2024 Volume 31 Issue 12 Pages 250-253
65歳男性.乗用車運転中の交通事故にて受傷後,左頸部から上肢にかけての痛みが出現し,MRIで頸椎椎間板ヘルニアと左椎間孔狭窄を認め,保存治療を開始した.経過中,左肩腱板損傷を指摘され,鏡視下腱板断裂修復術を受けた.その後も左上肢痛としびれが改善せず,受傷より1年後,整形外科より頸部神経根ブロック目的にペインクリニックへ紹介となった.左C6神経根ブロックは頸部痛には効果があったが左上肢しびれには変化がなかった.ペインクリニックでの問診にて,受傷後から耳鳴が持続し生活に支障をきたしていることが分かった.後頸部痛の軽減目的に左大後頭神経ブロックを行ったところ著効し,耳鳴にも効果を認めた.超音波ガイド下に,左大後頭神経に高周波パルス法(42℃,2 Hz,20 ms,45 V,6分間)を施行したところ,耳鳴,頸部痛の軽減が得られ,効果は約3カ月持続し,抑うつ傾向にも改善がみられた.外傷性頸部症候群に伴う耳鳴に大後頭神経ブロックが著効し,さらにパルス高周波で長期的効果が得られた1例を経験した.
A 65-year-old male who had a car accident a year ago had been complaining of neck pain, neck stiffness, left upper limb pain and numbness. He was also suffering from persistent tinnitus and nausea. The patient was referred to our pain clinic to receive a cervical nerve root block. Initially, he underwent C6 nerve root block, which was not effective for upper limb symptoms, whereas greater occipital nerve block was effective to reduce his neck pain and stiffness. The greater occipital nerve block was extremely effective for tinnitus and nausea and achieved the patient's high satisfaction. We also applied pulsed radiofrequency (42℃, 2 Hz, 20 ms, 45 V, 6 min) to the greater occipital nerve under ultrasound guidance, which was effective for three months and decreased his depression scale. The greater occipital nerve block can be an effective treatment for tinnitus in traumatic cervical syndrome patients.
外傷性頸部症候群は,交通事故などで頸部に外的な力が加わった後,頸部痛や後頭部痛,耳鳴,めまい,嘔気など多彩な症状が出現する疾患である.症状は時に長期化し治療に難渋することもある.今回,耳鳴の症状に,大後頭神経ブロックおよびパルス高周波法が著効した外傷性頸部症候群の1症例を経験したので,患者の同意を得て報告する.
65歳男性,168 cm,85 kg.
既往歴:高血圧,高脂血症.自動車を運転中,交差点で右折合流してきた車と衝突し受傷,左頸部から上肢にかけての疼痛を訴え救急搬送され,前医より頸髄損傷疑いで当院整形外科を紹介受診した.MRIでC3/4正中の頸椎椎間板ヘルニア,C5/6/7左椎間孔狭窄を認め,保存治療を開始したが,プレガバリン,トラマドールは薬疹が出現し内服困難であった.理学療法を開始し経過観察中に左肩痛と左肩可動域制限を認め,左肩腱板損傷を指摘され,受傷7カ月後,鏡視下腱板断裂修復術を受けた.術後経過には問題がなく,左肩痛は軽減したが,左上肢痛としびれが改善せず,受傷より1年後,左C6神経根ブロック依頼目的で整形外科よりペインクリニックに紹介となった.
ペインクリニック初診時の主訴は左頸部から上肢にかけての痛みとしびれで,疼痛スケールはvisual analogue scale(VAS)56 mm,ひどい時は75 mmまで増強し,左側を下にして眠れないと訴えていた.頸部に湿布を貼付すると痛みが和らぐため毎日使用していた.Jacksonテスト陽性で,左C6領域に感覚低下を認めた.握力は右41 kgに対して左13 kgであり,徒手筋力テストにて,左上腕二頭筋筋力4/5,左上腕三頭筋筋力4/5と低下を認めた.神経障害性疼痛スクリーニング質問票を用いた評価では,14/28点と神経障害性疼痛の可能性が高く,日常生活スコア10/12点と睡眠や仕事にも影響を大きく与えており,うつ性自己評価尺度(self-rating depression scale:SDS)における評価では,51/80と中等度の抑うつ性がみられた.
超音波ガイド下に,1%リドカイン2 mlとデキサメタゾン1.65 mgを用いて左C6神経根ブロックを3回行い,頸部痛はやや軽減したものの,左上肢痛としびれに変化はなかった.頸椎椎間関節症も疑い,頸椎椎間関節ブロックも施行したが,左上肢の症状は軽減しなかった.注意深く問診をしていくうちに,交通事故での受傷後から,耳鳴,嘔気が持続していることが判明し,Barré-Liéou症候を伴う外傷性頸部症候群と診断した.耳鳴は両側性であったが左により強く,自覚的難聴は伴っていなかった.後頸部痛が強かったため,大後頭神経ブロックを行ったところ,頸部痛を軽減するだけではなく,耳鳴にも有効であることが分かった.効果持続は2週間ほどであったため,より長期的な効果を期待し,左大後頭神経にパルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)を施行した.アプローチはGreherらが報告したC2レベルで行う方法1)を用いた.腹臥位とし,後頸部にリニアプローブ(HFL38x/13–6 MHz, Sonosite Edge)を当て二峰性となっているC2棘突起先端を確認したあと外側にスライドさせ,C2椎弓の浅層にある下頭斜筋,頭半棘筋を確認し,これらの筋間を走行する,高エコーで紡錘状の大後頭神経を同定した.平行法にて,外側からポール針(長さ60 mm,active tip 5 mm)を刺入し,針先が大後頭神経に接したところでテスト刺激(50 Hz,0.2 ms,<1.0 V)を開始したところ,耳介後部へ放散する感覚が得られたので,その位置でPRFを施行した(トップ社TLG-11使用,42℃,2 Hz,20 ms,45 V,6分間).通電時間は,山下ら2),Batistakiら3)の報告などを参照し決定した.通電終了後,0.2%リドカイン1 mlを投与した.2週後の評価では,左頸部の筋硬結がなくなり凝った感じが消失し,頸部痛のVASは75 mmから16 mmと低下を認め,湿布を必要としなくなった.左側の耳鳴がnumerical rating scale(NRS)10から3に軽減,それに伴い嘔気も軽減したことにも本人は喜び,当初の主訴であった左上肢痛としびれには変化がなかったものの,非常に高い満足度を維持できた.各ブロックに関連する合併症はなかった.
PRF施行2カ月後の評価では,頸部痛のVASは15 mm,耳鳴のNRSは3であり,神経障害性疼痛スクリーニングスコア:9/28点,日常生活スコア:3/12点,SDS:40/80と著明な改善がみられた.大後頭神経PRFの効果は3カ月持続し,以後は,頸部痛と耳鳴がひどくなった時のみ来院し,単回の大後頭神経ブロックを行った.PRF施行前とは異なり,単回のブロックでも効果が約3カ月間持続するようになった.その後,症状の軽減が得られ,単回ブロックを3カ月おきに3回施行した後は来院がなくなった.
耳鳴とは,明らかな体外音源がないにもかかわらず感じる異常な音感覚である.その多くが本人だけに聞こえる主観的耳鳴であり,その発生機序はいまだ解明されていない点も多いが,音の末梢受容器である蝸牛に原因があるとは限らず,中枢側の神経活動の関連が示唆されている4).耳鳴に対する治療としては,薬物療法,音響療法,補聴器,認知行動療法,経頭蓋磁気刺激法などがあるが,標準的な治療は確立されておらず,耳鳴を完全に消失させることは困難なことが多い4).このような状況下で,神経ブロックが耳鳴の治療の選択肢になりうることは,難治な症状に苦しむ患者にとって福音になると考える.
本症例は,Barré-Liéou症候を伴う外傷性頸部症候群であり,交感神経系の異常が,耳鳴や嘔気といった症状をきたしていたと考える.従来,このような症状に対しては星状神経節ブロックなど交感神経系のブロックが推奨されてきた5)が,体性神経である大後頭神経へのブロックで交感神経症状が軽減した点は大変興味深い.Matsushimaらは,大後頭神経ブロック後に52%の患者で耳鳴の改善があった6)と報告し,その作用機序について次のように考察している.慢性的な頭痛や筋緊張はストレス反応を引き起こし,交感神経を刺激する.大後頭神経ブロックにより耳鳴の軽減が得られた症例においては,手指末梢血流が増加することが観察されており,自律神経系の関与が示唆される.本症例においても,長期間の後頸部痛や筋緊張のためストレス反応が惹起されて交感神経を刺激していた可能性があり,耳鳴などの症状を含む悪循環を引き起こしていた可能性がある.米山は,大後頭神経刺激−頸項筋攣縮−頸部交感神経刺激状態の悪循環により生じた異常興奮が遠心性刺激となって内耳に影響を与え耳鳴を発生させると述べている(頸性耳鳴)7).本症例においては,大後頭神経ブロックが,この悪循環を遮断する役割を果たしたと推察される.
なお,内耳に至る交感神経線維の分布は頸部交感神経に由来し,二つの経路がある.①下頸部交感神経節から発生した交感神経線維が,椎骨動脈−脳底動脈−前下小脳動脈−内耳動脈とともに上行する血管周囲性の経路,②上頸部交感神経節に由来し,内耳に至る経路である.米山は,同一症例の耳鳴に対して大後頭神経ブロックと星状神経節ブロック(SGB)の両方を行い,この二経路のいずれが耳鳴に強く影響するか比較し7),頸性耳鳴の発現には,②の上頸部交感神経系から内耳に至る経路がより強く関与している可能性があると考察している.鑑別点として,大後頭神経の起始部に圧痛点がある症例においては,①の経路に作用するSGBよりも,②の経路に効果が及ぶ大後頭神経ブロックの方が耳鳴に有効であることが多いと述べており,本症例においても,外後頭隆起の左外側に圧痛を認めていた.大後頭神経ブロックが上頸部交感神経系を介して,耳鳴を軽減した可能性があると考えられる.
また,本症例においては,強い後頸部痛が主訴の一つであった.大後頭神経に対するPRFにより長期間の筋緊張の緩和が得られた結果として筋硬結が消失し,耳鳴が軽減した可能性も考えられる.大後頭神経はC2の後枝内側枝からなり,環椎と下頭斜筋の間から出て僧帽筋を貫き,項筋群および後頭の皮膚に分布する.大後頭結節の外側を上行し,後頭動脈のすぐ内側に沿って上行する.主として知覚神経であるが,一部が運動神経である.知覚神経は後頭部,耳介の後上部,頭頂部に至る皮膚の知覚を支配する8).外傷性頸部症候群では,受傷時に頸椎の過伸展・屈曲時に環軸関節部でC2神経根の損傷が起こりうる可能性があり,解剖学的に後頭神経がより損傷されやすいとの報告もあり9),本症例においても交通事故での受傷時に大後頭神経が損傷を受けていた可能性もある.一般的に,大後頭神経ブロックは,後頭部領域の痛み(頸肩腕症候群,帯状疱疹関連痛,片頭痛,筋緊張性頭痛など)に適応がある5).Skinnerらは,耳痛と耳鳴を有する33例において,大後頭神経ブロック直後に耳鳴が有意に軽減したと報告している10).また,耳鳴診療ガイドライン11)においては,肩こり・頸部緊張・筋緊張により耳鳴が増悪する場合の薬物療法として筋弛緩薬が挙げられているが,本症例では大後頭神経ブロックが同様の役割を果たしたと思われる.すなわち,大後頭神経ブロックによって後頭部~頸部領域の痛みを軽減することにより,筋緊張が緩和され,それに伴って耳鳴が軽減した可能性が考えられる.
大後頭神経ブロックは,従来ランドマーク法にて行われてきた歴史があるが,超音波装置を使用することでより安全で確実に行うことが可能となる.C2レベルにおいて,超音波を用いて下頭斜筋と頭半棘筋の筋間で大後頭神経を同定する方法は,2010年Greherらがcadaver studyで初めて報告し1),2016年ごろから臨床使用12,13)で効果と安全性が確認され,超音波装置の普及とともに本邦でも広く行われるようになってきた方法である.パルス高周波法は,目的の神経に対して高周波を42℃以下で間欠的に発生させ電場を作ることで,神経細胞の機能を変化させ,脊髄後角における長期抑制を誘導し,下行性抑制系を賦活するなどの機序で鎮痛作用を発揮すると考えられている5).熱凝固治療とは異なり神経組織の変性を起こす可能性は低く,安全性の高い方法である.超音波ガイド下大後頭神経ブロックのパルス高周波法による耳鳴への持続的効果を報告しているものは他にない.大後頭神経ブロックは,ペインクリニシャンが持ち合わせている技術の一つであり,比較的簡便で安全に施行できる手技である.後頭部痛や頸部痛を合併する耳鳴には,大後頭神経ブロックおよびPRFも治療の選択肢として良いと思われる.