2024 Volume 31 Issue 11 Pages 235-236
左の側胸部から上腹部の帯状疱疹患者において,左側胸部と左上腹部とで痛みの性状が異なったことから,左側胸部痛は帯状疱疹関連痛(zoster associated pain:ZAP)による神経障害性疼痛,左上腹部痛は前皮神経絞扼症候群(anterior cutaneous nerve entrapment syndrome:ACNES)による神経障害性疼痛と診断して,左上腹部痛に対する腹直筋鞘ブロック(rectus sheath block:RSB)を行い有効であったため報告する.
なお,投稿に際して患者本人から書面で同意を得ている.
70代,男性.前立腺全摘除術の既往あり.
主 訴:左上腹部痛.
現病歴:左背部から上腹部にかけての帯状疱疹と皮膚科で診断されて治療を受けたが,左背部から上腹部にかけての痛みが続くため,発症3週後に当科を紹介受診した.
初診時は,左第7,8胸椎高位の背部および側胸部から上腹部にかけて暗赤色の皮疹痕を認めた.最も強い訴えは左上腹部の痛みであったが,左側胸部にピリピリとした感覚異常とアロディニアを認めた.左上腹部では肋骨弓直下から臍上にかけてnumerical rating scale(NRS)5のチクチクとした性状の自発痛を認めた.同部位にアロディニアはなかった.血液検査では明らかな異常は認めなかった.
ZAPと診断し,神経障害性疼痛としてミロガバリン10 mg/日を開始したが,1週間後の再診時に左側胸部のアロディニアと左上腹部痛の訴えは変わらず,特に左上腹部痛による苦痛を強く訴えたためトラマドール100 mg/日を追加した.発症7週間後(当科治療開始3週間後)も,左上腹部に同等の痛みが持続していたため,エコーガイド下に左側臍上部のRSB(1%メピバカイン10 ml使用)を実施したところ,直後に左上腹部痛が消失した(図1).痛みの消失は数日持続し2週間後の左上腹部痛はNRS 3と改善した.この時,圧痛点を左腹直筋外縁の肋骨弓下三指尾側に認め,圧痛点付近の感覚鈍麻,圧痛点のCarnett徴候陽性を認めた.これらの所見から左上腹部痛の原因としてACNESを念頭に置き,内服療法と並行しRSBを継続したところ,毎回左上腹部痛は一時的に消失した.RSBを4回実施後に上腹部痛はほぼ消失した.ミロガバリンとトラマドールの内服継続で左側胸部のアロディニアは持続していたものの増悪せずに経過した.経過中に腹部CT検査を実施したが腹痛の原因となり得る腹部臓器,腹壁の異常は指摘されなかった.
症例における前腹部痛,圧痛点,側胸部のアロディニアの位置関係
本症例は,帯状疱疹の発症に伴って左上腹部痛と左側胸部のアロディニアが出現したため,ZAPと診断した.しかし,左上腹部痛には腹直筋外縁の圧痛点,Carnett徴候陽性といったZAPとは異なる特徴がみられた.また本症例では,RSBを反復して行うことで左上腹部痛の軽減を認めたが,ZAPへの末梢神経ブロックの有効性は明らかでなく1),本症例でRSBが有効であったことも通常のZAPと異なると考えた.
ACNESは肋間神経皮枝の分枝である前皮枝が腹直筋前葉で絞扼されることで腹痛を生じる疾患である.ACNESはCarnett徴候陽性,限局した圧痛点の存在,圧痛点に局所麻酔薬を注入することで一時的に痛みが緩和する,痛み部位の痛覚過敏や感覚鈍麻の存在,血液検査や画像検査で異常を認めないといった臨床所見から診断される2).また,ACNESでRSBの反復が有効であったとの報告もある3).本症例は,これらのACNESの特徴を全て満たしており,腹部のZAPにACNESを合併したと考えた.Katoら4)は,腹部の帯状疱疹後神経痛にRSBが有効であった症例を報告しているが,有効であった機序についての考察はない.腹部のZAPにACNESを合併したという報告は過去にないが,見過ごされてきた可能性がある.
ACNESの発症機序は明らかになっていない.本症例の場合,ZAPの出現と同時にACNESによる左上腹部痛が出現しており,帯状疱疹による痛みによって腹直筋の強い緊張が生じ,ACNESを発症した可能性が考えられる.
本症例の左上腹部の痛みを左側胸部の痛みと同様に一元的にZAPによるものと考えることもできる.しかし,さまざまな病態の可能性を考慮することが詳細な診断と治療に結びつき,患者にとって有益である.
左上腹部から側胸部の帯状疱疹患者において,左上腹部の症状をACNESと診断し,治療することが有効であった症例を経験した.
本症例の要旨は,日本ペインクリニック学会第57回大会(2023年7月,佐賀)において発表した.