2024 Volume 31 Issue 7 Pages 158-161
水痘–帯状疱疹ウィルス(varicella-zoster virus:VZV)感染の合併症に帯状疱疹後神経痛,脊髄炎,髄膜炎などがある.脊髄炎の典型的な症状は痙性対麻痺であり片麻痺を生じることはまれである.今回,左三叉神経領域の帯状疱疹に続発した同側片麻痺に伴う上肢痛の原因として,脊髄炎が疑われた症例の治療を経験した.症例は帯状疱疹発症より約1週間後に左上下肢のしびれ,筋力低下が出現し,約9カ月後には左上肢全体に灼熱痛,アロディニアを伴った.髄液VZVポリメラーゼ連鎖反応,脳脊髄磁気共鳴画像で有意所見が得られず,VZV脊髄炎の確定診断には至らなかったが,臨床経過・所見よりVZVは三叉神経節から三叉神経脊髄路核へ伝播し頚髄後角,前角,前根に波及し一連の症状が生じたと考えられた.中枢性神経障害性疼痛は治療抵抗性を示すことが多いが,本症例においては硬膜外ブロックと薬物治療が奏効し良好な経過を得た.
Complications of varicella-zoster virus (VZV) infection include postherpetic neuralgia, myelitis, and meningitis. The typical symptom of myelitis is spastic paraplegia and hemiplegia is rare. We experienced a case in which myelitis was suspected to be the cause of upper limb pain associated with hemiplegia secondary to herpes zoster in the trigeminal nerve region. After the onset of herpes zoster, the patient developed symptoms such as numbness and muscle weakness in the left upper and lower limbs, and experienced burning pain and allodynia throughout the left upper limb. No significant findings were obtained on cerebrospinal fluid VZV polymerase chain reaction or magnetic resonance imaging, however, from the clinical findings it was thought that VZV spread from the trigeminal ganglion to the trigeminal spinal tract nucleus and reached the dorsal horn of the cervical spinal cord, and spread to the ventral horn and root. Central neuropathic pain is treatment resistance, but epidural block and drug treatment were effective in this case.
水痘–帯状疱疹ウィルス(varicella-zoster virus:VZV)感染の合併症に帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia:PHN),脊髄炎,髄膜炎などがある.脊髄炎に関しては1876年にHardyらが最初の報告1,2)をして以来,報告は極めて限定的で1991年Devinskyらによる46例の検討2)がまとまった報告として挙げられる.
今回,左三叉神経第2・3枝帯状疱疹に併発した脊髄炎に起因した中枢性神経障害性疼痛症例の治療を経験したので報告する.
本報告にあたり本人より書面による症例開示の同意を得た.
症例は32歳,女性.158 cm,58 kg.既往歴に特記事項なし.
左三叉神経第2・3枝領域に水疱が出現したため近医を受診し,帯状疱疹の診断でアシクロビルを投与された.1週間後より左上下肢のしびれが出現し,発症より3週間後近医脳神経内科を受診した.左V・VIII・IX脳神経障害,左第5頚髄以下の筋力低下があり握力は右19.2 kgに対し,左7.9 kgであった.また第2頚髄以下の左側知覚・振動覚低下が存在した.VZV脊髄炎,多発性硬化症が疑われ,抗ウィルス薬投与,副腎皮質ステロイドパルス療法を施行された.V2・3領域の感覚低下や感音性難聴,咽頭反射の低下は改善したものの左上下肢の知覚・筋力低下が持続した.血液VZV-IgG陽性,VZV-IgM陰性,髄液HSV-VZVポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction:PCR)陰性,髄液細胞数・蛋白ともに正常,オリゴクローナルバンド陽性であった.
発症から9カ月後,左肩部から上肢全体にかけての痛みを自覚したため,頭部・頚胸髄の造影磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging:MRI),筋電図検査を施行されたが異常所見は認めなかった.プレガバリン125 mg/日,メコバラミン1,000 µg/日,ワクシニアウィルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤4錠/日を処方されるも効果を得ず,発症から10カ月後に当科を紹介受診となった.
初診時,左第2頚髄以下の知覚は右側の約7割に低下しており,左第5頚髄以下の筋力低下のため握力は右28 kg,左10 kgで歩行や鍋を持つなどの動作が困難とのことであった.また左上肢全体に灼熱痛と間欠的な発作痛,アロディニアを認め数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)7であった(図1).不安抑うつ尺度は不安2点,抑うつ3点と不安抑うつ傾向は認めなかった.
発作痛,アロディニアの部位
デュロキセチン40 mg/日で開始し左上肢の灼熱痛の頻度は激減したが,その他の症状は残存しNRS 5~7であったため頚部硬膜外ブロックを施行したところ,灼熱痛は消失,発作痛,アロディニアは減少しNRS 2に軽減した.当科初診から4カ月経過後にアロディニアと灼熱痛が再燃した(NRS 5)が,再度の硬膜外ブロックは希望しなかったためミロガバリン5 mg/日を追加したところ灼熱痛は軽減した.その後ミロガバリン15 mg/日まで増量しNRS 3~5で推移した.左側の知覚低下は残存したが,運動療法の併用により当科初診から9カ月後には左握力は12 kgに回復し,歩行時の下肢不快感を軽度残すのみとなった.
PHNは一般に末梢性神経障害性疼痛をきたすが,本症例は水疱出現部位と離れた領域に痛み,片麻痺を生じたことから,頚髄より中枢へVZV感染が波及し中枢性神経障害性疼痛をきたしたと考えた.オリゴクローナルバンドが陽性であったため多発性硬化症が鑑別に挙がったが,脳・脊髄MRIで特有のT2高信号域が存在せず臨床経過と併せて否定的であった.
ウィルス性脊髄炎の原因としてはVZVが最多であるが,帯状疱疹の神経合併症としての脊髄炎の割合は高くない.Thomasらの報告3)では帯状疱疹1,210例中1例の頻度としており,Hiraiら4)は帯状疱疹症例の約0.3%に脊髄炎を発症したとしている.このように脊髄炎の発症は非常にまれではあるが,治療が遅れると麻痺の回復が困難になる5)こと,壊死性脊髄炎に進展し得る6)ことから早期の診断・治療介入が重要である.VZV脊髄炎は皮疹発現から5~21日経過後に発症することが多く7),胸神経帯状疱疹からの併発が最多で頚神経,腰仙神経と続き,本症例のように三叉神経領域では少ない7).またVZV脊髄炎の症状は片麻痺ではなく運動神経障害を主体とした痙性対麻痺が典型的とされている8).1997年から2015年の本邦におけるVZV脊髄炎38例の報告9)においても,発症部位は三叉神経領域3例,頚神経領域8例,胸神経領域14例,腰神経領域4例,仙骨神経領域7例,その他7例であり,三叉神経領域は全体の約7.9%と最も頻度は低かった.症状の内訳は対麻痺19例,四肢麻痺3例,単麻痺11例,しびれ5例であり,片麻痺を呈した報告は存在しなかった.本症例において対麻痺ではなく片麻痺が出現した理由は,複数髄節間において炎症の波及が垂直方向に限局されていたためと考えられる.
Hardyら1,2)が脊髄炎として報告するより前に1866年Broadbentら10)が帯状疱疹に運動麻痺を併発した症例をはじめて報告し,1972年Thomasら3)が帯状疱疹発症後,髄節性に運動麻痺を呈する病態をsegmental zoster paralysisと称し,1,210例中61例(約5%)に合併すると報告した.筋力低下や筋萎縮は両側に生じ得るが,皮疹と同側に優位であることが多い11).障害部位,VZVの伝播様式によりさまざまな神経症状を呈するが,本症例ではVZVが三叉神経節,三叉神経脊髄路核と逆行性に伝播し脊髄炎を発症したと考えた.三叉神経脊髄路核は橋から第2~5頚髄にかけて存在し,中でも尾側亜核は頚髄後角が発生段階で延髄に伸長し形成されると考えられており延髄後角ともいわれている.この解剖学的特徴が本症例における進展様式に関与し,さらに後角から多くの介在ニューロンを介して前角,前根へも波及し運動神経障害に至ったものと考えた.本症例では帯状疱疹発症から1週間経過後に運動神経障害が出現したが,介在ニューロンを介しての炎症の波及にはある程度の時間を要するため,このような時間差が生じると考えられる12)(図2).
ウィルスの波及
ウィルスの波及は後根神経節から末梢・中枢側両方向に及ぶ.中枢側に及んだ場合,後根,後角からシナプスを超えて前角に及ぶと運動神経麻痺が出現する.さらに炎症の進展は垂直性に上下髄節にも及ぶ.
VZV脊髄炎では,脊髄MRIにおいてT1強調像で低信号,T2強調像で高信号の局所病変が脊髄背側に認められることが多く複数髄節に及ぶことがある11).しかし本症例のようにMRIで有意所見のない脊髄炎症例の報告8)も存在し確定診断が困難な場合もある.また髄液中VZV-PCRも診断に有用であるが時間の経過とともに検出率は低下し,血液VZV-IgG抗体の検出率が高くなる5,8).本症例では髄液PCRは陰性であったが,皮疹出現から3週間経過した時点での所見であり偽陰性の可能性も否定はできない.またVZVが三叉神経脊髄路核から延髄に直接波及したことの裏付けとも言える.
画像,髄液所見からは確定診断が困難であったが,帯状疱疹発症からの臨床経過と他の疾患を除外し得たことから,本病態はVZV脊髄炎に起因した中枢性神経障害性疼痛が主体であると考えられた.中枢性神経障害性疼痛に対する神経ブロックは,無効または一時的効果で薬物療法が主体となることが多い.本症例はすでに処方されていたプレガバリンの鎮痛効果が乏しかったため,デュロキセチンを処方したところ灼熱痛に対して一定の効果があった.しかし鎮痛効果は十分とは言えず,さらに発症からの経過が長期になりつつあったため硬膜外ブロックを施行するに至った.ミロガバリンはプレガバリン同様Ca2+チャネルα2δリガンドであるが,硬膜外ブロックによる除痛後に再燃した中等度の痛みに対して速やかに使用したことが痛みの軽減につながったと考える.今回,1回のみの硬膜外ブロックが著効した理由は明確ではないが,添加した副腎皮質ステロイドの抗炎症効果,併用したデュロキセチンの相乗効果も関与したと考えられる.また頚部での硬膜外ブロックが奏効したことから主病巣が頚髄にあったと解釈できるかもしれない.
中枢性神経障害性疼痛に対するデュロキセチンの効果に関する報告は少なく今後の症例蓄積が必要であるが,他剤抵抗性の場合には三環系抗うつ薬と同様選択肢の一つになり得ると考えられた.
この報告の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.