2024 Volume 31 Issue 12 Pages 245-249
脊髄刺激療法(SCS)の周産期の使用に対する安全性はいまだ確認されていない.われわれはSCSを使用しながら周産期を経た1症例を報告する.症例:25歳時に右腕神経叢ニューロパチーを発症しステロイドパルス療法を受けたが,鎮痛薬が無効な患肢の自発痛,易疲労性,浮腫が持続し27歳時に当科を受診した.腕神経叢ブロックを継続した後,痛みの自己管理を希望し28歳時にSCSを開始した.刺激電極を頸椎に,充電式の刺激装置(IPG)を臀部に留置した.痛む時にSCSを使用し日常生活動作は改善した.36歳時に妊娠の連絡があり,胎児心拍モニター等の検査時はSCSをオフにすること,妊娠中はSCSをオフにするよう推奨されているが,使用しながら出産した報告もあることを説明し,当院産科と共同観察するために当院での周産期管理を勧めた.妊娠中も患肢の痛みが持続していたため,毎晩SCSを使用した.体重増加により皮膚からIPGまでの距離が増えた妊娠後期には充電不良になったがSCSは継続できた.38週3日で出産し,出産5日後に問題なく退院した.1カ月後には体重が減り充電も改善した.4カ月後も母子共に健やかに経過している.
The safety of perinatal spinal cord stimulation (SCS) has not yet been confirmed. We report the case of a patient who continued to use SCS during the perinatal period, despite inadequate recharging due to weight gain. Case: At the age of 25, the patient developed right brachial plexus neuropathy and was treated with steroid pulse therapy. At the age of 27, she was referred to our department due to persistent fatigue, edema, and pain in the affected limb. Repeated brachial plexus blocks provided temporary relief. At the age of 28, she began using SCS, with an implantable pulse generator (IPG) placed in the buttock. At the age of 36, she reported pregnancy and used SCS nightly. She became aware of poor recharging after 34 weeks of pregnancy, during which her weight increased by 13 kg from her prepregnancy weight. She delivered vaginally at 38 weeks and 3 days and was discharged without complications. After delivery, the patient lost weight, and her IPG charge improved.
脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)は薬物療法,手術や神経ブロックでは痛みの管理が困難な難治性慢性痛に適応を考慮される.妊娠期間内のSCS植え込みはX線被曝のため禁忌とされているが,SCS植え込み後の女性患者が妊娠・出産を経験する可能性はある.周産期のSCSの使用については少数の症例報告のみで,妊娠や胎児発育に対するSCSの安全性は確認されていないとされ1),一般的には妊娠中はSCSをoffにするよう推奨されている2–4).
われわれは妊娠期間中SCSを使用した1症例を報告し,周産期にSCSを使用する是非について考察する.
本報告を行うことについて本人から書面承諾を取得している.
25歳時に右肩上肢痛,脱力を発症し,右腕神経叢ニューロパチー(神経痛性筋萎縮症)を疑われ,他院神経内科でステロイドパルス療法を受けた.握力は11 kgから17 kgに改善したものの,痛みによる睡眠障害と患肢の自発痛,易疲労性,浮腫が持続し,27歳時に当科初診となった.右上肢痛に有効な内服薬はなく,numerical rating scale(NRS)7/10,pain self-efficacy questionnaire(PSEQ)24/60であった.腕神経叢ブロックが著効し,4週間で4回施行した.その後は痛みの増悪した時に,約2カ月に1回程度の頻度で腕神経叢ブロックを継続した.リハビリを併用し,日常生活動作は改善し再就労した.
28歳で結婚し,右上肢痛の自己管理を希望されたためSCSを開始した.MRI対応充電式(Boston Scientific社Precision Montage®)で電極2本を頸椎に,刺激装置(implantable pulse generator:IPG)は右臀部に留置した.挙児希望があったため,SCSの周産期の使用に関する安全性は確認されていないこと,SCS植え込み後の周産期管理には注意点があるため妊娠判明時に当科に連絡するよう説明した5).SCS開始後は,痛む時にSCSをonにし,日常生活動作はさらに改善した.
30歳時にはNRS 4/10,PSEQ 48/60と改善していた.32歳で不妊治療を開始し,34歳で流産した.
36歳時に妊娠7週との連絡があり,当院で妊婦検診をするよう説明した.SCSは毎晩約8時間使用していた.当院産科にSCS植え込み後の周産期管理を依頼し,妊娠10週から当院で妊婦検診を行うことになった.
34週,既存の右上肢痛が増悪した.非妊時より体重が13 kg増加し,IPGの充電不良アラームが鳴る,フル充電できない,充電に以前より時間がかかるという状態になったが,毎晩のSCS使用は非妊時同様に継続できた.
36週,右上肢痛,浮腫やしびれが増悪した.体重は非妊時より16 kg増え,IPGの充電不良も続いていた.SCSは毎晩使用し,日常生活動作は可能であった.
37週4日,両下腿浮腫が出現し,妊娠高血圧症の診断で産科に入院した.
38週2日,分娩誘発し,胎児心拍モニター装着開始後はSCSを使用しなかった.翌日3,442 gの男児をApgar score 8(1分後)/9(5分後)で経膣分娩した.出産5日後に,母児共に問題なく退院した.
1カ月健診時には,非妊時の4 kg増まで体重が減り,IPG充電時のアラームや充電にかかる時間は改善していた.4カ月健診時も乳児に問題なく経過している.
本症例は,分娩数日間以外の妊娠期間中,毎晩約8時間SCSを使用していた.周産期のSCS使用に関する以下の三つの注意点について,SCS開始時と妊娠判明時に患者に説明した.
一つ目の注意点は,SCSを周産期に使用した報告が少ないため,SCSが胎児発育や子の長期予後に影響があるのか不明なことである4,6).慢性的な電磁場の曝露は流産リスクと関連する懸念があり,曝露される磁束密度が約16 mG(1.6 µT)を超えると,妊娠10週までの流産のリスクが増加したという報告がある4).その一方,電気加熱ベッドを使用するような2 mG(0.2 µT)を超える磁束密度の曝露は,低出生体重児や胎児発育遅延のリスクに関係なかったという報告もある7).世界保健機関(WHO)は,電磁場の曝露は流産のリスクを高めることを除いて,胎児に有害な影響を及ぼすという証拠はないとしている7).SCSの電極から発せられる電磁場については,組織電導率・透磁率を考慮すると,子宮への電磁場の曝露は非常に少なく(<0.05 µT),胎児発育への影響はほぼないと報告されている6,7).また,SCSは自律神経系へ作用するが,burst刺激のon/offの切り替えで,腹部エコー上の子宮胎盤血流は変化しなかったと報告されている8).SCS植え込み後に出産し症例報告されている妊婦24人について,表1に示す.妊娠期間中SCSをonで経過したのは12人,offは5人,onもoffも経験したのは7人であった.また,SCSをoffにすると既存の慢性痛が悪化したため,3症例では次の妊娠でonにしていた.なお,表1の文献内では,子の長期予後については言及されていない.周産期のSCS使用については,これらの情報を説明した上で,個別に決めるよう示唆されている1–3).本症例においてはSCSの方が腕神経叢ブロックより右上肢痛を自己管理できたため,妊娠中も非妊時同様の生活機能を維持する目的でSCSを使用した.
pain lesion | lead | IPG | device | medication,event | delivery(出産人数) (c/s:caesarean section) |
references |
---|---|---|---|---|---|---|
妊娠中onで出産した症例(妊婦12人,出生17人) | ||||||
Rt下肢 | T10‐11 | 臀 | Medtronic | 無 | c/s | 4),7) |
Lt手 | C2‐3 | 臀 | Medtronic | 無 | 4) | |
Rt上肢 | C7‐T1 | 臀 | vaginal(epi labor analgesia) (2人) |
4) | ||
腰臀部 | T8 | 臀 | Medtronic, Plano |
モルヒネ40 mg,トラマドール400 mg,ジアゼパム15 mg継続 | c/s(spinal) | 4),5) |
Lt上肢 | C | 前腹 | イブプロフェン,アセトアミノフェン中止 | c/s(general) | 1),4) | |
Rt上肢 | C | 側腹 | シクロベンザプリン,リドカイン貼付中止,タペンタドール継続 | c/s(epi) | 1),4) | |
Rt上肢 | C | 臀 | 抗てんかん薬,SNRI中止,オピオイド継続 | vaginal(epi labor analgesia) | 1),4) | |
Rt下肢 | T9 | 臀 | Medtronic | 抗てんかん薬,SNRI中止,オピオイド継続 | vaginal,c/s(2人) | 4) |
Rt下肢 | T10 | Abott | c/s(general) | 8) | ||
腰Lt下肢 | T11 | Abott | プレガバリン継続 | c/s(epi,general)(2人) | 8) | |
腰Rt下肢 | T11 | Abott | メサドン,ガバペンチン継続 | vaginal(3人) | 8) | |
腰下肢 | T11 | 臀 | Medtronic | vaginal(3人) | 4),10) | |
妊娠中offで出産した症例(妊婦5人,出生6人) | ||||||
Lt下肢 | T9‐10 | 臀 | Boston Scientific | 無 | vaginal(epi labor analgesia) | 4) |
FBSS | T10 | 左下腹 | Boston Scientific | オキシコドン30 mg/日+アセトアミノフェン1,950 mg/日+ガバペンチン900 mg/日継続 | c/s(spinal)(2人) | 2),4) |
Rt下肢 | 低T | 前腹 | ガバペンチン中止,ヒドロコドン+アセトアミノフェン継続 | c/s(spinal) | 1),4) | |
Lt下肢 | T | 側腹 | SNRI,抗てんかん薬中止,重症子癇発作 | c/s(general) | 1),4) | |
Rt上肢 | C | 臀 | トラマドール,イブプロフェン,アセトアミノフェン中止 | vaginal(epi labor analgesia) | 1),4) | |
妊娠中on/off共に経験した症例(妊婦7人,出生9人) | ||||||
Lt下肢 | T8‐12 | 腰 | Boston Scientific | 植え込み後1人目の妊娠でoff,2人目の妊娠でon,フルオキセチン継続 | vaginal(2人) | 6) |
Rt胸部 | T6 | 前腹 | 25週までon,28週で電極切除 | vaginal | 4),9) | |
Lt肩, Lt下肢 |
C4, T9‐10 |
臀 | St. Jude | 植え込み後1人目の妊娠でoff,アセトアミノフェン使用,2人目は30週からon | c/s (1人目general,2人目epi) |
4) |
Rt上肢 | C3‐5 | 臀 | Boston Scientific | 8カ月目から痛む時に5分間on,プレガバリンとフェンタニルパッチ中止 | vaginal | 3),4) |
Bil四肢 | C,T | 側腹2つ | 上肢鎮痛のみon,抗てんかん薬中止,コデイン‐アセトアミノフェン継続 | c/s(general) | 1),4) | |
両下肢 | T10 | Abott | on 3回流産後,offで1人出産,モルヒネ継続 | c/s(general) | 8) | |
腰下肢 | T8‐9 | 臀 | Nevro | off 1人目流産,on 2人目出産 | c/s(spinal) | 4) |
文献中に記載がなかった箇所は空欄.
二つ目の注意点は,妊婦の腹囲拡大による機器トラブルの可能性があることである.IPGが腹部にあり,腹囲の拡大で電極が引き延ばされ痛みが増強し電極を切除した症例9),電極が断裂した症例10),出産後に刺激部位が変化しており電極の位置移動を疑われた症例2)の報告がある.そのため妊娠可能年齢の女性患者では,腹部へのIPG留置を避けるよう推奨されている9).本症例では電極に関連するトラブルはなかったが,急な体重増加のため充電器からIPGまでの距離が遠くなり,妊娠後期に充電不良になった.出産後,非妊時体重に戻ると充電も改善したため,現在は経過観察としている.
三つ目の注意点は,本邦ではSCSが広く知られていないため,SCSについての情報を周産期に関わる医療従事者と共有する必要があることである.本症例では,SCSの情報を共有し迅速に対応するため,妊婦健診を当院産科で受けるよう勧めた.胎児心拍モニターや母体の心電図モニター,腹部エコー等の検査時と手術時にはSCSをoffにするよう患者に説明し,産科スタッフとも情報を共有した5).本症例は無痛分娩を希望しなかったが,SCSは脊髄幹麻酔の絶対的禁忌ではなく11),表1の妊婦24人のうち11人が脊髄幹麻酔を受けている.表1の文献内では脊髄幹麻酔後のSCS機器トラブルについて報告はなかったが,穿刺前にSCSの位置をX線で確認し穿刺計画を立てる必要がある5).また,帝王切開時の電気メスについて,可能ならバイポーラーが望ましいが,モノポーラーを使う場合には術野と対極板の間にSCSが位置しないように,対極板の位置を調整する必要がある5,11).産科救急では時間の余裕がない場合もあるため,事前の情報共有が重要である.
妊娠後期には妊婦の71.7%が腰痛や骨盤陰部痛を自覚するが,既存の慢性痛の方がより妊娠中の日常活動動作に支障をきたすため,治療継続が必要である4,12).その一方で,妊娠中の服用により催奇形性や胎児毒性のリスクがある薬がある.妊娠中の服薬は,母体の生活機能維持と胎児器官形成におけるリスクとベネフィットのバランスを患者ごとに評価し対応することが推奨されており12),表1の妊婦24人のガバペンチノイドやオピオイド等の継続または中止についてもおのおのの症例で異なっている.Itoら7)は妊娠中の薬物療法の代替としてSCSを選択しており,妊娠中のSCSの安全性を確認するにはさらなる症例の蓄積が必要であるものの,SCSが妊娠中の慢性痛管理の選択肢の一つであると報告している.
妊娠後期の体重増加によりIPG充電は困難になったが,SCSを使用しながら妊娠・出産を経た1症例を経験した.SCS植え込み後の妊婦の慢性痛管理では,SCSの母体胎児への影響についての情報を患者・医療従事者とも共有した上で,患者の希望に寄り添い,SCS機器トラブルに注視しつつ,脊髄幹麻酔や帝王切開に備える必要があると考えられた.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第58回大会(2024年7月,宇都宮)において発表した.