施行した胸部造影CTでは内膜破綻を有する40×45 mmの瘤を認めた.外膜破綻はなく,破裂は免れていた.まずは抗生剤加療を先行させ,胸部下行大動脈人工血管置換術および大網充填術が施行された.術後は発熱など問題なく,炎症反応は速やかに陰性化し,痛み症状は消失した.

III 考察

痛み診療の中で,急を要する疾患である感染,骨折,腫瘍,出血を伴う血管性病変に遭遇することは比較的まれであるが,そのred flag signを見逃さず,診断・治療につなげることが大切である.その中でも大動脈解離などの血管性病変は致死率が高く速やかな診断・治療を要する.今回経験した感染性大動脈瘤は有病率が0.6~3.0%で,1885年にOslerが感染性心内膜炎に合併した大動脈瘤について報告して以来,致死率の高い重篤な疾患である1,2).感染性大動脈瘤の診断は,発熱・腹痛や背部痛の身体所見,血液検査での白血球増多,CRP上昇の炎症所見,CTなどの画像所見,血液培養の結果から行う2)

本症例では,当科受診の4日前に撮影した腹部CTで大動脈瘤は撮像範囲外で評価できていないが,その後の感染性大動脈瘤に伴う臨床徴候の急速な増悪,また,今回は関連性がなかったが,帯状疱疹を思わせる皮疹のためにペインクリニック外来を紹介受診となったと考えられる.当科受診前に前医で行われた尿培養の検出菌と当院入院時に施行した血液培養から検出された細菌は同じもの(Klebsiella)であり,前医で行われていた腹部CTで左腎腫大が認められている点を合わせて考えると,腎盂腎炎などの尿路感染症が契機の菌血症により感染性胸部大動脈瘤に至ったと考えられる.本症例の経験からもわかるように,感染性大動脈瘤はわずか数日のうちに増悪し,また,その致死率の高さを考えると,疼痛を伴うという点に留意して,問診・診察,繰り返しの画像評価を行うことが,診断に至る重要なポイントと言える.背部痛の診察をするにあたり,われわれは脊椎疾患全体に対して腰痛診察のガイドライン3)を参考にして,危険信号(red flags)を見落とさないことを日常で心掛けている.悪性腫瘍,感染,骨折など日常生活に危険性の高い重要脊椎疾患を見逃さないために,①red flagsを有し重篤な脊椎疾患の可能性がある腰痛,②神経症状を伴う腰痛,③神経症状のない腰痛の3つにトリアージして診察することが推奨される(図3).ここで述べているred flagsとは進行性・悪性・広範囲・慢性化・長期治癒過程などに関連した症状・所見の総称である(図4).これらに留意して診察し,red flagsや神経症状を呈する場合はMRIの撮影が考慮される4).今回,腰痛ガイドラインを参考に,発熱,背部痛の鑑別を行い,腎盂腎炎および感染性胸部大動脈瘤を診断した.発熱,背部痛により腎盂腎炎を診断し得たとしても,今回の症例のように,すでに診断されている内臓疾患の症状では説明できない疼痛がある場合や安静においても高度の痛みを伴う場合などは,感染性大動脈瘤の合併の可能性も否定できない.感染性大動脈瘤は数日で悪化し画像所見の変化を呈し,かつ致死的な疾患であるため,繰り返しの画像検査が必要である.

図3

腰痛診断のアルゴリズム

文献3,p.23より引用.

図4

red flags

文献3,p.23より引用.

また,本性例では帯状疱疹が関連した感染性大動脈瘤ではなかったが,水痘帯状疱疹ウイルスの合併症として脳血管炎を引き起こし,脳梗塞や脳出血,脳動脈瘤や解離,くも膜下出血が起こることが知られている5).また,仙髄領域の帯状疱疹関連痛による会陰部の清浄が保てず,尿路感染症を合併した症例の報告などがある6).帯状疱疹はペインクリニック外来において,よく遭遇する疾患である.上記の報告は,帯状疱疹に合併した,見逃してはならないred flag signを呈する疾患(出血を伴う血管性病変,感染)であるため,われわれは日々の外来診療において見逃さないように丁寧な問診,診察,検査を行うべきである.

IV 結語

今回,無疱疹性の帯状疱疹関連痛を疑われたが,診察および画像所見より感染性胸部大動脈瘤による背部痛と診断した.痛みには見逃してはいけない兆候が隠されていることがあり,問診,身体所見,血液生化学所見,画像所見を総合的に判断し,何より患者の声に耳を傾け常に見逃さないような姿勢での診療が重要である.

本症例の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.

文献
 
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