2024 Volume 31 Issue 7 Pages 162-165
48歳男性.6カ月前からの腰痛を契機に診断に至った血管肉腫の右第6肋骨・右腸骨・脊椎を含む多発骨転移に対する疼痛コントロール目的に入院した.第1病日よりタペンタドール200 mg分2/日の投与を開始し,第2病日には疼痛緩和し良好な睡眠が得られた.第6病日より体動時痛の増悪を認めたためヒドロモルフォン速放性製剤2 mg/回を併用した.右臀部痛に対してレスキュー薬を2回/日使用しており,第7病日よりタペンタドール300 mg分2/日へ増量した.第8病日には疼痛緩和が得られ,病棟内歩行可能となった.疼痛緩和は得られたものの痛みが残存したためタペンタドール400 mg分2/日,ヒドロモルフォン速放性製剤4 mg/回へ増量し,第10病日,自宅退院した.近年,骨転移性疼痛に対するタペンタドールの有効性が蓄積されてきている.まれな疾患である血管肉腫に伴う骨転移性疼痛に対してもタペンタドールが有効であった.
A 48-year-old man was admitted to the hospital for pain control. The CT imaging revealed multiple bone metastasis including right 6th rib, ilium and spine caused by angiosarcoma. Tapentadol 200 mg/day was started on Day 1. The pain was relieved and the sleep disturbance was disappeared on Day 2. Immediate-release hydromorphone 2 mg/dose was prescribed from Day 6 as a rescue medication for tingling breakthrough pain when moving. Tapentadol was increased to 300 mg/day from Day 7. On Day 8, the pain was relieved and he became able to walk. The patient was discharged on Day 10 after pain relief was obtained following 400 mg/day of tapentadol and 4 mg/dose of immediate-release hydromorphone. Recently, the efficacy of tapentadol for the neuropathic pain caused by bone metastasis has been reported. Tapentadol may be a treatment of choice for the neuropathic pain caused by multiple bone metastasis of angiosarcoma.
タペンタドールは2014年8月より本邦で使用可能となったオピオイドであり,中等度から高度のがん性疼痛に適応があるほか,神経障害性疼痛にも有効性が高い.また,骨転移性疼痛の緩和において臨床的に広く使用されており,近年その有効性が蓄積されてきている.今回,血管肉腫に伴う骨転移性疼痛に対してタペンタドールが有効であった症例を経験したので報告する.
なお,本報告は患者からの承諾を得ている.
症 例:48歳,男性.身長170 cm,体重102 kg.
主 訴:腰痛.
既往歴:高血圧症,糖尿病,脂質異常症.
現病歴:X年5月より腰痛を自覚し整骨院に通院するも症状の改善なく,X年9月に前医整形外科を受診した.精査の結果,心臓腫瘍および転移性骨腫瘍,多発肺結節を指摘され,X年11月,精査・加療目的に当院心臓血管外科を紹介受診し,受診1週間後,疼痛コントロール目的に入院した.
アセトアミノフェン1,500 mg分3/日,ロキソプロフェンナトリウム180 mg分3/日,ジクロフェナクナトリウムテープ75 mg 2枚/回,カンデサルタン8 mg分1/日,アムロジピン5 mg分1/日,カナグリフロジン100 mg分1/日,メトホルミン1,000 mg分2/日,ロスバスタチン2.5 mg分1/日,ランソプラゾール30 mg分1/日を内服していた.
血液検査上,白血球9,700/µl,CRP 4.97 mg/dl,Hb 12.7 g/dl,BNP 83.5 pg/mlであった.12誘導心電図は心拍数109回/分の洞性頻脈,経胸壁心臓超音波検査では,左室駆出率は70%であり,右房の壁肥厚を認めるものの明らかな腫瘍性病変は指摘できなかった.胸部X線検査は心胸郭比61%,右第1弓・第2弓の突出を認めた.造影CT検査(図1)で,右房主体の不整な腫瘤性病変のほか,心嚢水・左胸水・腹水貯留,多発肺転移,縦隔リンパ節転移,右第6肋骨・右腸骨・骨盤骨転移,多発脊椎転移,右臀部皮膚転移が指摘された.18F-FDG PET-CT検査で,右房周囲の高度集積,腸骨や第3腰椎を含む複数の脊椎に集積を認めた.右第6肋骨転移巣生検の結果,血管肉腫と判明し,各種検査結果から,右房原発の血管肉腫および多発多臓器転移と診断された.
造影CT検査
上:右房主体の不整な腫瘤性病変(矢印)および心嚢水貯留,右第6肋骨転移(矢頭)を認める.中:第3腰椎転移を認める.下:骨盤骨転移を認める.
臨床経過:入院時,痛みの数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)7/10の腰痛とNRS 5/10の背部痛,腹部膨満に伴う呼吸困難があった.腰痛には,安静時のズキズキする痛みと,体動時のビリビリする電撃痛とがあった.背部痛は,肩甲骨から腸骨の高位の正中,椎体に沿って安静時のズキズキする痛みがあった.また,第3腰椎を含む腰椎の圧痛とその神経支配領域に一致する下肢への放散痛を認めた.前医で処方されていたアセトアミノフェン,ロキソプロフェンナトリウムの鎮痛効果は不十分だったため,これらの非オピオイド鎮痛薬に加え,第1病日よりタペンタドール200 mg分2/日投与開始したところ,第2病日には安静時痛NRS 2/10に改善し,良好な睡眠が得られた.第3病日まで疼痛コントロール良好であり,便秘や眠気などの副作用の出現はなかった.今後の治療を出身地で継続したい希望があり,引越し準備のため自宅退院した.第6病日,安静時痛NRS 1~3/10,体動時痛NRS 5~6/10,腰背部に締め付けられるような痛みを自覚し再入院となった.タペンタドールは同量を継続投与し,レスキュー薬としてヒドロモルフォン速放性製剤2 mg/回投与開始した.右臀部痛に対してレスキュー薬を2回/日使用しており,第7病日よりタペンタドールを300 mg分2/日へ増量した.第8~9病日,安静時痛NRS 0~3/10と疼痛緩和が得られ,病棟内歩行可能となった.また食事摂取や排便コントロールも良好であった.第10病日,タペンタドール増量により疼痛緩和は得られているものの,痛みの残存を認めたためタペンタドールを400 mg分2/日へさらに増量し,レスキュー薬もヒドロモルフォン速放性製剤4 mg/回とした.帰省までの期間を自宅で過ごす希望があり,同日自宅退院した.退院6日後,緩和ケア外来を受診し,退院後も疼痛コントロールは良好であり,オピオイドの副作用は認めなかった.
原発性心臓腫瘍の発生率は0.1%以下であり,非常にまれな疾患である1).心臓血管肉腫は50歳以下の比較的若年者に発症することが多く2),生存期間は約4~9カ月と予後不良である.本疾患は転移をきたしやすく,診断時には80%の症例で転移を認める.転移は肺,肝臓,中枢神経系,骨の順に多く3),肺転移を起こしてからの予後は約2~4カ月とさらに不良である.
がんによる痛みのうち骨転移が原因であるものを骨転移痛症候群といい,肺がん,乳がん,前立腺がんで骨転移の発生頻度が高い4).骨転移の好発部位は脊椎であり,胸椎,腰仙部,頚椎の順に発生頻度が高く,症状は腫瘍の部位によってさまざまである.骨転移痛のメカニズムとしては以下が考えられる5).がんの骨転移は骨組織を脆弱化させ,通常は痛みを生じない軽微な荷重によって痛みが発生する.また,がん組織の増大は骨の増大によって外骨膜を伸展し,骨膜上の侵害受容神経を刺激する.さらに,がん細胞は神経を直接破壊することで神経障害を引き起こす.このようなメカニズムから,骨転移痛には侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛の両者が含まれると考えられる.一般的に骨転移性疼痛の治療として,手術治療,放射線療法,薬物療法,リハビリテーションが挙げられる.骨転移による麻痺や骨折,痛みが生じると,日常生活動作と生活の質は大きく低下するため,集学的治療が必要である6).脊椎転移による痛みは体動時に強く,強オピオイド鎮痛薬を投与しても疼痛コントロールが困難な場合もある7).これは,腫瘍浸潤により脊椎のオピオイドµ受容体(mu-opioid receptor:MOR)の発現が低下することでオピオイドの作用が減弱することも一因と考えられる8).本症例では,レスキュー薬の使用が有効だったと考えられるが,さらなる鎮痛,日常生活の再建のためには,前述の動作指導,生活環境の設定など多面的なアプローチが必要である.また放射線療法は少ない有害事象で高確率に骨転移性疼痛の緩和が得られるため,非薬物療法の中心的役割を果たす6).本症例も放射線療法の適応はあったものの,患者が自身の出身地での治療継続を希望したこと,当院での入院期間が短期間であったことから,当院においては放射線療法を計画できなかった.
タペンタドールは2014年8月より本邦で使用可能となった比較的新しいオピオイドである.適応は中等度から高度のがん性疼痛であり,MOR作動作用とノルアドレナリン再取り込み抑制作用(noradrenaline reuptake inhibitor:NRI)を有するdual action analgesicに分類される9).NRIによる下行性抑制系の賦活化により,神経障害性疼痛にも有効性が高い10).中枢神経系では常在性マクロファージであるミクログリアが免疫担当の役割を担う.ミクログリアはM1とM2に分類され,痛みを伴う状況では,炎症性サイトカインを放出するM1は増加し,抗炎症性サイトカインを放出するM2は減少している.ノルアドレナリンはM2を増加させるため,NRIは鎮痛作用をもたらすと考えられる11).一方,神経障害性疼痛では,セロトニンが痛みを賦活する方向に作用する場合がある.NRIを有するタペンタドールは,ノルアドレナリンに比してセロトニンの賦活作用が小さいため,神経障害性疼痛に対して有効な鎮痛作用を有すると考えられる10).また従来の第3段階オピオイドと比較して,µ受容体への親和性が少ないことから,眠気や消化器症状などの副作用が少ないことが特長である12).タペンタドールは骨転移性疼痛の緩和において臨床的に広く使用されており,近年その有効性が蓄積されてきている13).これまで骨転移性疼痛に対して使用されてきたヒドロモルフォンやオキシコドン,フェンタニルなどの強オピオイドはMOR作動作用のみを有するため,鎮痛作用が不十分なこともあったが,タペンタドールはMOR作動作用とNRIという二つの作用を有するため,前述した強オピオイドより骨転移性疼痛に対する鎮痛効果が高いことが報告されている12).前述のとおり,骨転移性疼痛のメカニズムには,侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛が関与していると考えられ,いずれにも有効であるタペンタドールは,他の強オピオイドより高い鎮痛効果が期待できる.本症例では,電撃痛(5点),アロディニア(5点),圧痛(5点),ピリピリした痛み(3点),間欠的な痛み(1点),下肢への放散痛(2点),合計21点であり,神経障害性疼痛のスクリーニングツールとして広く使用されているpainDETECT日本語版14)のカットオフ値19点を満たしていること,また疼痛部位に一致する骨転移像から,腰部神経根の障害による神経障害性疼痛の要素を含む骨転移痛が痛みの主因であると判断し,初回投与のオピオイドとしてタペンタドールを選択した.痛みの強さが高度であり,タペンタドールの副作用が少ないことなどから,タペンタドールの初回投与量は200 mg分2/日より開始した.
本症例は,若年者に発症した,腰痛を初発症状とする血管肉腫および多発多臓器転移の1例であった.胸部症状以外を初発症状とする心臓血管肉腫は非常にまれである.血管肉腫による骨転移性疼痛の緩和においてタペンタドールが有効であり,オピオイドによる明らかな副作用の出現も認めなかった.血管肉腫はまれな疾患ではあるが,その骨転移性疼痛の緩和には,他の悪性腫瘍と同様,タペンタドールが有効である可能性がある.
腰痛を契機に診断に至った骨転移を伴う血管肉腫の症例を経験した.まれな疾患である血管肉腫の骨転移性疼痛に対してタペンタドールが有効であった.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会 第3回北関東・甲信越支部学術集会(2023年2月,千葉)において発表した.