2024 Volume 31 Issue 12 Pages 254-256
血友病Aは先天的に凝固第VIII因子が欠損・低下する遺伝性疾患であり,その活性が40%以下と定義される.治療は第VIII因子の補充であり,出血時,予備的,定期の三つがある.凝固因子の補充に対する免疫反応として出現するインヒビターにより,凝固因子が機能せず,出血制御が困難となる可能性がある.「インヒビターのない先天性血友病Aの止血治療ガイドライン」(2013年改訂版)ではさまざまな出血や処置に対して,凝固因子補充による目標因子レベルが設定されている1).
2014年8月に作成された「抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン」2)では,各種神経ブロック手技の出血リスクを層別化し,それに基づいた抗血栓薬の取り扱いを提唱した.
複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)は組織損傷後の経過において創傷治癒後にも強い痛みが持続し,病因は不明である.治療は集学的治療が有効であり,早期の治療介入が重要である3).
今回われわれはインヒビターのない先天性血友病A患者におけるCRPSに対して第VIII因子製剤の適切な補充療法を行い,安全に区域麻酔を施行した症例を経験したので報告する.
なお,本症例報告に関して,患者本人より書面にて同意を得ている.
患者は24歳の男性,身長179 cm,体重76 kg.出生時より血斑が目立ち,生後8カ月ごろに血友病Aと診断された.5歳から第VIII因子製剤の補充療法を施行されていた.
現病歴:X年5月,歩行時に突然左下腿に電撃痛を自覚し,歩行困難となった.筋肉内出血を疑われたが,補充療法は無効であった.X年6月,器質的異常を認めず,当科を紹介された.初診時は,左足関節以遠の灼熱痛とアロディニア,皮膚色調不良,冷感,浮腫を認め,numerical rating scale(NRS)は8点であった.臨床所見からCRPSと診断された.
治療経過(表1):プレガバリン,トラマドール徐放製剤,三環系抗うつ薬による内服加療を開始したが,疼痛改善を認めなかった.
治 療 | 補充療法 | |||||
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X年 | 5月 | CRSP発症 | 入院 | 内服加療開始 | ||
6月 | 坐骨神経ブロック | 単回 | オクトコグベータ1)3,000単位,週2回 | |||
持続 | オクトコグベータ1)3,000単位,週2回 | |||||
7月 | 硬膜外ブロック | 持続 | 硬膜外カテーテル挿入時,朝オクトコグベータ1)3,000単位,その後7,000単位,0.7 ml/h,3.83単位/kg/h | |||
挿入中,オクトコグベータ1)3,000単位,隔日 | ||||||
抜去時,朝オクトコグベータ1)3,000単位,夜2,000単位 | ||||||
静脈内ブロック | オクトコグベータ1)3,000単位,週2回 | |||||
8月 | SCSパンクチャート ライアル |
硬膜外カテーテル挿入時,朝オクトコグベータ1)3,000単位,その後7,000単位,0.7 ml/h,3.83単位/kg/h | ||||
挿入中,オクトコグベータ1)3,000単位,隔日 | ||||||
抜去前,オクトコグベータ1)3,000単位,抜去後2,000単位 | ||||||
9月 | 退院 | |||||
X+1年 | 2月 | 麻酔科再診 | ||||
3月 | 入院 | 脊髄くも膜下麻酔 | エフラロクトコグアルファ2)4,000単位ボーラス後,4,000単位0.5 ml/h | |||
4月 | 硬膜外ブロック | 持続 | エフラロクトコグアルファ2)4,000単位ボーラス後,4,000単位0.5 ml/h | |||
挿入中,エフラロクトコグアルファ2)3,000単位,隔日 | ||||||
抜去前,エフラロクトコグアルファ2)2,000単位,抜去後1,000単位 | ||||||
退院 | 坐骨神経ブロック | 持続 | エフラロクトコグアルファ2)3,000単位,3日ごと | |||
5月 | 外来 | 坐骨神経ブロック | 単回 | ルリオクトコグアルファペゴル3)3,000単位,自己注 | ||
7月 | CRPS軽快 |
1)オクトコグベータ(遺伝子組換え型血液凝固第VIII因子製剤),2)エフラロクトコグアルファ(遺伝子組換え血液凝固第VIII因子Fc領域融合タンパク質製剤),3)ルリオクトコグアルファペゴル(ペグ化遺伝子組換え血液凝固第VIII因子製剤).
侵襲的処置に対する予備的補充療法を血液内科に依頼し,坐骨神経ブロック,持続硬膜外ブロック,静脈内ブロック,脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)パンクチャートライアルを施行した.X年9月,疼痛緩和を認めず,転院となった.
X+1年2月,当科を再受診され,同年3月,文献的にCRPSに有効であった区域麻酔下における無痛状態での理学療法4)目的で入院となった.脊髄くも膜下麻酔(高比重ブピバカイン3 ml)や腰部硬膜外ブロック(0.75%ロピバカイン10 ml)施行することで皮膚色調,冷感の改善と疼痛領域に完全な除痛を得て,他動的な理学療法が可能となったが鎮痛効果は一時的であった.退院後,外来での坐骨神経ブロックで,NRSは6点から4点に低下した.同年7月に松葉杖歩行可能となり,当科終診となった.その後,疼痛増悪は認めていない.
補充療法(表1):坐骨神経ブロック,静脈内ブロックには,定期補充のオクトコグベータ(遺伝子組換え型血液凝固第VIII因子製剤)3,000単位の週2回ボーラス輸注(bolus infusion:BI)で施行可能であった.硬膜外ブロックやSCSパンクチャートライアルでは,予備的にオクトコグベータ3,000単位を挿入前にBIし,挿入後に7,000単位を持続輸注(continuous infusion:CI)した.硬膜外カテーテル,電極リード挿入中は定期として3,000単位を隔日BIされた.硬膜外カテーテル抜去やリード抜去時には,予備的に抜去前3,000単位,抜去後に2,000単位追加でBIされた.脊髄くも膜下麻酔では予備的にエフラロクトコグアルファ(遺伝子組換え血液凝固第VIII因子Fc領域融合タンパク質製剤)4,000単位をBI後に,さらに4,000単位をCIされた.外来での坐骨神経ブロックは,定期補充のルリオクトコグアルファペゴル(ペグ化遺伝子組換え血液凝固第VIII因子製剤)3,000単位をブロック施行日の朝にBIし問題なかった.
目標因子レベルは第VIII因子:必要輸注量(単位)=体重(kg)×目標ピーク因子レベル(%)×0.5と記載がある1).第VIII因子をBIした場合,活性は輸注後10~15分がピークである.第VIII因子の血中半減期は8~14時間であり,一定間隔でBIした場合,次の輸注直前の因子活性値がトラフ因子レベルである.必要輸注量は循環血漿量に比例し,手術・観血的処置時では,凝固因子クリアランスは上昇する.過量輸注は,血栓症誘発や循環負荷などが考えられるがエビデンスはない1).本症例では,第VIII因子製剤1回量3,000単位を定期補充されていた.本症例では,通常生活のピーク因子レベルは80%程度で管理されていた.
2. CRPS治療経過中,左小趾に幼少期の鍬による傷跡を発見した.この傷跡以外にCRPS発症に関する受傷機転を示唆するエピソードはなかった.無痛状態での理学療法を意識下で行うことで,患肢が動いているという視覚からの情報による中枢神経系の運動感覚フィードバックにより,疼痛と運動イメージを改善した可能性が考えられた.これは鏡療法の機序に類し,脳卒中後麻痺や慢性疼痛治療への有用性が報告されている5).
3. 区域麻酔各種処置・小手術における補充療法1)では,ほとんどの手技で施行前の目標ピーク因子レベルの上限は80%であった.本症例では定期補充療法直後であれば因子レベルは80%程度であり,区域麻酔は極めて安全に施行可能であったと考えられる.治療期間中の採血データ(平均±標準偏差)ではPT%:85.7±4.3,PT(秒):11.2±0.26,PT対照:10.4±0.085,INR:1.08±0.028,APTT%:113.2±40.8,APTT(秒):29.5±5.7,APTT対照:29.5±0.07であった.本症例から,インヒビターのない血友病A患者においても,適切な補充療法により区域麻酔の安全性が示唆された.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第57回大会(2023年7月,佐賀)において発表した.