Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Clinical Report
A case of spinal cord stimulation therapy for refractory buttock pain after tailbone abscess surgery
Mari SUDAAyako TAKAHASHIMomoyu YAMANAKASaya HAKATAYoichi MATSUDAYuji FUJINO
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2024 Volume 31 Issue 3 Pages 59-63

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Abstract

膿瘍による尾骨切除後の難治性臀部痛に対し胸腰椎移行部であるT12レベルでの脊髄刺激療法試験刺激(spinal cord stimulation:SCS)トライアルが有効であった症例を経験した.患者は24歳女性.膿瘍による尾骨切除後より臀部と下肢の持続痛を認めていた.他院ペインクリニックでブロック治療やオキシコドンを含む内服治療を行ったが効果がなく,SCSトライアル目的で当科に紹介となった.T12レベルの脊髄刺激,特にハイドーズ刺激が臀部・下肢痛に有効であった.SCSトライアル中にオキシコドンを漸減しトラマドールに変更することができた.T12レベルでのSCSが難治性臀部痛に対する治療手段となることが期待される.

Translated Abstract

We report a case of refractory buttock pain after tailbone abscess surgery treated with spinal cord stimulation at the level of the thoracolumbar vertebral transition (SCS trial). The patient was a 24-year-old woman. She had persistent pain in her buttocks and lower limbs after surgery for a coccygeal abscess. She was referred to our department for SCS trial. During the SCS trial, oxycodone was tapered off and replaced with tramadol. This case suggests that SCS at the level of the thoracolumbar vertebral transition may be a therapeutic modality for refractory tailbone pain.

I はじめに

難治性の骨盤部の痛みに対する脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)において,脊髄刺激の効果や刺激電極の最適な位置について確定的な見解は出ていない.近年,仙骨神経刺激の有効性が報告されている1,2).今回,膿瘍による尾骨切除後の難治性臀部痛に対しT12レベル脊髄と仙骨神経に対するSCSトライアルを施行し,T12レベル脊髄に対するSCSが有効であった症例を経験したので報告する.

本症例報告を行うことについて患者本人に説明を行い,承諾を得た.

II 症例

24歳,女性.主訴は左臀部痛および左下肢痛.X−3年に誘因なく尾骨に膿瘍形成を認め他院形成外科で切開排膿術を施行.X−1年に尾骨の痛みが出現し,瘻孔形成を認めたため同院形成外科で皮下瘢痕切除術を施行したが,痛みの軽減なく同年に同院整形外科で尾骨切除術を施行した.しかし痛みが軽減しないためX年に同院ペインクリニックを受診した.硬膜外ブロック,仙骨硬膜外ブロック,梨状筋ブロック,左第5腰椎神経根ブロックなどのブロック治療の効果は一時的であった.プレガバリン,ミロガバリン,トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠,デュロキセチンの内服が試されたが効果なく,オキシコドン塩酸塩の内服を開始し,1日量50 mgまで増量したが効果がないため,同年にSCSトライアル目的に当科紹介受診となった.

初診時,臀部手術痕に沿って,numerical rating scale(NRS)6/10の持続痛があり,坐位や仰臥位で痛みが増強した.また歩行時に左大腿外側後面,下腿後面にNRS 6/10の痛みを訴えた.徒手筋力テストは左下肢全体に軽度低下を認めた.下肢伸展挙上テストは左右とも陰性で,触覚・冷覚低下やアロディニアを認めなかった.仙腸関節障害を疑う所見も認めなかった.下肢症状は痛みによる不動化や異常姿勢保持などの関与が考えられた.不安抑うつ尺度(HADS)の不安は13,抑うつは10,痛みの破局化思考(PCS)は43,EQ-5Dは0.334であった.鎮痛薬は1日量としてオキシコドン30 mg,ミロガバリン10 mg,クロナゼパム0.5 mgを内服していた.既往歴に特記事項はなかった.オキシコドンによる食欲低下や悪心,便秘傾向を認めた.痛みのため入眠困難や中途覚醒があり,日中の眠気増強を認めた.血液検査で異常なく,画像所見は尾骨全摘後以外異常を認めなかった.

L1/2より施行した硬膜外ブロックは一時的に臀部痛を軽減した.SCS試験刺激にはMedtronics社の8極リード電極(977A275,60 cm)を3本使用した.脊髄神経刺激はL2/3より穿刺しT12椎体上縁に上端が位置するようにリード電極を1本留置し(図1A),仙骨神経刺激はL4/5より穿刺しS4下縁に上端が位置するように左右1本ずつリードを留置した(図1B,C).脊髄リードによるトニック刺激から開始した.脊髄刺激にはトニック刺激(50 Hz,パルス幅500 µs,3.0 mA),ハイドーズ(HD)刺激(1,000 Hz,パルス幅90 µs,1.0 mA),バースト刺激(40 Hz,パルス幅1,000 µs,0.15 mA),differential target multiplexed(DTM)(50 Hz,パルス幅200 µs,0.7 mA,300 Hz,パルス幅170 µs,0.7 mA)刺激を,仙骨神経刺激にはトニック刺激(0.6 mA),HD刺激(0.8 mA),バースト刺激(0.1 mA)を試みた.刺激モードと刺激部位およびNRSの推移と投薬の詳細を図2に示す.その結果,脊髄へのHD刺激が臀部痛に最も有効であり,退院前日までの5日間HD刺激を行い,臀部痛はNRS 2~3/10に軽減した.SCSトライアル中オキシコドンを減量中止し,トラマドール塩酸塩1日量75 mgに変更できた.

図1

SCSトライアルリード挿入後のX線所見

A:上位リード.L2/3より穿刺しT12椎体上縁に上端が位置している(脊髄神経刺激).B:下位リード正面像.L4/5より穿刺しS4下縁に上端が位置している(仙骨神経刺激).C:下位リード側面像.

図2

入院後経過

上位リードによるハイドーズ刺激(HD)が最も有効であった.SCS治療継続中に段階的にオキシコドンを減量しトラマドールに変更した.

退院時のHADSは不安6,抑うつ6に低下し,PCSも30に低下した.EQ-5Dは0.661と上昇した.合併症は特になく,リード抜去翌日に退院となった.

III 考察

尾骨痛は骨折や出産による裂傷などの外傷や変形性関節症・感染症などの非外傷性の疾患が原因となる.リスク因子として肥満や女性が挙げられ,女性は男性よりも発症率が5倍高いとの報告がある3).90%は保存的加療で改善する.保存的加療としては非ステロイド性抗炎症薬の内服や円座クッションの使用が一般的で,効果が乏しい場合はリハビリテーション,仙骨硬膜外ブロックや脊髄刺激療法を行うこともある.手術はあらゆる治療で効果を認めない場合の最終手段とされている4).本症例では尾骨膿瘍術後の難治性疼痛に対し尾骨切除術を行った.膿瘍のための手術はやむを得なかったと思われるが,尾骨切除術は合併症や尾骨痛の軽減が乏しいことから,近年では推奨されていない4,5).

難治性の骨盤部の痛みに対するSCSの有効性に関して,胸腰椎移行部の脊髄刺激単独よりも仙骨神経刺激や後根神経節刺激ないしその併用が有効であるとの報告があり1,2,4,5),本症例では脊髄刺激と仙骨刺激の両方を行った.仙骨刺激療法は尿意切迫感や頻尿などの泌尿器科疾患に対し行われているが,近年骨盤や尾骨痛,肛門部や外陰部の痛みへの有効性が報告されている1,5)

本症例では脊髄刺激,仙骨神経刺激ともに臀部の痛みに有効であった.しかし仙骨神経刺激は体位による下肢への刺激増強や刺激位置が容易に移動したため患者は好まなかった.脊髄刺激では刺激部位より円錐上部に対する刺激が臀部・下肢痛に有効であったと考えられる.胸腰椎移行部の解剖学的構造は,脊髄下端がL1とL2の間に,脊髄円錐はL1高位,円錐上部はT12高位に存在するのが一般的であるが個人差がある6).円錐上部にはL4~S2の髄節が入力しており本症例の痛み軽減に関与していたと推察される.

SCSによる鎮痛は,脊髄後索の刺激による活動電位の順行性および逆行性の伝播により,脊髄後角におけるγアミノ酪酸(gamma-aminobutyric acid:GABA)7),アセチルコリン8),アデノシン9)を介した逆行性の興奮性アミノ酸の遊離抑制や交感神経系のオーバードライブの抑制,神経伝達物質による広作動域(wide dynamic range:WDR)ニューロンの抑制などが関与すると考えられている10,11).また近年,従来のトニック刺激よりもパレステジアを感じないHD刺激やバースト刺激の方が優れた鎮痛効果をもたらすことが示されている.HD刺激やバースト刺激は脊髄後索を活性化も抑制もしないこと,パレステジアを誘発しない部位の刺激でも有効なことからゲートコントロール理論とは異なる機序が示唆されている12).本症例ではHD刺激が最も有効であった.HD刺激が軸索伝導の遮断やグリア−ニューロン間の相互作用の遮断効果などが明らかにされており10),遷延性術後痛への有効性も報告されている13)

本症例は神経障害性疼痛を示唆する所見を認めず,膿瘍手術を発端とし,奏功する治療がなく3年以上痛みが続き,抵抗感を持ちながらオピオイドを内服していたという経過から,侵害受容性疼痛から痛覚変調性疼痛が主体の病態へ移行したと考えられた.SCSには前述の鎮痛メカニズムに加えセロトニンおよびノルエピネフリンを介した下行性疼痛抑制系の賦活化作用が認められており14,15),本症例の鎮痛効果への関与が示唆される.また良好な鎮痛を得られ強オピオイドを中止できたこともHADSやPCS低下に寄与したと考えられる.

IV 結論

尾骨膿瘍術後の難治性疼痛に対し胸腰椎移行部レベルでのSCSトライアルが有効であった症例を経験した.本症例はトライアルから3カ月後,患者の希望でT12レベル椎体への脊髄刺激装置の埋め込み術を施行した.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.

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