2024 Volume 31 Issue 11 Pages 231-234
難治性がん疼痛に対して,脊髄くも膜下鎮痛法は優れた治療であるが,症例ごとの局所麻酔薬の調整が必要である.今回,薬液の比重を調節することで良好な鎮痛を得られた症例を報告する.症例は47歳の女性,直腸がん治療後の仙骨転移,骨盤内再発により,仙骨部,左臀部,左大腿後面に強い痛みが出現し,当緩和ケアチームに紹介された.オピオイド鎮痛薬の用量調整を行うも,効果は乏しく,眠気が出現し,ADLが低下した.ほとんど動けず,自宅療養が困難となり,入院して脊髄くも膜下鎮痛法を導入した.脊髄くも膜下カテーテルの先端を第1腰椎レベルに留置させ,等比重ブピバカインを用いたが,用量を増加させると,安静時痛が消失する一方で,下肢筋力低下,尿閉が出現し,体動時痛も残存して車椅子移動は困難であったため,ブピバカインの比重を漸増させた.くも膜下レスキュー量も併せて調整することで,筋力低下と尿閉は軽快し,痛みなく車椅子移動が可能となり,退院することができた.局所麻酔薬の比重を高めることで,臥位での脊髄後根(感覚神経線維)への麻酔移動が起こり,良好な鎮痛につながったと考えられる.
Intrathecal analgesia (IA) is an effective method of pain control for patients with refractory cancer pain. However, IA needs to arrange local anesthetics for each patient to have an appropriate analgesia. The authors present a case report in which we controlled the baricity of intrathecal drugs and achieved sufficient analgesia. A 47-year-old woman reported severe lumbar pain due to multiple bone metastases following rectal cancer surgery. Opioids produced insufficient analgesia and drowsiness, resulting in decreased activity of daily life. We offered IA with the catheter tip in L1, and administrated isobaric bupivacaine. The pain disappeared at rest, but appeared on movement. The IA therapy using isobaric bupivacaine also provided urinary retention and muscle weakness in legs. Therefore, we gradually increased the baricity in combination with hyperbaric bupivacaine, and presented sufficient analgesia for exertional pain without urinary retention and motor weakness. Increasing baricity may shift local anesthetics from anterior root (motor nerves) to posterior root (sensory nerves) in intrathecal space.
がん疼痛に対する基本的な症状緩和としては,オピオイド鎮痛薬の全身投与が用いられる.しかし,オピオイド鎮痛薬に対する反応性や副作用の問題などから,鎮痛に難渋することはまれではない.このような難治性がん疼痛に対して,脊髄くも膜下鎮痛法は優れた治療である1).脊髄くも膜下鎮痛法にはオピオイド鎮痛薬や局所麻酔薬が用いられるが,症例ごとの薬液調整が必要である.今回,薬液の比重を考慮した脊髄くも膜下鎮痛法で良好な鎮痛を得られた症例を経験したので報告する.
なお,本症例の報告にあたり,患者本人に説明し,文書による同意を得た.
47歳女性.身長160 cm,体重56 kg.
主病名:直腸がん.
既往歴:帝王切開歴3回.
採血結果:特記事項なし.
現病歴:直腸がんの診断で,X−5年9月に化学療法開始,X−4年2月に腹腔鏡下低位前方切除術施行,術後化学療法後は外来にて経過観察となっていたが,X−1年12月のPET-CTで左仙骨,右閉鎖リンパ節再発を認めた.同時期より仙骨部,左臀部および大腿後面に強い痛みを自覚し,ロキソプロフェン180 mg/日を処方されるも改善せず,当緩和ケア専門外来紹介となった.
初診時現症:左臀部から下腿後面にかけて,numerical rating scale(NRS)平均値で7/10の重いつりそうな痛みがあった.日中は緊張しており痛みは少ないが,夜間に痛みが増強し睡眠が十分に確保できていなかった.同時期に施行したCT(図1)およびPET-CT(図2)にて左仙骨転移,骨盤内再発を認め,がん疼痛と判断した.
紹介時CT
紹介時PET-CT
治療経過:薬物療法としてオキシコドン徐放性製剤40 mg/日から開始し,最大60 mg/日まで増量を行うも鎮痛効果は乏しい一方で,眠気が出現し,ADLが低下した.臥床傾向となり自宅療養も困難となったため,入院して脊髄幹鎮痛を導入する方針となった.入院後に硬膜外鎮痛を行い,疼痛緩和が得られることを確認し,薬液の調節性や感染対策を考慮し,数日後に脊髄くも膜下鎮痛法を導入した.L4/5から穿刺し,脊髄くも膜下腔内のカテーテル先端を第1腰椎レベルに留置し,皮下ポートは右鎖骨下に造設した.薬液は,等比重ブピバカイン1 mg/h(0.1%,1 ml/h,モルヒネ塩酸塩0.5 mg/40 ml添加)で開始した.安静時痛が消失し夜間の入眠が可能になった一方で,左下肢筋力低下に加えて,尿閉が出現したため尿道バルーン留置となった.ブピバカインは用量調整に加えて等比重液と高比重液の混合とし,比重を高めることで鎮痛強化と副作用への対応を試みた.体動時痛は依然強く,車椅子移動は困難であったため,くも膜下レスキュー量を増量して対応した.脊髄くも膜下鎮痛開始7日目以降,ブピバカインは高比重のみとし,くも膜下レスキュー量を1.4~2.8 mg/回としたところで安静時,体動時ともに鎮痛が得られた.尿道バルーンも抜去を目指し自宅退院を検討していたが,直腸腟瘻が判明し人工肛門造設の方針となった.脊髄くも膜下カテーテルの位置関係から,手術では別に硬膜外カテーテルを留置した(T10/11より穿刺).術後経過は良好で術後2日目には硬膜外カテーテルを抜去した.その後,再度MMT 3程度の下肢筋力低下を認めたため,ブピバカインの用量を0.059 mg/hまで下げたところ尿意も感じたため,翌日に尿道バルーンを抜去した.自排尿があり,座位保持時間も延長傾向にあった.退院前に痛みの増強があったため,最終的な用量は0.06 mg/hとして自宅退院となった.退院にあたり,携帯型精密輸注ポンプはスミスメディカル社のCADD Legacy®を使用した.脊髄くも膜下鎮痛法の薬液組成の経過と作用・副作用の詳細は図3に示した.
脊髄くも膜下鎮痛の薬液組成経過
直腸がん術後で仙骨転移,骨盤内再発に伴う激しい臀部痛,下肢痛に対して脊髄くも膜下鎮痛法で良好な鎮痛を得ることができた症例を経験した.
がん性疼痛には薬物療法としてオピオイド鎮痛薬が頻用されるが,オピオイド感受性の個人差や眠気,悪心といった副作用の問題から患者のQOLが向上しない症例も少なからず存在する.
薬物療法で疼痛管理が不十分な難治性疼痛に対して,インターベンショナル治療は良い適応である.会陰部周辺の疼痛には脊髄くも膜下フェノールブロックも検討されるが,合併症として膀胱直腸障害や下肢運動麻痺があり,しばしば不可逆的になりうることから適応症例は限られる.脊髄くも膜下鎮痛法も同様に上記合併症のリスクはあるが,薬剤調整することで回避可能なものも多く,長期予後が見込め,ADL向上を目指すような本症例は良い適応と考える.
薬液の広がりや麻酔発現には,薬液の比重が関係する2).比重の高い薬液の単回投与においては,座位や立位で尾側に移動しやすく,仰臥位では生理的弯曲の影響を受けながら尾側へ移動する.仰臥位では,脊髄前根(運動神経線維)が天井側,脊髄後根(感覚神経線維)が床側に位置し,馬尾も床側に移動しているため,比重の高い薬液では脊髄くも膜下腔の床側に移動することで感覚神経線維への麻酔がかかりやすく,運動神経線維への麻酔がかかりにくくなることが予想される3,4).また,交感神経線維の遠心系線維(血管に分布して拡張させる線維)も脊髄前根を通過するため,麻酔薬の床側移動では低血圧の軽減が期待できる.脊髄くも膜下腔における各薬液の比重を表1に示す.持続投与での薬液の広がりが単回投与と同様に比重に依存するかは定かではないが,本症例では局所麻酔薬の比重を高めることで,仰臥位での脊髄後根(感覚神経線維)への麻酔移動,さらには座位での尾側への麻酔移動が起こり,良好な鎮痛につながったと考える.
比重(g/ml) | |
---|---|
髄液 | 1.0005 |
生理食塩水 | 0.9993 |
モルヒネ注射液 | 1.0016 |
マーカイン注脊麻用0.5%等比重 | 0.9993 |
マーカイン注脊麻用0.5%高比重 | 1.0207 |
文献1より引用改変.
また,排尿にはT11~L2の交感神経線維,S2~4の副交感神経線維,S2~4の運動神経線維が関わる.局所麻酔薬を使用した脊髄くも膜下鎮痛法ではこれら神経系の均衡崩壊による排尿障害が起こり得るが,麻酔範囲のみでは予測困難である.排尿障害は局所麻酔薬の用量依存性に強まる傾向があるため,対応の原則は局所麻酔薬の減量となる5).今回,比重の変化に伴う局所麻酔薬の移動が,交感神経遠心性線維による内尿道括約筋収縮,運動神経線維による外尿道括約筋収縮を減弱させるなどして,尿閉改善にもつながったと考える.
また,モルヒネも脊髄くも膜下鎮痛法に用いられる薬剤であり,静注,硬膜外投与,脊髄くも膜下投与における鎮痛等力価換算比は,100:10:1とされるが,明確なエビデンスはない6).本症例においては,局所麻酔薬を減量した際にモルヒネを増量しているが,鎮痛効果の増強は判然としなかった.尿閉に関しても,オピオイドの用量依存性に生じるとされる7)が,本症例ではモルヒネを減量せずに自尿を得られたことから,影響はなかったと考える.
比重を考慮した脊髄くも膜下鎮痛で良好な鎮痛が得られた症例を経験した.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第57回大会(2023年7月,佐賀)において発表した.